第63話「知らしめられた皇」
「話を戻すよ。ぼくぁ戦争の勝者に興味がないが、王都にある美味しい菓子屋が潰れるとか、一流シェフが戦死するとか、そういうのは困るんだよね」
逸れつつあった話題を修正したプロジアさんは、俺達の事などどうでも良いとばかりに平然としている。
実際、俺やリリンが勝とうが負けようがどっちでも良いらしく、お気に入りのケーキ屋が潰れる方がよっぽど困る様だ。
なお、俺もケーキ屋が戦火に包まれるのは困る。
それを目撃した腹ペコ超魔王が何をしでかすか分からない。
「レジェは民に被害が及ぶような事態を望んでいない。私もお店が潰れるのはとても困る」
「なら約束して欲しいね。戦死者は勿論、重傷者も出さないことをね」
「……。」
「急に黙ってどうしたんだい?」
「……どのくらいの重傷なら良い?」
なんか、リリンが恐ろしい事を言い出したぞ……?
まるで怒られるのが確定しているかのような、平均的に気不味そうな目。
一方、プロジアさんは全て知っているとでもいうような愉快そうな目だ。
これは……、まさか……な?
「そうだね。一目みて悲鳴を上げるようなのはダメだね」
「……。手遅れだと思う……」
……手遅れ、だった……。
「リリン、一目見て悲鳴を上げるレベルの重症者がいるのか……?」
「目を背けていいのなら、我慢できると思う……」
目を背けちゃダメだろ。
現実を受け入れろ。
「なぁ、それって悪質の事だよな?リリン、さっき大丈夫だって言ってたよな?な?」
「だ、大丈夫ではあると思う!最大限の苦痛を与えるように魔王に命令してあるから、命に別条はない……はず!」
死ぬだろ。精神が。
なんだよ、最大限の苦痛って?
明らかにモウゲンド以上じゃねぇか。
あぁ、俺の戦争での立ち位置が決まった。
この凶暴極まりない腹ペコ超魔王を制御する事が俺の使命だ。
たぶん、神様の信託に書かれていた『大災厄』も、そういう事だったに違いない。
「くっくっく、懐かしいね。普段は優秀なアプリコットもやらかす時は極大の失敗をしてたからなぁ」
「パパも……?ちなみにどんな失敗だった?」
「学園祭の料理バトルでノウィンと小競り合いをして自滅した結果、ユルドに優勝をかっ攫われた」
なにしてんだよ。学生親父。
つーか、全裸なイメージが付いているせいで、エプロンを装備すると絵面がやべぇぞ。
「ノウィンに書いたラブレターを朝礼で読まれて駄目だしされたり、ノウィンが仕込んだ学力テストで満点を逃したり、ユルドに体力テストで負けたり」
「……なんでノウィン?ママじゃなくて?」
「……あー。ノウィンも僕らの学友だよ。学年は上だったけどね」
「へぇ、そうだったんだ。知らなかった」
いくら学友だったとしても、ダウナフィアさんが出て来ないのは引っ掛かる。
でも、ノウィンさんはダウナフィアさんと友達だっただけの普通の人だという話だ。
なら、アプリコットさんに対抗できない方が辻褄は合うのか。
それはそれとして、アプリコットさんがプレイボーイだった件には触れないでおこう。
リリンも気が付いていないみたいだし。
「まったく、アプリにも困ったもんだよ。ぼくぁだって彼女達の事は好きだったのにさぁ」
「彼女……達?」
「アプリは学院中の女性から告白されててね。で、奴にこっ酷く振られた女性は男性不信になり、ぼくぁにチャンスが回って来ないと来たもんだ」
「学院中……。逆にそれはそれで凄い」
ちくしょう、そこには触れないで欲しかったのに!
ほら見ろ、尊敬するパパを擁護したいが為に、リリンが新たな矜持を開こうとしている。
つーか、テトラフィーア大臣を受け入れたのって、アプリコットさんの影響だろッッ!!
ちなみに、時系列的に整理すると……。
ユルユル全裸学生親父
母さん
アプリコットさん
プロジアさん
が、ブルファム王国から出奔したグループで、
ノウィンさん
ダウナフィアさん
に出会い、アプリコットさんがダウナフィアさんとノウィンさんを二股に掛け、せっかく男女三人ずつだったのにプロジアさんが余った事になる。
誰が悪いのかは一目瞭然だが、リリンには黙っておこう。
「パパはとてもカッコイイから仕方がないと思う。ユニクと一緒」
「でも、アプリはキミらがハーレムを目指すって聞いて激怒していたよ?世界一可愛い娘たちがー!って」
「今のパパは分かってくれている。鞭でしばいてあげなさいって応援もしてくれた」
「なんでアイツは娘にそんな事を教えてんだろうね?もっと教える事がある気がするよ」
……応援されてる気が全然しねぇ。
まぁ、仮に応援されていたといて、俺はハーレムルートなんて、これっぽっちも興味が、全然……、その……目指して良いのか?
「やれやれ。リリンサ、ちなみに聞くが、パティシエが自分の店を守る為にと剣を取り、戦地に赴いた場合はどうする?フィートフィルシアにもそういう人物が紛れていたんじゃないのかい?」
「それは……、後でいっぱい褒めてあげれば良い。人は戦いから逃げられない事も、自ら戦いを挑み負ける事もある。だけど、生き残ってさえいれば、どうにでも取り返しが付く」
「考え方はアプリコットそっくりか。甘くてダルイ、皇に相応しく無い考え方だ」
……王に相応しく無い?
それが何を意味するのか知らないが、リリンにとっては愚弄の言葉だったようだ。
一瞬で眼つきが鋭くなり、星丈―ルナを握る手が僅かに締まる。
落ち着け、と目線を送って宥めさせ、リリンの代わりに俺が会話を引き継いだ。
「悪いが、王様に相応しくないと言われてもピンとこないな。王になるのはレジィやロイだし」
「あぁ、紛らわしいね。ぼくぁが言ってるのは人間の皇種。人間種としての頂点に君臨する存在の話さ」
「人間の皇種だと……?そんな奴がいるのか?」
「居るさ。目の前にね」
その言葉を聞き終える前に、目で、脳で、心で、理解させられた。
――レベル593149――
それが、プロジアさんの横に浮かんでいるレベルだ。
超越者として、いや、おそらく人間としての最高峰。
未だ英雄の領域に踏み込めていない俺達では届かない、高みの存在だ。
「レベル……、59万……だと……?」
「……それで、そんな物を今更見せてどうするの?脅しの意味はあまり無い」
「リリン?」
「ユニク。アレが強力な存在なのは分かっていたこと。なら……」
「なら……?」
「やられる前に、あの腹の立つ顔にグラムでも叩きこんで」
いつにも増して凶暴過ぎないか?このリリン。
魔王シリーズだって出してないんだぞ?
何かがおかしいと思ってリリンの顔を覗きこんでも、いつものリリンだった。
だが、その平均的にふてぶてしい目の奥に……緑色の光が宿っている。
「くっくっく、平気な顔して怖い事を言ってくるなぁ。そういう所ばっかり母親似とか……ユニクルフィン、キミは苦労するよ」
「あぁ、覚悟はしてるさ」
強気な態度を見せたリリンにすっかり飲まれた俺は、気が付けばプロジアさんに対する恐れや畏怖が消えていた。
リリンが暴走する不安が増えたから一進一退だが、悪くない。
相手は人間の皇種を名乗った。
思惑があるにせよ、それがどんな存在なのかを知っておくのは、後で絶対に役に立つ。
せいぜい利用させて貰うぜ。
「にしても驚きだぜ。人間に皇種がいるって事も驚きだが、レベルが60万近いのも初めて出会った。だいぶ人間を辞めてるだろ?」
「人間を辞めてる?それはキミの方でしょ」
「……なに?」
「これと似ている紋章を、ユルドルードが持ってるのを見たこと無いかい?」
そう言ったプロジアさんが左手の甲に浮かばせたのは、光り輝く深緑の魔法陣。
複数の縁が重なりあった緻密な魔法陣の文様は、不思議と人間をイメージさせるものだ。
そして、俺はそれに見覚えがある。
「あるな。親父にボッコボコにされた時に見たぞ」
「……アイツ、息子を殴るのに皇種の力を使ったのか?馬鹿じゃねぇの?」
「察するに……、大馬鹿だと思うぜ!」
だってボコボコにされた揚句、意味不明な借用書まで置いていきやがったからな。
次に会った時には親父をボコボコにし、あの借用書を口にねじ込んでやると決めている。
「それで?その紋章はなんなんだ?」
「これの名は《皇の紋章》。皇種が持つ種族を示す紋様さ」
「……親父も皇種だって言いたいのか?だが、一つの種族に皇種は一体って話だったはず」
「そう、だから君らは人間じゃないよ。人間という種族を捨てた『人外種』。例えるなら……アライグマとタヌキの関係に近いね」
何がアライグマとタヌキだ、この野郎。
ラウンドラクーンと掛けて、妙な例えをしやがって。
キミは人間じゃないよ!っと、いきなり言われて納得できるはずもなく、かなり詳しく話を聞いた。
人外種と言っても人間と体組織はほとんど変わらないものであり、皇種の力を手に入れる為の口実という意味が強いという。
どうやら、親父はあの子を助ける為に皇種の力が必要と判断し、別の種族になるなんてとんでもない方法で皇種に覚醒したようだ。
なお、皇種化に関しては、あの子の意思が関与していない。
それ故に、この情報は秘匿する必要はなく、ノウィンさんやラルラーヴァーも把握しているらしい。
「滅茶苦茶しまくってんな、親父。まさか、人間じゃねぇとは思わなかったぜ」
「だからキミも人外種だよ。ユニクルフィン」
「え?」
「幼いキミを道連れにするなんて、ほんと酷い奴だよね」
……。
…………。
………………俺も、人間やめてた……。
いや待ってこれ、こんな立ち話で判明して良い奴なのかッ!?
なんかもっとこう、最終決戦前に親父から直接語られる秘密のはずだよな!?
俺の失われた記憶の中でも、かなり重要なもんだと思うんだがッ!!
「ユニク」
「えっ、あ、はい!」
「何をそんなに慌ててるの?」
「だって、人間じゃないとか言われたら慌てるだろ!?俺、人間じゃないんだぞ?」
「英雄が求め目指した種族になったというのなら、それは誇らしい事。胸を張って良いと思う」
「えっ」
「それに、ユニクにどんな付加価値が付いていても変わらない。私はユニクが好き」
リリンは真っ直ぐに俺を見て、平均的な顔で頬笑んでいる。
そして……、いつもと変わらないその表情を見て、俺はとても嬉しくなった。
今なら、ベッドの上のタヌキですら愛せそうだ。
「リリン……、俺も――」
「で、プロジ。聞きたい事がある」
勢いに任せて好きだと言おうとしたら、リリンにブロックされた。
流石、防御力に定評のある大魔王だぜ。
冗談にして笑い飛ばそうとしていると、リリンの表情が気になった。
いつもよりも真剣な、いや、見た事が無い表情だ。
例えるなら、長年探していた敵でも見つけたような――。
「その模様と全く同じものをお父さんも持っていた。それが人を表すものだというのなら、重複はあり得ないはず」
「簡単な事だよ。アプリコットは元・人間の皇種。で、この皇の紋章は、元々はアイツが持っていたものだ」
「……お父さんが死んで、貴方に移ったというの?」
「ちょっと違うね。アプリを殺して、ぼくぁが奪ったんだ」




