第70話「大魔王休息②」
「悪質から情報を得られないってのは分かったぜ。で、戦況的に調べなくて良いってのはどういう事だ?」
「簡単な話よぉ。残ってる敵はワルラーヴァーのみ。残りの指導聖母は全員が倒れたわぁ」
大魔王陛下達がシルバーフォックス社を倒し、俺達が悪質を倒した。
これで残っている指導聖母は悪性と悪徳になるんだが……、どうやら、もう両方とも倒されたらしい。
悪質と戦ったからこそ言える事だが、敵の指導聖母は並みの冒険者では歯が立たない戦力を持っている。
イースクリムやバルバロアじゃ話にならず、ナインアリアさんも一人で勝利するのは厳しいだろう。
バルワンが率いている終末の鈴の音なら勝てるだろうが……確か、ブルファム王国の正規軍と交戦するって言って無かったか?
「残ってるのがラルラーヴァーだけだから、調べるより倒した方が早いって事か。ちなみに、他の指導聖母は誰が倒したんだ?」
「ワルトナとメナファスぅ」
「捕虜と敵じゃねぇかッ!!どうしてそうなったッ!?」
バルワン関係ないどころか、とんでもない事態が起こってた!!
なんで敵に捕まってるはずのワルトナが指導聖母を倒してるんだよッ!?
「ん、納得」
「なぜ納得出来たんだよ!?俺に詳しく教えてくれ!」
「だってワルトナだし。そういうの得意」
一欠片の迷いもなく言い切ったリリンの表情は、平均的なドヤ顔だ。
ワルトへの信頼が窺い知れるが、うん、全く理由が分からねぇ。
「あはぁ、意味が分からないって顔してるわねぇ」
「そりゃそうだろ。ワルトとは何だかんだ交流があるが、よく考えてみたら暗躍してる所って見たこと無いしな」
「あらぁ、猫かぶってるのねぇ。可愛いぃ」
……あれで猫を被ってるのか。
タヌキじゃないだけマシだと思っておこう。
「改めて聞くぞ、どういう事だ?」
「そうねぇ……、例えば、目の前に五つの未来があるとする。
『とても良い未来』
『かなり良い未来』
『結構良い未来』
『良い未来』
『悪い未来』
ユニクぅはどれを目指すかしら?」
そんなの決まってるだろ。『とても良い未来』だ。
可能であるのなら最善の結果を目指すなんて当たり前だし、一番良い結果を求めるからこそ努力する。
「俺は当然、『とても良い未来』を目指すぞ。その方がやり甲斐もあるしな」
「そうよねぇ。でも、ワルトナの考え方は異なるわぁ」
「そうなのか?なら……中央値を目指して、計画の途中で上方修正するとか?」
「集団を率いる時の心理なら、それは上策よぉ。でも、違う。ワルトナが目指すのは『悪い未来』よ」
「悪い未来を求めてどうするんだよ?」
「ワルトナは一人で悪い未来を目指し、徹底的にその未来を破綻させる。そうすれば、良い未来しか残らないでしょぉ」
……なるほど、確かに納得できた。
運命は複雑に絡み合った『あみだクジ』だって表現を本で読んだ事がある。
一番良い未来に辿りつく為には線を足す必要があるし、未来が確定するまで注視していなければならない。
だが、ワルトがやっているのは、悪い結果を予め削除しておくという暴挙。
後は放って置けばいいし、空いた時間で別の悪い未来を削除しに行ける。
「へぇ、考えられてるな。だからこその『戦略破綻』か」
「そう、ワルトナはそういう暗躍が得意!敵の懐に潜り込んで、最悪の結果を破綻させる!!」
「俺達にとっての最悪って、敵にとっての最高だもんな」
平均的なドヤ顔のリリンが顔を輝かせ、ワルトの暴きょ……、もとい輝かしい戦歴を語り始めた。
ワルトの基本戦術は『虚偽の大前提の上で敵を躍らせ、重要な場面でネタばらしをし、敵の戦略を根底から崩す』。
話を聞いただけでも、それが凄く有効なのは理解できる。
……が、やられた方はたまったもんじゃないな。
「だとすると、仕掛けておいた罠が発動したって事か?」
「そうよぉ。余が受けた報告では指導聖母・悪性は幽閉されており、戦争に参加しえない。彼女が出て来れるのは全て終わった後になるわぁ」
「捕まってなお敵の幹部を罠に嵌めるとか、さすが心無き魔人達の統括者・参謀。俺の10倍は頭が良い」
「10倍は言い過ぎじゃないかしら?だってワルトナはタヌキに睨まれて捕まってる訳でしょぉ?」
「一応弁護はしておくぞ。……天穹空母はどうしたんだ?陛下」
セフィナの横……、つまりラルラーヴァー側にはニセタヌキがいる。
そんでもって、カツテナイ機神を持ち出してくる訳だ。
言外に「大魔王陛下もタヌキに敗北しているだろ」と伝えると、一瞬だけ眉をしかめられた。
ちょっとイラっと来たらしい。
まぁ、あんなん出されたら、親父以外は勝ち残れる気がしないけどな。
「ん、ワルトナの件は分かった。でも、メナファスまで戦争に参加しているの?一応ラルラーヴァー側という事になっているのに」
「悪徳が教祖をしている自律神話教に監視を付けていたわぁ。その報告によると、ちょっと前に本神殿が重火器によって制圧されたらしいのぉ」
「重火器?確かにメナファスのイメージ……でも、指導聖母・悪徳はラルラーヴァーの仲間じゃないの?」
「認識阻害の仮面を被った襲撃者は、戦いの後で『指導聖母・悪弾』と名乗ったらしいのぉ。なら仮説が立てられるわぁ」
「仮説?」
「指導聖母の定員数は決まっていて、新たに指導聖母になるには『強襲戦争』という戦いに勝利しなければならない。だから、ワルラーヴァーが部下を天秤に掛けた可能性があるわぁ」
部下を天秤にかける、か。
より強い部下を手に入れる為にやったのか、もしくは、悪徳の事を快く思っていなかったのか。
どっちにしろ、俺達と繋がりがあるメナファスが指導聖母になっているのは心強い。
ほぼ全ての指導聖母が倒れた今、残っている指導聖母は、ラルラーヴァー、ワルト、メナファス。
数だけなら、3分の2を掌握した事になる。
「ん、それはちょっと疑問。メナファスはそういうの嫌いだと思ってた」
「嫌いでしょうねぇ。余達の敵だったのも、指導聖母・悪典の差しがねだった訳だしぃ」
「なんか裏が有りそう?」
「流石はリリン、鋭いわぁ。メナファスが勤めていた孤児院が襲撃された事は知っているかしら?」
「ワルトナから聞いた。その結果が凄惨なものだった事も、後始末をレジェ達がやったことも。知っていたら私も本気を出したのに」
「ごめんねぇ、あまりにも腹が立ち過ぎてぇ、余とワルトナが直々に出向いて速攻で潰したのよぉ」
大魔王陛下は静かな落ち着いた声で語っているが、かなり激怒している。
声から感情を読み取る神の因子がなくても、それくらいは分かるぜ。
「事件に直接関与した組織は全部潰したわ。でも、その裏側に居る黒幕までは辿り付けなかった。恐らくメナファスは、その指導聖母を狩る為にワルラーヴァー側に付いたんじゃないかしら?もちろん、セフィナを保護する名目もあるでしょうけど」
「悪質がさっき言っていたよな。行方不明者がとても多いって。関係があったりするのか?」
「自律神話教はブルファム王国最大の宗教。その教義は唯一神を信仰するというものだけれど……、高位の信仰者にはある特権が与えられている」
「特権?」
「神託書の啓示よ。最高司祭である悪徳は勿論、その側近までもが神の名を語り、信者に神託書を出しているのぉ」
組織の幹部である自分は最も神に近しい存在であり、その啓示を代筆する事が許される。
そんな都合の良い理由を振りかざし、目を覆いたくなる惨状を起こす事があるらしい。
ワルト達が始末したのはその通りの組織であり、誘拐された子供達も快楽目的で傷つけられていた。
直接的に指示した訳ではなく、事件に関与した証拠もない。
だからこそメナファスは強襲戦争という形で、悪質に復讐を果たしたのかもしれない。
「それにしても、ワルトにメナファスも参戦したのか。これで参加していないのはカミナさんだけだな」
「あら、カミナも参加してるわよぉ。天穹空母はカミナが作ったものだしぃ」
「……そうだったな。じゃあ全員集結してるじゃねぇか」
「大陸統一はロゥ姉様の施政だったものぉ。十年の歳月を掛けた一大プロジェクト、全員集結なんて当たり前でしょぉ」
大魔王達が十年も掛けた、か。
僅かに油断した瞬間に尻尾を奪い取ってくる魔王が5人と1匹、テトラフィーア大臣も入れれば総勢7名の大軍勢が十年も掛けたのかぁ。
そりゃ、前座で9万の冒険者を蹴散らし、ロイを鳴かせても不思議じゃない。
これから訪れる本番が恐ろしい。
「さてとぉ、せっかく合流したんだしぃ、一緒に王宮に向かいましょうか」
「それがいい。悪い幼虫は皆でブチ転がせば良いと思う!」
「そうよねぇ。捕まえたら体中の液体を絞り取ってやるわぁ」
……それって涙だよな?
涙以外の液体は、色々と問題があるぞ。
「という事で、プルゥ。こっちにきな……、プルゥ?」
「ぐぬぬ……!なんという覇気ッ!!貴様、ただものではあるまい!!」
「今まで見た黒土竜の中じゃ一番立派だし。たぶん、脂が乗ってて美味しいはずだし!」
……。
…………。
………………何してんだよッ!?トカゲとタヌキぃぃぃぃッッッ!!
静かだなと思ったら、アルカディアさんがトカゲを狙ってやがったッ!!
そいつはペット枠だぞ、食おうとするんじゃねぇッ!!
一触即発な事態に介入しつつ、ついでに尻尾が生えたリリンの食後の腹ごなしも終えながら事態の鎮静化を図る。
なお、冥王竜は縮んでいる為、アルカディアさんが優勢だった。
「まったく、饒舌すぎるお言葉を聞いて、私、目眩がしましたわぁ。陛下」
「くすくすくす、これで貸し一つ。後でたっぷりと請求するわぁ」
後ろの方で大魔王共が笑っているが……、それどころじゃねぇ!キングフェニクスが参戦しやがったッ!!
怒濤の連続突きにアルカディアさんは動けず、その隙に態勢を立て直した冥王竜は空へと舞い上がって右腕にエネルギーを溜め始めている。
って、ふっざけんなよ!?
俺だって疲れてるんだから、余計な力を使わせるんじゃねぇえええええ!!
苛立ちに任せてグラムを覚醒させながら、俺は空へと駆け上がった。
そして、15分の激闘の末、俺達一同は駄犬の背中の上に座っている。
溜まった疲労が回復するまで、お前は乗り物だ。こんの馬車馬トカゲッ!!




