第67話「魔王な所業の後始末③」
「グオはねぇ、フォスディア家で武術を学んでいた時期があるのぉ」
朝食時のなにげない会話のように語られたのは、グオ大臣の知られざる過去。
というか、グオ大臣の過去のすべてが謎すぎるんだよなぁ。
確かこの人、元国王だったよな?
何で敵国の武術を学んでいるんだよ。
「なぁ、気にするべき所じゃないかもしれないが……敵国のフォスディア家と交流があるっておかしくないか?」
「おかしくないわよぉ。攻め込む相手を調べるなんて当たり前だものぉ」
「偵察する為に潜り込んだって事か」
「そうよぉ。自慢のお兄ちゃんなのぉ」
理由自体には納得できる。が、元国王が偵察に出向くのは違う気がする。
というか、ポーンの騎士とかいう私兵がいただろ。
俺がイメージしている国王は、偉そうに椅子にふんぞり返ってる中年。
さらに艶やかな装飾品と贅肉で着飾り、綺麗な女の人と猫を横に配置すれば完璧だ。
そんなイメージだったのに、アクティブに動き回られると困惑しか無い。
猫の代わりにゲロ鳥だし、なんなら、現在の王様は断崖絶壁な金髪ロリ魔王だ。
「納得がいかないって顔してるわねぇ?」
「常識的な国王様って何だろうな?って考えてた」
「常識的な国王なんていないのよぉ。だって、国王は常識を作る側だものぉ」
うわぁ。すげぇ真理。
国民全てを奴隷扱いしている以上、説得力が半端じゃない。
「王位継承争いに身を置いたグオは国を出て、世界を見て回ったそうよ。後の為に見識を広げたのねぇ」
「なるほど、敵国のブルファム王国は身を隠すのに最適だもんな」
「そう、そして、有用な知識や技術者をリストアップしていた。余が王位を継いた事により自由を得たグオは、その知識を使って世界戦争への布石を打つ旅に出たってわけぇ」
「で、フォスディア武術を学んだ訳だ。ブルファム王国の戦闘力を把握する為に」
「正解ぃ」
14歳になった大魔王陛下は全ての王務を覚え終わり、一人で行政を行えるようになった。
それを期に、グオ大臣は世界各地を回って暗躍し、レジェンダリアの国力向上や敵国視察を行ったらしい。
その際にグオ大臣が目を付けたのが、光導闘法を扱っていたフォスディア武術。
優秀な部下を数人連れてフォスディア家の門徒となり、三か月の修練で師範代にまで上り詰めた。
……元国王、凄過ぎんだろ。
「はっはっは、若い頃の事を言われるのは恥ずかしいですな」
「あらぁ?グオ、悪質はもういいのぉ?」
「テトラフィーア様の魔法が効いたのでしょうなぁ。もうすぐ目を覚ますと思いますぞ」
「そうなのぉ。じゃ、みんなでお見舞いに行きましょうねぇ」
そう言って歩きだす、レジィ陛下、リリン、テトラフィーア大臣、グオ大臣。
大名行列……?いやこれは、そんな生易しいものではない。大魔王行列だッ!!
大魔王共が見下ろす中、悪質の瞼がゆっくりと開いていく。
あぁ、目が覚めたはずなのに、全く悪夢が終わらない。
「ん……、ぁ……。」
「あ、見てユニク、ちゃんと無事に目覚めた!」
あぁ、俺としてもホッとしてるぜ。
だからな、今はそっとしておいてやれ。
「……。ひっっっっ!!!!まぉ、まぉぉっっ!!」
「……そう、私は魔王。貴方もクッキーみたいに噛み砕いてあげようか!!」
「ひぃぃぃぃぃ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっっ!!」
そっとしておけって言ってるだろッ!!
嬉々としてトドメを差しに行くんじゃねぇッ!!
完全に心が折れている悪質へ、リリンが心無き恫喝を叩きつけた。
つーか、なんだそのふざけた脅し文句。
その丈夫な歯で噛み砕かれたら、どんな人生でも擦り潰されるだろ。
リリンは妙に慣れた口調で脅しまくっているし、これはたぶんワルトの仕込みだな。
当時12歳のリリンが言う分には可愛くていいが、超魔王に進化を果たした今、笑い話では済まされない。
「こんにちわぁ。貴方が悪質ねぇ」
「レジッ……!?なん、なんでぇぇ」
平均的な恫喝顔なリリンと入れ替わる様に大魔王陛下が前に出て、優雅に挨拶を交わした。
例えるなら……、タヌキに睨まれたドラゴンって所か。
「シルバーフォックス社を倒した余は、リリンに加勢しに来たのぉ」
「しるっ……!?うそ……」
「嘘じゃないわよぉ。サーティーズは強敵だったわぁ」
「名前……。うそ……、うそ……、うそよぉ……ぐすっ」
リリンに怯えまくり、大魔王陛下に事実を告げられた悪質が、ついに泣きだした。
悪質にとって、シルバーフォックス社が最後の希望だったはず。
それすらも既に失っていると知らされれば、我慢が出来なくても仕方がない。
「ひっく、うそ、ひっくひっく、うわぁああああああああああああん」
「あ、泣いちゃったぁ」
「やなの、もう痛いのも怖いのもやなのっ、怖いの、苦しいの、痛いのッ!!こわいのやらぁぁああああああ」
「うーん、これじゃ話にならないわねぇ。グオ、何とかしなさい」
お兄ちゃん呼びをしなかったのは、大魔王陛下が女王の顔をしているからだろう。
うるさいから早く何とかしろと目で語り、リリンと共に一歩後ろに下がる。
そして、眼差しを向けられたグオ大臣は前に出て座り込み、悪質と視線を合わせた。
「フラムマージュ、儂の事を覚えておりますかな?」
「ひっく、ひっく……、ぇ、ぶおー?」
「そうですぞ。ぶおーですぞ!」
「ぶおー?ぶおーなの……?助けてよ、ぶおー!!」
……。
…………。
………………愚王だろ。
俺のツッコミなど目もくれず、悪質は身を投げ出してグオ大臣に抱き付いた。
こんな酷い状況で顔見知りに出会えばこうなるのは必然だが……、残念ながら、その人は大魔王陛下のおにぃちゃんだ。
「レジェ、何でぶおー?」
「正確には武王よぉ。グオを聞き間違えたフロムマージュが武王と呼び始め、師範に次ぐ実力を手に入れたグオは、正式にフォスディアの門下生から武王と呼ばれる事になったのぉ」
「ん、じゃあグオは近接戦闘も出来るんだね。後で戦ってみたい」
「戦争が終わったらねぇ。あ、余も参戦していいかしら?」
「もちろん良い。ユニクやワルトナも入れて頂上決戦にしよう!」
お前ら、第二次世界大戦でも起こす気か?
さらっと巻き込まれた俺の未来が不安で仕方がない。
「ひっく、ひっく、ぶおー、怖いよ。魔王がいっぱいいるよっ」
「おりますなぁ。まぁ、レジェリクエ陛下達は話せば分かる方ですぞ」
「えっ、なんで魔王の味方するの!?ぶおーは私の見方をしなきゃだめだよっ、じゃないと泣いちゃうもん……」
頑張って見て見ぬふりをしようと思ったが……、うん、悪質の心が完全に壊れてるな。
魔王の右腕が繰り出す本能を刺激する恐怖に晒され、幼児退行しちゃったらしい。
もはやワルトと同じ指導聖母には見えず、大惨事を引き起こしてしまったという罪悪感が込み上げてくる。
「やだよ、やだやだ……ぶおーは私の味方だもん。だめだもん……」
「味方をしますぞ。だから、もう一度だけ頑張って指導聖母に戻れますかな?」
「やだもん、だって、みんな私の事いじめるもん……、悪辣も、悪性も、悪才も、ノウィン様だって、みんな、みんな……、いじめるんだもん……ひっく」
「あと一回だけで良いのですぞ。そうすれば、もう二度と怖い思いも辛い思いもしなくて良い。このぶおーが約束しますぞ」
なんか、悪質は指導聖母の中で苛められていたっぽい。
そう言えば、指導聖母同士の仲は良くないってワルトも言っていたっけ。
苛めてくる対象にノウィンさんが含まれているのは気になるが……、とりあえず、これ以上悪質の人生が噛み砕かれる前に、腹ペコ大魔王の口にクッキーを詰め込んでおこう。
「一回だけでいいの?それで怖いのも痛いのもチャラになる……?」
「うむ、悪い様にはいたしませぬぞ」
「なら……ん……、そこの魔王共に、私の意地を見せてあげますわ。ふんっ!」
言葉尻を上げて豹変した悪質は、高飛車な態度で周囲を睨み付けた。
……が、怯えた目がまったく隠せていない。
借りてきたチワワの様に、プルプルと震えている。
「フラムマージュ、儂はレジェンダリアに属している。降伏を受け入れて欲しい」
「えぇっ。……そ、そんなのって無いですわよ!!武王は私の憧れですもの!!裏切っちゃダメだも……ダメですわッ!!」
「騙していたのは事実だ、すまない。そして、フォスディア家の繁栄を願っているのも事実。儂の我儘を聞き入れてくださった陛下は、戦争が終わった次の時代でフォスディア家を重用すると仰っている」
「魔王が!?う、うそですわ!!」
「嘘では無い。既にフォスディア家には使者を送っておる。一応は軍を率いさせておるが、やり方は由緒正しき道場破りに則った形だ」
サンジェルマさん達が率いている軍の事か。
道場破りってのは聞いた覚えがないが……、たぶん、一騎打ちでもするんだろう。
「えっ、軍……?ぶおーはレジェンダリア軍に命令できるの?」
「儂は元レジェンダリア国王だ。そして、陛下に王位を継承し大臣を任命されておる」
「ぶおーがっっ!?!?」
実家に軍が向かっている聞かされても、悪質が気にしたのはグオ大臣の正体だった。
それほど武王に信頼を寄せているってことなんだろう。
……憧れの人物が敵国の元国王とか、なにその超展開。
年齢差が無ければ、恋愛ストーリーまっしぐらだぞ。




