第66話「魔王な所業の後始末②」
「だいたい状況は察しましたが……、何でここまで痛め付けたんですの!?いくらユニフィン様に肯定的な私でも、限度というものがございしてよッ!?」
偽テトラフィーアの処置を終えた本物テトラフィーア大臣が絶叫している。
……見目麗しい顔に青筋を立てて、マジギレしていらっしゃる。
うん、流石の俺も言い分け不可能。
偶然と必然が組み合わさった結果の防ぎようのない大災害だったしな。
だが、心の中でだけは言わせてくれ。
やったのは俺じゃねぇ。
そこの目が泳いている腹ペコ超魔王様だ。
「ユニフィン様!?聞いていらっしゃいますのッ!?」
「あぁ、なんて言うか……。一応、悪質は敵だった訳だしさ。容赦しなくても良いんじゃないか?」
「この人、私にそっくりなんですわッ!!何か思う事が有りませんのッ!?」
「……本物の方が美人だと思ってる」
「まぁ!……って騙されませんわよッ!!」
いや、それは本当に思ってるぞ。悪質にも言ったしな。
ただ、これで騙されてくれればいいのにとも思っていた。
割と切実に。
正直に「俺が目を離した瞬間、リリンがやった。」と言ってしまうのは簡単だ。
だが、リリンとテトラフィーア大臣が不仲になってしまう方が俺的には嫌で、どうにか有耶無耶にして納めておきたい。
そして、何かご機嫌を取る方法は無いかと考え、脳裏をよぎる『ぐるぐるきんぐー!』。
……失敗すると遺言になるので却下だな。
「テトラ、ユニクは悪くない。やったのは私」
「リリンサ様が?」
「ユニクを攫われて焦った私がやったこと。反省もした」
「それは仕方が有りませんわね。って、ユニフィン様が攫われたですって!?そっちの方が問題じゃありませんか!」
煮え切らない態度で誤魔化そう作戦、失敗。
良心の呵責に耐えきれなくなったリリンが自供し、そして、話題が速攻で切り替わった。
いや、なんていうか……。流石は心無き魔人達の統括者・総帥。
責任を転嫁する小技スキルが滅茶苦茶上手い。
「ユニフィン様を攫える人物がブルファムにいて、悪質に協力したという事ですの?」
「ちょっと違う。偶然出会って声を掛けてきたらしい」
「偶然……?率直にお伺いいたしますわ。そのお方は?」
「プロジア。パパと同じ英雄」
治療が意外と簡単に終わった今、テトラフィーア大臣の興味はプロジアさんに向いている。
悪質が負った傷は魔王の右腕によるものが大半で、その傷も大きな苦痛を与える為に、致命傷に至るような部位を避けていた。
要するに、全身が擦りキズだらけだと思えばいい。
そんな状態だったからこそ、テトラフィーア大臣が使用した魔法は、殺菌消毒・治癒力増加・循環器鎮静化などの簡単なものだ。
「なるほど……プロジア様に会ってしまわれたのですね」
「ん、テトラはプロジアが英雄で皇種だって知ってたの?」
「ちょっと前に知ったばかりですわ。それも踏まえて陛下が御目覚めになられたら……っと、ナイスタイミングですわね」
プロジアさんとの出会いを掻い摘んで話し終えると、黒トカゲが背中で温めていた大魔王卵がモゾモゾと動き始めた。
そして、金髪を解いた大魔王陛下が「ふぁぁあ。おはよぉ……」っと言いながら顔を出す。
大魔王陛下誕生の瞬間に立ち会えるとか、光栄の極みだぜ。
「何を騒いでるのぉ。って、あらぁ?リリン?」
「おはよう、レジェ。そんなに疲れさせられるなんて何が有ったの?」
「貴方のぉ、妹にぃ、撃墜されたのぉ」
やっぱりか。
そうじゃないかって思ってたぜ!
眠たそうに毛布に包まっている大魔王陛下は大変にあざと……あどけなく、ロリ具合が極まっている。
そんな陛下が3割増しにフワフワしている口調で語ったのは、戦慄のアホの子襲来だった。
セフィナは大魔王陛下達の渾身のゲロ鳥アタックを華麗に交わし、あろう事か神殺しでぶん殴ったらしい。
つーか、ただでさえカツテナイのに神殺しまで持ち出してきやがったのか。
なんつうもんを貸してるんだよ、ニセタヌキィッ!!
「俺からも良いか?セフィナ襲来はある程度は予想していたし、問題なく脱出できたよな。違うか?」
「合ってるわよぉ」
「で、逃げた先で問題が起こった訳だ。悪質がシルバーフォックス社がどうとか言っててな、もしかして戦ったのか?」
「戦ったわよぉ。そしてもう一つ」
「もう一つ?」
「英雄ローレライ。ロゥ姉様にも再会できたわぁ」
……。
…………。
………………大魔王ロリ陛下が、恍惚とした表情で身悶えている。
なんだろうこの感じ。
見た目がロリなせいで、すげぇ禁忌な感じがする。
「いいわ、せっかくだからちゃんと話してあげるぅ。でもその前に、おにぃちゃん」
「おにぃちゃん?」
「おにぃちゃん?」
「なんですかな!?」
「お腹が空いたのぉ。コーンスープとか飲みたいわぁ」
「お安いご用ですぞ!」
何故かグオ大臣の事をおにぃちゃんと呼び始めた大魔王陛下に戦慄していると、あっという間にテーブルが用意され、4人分の椅子と給仕が済んだ。
どうやら、戦果を上げたグオ大臣へのご褒美として、お兄ちゃん呼びを一週間するらしい。
「はぁ……、おいしぃ」
「疲れた後のコーンスープは格別だと思う!」
「だな。って、なに和んでんだよ!?そこに重症者がいるんだぞッ!?」
コーンスープで唇を濡らし、美しい所作でクロワッサンを口に運んだ大魔王陛下は――って、そんな事はどうでもいいッ!!
今、戦争中なんだけど!?
超越者5人と戦ってきたばかりなんだけど!?
決して軽食を嗜んでいい雰囲気じゃねぇぞ!!
「で、何が起こったんだ?トカゲが小物化した件も踏まえて教えてくれ」
「そうねぇ、まずは行方不明になったプルゥ達だけどぉ。……介入したのはロゥ姉様よ。あのまま行けば澪騎士が重傷を負いそうだったみたいで、別次元に引きこんで仲裁してくれたの」
「そうだったのか。……で、ローレライさんの手に掛ってトカゲが瞬殺されたと?」
「正解ぃ。流石ロゥ姉様。たったの一撃でここまで縮めたのぉ。すごいでしょぉ?」
冥王竜の全長は半分の10m程になり、威厳よりも愛嬌の方が勝っている始末だ。
もし、俺が本気でグラムを叩きこんだとしても……、たぶん半分の大きさにはならない。
そう考えると、ローレライさんの強さはプロジアさんの英雄メイドよりも上だろうな。
「そしてセフィナだけどぉ……、ロゥ姉様が余と接触を図ってくる前にアップルルーン=ゴモラに乗ってやってきたわぁ」
「ちなみに、何で来ちゃったんだ?」
「ワルラーヴァーの不手際ぁ。ちょっと目を離した隙にやって来たってセフィナが言ってたわぁ」
姉妹揃って爆弾か何かか?
ちょっと目を離した隙に、甚大な被害を起こしてくる。
「そしてぇ、森に降りた余達はセブンジード隊の全滅を知り、シルバーフォックス社と交戦したのぉ」
「悪質は随分とシルバーフォックス社に自信があるような口ぶりだったが……。今、二人がここにいるって事は勝ったんだよな?」
「勝ったわぁ。セブンジード隊がまるごと全部裏切ったのにはびっくりしたけどぉ」
「……なんだって?」
大魔王陛下の話では、セブンジード隊に裏切り者がいたらしい。
で、その人物に洗脳されたセブンジード隊が牙を剥き、対処をしたのがグオ大臣。
そして、シルバーフォックス社の社長を相手に戦った大魔王陛下とテトラフィーア大臣もギリギリで勝利を納めるも、かなり疲弊してしまったらしい。
「レジェ、その話だと私が知っている人の中にシルバーフォックスの社長がいる事になるはず」
「そうよぉ。誰だか分かるかしら?」
「……サーティーズ?」
「あらあら、正解ぃ!良く分かったわねぇ」
「軍学校の授業でサーティーズは一撃も攻撃を受けていない。だから、実力を隠しているのは間違いなかった。でも、レジェが秘密裏に忍び込ませてる熟練の軍人だと思ってた」
なるほど、そう言われてみれば、サーティーズさんだけぶにょんぶにょんドドゲシャー!されていない。
ブルファム王国最強戦力だというのなら納得だが……、そうすると、ブルファム王国最強戦力がえっちなお店で働いていた挙句、陛下にお持ち帰りされている事になる。
どう転んでも問題しか無いぞ。
「確かにサーティーズは強そうだったけど……、レジェとテトラの二人掛かりでも大変な相手だったの?」
「そうよぉ。だってぇ……サーティーズは白銀比様の娘だったものぉ」
「えっっ!?」
前言撤回。
えっちなお店で働いていても問題ない。
むしろ、それしか無いレベルで納得した。
「なるほど、それはとても大変だったはず。レジェ凄い!」
「ふふ、ありがとぉ」
凄まじい攻防を繰り広げた激戦譚を聞き終えた俺達は、色んな意味で感心している。
なにせ、札束で殴って瀕死を負わせてからのガチバトル。
施政者の戦いは俺達とは次元が違うんだなぁと、つくづく感心している。
「ところで、陛下」
「なぁにテトラぁ?」
「悪質のことを忘れていませんか?」
「あら、居たのぉ」
完全に忘れ去られていた悪質は、テトラフィーア大臣が張った魔法陣の中でグオ大臣に看病されている。
未だ目を覚ましていないが、表情を見る限り治癒に向かっているようだ。
「何故かここにいた悪質は、リリン様がボロ雑巾みたいにブチ転がしましたわ」
「あれがそうねぇ。んー?テトラにそっくりぃ」
「普通に考えて、私になり替わろうとしていたんでしょうね。本来ならば厳しく罰を与えたいところですが……」
「この世の地獄を味わったでしょうからねぇ。ちなみにぃ、困ったらそうするようにリリンに教えたのって余とカミナぁ」
「陛下っ!?!?」
リリンの暴走に、精神魔法以外の理由があるのかよ。
セフィナが天然アホの子ハムスターな所を見ると、如何に酷い教育だったのかが窺えるってもんだぜ!
「で、悪質の処遇についてなのですが……、あのグオさんの態度を見る限り、なにやら策謀が有りそうですわね?」
「もちろんよぉ!せっかくだしぃ、その話もしておきましょうねぇ」
グオ大臣はとても複雑な表情で悪質を見ている。
仕方がなかったという諦めを宿しつつ、どこか憐憫がある目だ。
これは……、顔見知り程度じゃ済まなそう。
物凄く気不味い雰囲気な俺とリリンを知らぬふりをして、大魔王陛下が語りだした。
「グオはねぇ、フォスディア家で武術を学んでいた時期があるのぉ」




