第27話「野営の始まり」
「なぁ、ユニフ。あの茂み、ガサガサいっているよな?」
「いってるな」
「足音はあの茂みの中に続いているな」
「続いているな」
「僕の言いたい事、分かるか?」
「……あぁ!分ったよ!確認すればいいんだろッ!」
足跡を発見してから、大体一時間くらい森の中を進んだだろうか。俺達は足跡を追いながら森の中を散策していた。幸いにして、足跡の持ち主が通ったのは踏み固められていた獣道だったようで、なんなく進む事が出来たのだ。
俺としては足跡が途中で消えていたり、進むのが困難になってあえなく断念、となって欲しかったような気もする。だが、神様はそれを許してくれなかったらしい。
目の前でガサガサと音を立てている、茂み。
その揺れている大きさからいってタヌキなんかではなくもっと大きい動物のものだ。連鎖猪か……でかいんだろうなぁ……。
茂みの前で尻込みしていると、後ろから背中をつつかれた。振り返ってみるとそこには、リリンの姿。早く行けと言う事だろう。
「じゃあいくぞ、」
「あぁ、そうだな、ユニフ、大丈夫だ、直ぐに僕も行く。一呼吸置いてから、だが」
この野郎、茂みに突き飛ばしてやろうか?とか考えつつも、まぁ、ロイは今、絶賛トラウマ生産中だからな。ここで怖い思いをすれば試験に影響が出かねないし、俺が行くしかないか……。
俺は、いつでもグラムでガード出来るように、《空盾》を掛けつつ、茂みをかき分けた。
そして、そこに居たのは黒々とした巨体。しなやかに伸びる体は光沢に溢れ、光が当たりテラテラと輝いている。そして、灰色がかった斑模様が印象的な生物。焼くと香ばしい匂いがしてタヌキが寄ってくる。
……まさに、ヘビ。間違うことなき、ブレイクスネイクそのものである。
「キヤシャァァァァァァ!!」
「お前かよッ!怖がって損したわ!!」
俺は八つ当たり気味にブレイクスネイクに先制攻撃。頭は危険なので、首?辺りに狙いをすましグラムを振った。だが、ブレイクスネイクは難なくグラムをかわして見せたのだ。
こいつ……出来る!俺は冷静にレベル目視を発動し、コイツのレベルを確認。レベル2151か、なるほど、昨日のヘビよりは強い固体だな。
実力の鑑定が終わった俺は、中距離をあけてヘビと対峙。お互いに睨み合いを行った。
ジリジリと視線が飛び交う中、後ろの茂みがガサリと揺れる。出てきたのはロイだ。
「ユニフ!助太刀するぞ、ここは協力して頑張ろう!!」
「……あぁ」
「わたしもやってみます!ヘビならなんとか出来そうですから!」
「お、おう……」
うん。まぁ、良しとしよう。一応二人よりもレベルの高い動物に戦いを挑むのだし、出てきただけで御の字のはずだ。うん、そう思う事にしよう。茂みの裏から「連鎖猪じゃなかったか。ユニフを囮にする意味なかったな」とか話声が聞こえた気がするが、気のせい気のせい。
「ロイ、俺達は前線で戦うぞ。コイツはタヌキほどじゃないにしても、早いから気をつけろ」
「了解した。シフィーは後衛で魔法を打ち込んでくれ」
「はい、了解ですっ」
簡単な作戦会議を終えた後、俺とロイはヘビに向かって走り出す。先にヘビに辿り着いたのはロイで、細身の剣を下から掬いあげるようにして切りかかった。ヘビは頭をくねらせ回避しようとするも、剣先に体が触れ血飛沫が舞う。
ロイは生物に剣を当てた感触に眉をひそめながらも、再び剣を返そうとするが、今度はヘビの攻撃と重なってしまった。剣とヘビの頭が衝突を起こし、小さな爆発が起こる。
一瞬の間、上体を仰け反らしたロイと、体の半分ほどを持ちあげているヘビ。どちらも隙が生じているが爆発の反動で攻撃態勢ではない。好機だ。
俺は、無防備となったヘビの腹めがけグラムを打ちおろす。ズドンと鈍い感触がしてヘビにグラムが食い込んだ。チッ、両断とはいかなかったか。
だが、勝利は目前だ。俺の後ろには魔法の準備を終えたシフィーがいる。俺は、素早くグラムを引きぬくとシフィーとヘビとの間から退き、魔法の進路を確保する。
俺の意図を正しく理解したシフィーは、つかさず魔法を唱え、ヘビにトドメを差しにいった。
「《放て、雷光槍!!》」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シフィーの放った雷光槍は、寸分たがわず見事に命中した。……ロイに。
「シフィー。狙うのはヘビの方、ロイでは無い」
「あ、あ、あ……ごめんなさぁい!!」
あっぶねえ!!避けといて良かった!!
とりあえず、シフィーが討ち漏らしたヘビにトドメの一撃を入れつつ、魔法に打たれて地面に伏しているロイに接近。
「まぁ、ほら、第九守護天使中だし、ダメージはないしな。魔法に打たれるなんて貴重な体験が出来たんじゃないか?ロイ。」
「確かに貴重な体験ではある。あるんだが、何で君はそんなに嬉しそうなんだ?」
俺は、魔法に打たれる怖さは十分に分かっている。一瞬、視界が白く染まり体の表面が激しく振動するけれど、全然痛くないという不思議感覚だ。
ロイは眉を潜め、何か言いたそうに俺を見つめている。
あぁ、何で嬉しそうかって?それはな………。
「………なんとなく、近親感が沸くなってさ」
「あぁー。君も苦労しているんだな」
そして、どちらかともなく、熱い握手をかわす。
お互いに無言で強く握った拳は、今までを慰め、これからを二人で分かちあう意思が込められている。気がする。
そんな俺達の光景を後ろから眺めていたリリンとシフィー。
こちらをしっかりと見定め、ポソリと呟く。
「シフィー。魔法の練習をしたくはない?」
「………したいですね。しましょう。」
「「《放て、雷光槍!!》」」
※※※※※※※※※※
あれから、眩い光の地獄から脱出した俺とロイは、ホクホク顔で余韻に浸っているシフィーと、「うん、筋がいい」と頷くリリンに降参の意を伝え、束の間の安寧を得ていた。
最後の方では、魔法に相当の耐性が出来たロイが、「もっとだ!もっと僕に魔法を打ち込んでくれぇ!」と危なげな感じになっていた気がするが、俺は、なにも見ていない。
「ユニクにロイ、シフィーも、初めての討伐成功おめでとう。このブレイクスネイクは体表に傷も少ないし、十分に買い取り圏内。さて、この非常に重たいブレイクスネイクを不安定機構に運ばないといけない訳だけれど、どうした方がいいと思う?ユニクにロイ、答えて」
「え、、、。このヘビだろ?結構重たいよな……担ぐか?」
「担ぐなんて僕はゴメンだぞ?その為に荷台車を持って来たんだからな」
なるほど、その為の荷台車か。よく考えている。
俺は、ロイの意見に賛同をし、リリンに視線を向けた。
ん、あれ?リリンから正解との声がかからない。ススス、とシフィーの側に移動し、何やら話し合いをしている。
荷台車が出てきたのが不測の事態だったのだろう。
「ん。荷台車を使うというのは悪くない。むしろ、新人の冒険者ならそうするべきだと思う。ちなみにユニクの答えは最悪に等しい」
「うっ、最悪なのか……」
「そう冒険者にとって両腕をふさぐというのは、命を投げ捨てるようなもの。それに、ブレイクスネイクは何げに仲間意識が強く、仇討を仕掛けてくる事が有る。わざわざ頭の上に掲げて移動する冒険者などいない。そういう奴はもれなく、全滅するから」
「……。」
「だけれど、荷台車よりも優れた手段が実は存在している。シフィーは分かる?」
「もちろんですよ!わたしこれでも魔導師ですから! 答えは、『転移陣』ですっ!」
「「転移陣?」」
「そう、正確には『不安定機構・冒険者拾得物用簡易転移陣』通称、『ワープナー』。そして今回はここに実物を用意している。シフィー、広げるの手伝って」
「はい。分かりました」
リリンが空間から大きめの紙を取り出し、シフィーと二人掛かりで地面に広げていく。四方をピンで止め、固定するだけの簡易的なものだが、その中心には複雑な魔法陣が描かれており重厚な雰囲気をかもし出している。
「この魔法陣は不安定機構の倉庫に直結していて、この陣の上に獲物を乗せて呪文を唱えれば、誰でも簡単に転送出来るという非常に便利なもの」
「へぇー!すごいなこれ」
「そう、非常に便利だけれど、取り扱いには十分に気を付けなくてはならない。転移陣と言えど非常に簡素なもので『転送事故』が起きやすい」
「事故?それってなんだ?」
「転送時において、一緒に転送した物や転送先にあった物が融合してしまうことですよ、ユニフくん。魔導師にとっては常識です!」
「騎士なロイ。知ってたか?」
「いや、知らなかった」
「こほん。あまり詳しく知らない二人でも簡単に分かるように説明すると、カップアイスを使った説明が分かりやすい。紙カップに入ったアイスが転送に失敗すると、『紙カップに入ったアイス』ではなく、『紙のカップが混ざりこんだ、アイス』になってしまうという」
「食えねぇじゃねえか!」
「そう、非常に残念になる。そして、転送したのが生物の場合はさらに酷い事に……」
「確かに、カップがアイスに混ざりこんでしまうのなら、もし人が転送事故を起こしたら?」
「……服とか装備品が混ざりこんだ、ユニク。となってしまう」
「怖ぇぇぇよ!!」
リリンが変な事を言い出したが、実際に起こりうる事なのだそうで、笑いごとじゃない。
そんな体験は絶対にしたくないので、俺は転移陣には近づかないようにしよう。
その後は、何事もなくヘビを転送し、索敵を続けながら連鎖猪を探した。
だけれど、一匹の収穫もないまま、日が落ちかけてしまった。
俺達は広めの草原に荷物を降ろし、ここを今日の陣地とする事にする。
……人生初めての野営が、始まる。




