第68話「魔王な所業の後始末④」
「えっ、えっ、ぶおーって王様だったの!?」
「そうですぞ。悪質殿」
「あっ。そ、そうならそうと言ってくださればいいのにっ!知ってたら私は……!!」
ぶおーが元国王だと告げられた悪質は混乱し、結果的に高飛車な指導聖母に落ち着いた。
目をグルグルさせたり口に手を添えたりと大変に忙しいが……、態度がコロコロ変わって面白い。
ぶおーへ向ける態度は素直なものだし、指導聖母じゃ無ければ普通の人っぽい。
「ふ、ふん!ぶおーがレジェンダリアの国王だから何なのですわ!?それなら助けてくれてもいいのにとか、ウチだけこっそり情報を教えて欲しかったとか、お金持ってそうとか、全然悔しくないんですからねッ!!」
「あはぁ、超涙目ぇ」
「声も震えていますわぁ」
「泣いてなんか、いな……ぐすっ、泣いてないですわーー!!」
必死に取り繕っている指導聖母としての矜持。
それを大魔王野次によって打ち砕かれ、二度目の涙腺崩壊が起こった。
あ、遠巻きに事態を眺めていたロイも涙目だ。
思う所があるんだろうな、うん。
「ぐすっ、ちくしょうですわ……、何で上手くいかないんですの……?あんなに頑張ったのに、みんなの言うとおりにしたのに……!」
「フラムマージュ、みんなとは誰の事だ?言ってみなさい」
「悪才や悪性の事ですわよっ!あいつら、『フォスディア武術は素晴らしいものだが、宣伝の仕方が悪いから淘汰されていく』って、ちゃんと実績を上げれば復興どころか全盛期を超えるって言ってたのに!」
「ふむ、陛下。儂は気になる事がございますなぁ」
ぐすぐすと文句と涙と鼻水をたらし始めた悪質を見て、グオ大臣が何かに気付いたらしい。
同時に大魔王陛下やテトラフィーア大臣も気付いたらしく、静かに頷いて言葉を促す。
現状、悪質が心を許しているのはぶおーだけだからな。
ウチの腹ペコ大魔王に関しちゃ、クッキーを噛み砕く音にすら怯えられている。
「フラムマージュはフォスディア家を復興させたかった。そして、相応の努力を行っていたと?」
「そうですわ。指導聖母になったのも、悪才がその方が確実だと言うから従ったまでですわ」
「どのような努力をしていたのですかな?」
「冒険者の上位互換ですわ。フォスディア門下生の層の厚さを有用に使い、高位冒険者が行っていた依頼の補助や特殊個別脅威の駆除などを請け負っていましたの」
「なるほど。ちなみにですが、この狐の面に覚えはありませんかな?」
グオ大臣が懐から取り出したのは、縁日とかで見かける狐のお面だ。
闘技場の屋台村でも見たことある奴だが、認識阻害の効果が掛っているようだ。
「なんでウチの仮面をぶおーが持ってるんですの?」
「これは悪才から支給されたものだな?」
「え、えぇ。認識阻害の仮面の利権を持っているのは悪才ですの」
「やはりか。フラムマージュ、お前は騙されておるぞ」
「だ、騙されている?」
「この仮面は各地で活動しているシルバーフォックス社の社員が身に付けているものだ。この仮面で行った事の全てはシルバーフォックス社の功績として扱われておる」
「えっっっ。」
なるほど、確かに変な話だな。
大魔王陛下達はシルバーフォックス社が最大勢力だと言っていた。
だが、その社長はサーティーズさんであり、ぶっちゃけ凄く貧乏そう。
当たり前の話だが、大陸最強の戦力が貧乏になるはずがない。
尻尾が生える前のリリンですら、闘技場一回で25億エドロ以上を稼いでいたしな。
明らかな悪意が見え隠れし、それに呼応して悪質が震え始めた。
これは……恐怖とは別の感情、あ、般若みたいになってる。
「じゃあ、私が行っていたのは全部徒労だったと?」
「そういうことぉ。グオ、ここからは私達の方がより詳しい話ができるわ」
「お願いできますかな、陛下。儂に懐いていたフラムマージュは娘のように感じてしまいましてな。つい言葉を選んでしまいそうです」
グオ大臣にとって、フラムマージュは傷つけたくない存在なんだろう。
明らかに優しさが見て取れたし、話している最中も諭すような口調だった。
だが、悪質は敵だ。
優しさを逆手に取られれば窮地に陥る可能性があり、この場には相応しくない。
それを分かっているからこそ、グオ大臣は主導権を大魔王陛下に渡したんだろう。
「ご存じの通り、シルバーフォックス社はこの大陸最大の傭兵組織であり、その構成員数は万に届くと言われているわねぇ」
「一般常識ですわよ。現存するフォスディア門下生と卒業生を合わせた数と同数なん……ん?」
「で、貴方が会った事のあるシルバーフォックス社の社員って何人いるのかなぁ?」
「二人、ですわ。サーティーズ社長と広報の……。おかしいですわね。それだけの構成員がいるのにもかかわらず、なぜ、社長自らが……?」
「それはねぇ、シルバーフォックス社は社員数50人にも満たない弱小企業だからよぉ」
「なんですってっ!?」
社員数50人か。
そこらの不安定機構の支部にいる冒険者の方が多いな。
「50人?流石にありえないですわよ」
「サーティーズから直接聞いた話よぉ。それに確証も取ってあるわぁ、テトラ」
「はい、こちらがシルバーフォックス社に関する資料になりますわ」
テトラフィーア大臣が配った小冊子の見出しは、『シルバーフォックス社による影響が起こした経済流動の推移と、依頼分布傾向による経済効果考察』と書かれている。
どうやら、この本は俺達には理解できそうもない。
リリンに至っては、1ページ目を開いた瞬間に無言でロイに差し出した。
「これは……!」
「シルバーフォックス社の名義で請け負われた仕事は、昨年だけで6000件ほどもありますわ。ただ、その中に不可解な点がいくつかありますの」
「この系統別の仕事グラフはなんなんですの!?殆どウチが行った仕事と一致してますわよ!?」
「偶然の一致ではないですわよ。冒険者から聞き取り調査をした結果、シルバーフォックス社として派遣された者の8割が前衛職の格闘家。フォスディア武術との類似点も多く見られますわ」
「えぇ!?」
「さらに3ページ先をご覧になってくださいまし。こちらは、シルバーフォックス社名義で購入された物件や消耗品、武具などの明細ですわ。こちらの流通は辿れば辿るほど細分化されていき、経歴を負う事が困難になりますの。これは小売商の流通網に似てますわね」
「概算値で、600億エドロですって……」
「見るべきはシルバーフォックス社の収入と出費が釣り合っていない点ですわ。何処かで財源の名義が変わっているのは確実で、それを追って行くと不安定機構の不正予算に繋がります。フォスディア家にはここを通して支払されていたのではなくて?」
「この支部、悪才の……。た、確かに思い当たる節がありますわ。えっと、これを調べたんですの?レジェンダリアが悪才と繋がっているとかではなく?」
「自力ですわよ。巧妙に国を経由し証拠隠滅を図っていたようですが……。世界経済は私の得意分野でしてよ」
なんか凄い事が起こっているっぽい。
資料を見た悪質が顔を赤くしたり青くしたりしながら、恐れの表情でテトラフィーア大臣を見ている。
これは……偽物の矜持を完全に粉砕されたな。
それにしても……、同じ口調が飛び交っていて、ちょっとやかましい。
俺に理解できるのが口調だけだから気になるんだよなぁ。
あ、クッキーがおいしい。
「それじゃ、シルバーフォックス社の仕事って、殆どウチの門下生が……?」
「やってたでしょうね。それをシルバーフォックス社の名声として発表していたと」
「……悪才めぇええ!!」
どうやら、悪質が頑張れば頑張るほど、シルバーフォックス社の名声が大きくなる仕組みが出来あがっていたらしい。
で、実際に働いていないシルバーフォックス社は貧乏のままだと。
有名になれば仕事が増えそうな気もするが……、貧乏のままになる様に依頼を操作されていたんだろうなぁ。
仲間すら利用するとか、指導聖母ってのは極悪だぜ!
「全く困ったものよねぇ。まんまと一杯喰わされたものぉ」
「ここまで調べておきながら、魔王も悪才にやられたんですの?」
「これの肝って、シルバーフォックス社の実態に当たりが付けられないって事なのよぉ。意図的に操作されている以上、信じるに値しないデータだから」
「なるほど……」
「シルバーフォックス社を調べる為の機会を、何度も無駄にさせられたわ」
大魔王陛下には、未来の可能性を測定する確定確率確立がある。
だからこそ、おおよその当たりさえ付けられれば、相手の情報を掌握する事は容易い。
しかし、だ。
虚偽の情報を大前提にしてしまったり、土台となる情報を調べるのが困難だったりすれば効果的には使えない。
そこら辺は普通の情報管理と同じだからだ。
「それにしても……、はは、私、騙されてたんだ……。ぐすっ、これじゃホントに馬鹿みたい」
「フラムマージュ。先程も言った通り、陛下はフォスディア武術を求めていらっしゃるのですぞ。しっかりしなさい」
「お父様には頑張って欲しいですわ」
「何を他人事のように言っておるのだ?フラムマージュは長子であろう」
「手遅れですわよ。私が何人の人間を殺めたと思ってるんですの……?十や二十じゃ足りませんわよ」
口調だけは、高飛車な悪質のままだ。
だが、その雰囲気は落ち込んだ女性のそれであり、悔恨と悲壮に暮れている。
「もう、私はフォスディアの人間を名乗れませんわ。こんな血濡れた体で、栄光ある武術家の歴史を汚したくない……」
「殺しにもいろいろあるはずだ。お前は快楽的に人を殺したのか?」
「そんな事してませんわッ!!だけど、何人も意図的に見殺しにした。死ぬと分かっていて死地に向かわせた。冤罪だと気が付いても黙っていた。そんなことばっかり繰り返して……いつしか、人の死に慣れちゃったの」
「フラムマージュ」
「もう、どうしたらいいのか分からないよ。言われるがままに馬鹿を演じているのは楽だった。誰かのせいにしながら人を殺すのは簡単だった。責任がないなんてありえないのにね」
「多くの過ちを起こし、数多の血が流れた。それを悔いておるのか」
「後悔くらいさせてくれても良いじゃないッ!!もう、私一人じゃ背負えない、この首を跳ねても何処からか私の噂は広がって行くッ!!もう、フォスディアは手遅れなの……」
それから語られたのは、悪質の懺悔だった。
レジェンダリア軍の侵攻を知り、城下町内部にいる人間だけでも守るべく、関所の人間を狂戦士化させようとした事。
全ての関所で争いが起これば城下町に入れず、民衆は外国に逃げるしかない。
その為にフォスディア家が国境に穴を開け、亡命者の受け皿になるべく動いていたこと。
そして――、
「ブルファム王国はもう既にボロボロですわ。王族は衰え、一部の貴族が貧民層を奴隷化し好き放題している。近年は行方不明者がとても多いですのよ」
「知ってるわ。悪趣味な催しがある事もねぇ」
「一時的な快楽の為に多くの命が費えている。笑えないですわ。これじゃ、貴方達の事を笑えない」
「そうね、一緒にしないで欲しいわ。……興味が失せたわ。グオ、悪質を処分しなさい」
冷徹は判断が必要だってのは分かっている。
だが、レジィは一人も犠牲を出さないと言っていたはずだろ……?
見過ごしてはいけない。
そう思って立ちあがろうとした俺の手に、リリンの手が重ねられた。
平均的に頬笑むリリンは、まるで心配いらないとでも言うようにクッキーを咥えている。
「フラムマージュ、陛下が処分を御望みになられた。覚悟は良いか?」
「ぶおーに引導を渡されるなら本望ですわ。……これでやっと、楽になれる」
無言で目をつむるフラムマージュの首に、グオ大臣は手を伸ばして添えた。
逞しい指の全てに指輪が嵌っている。
覚醒前のグラムに匹敵する力を感じさせる伝説級の武器だ。
一筋の涙が悪質から零れ、グオの腕に落ちた。
彼女は今、人生を後悔しているんだろうか?
グオ大臣の指が首から離れるまでの永い永い時間、その懺悔は続いた。
「え……?」
「フラムマージュ。レジェンダリアに伝わる救いの話を知っておるか?」
「救いの話……?『貧しき者、絶望せし者、死する覚悟あらばレジェンダリアへと集うたもう。天上の使いが新しき人生へと導かん』」
「そうだ。指導聖母、フラムマージュ・フォスディアは死罪となった。今ここにいるのは、ただのフラムマージュだ」
「詭弁ですわ。許されるはずが――」
「儂が許すと言っておるのだッ!レジェンダリアはやり直しの国だッ!!裏切った友同士が再び手を取り合い起こした国だッ!!何人たりとも、その矜持に口出しなどさせんッ!!」
「ぶおー……」
「少々、熱くなりすぎましたな。なぁに、打算が無い訳ではないのだ。儂の息子が想い人と婚約者の両方同時にフラれましてな。あてがうのに丁度良いと思ったのですぞ」
「こんな私を……?嫌がられますわよ」
「本気で嫌がられたら、その時に考えればよい。フラムマージュ、全てを投げ出す覚悟があるのなら、その身すらも投げ出して他人に預けてしまえばいい。他人に甘えても良いのだ」
指導聖母、悪質は死んだ。
確かに本人が言っているように、これは詭弁だろう。
悪質が多くの人を殺めた過去を持つのは事実で、やり方が温いと言う人だっているはずだ。
だが俺は、この結末が嫌いじゃない。
「……いいの?」
「あぁ、いいんだ。今の儂がそうであるように、な」
「いいんだ……、誰かに甘えても、いいんだ……」
「この愚王が保証する。新しい人生を歩みなさい、フラムマージュ」
ポロポロと涙を溢す悪質……、いやフラムマージュは胸の前で両手を握りしめている。
俺にはそれが、天使に祈りを捧げる聖母に見えた。
目の前にいるのは天使どころか大魔王だけど、気にしたら負けだ。
……あぁ、俺のこの複雑な想い、イースクリムに届け。
お前ってホント、女運が無いな。
次は元・指導聖母だぞ、頑張れ。




