第72話「殲滅する思惑」
「相手は一人と犬畜生一匹だッ!!囲め囲め囲めッ!!囲んで叩き伏せろッ!!」
祭壇へ続く苦難の道から距離を取ったメナファスは、周囲一帯の冒険者へ視線を這わせた。
目に映るレベル表記はどれも5万を超えている。
中には7万に達する猛者も混じり、油断なく剣を構えるその姿がメナファスに高揚感を抱かせた。
「くっくっく。流石に選別を乗り越えた奴らは、そこそこの実力が有りそうだ。そそるぜ」
メナファスが言った選別とは、先程の無差別銃撃の事だ。
自動掃射銃で乱雑にバラ撒いた弾丸の全てを回避できた者と、一発でも喰らったが故に複数の弾丸に貫かれて地に落ちた者。
その前者を敵と認め、密やかに人数を数え終えた。
メナファスが放った弾丸には、弾丸同士で引き寄せ合う魔法が掛けられていた。
体内に残ってしまったが最後、複数の弾丸が次々と飛来するという地獄と化す。
そうして、無傷な者と重傷者という、両極端な選別が終わっていたのだ。
「囲まれてるこの状況で戯言をほざく。なんと魔王に相応しき傲慢さであるか」
「傲慢?いいやそれは違うぜ。オレは高みを知ってるからこそ、お前らを見て失笑を溢してんだよ」
メナファスの挑発に答えたのは、髪に白髪が混じり始めている壮年の剣士、スィカナス。
そのレベルは72831に達し、ノウリ国で8番目に大きい不安定機構の支部長を務めている。
スィカナスの人生は灰色に彩られていた。
雪深き寒村に生まれ、雪崩で村が壊滅した後は野盗となり、薄暗い人生を歩んできた。
だが、幸か不幸か、自律神話教に出会ったのだ。
己の悪事に嫌気がさしていたスィカナスは、その悪事を肯定された事によって、歪んだ正義に目覚めた。
偽善などと呼ぶ事すらおこがましい、狂善。
自律神話教により支部長という地位と名誉を与えられたスィカナスは、己の意見に同意する者が過半数を占めるまで敵対者を殺戮する支配者となっている。
「高み?化物の領域に踏み込んだ俺が、それを知らぬと申すのか?」
「断言するぜ。お前は知らねぇよ」
「ほざけ。ならば喝目して見よ、我が秘けっ……」
「どうした?言葉と顔と身体がバラバラだぜ」
スィカナスの左目に映ったもの、それは粉砕された左半身だった。
肩から先は既に無く、わき腹が裂けて肋骨が露出し、腰に下げていた刀は跡方もない。
出血多量により暗転する視界と聴覚。
最後に聞いたのは、こめかみに弾丸が突き刺さる音だ。
自動掃射銃から噴き出す硝煙を振り払いながら、メナファスは片を竦めて見せた。
そして、本当にゴミを見るような表情で、スィカナスの後ろに崩れ落ちた男を眺めている。
「コイツは気が向くままに人を殺し、孤児を量産し、その孤児すらも殺したっつー、リサイクル出来ねぇゴミだ。ほら、他のゴミ共、纏めて処理してやるから前に出て来い」
「ふざけっーー!」
怒号へ返されたのは、耳をつんざく狙撃音。
文字通りの意味で耳を撃ち抜かれた男は悶え苦しみ、その近くに居た恰幅の良い男は物言わぬゴミとなった。
そして、ぐしゃりと崩れ落ちた男の代わりに、メナファスは口を開く。
「ソイツはガキを組み替えて遊んだゴミだ。ゴミの中でも最低の部類だな」
「ま、まて!取引をしようじゃ――、へぶっ」
「魔王に取引を持ちかけるとは100年早ぇ。閻魔あたりで練習してこい」
額を撃ち抜かれた男は、複数の武術を高水準で身に付けていた。
新たな武術を身につける度に技を昇華させる為と言って50人の被害者を出し続けた、異常格闘家。
そんな男が集団の中から見出され無抵抗で殺された理由、それは、メナファスが既に大規模個人魔導を発動しているからに他ならない。
『大規模個人魔法・戦争依存地帯』
ユルドルードとの訓練により強化されたこの魔法は、一定範囲内に存在している物質の損耗率を計測する事が出来る。
敵と定めた者が持つ、肉体、装備、魔力量などのステイタスが、完全状態からどのくらい損耗しているのかが見えるのだ。
だが、その真価は一個体に適用した場合では無い。
より多くの人を殺した人間は無意識下で警戒し、周囲から距離を取って備えている。
それゆえに生じた人口密度の違いは脆弱性として扱われ、メナファスの目に止まる事になるのだ。
「いいか教信者共。お前らが祈る神は確かに実在してる。が、祈った所で助けるような奴じゃねぇぞ」
「我らの神を侮辱するつもりか!」
「じゃあ祈れよ。頭を垂れて祈り続ければ良い。次に頭を上げた時にゃ、きっと天上の国にご招待されてるぜ」
バギィィィン!っと甲高い金属音を響かせ、巨大な斧が空間に押し留められた。
その刃先があるのは、メナファスの間横30cmの位置。
だが、その刃とメナファスの間には、分厚い氷の壁が鎮座している。
「刃が、抜け……ッ!!」
「気持ち良く喋ってんだから無粋な真似をすんな。連続少女誘拐者」
「なっ……!?」
自慢の斧が氷によって閉ざされた巨躯の男は、自分を差す異名を呼ばれて目を見開いた。
複数の街を放浪し犯行に及んできた彼は、複数ある指名手配画のどれもが自分に似ていない事を知っていたからだ。
自律神話教の上層部に在籍している彼は権力を使い、各街へ誤情報を流していた。
だからこそ、自分の顔を見ただけでは素性がバレないと思っていたのだ。
「なぜ、わかっ……った……?」
「ゴミ風情がオレら魔王を舐めてんのか?レジェはお前程度の犯罪者なんざ、すでに掌握し終えてんだよ」
「馬鹿な……、ではなぜ、すぐに殺さなかった?お前の言葉は、うそ……だ……」
「世界の秩序には悪人が必要なんだってよ。こうして、見せしめに使う為にな」
続けて撃たれた5発の銃弾が、連続少女誘拐者の体を貫いた。
それはゴミの様に大地に転がり、幾ばくかの痙攣の後で動かなくなる。
そして……、それを目撃していた狂信者が一斉に動き出す。
祭壇とは真逆の方向、大聖堂の入り口に向かって。
「逃げっ……!」
振り返った視界に映ったのは、神の御姿が彫られた荘厳な扉では無い。
そのはるか手前で散らばる、冒険者の無残な姿だ。
「いつの間に、こんな……」
「くっくっく、どいつもこいつも損耗率が80%を超えてやがる。まさに殲滅に相応しい戦果だ」
「そ、そんもう……?そう言えば、皆、腕や足が食いちぎられて……?」
「右腕が無い奴と左腕が無い奴の数が同じで、回復役の後衛職とも同じだな。ちゃんと言い付けを守れるとか、オレらのリーダーより賢いぞ、ラグナ」
「わふん」
ラグナガルムは咥えていた冒険者を乱雑に放り、へたり込んでいた冒険者の前へ投げ捨てた。
あまりの恐怖に反応出来なかった冒険者は硬直し、投げ込まれたのが自分たちのリーダーだと知るや悲鳴を上げる。
信頼していた男の無残な姿を目の当たりにし、僅かに残っていた反抗心が失われていく。
「ここにはオレのガキを傷つけたゴミは残っちゃいないがな……、ついでだと思って掃除してやる。片付けられたくねぇ奴は、ゴミ以下の塵みてぇに這い蹲ってろ」




