第57話「王城進軍②」
「指導聖母は対策済みだって聞いていたんだがな。こうも誤算が続くと困っちまうぜ」
見栄を張って濁した言い方をしているが、誤算も誤算、大誤算だ。
なにせ、うちの腹ペコ大魔王がぶにょんぶにょんな軍勢をひきつれて暴れ回り、アルカディアさんが死屍累々に追い剥ぎして食料を回収している。
なんだその心無き連携プレー。
少しは自重しろ。相手が可哀そうだろ。
「誤算?えぇそうでしょうね。悪性があんなロボットをどっから持って来たのか、甚だ疑問ですわ」
「……なに?」
「あのような魔道具を扱えるのは悪性を除いて、他には居ないですわよ」
目の前の指導聖母が妙な事を口走った。
あの帝王枢機を操縦しているのはセフィナでは無く、指導聖母・悪性だというのだ。
だが、あんなカツテナイ超兵器を人間が持っているはずがなく、どう考えてもセフィナとニセタヌキの仕業だ。
恐らく、コイツの考えは確証のない憶測であり、その根底にあるのは悪性が帝王枢機を扱えるほどの技術を持っているって話っぽい。
さて……、それを大前提に考えると、事態はあまり良くないな。
帝王枢機やメカゲロ鳥なんて超技術が敵の手の内に落ちた以上、量産されるのも時間の問題だろう。
あんなカツテナイ超兵器軍団が襲来したら、逆転されるどころの騒ぎじゃねぇぞ。
レジェンダリア、いや、大陸ごと沈む。
「で、あえて聞くが、お前は何しに出てきたんだ?」
「もちろん、貴方達を捕らえる為ですわ」
「出来ると思ってるのか?」
「あら、小生意気なこと。可愛らしいですわね」
「随分と余裕があるんだな?さっさとお前を倒して王城に向かうぜ」
グラムを横に構え、僅かに前傾姿勢を取る。
俺に対し圧倒的な優位を持っているというその態度、速攻でへし折ってやるぜ。
さっさと殺して先に進――。
そんな安直な思考に違和感を覚え、冷静を装って口を開く。
「この妙な感じ……、なんかしてるだろ?」
「まぁ!バレてしまいますのね。流石は英雄です」
「親父は意外と小ズルイ絡め手が得意でさ。精神攻撃を看破できるように、感覚を鍛えまくったんだよ」
多岐に渡った親父との訓練だが、行ったのは俺自身の強化だけじゃ無い。
むしろ、相手の得意なフィールドで戦わない方が重要だと教えられ、敵の術を看破できる観察力を身に付けさせられた。
そして、精神攻撃に気が付いた時はグラムで増幅させた魔力を体に戻し……、気合いで何とかする。
「何かされてると分かっちまえば対処は出来る。策謀の作り方が甘いんじゃないか?」
「まだまだ、私の策謀はこれで終わりじゃありません事よ」
俺が放った煽りの言葉に反応を示し、指導聖母は優雅に笑った。
ホントに、その圧倒的な自信はどこから来るんだ?
ワルトと同じ職業だというし、どんな罠が仕掛けられているか分かったもんじゃない。
……まぁ、どんな罠があるにせよ、リリン達なら食い破りそうだな。
すでに兵士の半分を喰い尽しているし、全滅するのも時間の問題だ。
「レジェンダリアの圧倒的な戦力、確かにそれは脅威でしたわ。が、相手の力が強ければ強い程、カウンターの威力も強くなるのです」
「カウンター?それは格闘術の話だろ?」
「ふふ、私は準指導聖母・悪質。狡猾さでは悪辣よりも優れていると自負していましてよ」
パチン。と指を弾けさせ、悪質は大地に仕込んでいた魔法陣を展開させた。
至る所に出現した魔法陣の規模は、一つが大体10mの正円。
それを見ていると、ふつふつとした怒りが――、って、これは魔王シリーズと同じ精神汚染か……?
「短絡憤怒。ランク8の虚無魔法の威力を強めました。この魔法陣の影響下にある者の思考は短絡化し、やがては敵味方の分別が付かなくなるバーサーカーになりますの」
「危険な魔法なのは間違いないだろうが……、それ、お前の兵にも甚大な被害が出るだろ。うぬぼれてる訳じゃないが、これでも俺達は魔王と呼ばれてるんだぞ?」
だから今すぐ魔法を解除した方が良いぞ。
そんな俺の心の声は届かず、悪質はニヤニヤと笑うばかりだ。
……ヤバい。
かなり深刻な事態になってしまった。
飯を食う事に意識を向けている時は大人しいリリンだが、暴れ出したら手が付けられなくなるくらいに凶暴化する。
しかも、リリンは精神攻撃の影響を受けやすい。
というか、敗北する時は大抵が精神攻撃を受けた直後。
ラルラーヴァー同様、リリンの弱点を付いた嫌な攻撃だ。
「確かに、ブルファム兵にも被害が出るでしょうね。でも、それがどうか致しまして?兵は命を使い捨てられるのが仕事でしょうに」
「なに?」
「私が仕込んだ魔導陣は、思いついた考えを推敲する間もなく行動に移させる事で、人為的被害を拡大させるものですわ。最初は敵と味方に分かれていた陣営であったとしても、仲間を巻き込み、信用を失い、裏切られる前に殺せと、思考が短絡化するのです」
「かなり悪質だな。心無き魔人達の統括者でも、もうちょっと優しさがあるぞ?」
「あら、悪魔と比べて欲しくないですわね。私は聖母でしてよ?」
この魔法陣の真価は、最小限の味方の犠牲を払うことで、敵同士で永続的に潰し合わせる事ができる点だ。
焚き火がそうであるように、一度火を起こしてしまえば、後は薪をどんどん追加して、火を絶やさないようにすればいい。
もし火が消えてしまっても、自分が支払った犠牲よりも多くの損害を相手に負わせる事が出来る。
やり方は好きになれないが、戦争戦略として見れば真っ当で、そして……大魔王陛下はそれを読んでいたからこそ、俺達を少数精鋭で行かせたんだろう。
実際、ぶにょん被害者はロイだけという、最小限で済んでいる。
「やりたい事は分かった。でさ、生き残った敵兵がお前よりも強い場合はどうするんだ?」
「こちらの陣営には、絶対に敗北などあり得ない超戦力がいますの」
「なんだと?」
「シルバーフォックス社。その情報を買う為には数千億エドロが必要だと評価された、最強の戦闘集団ですわ」
シルバーフォックス社……、たしかセブンジード隊の担当だったはず。
相手も相当な実力者なんだろうが、こっちだって負けてない。
それに、有事の際には大魔王陛下が動くはず。
今は来るかもわからない敵の増援を警戒するよりも、目の前コイツを倒してしまった方が速いな。
再三に渡り、歪められた思考が指導聖母を処理しろと囁いてくる。
これが短絡憤怒による思考の短絡化か。
俺としちゃ積極的に相手を傷つけたくないだけに、かなり面倒な魔法だな。
しょうがないので魔力を高めて……気合いで対抗ッ!
心頭滅却、タヌキが一匹、タヌキが二匹ッ!
「隙あり。行きますわよ」
気持ちを落ち着かせながら攻め方を考えていると、悪質が先に動き出した。
これは……綺麗な武の型だな。
ふらっと走りだした悪質が、俺の右斜め下に潜り込む。
特殊な歩幅で音も無く忍び寄った動きは、並みの冒険者では目で追う事も出来ない程に速い。
流石は指導聖母。
戦闘力は大魔王並みか。
「しゃーねーな。ちっと痛いが覚悟しろよ」
差し出されたドス刀が俺の胸を突き破らんと迫る。
そして、それを上から掴んで押し潰し、バランスを崩した悪質に俺の膝を叩きこんだ。
お互いの影が重なった時間は、僅か1秒。
ごばっと息と唾を吐いた悪質は地面に倒れ込み、苦しそうに地面の砂を掴む。
「かふっ……。レベル3万程度の剣士が、なぜ、私の動きについて来られるんですの……?」
「すまんが、俺は英雄見習いだ。レベル通りにゃいかねぇぞ」
さっきの攻防、やる気になればグラムで一刀両断して決着を付ける事も出来た。
だが、それは流石に無慈悲すぎる。
リリン同様、セフィナに胸を張って会えなくなる様な事をするつもりはない。
「降参しとけよ。勝ち目なんてねぇぞ」
「すぅ……はぁ……。まったく、レジェンダリアには常識が通用しなくて困りますわ」
確かに、この指導聖母は強い。
動きは精錬されていて、女性でありながら……、いや、女性であるからこそ出来る柔らかな動きには、タイミングを合わせるのが難しい。
だが、それだけだ。
超高速で回転する尻尾からレーザービームを放つ訳でも無ければ、意味不明な赤黒い球体を召喚してランク9の魔法を連発する訳でもない。
ついでに、分裂したり、機神を呼び出したり、毛並みを自慢してきたりもしない。
要するに、想像しえる普通の範囲内の行動であり、今の俺なら対策なんて考えるまでもなく圧倒できる。
「これでは……。ちぃ、手の内を一つ見せますわ。《光導闘法》」
「……ん?」
「このバッファは、一味違いましてよ!」
高めた魔力が光に返還され、肉体を包み込んでいく。
あぁ、光導闘法か。
マジギレしたレラさんから逃げる時に、じじぃが使う奴だな。
この光導闘法については調べたから知っている。
じじぃが管理していた大規模書籍群の中に参考書が有ったし、カッコ良さに惚れた幼い俺は練習し、実はそれっぽい事が出来たりする。
だが、いい感じに光らせる事が出来た段階で、魔法が使いにくくなる変な癖が付くからってレラさんに止められた。
懐かしいなー。
さっきとは比べ物にならない速度で迫ってきた悪質を普通に裁き、暇を見つけて額にデコピンを打ち込む。
これ、やられるとすげぇムカつく。
そして湧きだした殺意のせいで動きが単純になり、どんどん窮地に陥っていく事になる。
「くあっ!……馬鹿なっ!?伝説の武術になぜ対応でき……くあっ!うあぅ!」
「この程度じゃ伝説にはならないだろ。見たことあるし」
「まさか……レジェンダリアにも使い手が!?ぃて!」
「俺が知ってるのはショボくれた老爺だよ」
よし、段々顔色が悪くなってきたな。
俺との実力差を悟り、青褪めている。
1秒間に5発ほど放たれている拳をすべて撃ち落とし、隙を見計らって足を払った。
ふらっと宙を舞った体めがけ、今度は平手で強めに衝打を叩きこ……あっっ。
こ、これは戦いだし、そこは急所だから仕方がない。
打ち込んだ手が柔らかな膨らみに触れてしまったけど、仕方がない。
……後で訴訟は勘弁してくれ。
「がはっ……、つよ……」
「さて。確かこの仮面が認識を阻害しているんだよな。奪っておくか」
「やめなさい!やめ、やめて……」
「……。なんか罪悪感が」
聖母を名乗る女性を押し倒し、胸を触った上で、付けていた衣服?を脱がす。
文章にすると普通に婦女暴行事件であり、司法の場に立たされたら勝ち目がないってもんじゃねぇ。
このまま続けるかどうか迷っていると、俺の肩を指でつつかれた。
振り向いた先に居るのは、満面な頬笑みの腹ペコ超魔王。
「……リリン?」
「ユニク。こういうときは、力の限り無理やり引き剥がすのがオススメ。ドリル尻尾起動!」
それはやめろッ!!顔の皮膚ごと抉り取れるからッ!!
俺にジト目を向けて来ている大魔王リリンが、尻尾を唸らせながら頬笑んでいる。
これはもしや……さっきの事故を見られた?
「リリン……?」
「敵に手を出す暇があるんなら、私に手を出して欲しいと思う。あ、私も敵になれば手を出して貰えるということ?」
「さっきのは事故ですッ!!すみませんでしたぁああ!!」
「なら、さっさとそれを片付けて欲しい。私の方はもう終わったし」
ご機嫌ナナメ超魔王リリンが向けた視線の先、そこにあるのは3匹のぶにょんぶにょんドドゲシャー。
ざっと見た感じ100人程度の兵士が捕らわれている。
あっ、同じく捕らわれているロイが兵士の降伏宣言を受け付けてるな。
逞しく成長している様で何よりだぜ!
「で、誰この人」
「指導聖母だってさ」
「よし、追い剥ぎして吊るそう。変態の仲間は駆除するべき」
うわぁ、リリンが更に不機嫌になった。
これは普通のクッキーじゃ足りないかもしれない。
確かこの辺に……、
腰に付けてあるポシェットを探ってオヤツを取り出し、腹ペコ大魔王のご機嫌取りをする。
そして、一瞬の隙を見計らい指導聖母の仮面を奪い取った。
そこに隠されていた素顔は……、テトラフィーア?
「なっ!?」
「隙ありですわ!」
突然の急展開に思考を奪われた俺は突き飛ばされ、悪質にまんまと逃げられた。
素早く回り込んだリリンが反対側に陣取って逃亡を許さなかったが……、ちっ、こういうドッキリ系の罠を仕掛けられると動きが鈍るな。
改めて悪質の顔を見ると、テトラフィーア大臣に似せている別人だった。
顔立ちや背格好、髪の色までそっくりだし意図的なものだろう。
「ぱっと見た感じ見間違えそうになるな。だが、テトラフィーア大臣の方が美人だぞ」
「ナチュナルに馬鹿にしないでくださいまし!」
「で、さしずめ成り替わって乗っ取りを企てていたって所か?テトラフィーア大臣が嘘を聞き分ける以上、他に選択肢が無いもんな」
「これも見破られましたか……」
しっかり見れば別人だと分かるが、女は化粧で化けるっていうしなぁ。
今は仮面を付けていた訳で、テトラフィーア大臣に似せておく必要はない。
もしかして、しっかりと化粧をした後なら見分けがつかなくなるのかも?
「テトラのものまねをして成り替わろうとしていた……?正直に言って、とても馬鹿だと思う」
「なんですって!?」
「レジェが見破れないはずがない。第一、テトラ程の女性になるのは難しいのを通り越して無謀。彼女の努力を貴方ではできないから」
平均的なジト目でリリンは蔑み、かなり悪い笑みを浮かべた。
思考回路が短絡的になっている事を差し引いても……、不味い。尻尾が唸っている。
リリンさまー、チョコレートクッキーなどいかがですかー?
「改めて言っておくぞ、怪我する前に降参しておけ」
「する訳ないですわ。まだまだ手札は隠し持っていますもの」
降参受付終了までのタイムリミットは、チョコレートクッキー25枚。
それまでに屈服させなければ、心無き超魔王が何を仕出かすか分かったもんじゃない。
「う”ぎるあ?リンなんちゃら何食べてるし?」
「チョコクッキー、アルカディアも食べる?はい、半分」
「すんすん……。あっ、これは豆の美味しい奴だし!!う”ぃ~~ぎるあぁ~~ん!ぎるぎるぅ~~」
やっべぇ!!タイムリミットが半分になったッ!!




