第60話「王城進軍⑤」
「せいぜい足掻いてみると良い。飽きたら魔王の脊椎尾の露にしてあげる。」
「その自信、その油断。後悔させますわよ」
平均よりも低めの声で交わされた威嚇。
それは敵を廃する為に、相手の感情を揺さぶる常套手段。
そんな罠を平然と仕掛けたリリンサは、内心で冷静に状況を見極める。
ユニクに圧倒されていた悪質だけど、その動きは常人の域を軽々と越えている。
もし、魔王シリーズの補正が無ければ、近接戦闘で勝利するのはとても厳しい。
人間の身体能力で比べた場合、軍配は相手に上がる。
だけど、私には5つの魔王シリーズに加え、星丈―ルナもある。
それに、パパから教えて貰った魔法知識を加えれば、盤石。
これは万に一つも負ける可能性が無い戦い――、狩り。
だから、セフィナとユニクに誇れるような勝ち方をしよう。
戦略というよりも志を改めたリリンサは、魔王の左腕の解析を魔王の心臓核によって増幅させた。
胸の赤い宝珠が怪しく輝き、周囲一帯の耐久値を計測。
悪質が身に纏っている最も強度の高い物質、それが魔王の靭帯翼だと当たりを付けた。
「見つけた。貴方の腰に付いてる魔王、奪わせて貰う」
鷹の様に鋭い眼つきで、リリンサは悪質の腰に狙いを定めた。
それは一見してポーチに見える。
だが、魔王の右腕によって解析されてしまえば、それが神性金属の塊であると見破る事は容易い事だ。
リリンサは、ギャリギャリギャリと異音を発しながら魔王の右腕を変形させ、指の先端の刃を赤く染めた。
薄らと発している湯気は、ただのフェイク。
特に意味の無いそれは、相手から見れば――、致死毒だ。
「爪が血管に届けば即死、肌を掠れば臨死、吸い込めば瀕死。どれがいい?」
平均的な悪人顔で嘯いて、リリンサは右腕を振るった。
その動きに合わせて撒き散らされた赤い霧、それに触れる前に悪質は空へと逃げる。
そして、それを待ち構えていた魔王の脊椎尾が、真正面から薙ぎ払った。
「《魔王たる私が命じる!魔王の靭帯翼を奪い取って!!》」
「させませんわッ!!《開かずの扉》」
けたたましい音と共に、魔王の脊椎尾が弾かれた。
揺らめく空気の中にあった何かに遮られ、悪質に触れる事が叶わない。
「へぇ……、やるね《ドリル尻尾、起動っ!》」
ただの薙ぎ払いで足りないのならと、リリンサは魔王の脊椎尾を乱回転させた。
巻き込まれた空気の摩擦によって発生した静電気が電荷となり、尻尾に纏わりついて紫電となる。
それは、魔法では無い自然現象。
それ故に、対応する側も物理的な障壁が必要になる。
「ちょっと痛いと思うけど、是非、死なないで欲しい。」
「くっ!《天届く断崖絶棚ッ!!》」
リリンサが魔王の脊椎尾を振り抜いた刹那、その間に岩の壁が出現。
そして、破砕の音と共に撒き散らされていく。
10秒の停滞の後、厚さ2mの壁を切削し終えた魔王の脊椎尾は、本来の目標へ向かおうとして視線を惑わせた。
だが、そこに悪質の姿は無く、リリンサは迷わず魔王の左腕を空に翳す。
「《悪質はどこ!?》」
この時すでにリリンサは、上空から急降下してくる悪質の姿を肉眼で捉えていた。
だが、敵はワルトナを捕らえた聖母だという認識が、最大限の警戒を抱かせる。
魔王の左腕から返された答え。
空から迫って居るのは魔法で作った偽物。本体は――、背後に出現した空間の裂け目の中。
「じゃあね。マヌケな、まお――。」
「それ、こっちのセリフ。《 十重奏魔法連・主雷撃》」
悪質が付き出したドス刀に向かい、リリンサは主雷撃を放った。
僅かな時間差を付けて放ったそれらが連鎖し、魔法の効果時間を引き上げる。
25秒にも及ぶ、雷光の蹂躙。
一瞬で過ぎ去るはずの雷が体内に蓄積し、悪質の筋繊維に深いダメージを与えた。
「かはっ……」
「ん。手応えが無い?これも偽物!」
「……《膨れ上がる熱人軍勢》」
ぐらりと傾いていた悪質の後ろで、本物がニヤリと笑った。
そして、悪質だったものが膨張分裂し、リリンサの前方180度を埋め尽くす。
熱エネルギーで出来た人間の飽和が、リリンサを押し潰すように広がり、そして――。
「私を守って、絶対防御っ!!《雷人王の掌っ!!》」
魔王の脊椎尾の先端から無数に開いた砲門が、分割された雷人王の掌を撒き散らした。
向けられた熱エネルギーを超える光で押し返し、倍以上に膨れ上がったそれらを空に向かって放出していく。
そして、空を埋め尽くしていた魔法陣に直撃し、悪質が作った囮が脆く崩れた。
「メビウスの輪がッ!?」
「ん。なぜ焦った?アレはフェイクのはず」
「五月蠅いッ!ですわッ!《火炎破城槍!!》」
苦し紛れに放った炎の槍が、魔王の右腕の自律防御によって切り裂かれる。
そんな中、余裕のあるリリンサの思考は、悪質が付いた悪態の意味を探っていた。
フェイクだと見破られてなお、悪質はメビウスの輪を消さなかった。
あんな巨大な物を維持する為には相応の魔力を消費するはずで、目的も無しに出しておく必要性はないはず。
なら、アレは消せない……、いや、消えてしまっては困るものだった?
魔王の靭帯翼でないにせよ、何らかの重要な意味があったということ。
もし逆の立場だったら……、セフィナに魔法を封印されて追い詰められた私は何をした?
あの時に私が選んだのは……、仲間を呼ぶ事。
「なるほど。あれは仲間に位置と状況を知らせるサインだったんだね」
「……あら?暴虐の限りを尽くした魔王ともあろうお方が、弱者の意図を汲み取れるんですの?」
「私は一人で魔王になったのではない。一人ではできない事が多いからこそ、私は頼れる友達と心無き魔人達の統括者を結成した」
「そう。ならずっと、弱者のままで居れば良かったのに」
悪質は馬鹿では無い。
リリンサとの戦力差は理解しており、ましてや、此処にはユニクルフィンとアルカディアもいた。
一人でも敗北濃厚な相手が三人も徒党を組んでいる以上、その目的は勝利とは別の所にある。
自分が弱者であると自覚している悪質は、最初から一人での勝利を狙っていない。
一族が衰退しきるまで逃げも隠れもできなかったフォスディア家。
その栄光を取り戻す為に指導聖母の道を選んだ彼女は、人を騙す日常を経てなお、仲間を頼る事の大切さを知っている。
舌戦、フェイク、格闘戦、魔法合戦。
その全てを使い、自分の仲間が到着するまでの時間を稼いでいるのだ。
そして、そんな目論見は悪質と関係ない所――、ワルトナによって既に破綻させられていた。
悪性、悪才、悪徳。
悪質の仲間達は全て、武力的、または論理的に束縛され、もうここに来る事は無い。
「貴方の仲間はここには来れない。時間稼ぎは無駄だと言っておく」
「シルバーフォックス社を倒せる人物なんていませんわよ。たとえそれが、ランク9の大魔王でもね」
公然と語られる情報の中でも、レジェリクエのレベルが9万を超えているという話は有名だ。
だからこそリリンサは、悪質がレジェリクエの実力を知った上でシルバーフォックス社の方が強いと言っている事に気が付いた。
なるほど、確かにちょっと危険かも?
私の攻撃を何度も無傷で裁く技能を持っているのにもかかわらず、応援が来るのを待っているという事は、シルバーフォックス社の実力は悪質以上という事になる。
セブンジードじゃ勝てないかもしれない。
むぅ、ホロビノが居れば様子を見に行かせたのに。
リリンサはチラリと森の方へ視線を向け、小さくため息を吐く。
そして、どうしようもないと思い直し、口直しにユニクルフィンを眺めようとして……、その姿が何処にも無い事に気が付いた。
「……ユニクっ!?」
最近、花粉症のせいで筆が進まない……。
こんな時は……、オーバーロード14巻を読んで英気を養います!!




