第65話「魔王な所業の後始末」
「いやー、一時はどうなるかと思ったが、無事に切り抜けられて良かったぜ。な、リリン?」
「……う、うん。私もそう思う」
「所でさ。別件で気になる事があるんだが」
「き、気にしてはいけないと思う……」
「この目の前にあるクレーターはなんだろうな?」
プロジアに見逃され、無事に生還を果たした俺を出迎えたのは、青白い顔のロイと突如出現したクレーターだった。
うん。こんなでけぇクレーター見た事ねぇ。
直系100mはあるぞ?
俺が窮地に陥っている間に天変地異で起こったのか?
「なぁ、リリン。こんなクレーターさっきまで無かったぞ。どうやって出来たんだろうな?」
「じゅ、12万5000発の隕石が振ったんだと思う!」
「へぇー。12万5000発の超高層放電雷とかじゃなくて?」
「さ、さすがユニク!見ただけで私の行動を察してくれる!とてもすごい!!」
察したくなかったんだよ、こんな魔王の所業ッ!!
超高層放電雷はドラゴンに向けて撃つような魔法だぞッ!?
そんな物騒なもんを12万5000発も撃ち込んだ日にゃ、ドラゴンどころかタヌキフィーバーですら消し飛ぶぞッ!!
つーか、悪質は本当に生きてんだろうな?
改めて言うが、俺達の前には全長100m程の馬鹿デカイクレーターがある。
抉られた地面を覗いてみれば、そこにあるのは炭化した大地が織りなす深淵暗黒色。
一言で表すなら『炭』な光景に、流石の俺もドン引きしている。
「で、悪質はどこら辺に居るんだ?一応、生きてるんだよな?ん?」
「えっと、あそこら辺だったと思う」
何処だよ。炭しか見当たらねぇ……ん?アレか?
あの壁画みたいな奴がそうなのか?
一応、肌色っぽいのが見えるけど……。
なんかもう触れないで、そのまま見なかった事にしたい。
でも、生きていると聞いてしまった以上、放っておく事は出来ない。
「とりあえず回収するか。その後でどうするかは惨状を見てから決める」
「無理に見なくていいと思う……。そのうちレジェの兵とかが回収するはず」
「現実から目を背けんな。自分が行った魔王の所業を目に焼き付けろ」
往生際が悪いリリンの手を引きつつ、どうしたもんかとクレーターを眺める。
悪質の所に辿りつくのは難しくない。
普通に空気を踏んで歩いていけばいい。
ただ、真正面から、この惨状を見たくねぇ。
相手が男だったら自業自得だと笑い飛ばせもしたが、悪質は女性だったしな……。
それに、脳裏に浮かぶのは、俺の事を好きだと言ってくれているテトラフィーア大臣の姿。
本人じゃないと分かっていても、似ている女性がモウゲンドされていると思うと忍びない。
「しょうがねぇ。サクッと行って……ん?」
「ユニク。森の方から気配がする。敵だと不味いので直ぐに此処から離れた方がいい」
「……内心で逃げる口実が出来てラッキーとか思ってないか?」
「思ってない。今の私達は疲弊している。直ぐに離脱するべき。アルカディア、ロイを引き抜いて来て!」
アホタヌキ感を漂わせながらウロウロしていたアルカディアさんにロイの回収を命じ、リリンは素早く視線を王城へと向けた。
うん、この腹ペコ大魔王、完全に逃げようとしている。
どうやら、やり過ぎたという自覚はあるようだ。
悪質の精神魔法が発動していた以上、リリンが暴走しても非は無いと思う。
ただ、もう少し何とかならなかったのかよとも思う。
まぁ、結局、目を離した俺が悪いんだけどさ。
ぶにょんぶにょんからロイを収穫してきたアルカディアさんと合流し、感じた気配に意識を向ける。
んー、かなり強い存在感だな。
いまさらシルバーフォックス社が出て来たとしても失笑しか湧かないが、面倒なのは変わりない。
リリンの言うとおり場を離れるか思考を巡らしーー、森から出てきたものを見て、俺は考えるのを止めた。
「あれは……、トカゲだな」
「ん。冥王竜だと思う」
「いやトカゲだろ。黒いし四足歩行だし」
「黒土竜は元々四足歩行が主体。別におかしくない」
「んー?じゃあ別個体じゃないのか?だいぶ小さいぞ?」
「横にグオとフェニクスがいるっぽい。ユニク、鳴いてみて」
「よしきた。ぐるぐるきんぐー!」
どうやら俺も現実逃避がしたかった様で、何の抵抗もなく鳴く事が出来た。
そして、俺の美声に反応を示したフェニクスが声高らかにきんぐー!っと返事をしやがった。
……なるほど、確定か。
で、何回死んだらそんなに縮むんだよ。黒トカゲ。
のそのそと歩き出した冥王竜も俺達に気が付いたようで、こっちに向かって進路を変えた。
……うん。威厳がまるで見当たらねぇ。
顔から察するに、だいぶ酷くやられたっぽい。
「ふぉっふぉっふぉ。ユニクルフィン殿、リリンサ殿、お二人ともご健勝のようですな」
会話できる距離まで近づいたグオ大臣が、朗らかに問いかけてきた。
王族らしからぬフレンドリーさを発揮しているグオ大臣は、俺達と情報交換がしたいらしい。
まぁ、向こうとしても全長100mのクレーターを見りゃ困惑もするよな。
「ご健勝か?と聞かれれば、そうでもねぇなと答えたい」
「ふぉっふぉ。この目を覆いたくなる惨状、謙遜にしか見えませんぞ?」
元国王から見ても目を覆いたくなる程に酷いのか。
うん、何度見ても酷い。
これが魔王の所業って奴か。
「グオがどうして冥王竜と一緒にいるの?貴方の役割は裏方のはず」
「陛下やテトラフィーア様も相応に疲弊していましてなぁ。お二人が御目覚めになるまで、お守りするのが儂の役目ですぞ」
そう言って、グオ大臣は冥王竜の背に視線を向けた。
そこにあるのは、金とピンクの髪が零れ出ている毛布の塊が2つ。
この大魔王卵が孵化した時、ブルファム王国の歴史に幕が下ろされるだろう。
「レジェ達が寝てるってこと?あの二人をそこまで疲れさせるなんて信じられない」
「シルバーフォックス社は強敵でしたからなぁ。まぁ、そのお話は御目覚めになられた後にでも。して、どのような状況ですかな?」
「悪質を倒した。……ちょっと強めに」
「……なに?」
リリンの懺悔を聞いたグオ大臣の顔色が、一瞬で険しくなった。
まるで厳しい状況に自身が負い込まれたかのような顔に、リリンの目がどんどん泳いでいく。
……なんか、凄くいや予感がする。
「では、指導聖母・悪質を名乗る女性と交戦し、このような惨状の果てに勝利したという事でよろしいのですかな?」
「う、うん。そういうこと」
「彼女……フラムマージュは死んだのですかな?」
「死んではいない!ほら、あそこにいる!!」
真剣な表情のグオ大臣と話をしていると、悪質の実名が出てきちゃった……。
認識阻害たっぷりな指導聖母の名前を知ってるとか、嫌な予感がどんどん強くなっていく。
「……?どこにいるのです、ぞぉぉぉおッ!?」
そして、悪質を発見したグオ大臣は悲鳴を上げた。
やっぱり一目見て叫ぶレベルじゃねぇか。
この凶悪な大魔王さんから、二度と目を離さないようにしよう。
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「おぉ……。これは酷い。何故この様な姿になるまで痛めつけたのですか」
あまりにも悲壮感にくれたグオ大臣は悪質の回収に赴き、当然、俺達も協力した。
助け出された悪質の姿は……言葉に表すのを戸惑うレベル。
流石のリリンも慌てて狼狽している。
「ユニク、すぐにカミナの所に運んだほうがいいと思う!」
「俺も同意見だが……そのカミナさんが行方不明なんだけど」
「あっっ」
「やべぇ、詰んだ……。すまん、悪質」
ぐったりしている悪質に意識は無く、顔だけ見れば寝ているように見えなくもない。
……顔以外を見たら、一瞬で目を背けたくなるけど。
「と、とりあえず……《魔王だった私が命じる!!悪質を全力で治療して!完璧に!確実に!!》」
リリンの命令を自律して実行する魔王の右腕は、簡易的な治療を行う事が出来るらしい。
あくまでも救命救急処置程度だが、逆に、命を繋ぎとめる事は高い精度で実行できる。
悪質の体に刺さっていた魔王の右腕が蠢き、薄らと発光した。
そして、ゆっくりと刃が引き抜かれながら治癒魔法が掛けられていく。
「と、とりあえずこれで大丈夫……。きっとミナチルが何とかしてくれる」
「まだ厳しくないか?口から色んなもんが出てるぞ?」
「ミナチルの所にはディザスターとかもいる!」
ドラゴンを頼りにすんなッ!!
転生でもさせる気かッ!!
だが、冥王竜ですら目を背ける大惨事、もう俺達が尽くせる手段は無い。
後は天に祈りを捧げるしか……。
そう思って諦めようとしていた俺達に一筋の光明が差した。
頼れる元国王・グオ大臣が空間から救急箱を取り出し、手当てを始めたのだ。
「あっ、すごい。グオは治療ができるの?」
「こういうのはレモネが得意としておりますので、儂自体は付け焼き刃ですぞ。まぁ、無いよりかマシ程度ですな」
「包帯を巻く手つきが素人じゃない。私には無いスキル」
「うむ、これでよし。後はテトラフィーア様に頼るほかあるまい」
テトラフィーア大臣に頼む?
唐突に言われて疑問が浮かび、素直にその理由を聞いてみた。
なんでも、テトラフィーア大臣は、侍従のメイさんと共に医療知識を学んだらしい。
メイさんは侍従だから当然として、テトラフィーア大臣まで学んでいるのは、彼女がそれを望んだからだそうだ。
自分の怪我ぐらい自分で治せなくてどうするんですの?と言っていたらしいが、たぶん、傷ついたメイさんを治療できるように想ったんだろう。
「テトラ、テトラ。起きて欲しい。治療して欲しい人がいる」
「みゅう……。まだ眠いのですが……。リリンサ様が慌てる程の怪我人がいるのなら、仕方が有りませんわね」
もぞもぞと毛布の中で蠢いたテトラフィーア大臣は、リリンの切羽詰まった声を聞いて状況を察知。
直ぐに毛布を捲って出てくると、リリンと共に悪質が寝かされている所へと歩いていく。
よし、これで一安心。
……。
…………。
………………出来ねぇだろッ!?!?
「ちょ、待ってくれ、テト――」
「ひっっ!?!?わ、わわわ」
「……すまん。遅かった」
「私が、死に掛けてますわぁァァァァァッッッ!?!?」
テトラフィーア大臣の視線の先に横たわる、偽テトラフィーアのミイラ。
いきなり自分にそっくりな重傷患者を見せられれば、誰だって叫ばずにはいらねぇ。




