第49話「大魔王後援会」
「陛下、テトラフィーア様、お茶が入りましたぞ」
サーティーズを討ち取り勝利したレジェリクエ達の次の策謀は……全力の体力回復だ。
アホの子タヌキロボ→ビッチ狐の娘というカツテナイ窮地を経たレジェリクエとテトラフィーアは満身創痍だ。
特に精神の疲労は著しく、戦争中という状況を分かっていながらも身体が休息を欲している。
そこに平常心のグオが現れたとなっては、テーブルとイスとティーセットが召喚されるのは自明の理だ。
「ふぅ……。あー、なんて酷い状況なのぉ。勝ったのって奇跡じゃなぁい?」
「そうですわね。セフィナと戦って消耗していなければ、もう少しマシだったでしょうけど」
濃い目に入れた精神を落ち着かせる紅茶『ティアラーズ・オブ・ノーブルホーク』で唇を濡らし、レジェリクエは溜め息を吐いた。
最善手を取り続けた場合の勝率ですら50対50だと、レジェリクエの確定確率確立は告げている。
一手でも間違えば即座に敗北する可能性がある中、致命傷から何度も蘇るサーティーズに勝利出来たのは奇跡的だと笑い、二人はやっと肩の力を抜いた。
「どうやら、相当高度な戦いだったようですな?」
「切り札の時計仕掛けの運命塔まで使わされたわよぉ。まぁ、もともとシルバーフォックス社に使うつもりで作った魔法だけれど……、もしもの時のアホの子対策に取って置きたかったわぁ」
時間逆光を引き金にして発動する魔法『時計仕掛けの運命塔』。
この魔法は、リリンサの妹が生きているという情報を手に入れる前から開発していたものだ。
魔法開発当時、ブルファム王国との戦争で最も警戒していた戦力は、シルバーフォックス社だった。
ワルトナの立ち位置が伏せられていたからこそ、決戦用の切り札として、レジェリクエ、カミナ、ワルトナの三人によってデザインされ、おおまかな基礎が出来あがってからはグオとテトラフィーアも交えて研究が進められていた。
だが、唐突にセフィナという超危険人物が出現。
リリンサを下しかけるという暴挙を成し遂げ、優先順位が切り替わる事になったのだ。
「グオ、時計仕掛けの運命塔を設置したのって、この場所だけだったわよねぇ?」
「そうですな。魔法をコピーできる十本指を象る火輪を持つ儂ですら手間取るくらいには、難解緻密ですからな」
セフィナ対策としてレジェリクエが立てた計画は以下の通りだった。
①この場所におびき寄せ、機械仕掛けの運命塔でセフィナを追い詰める。
②ダメージを受けたセフィナ(ゴモラ)が時間逆光で回復を狙う。
③時計仕掛けの運命塔が起動、無傷で捕獲する為に酒樽に沈める。
だが、セフィナがアップルルーンを召喚した時点で大前提が壊れ、それからなし崩し的にこうなった。
結果的に窮地を乗り切れたものの、レジェリクエの腹の中にはドス黒い感情が燻っている。
「はぁ……。よし、苦情を入れましょぉ。ワルトナにぃ」
「そうですわね、では、私はメイに連絡を入れておきますわ」
二人とも精神の安定を図る為に携帯電魔を取り出し、手慣れた感じで操作した。
一瞬早くレジェリクエの電魔からコール音が鳴り響き、すぐに通話状態となる。
「パララ~~パラ~。ガチャ。……彷徨える羊よ、罪を告白し懺悔せよ。さすれば――」
「貴方が愚痴った大聖母への不平不満を書籍にして出版し、大陸一のベストセラーにするわぁ」
「わー待って待って、それはマジで洒落にならないからっ!!また調教されちゃうからっ!!」
……また調教されるぅ?
とっても気になる事を記憶の奥に留めつつ、レジェリクエは声を改めた。
だいぶ気を抜いているとはいえ、今は戦争中だ。
女王としての仕事を全うするべく、ついでに鬱憤も晴らすべく、厳格な声で語りかける。
「ワルトナぁ、懺悔の代わりに愚痴を聞いてくれるかしらぁ?ねぇ?」
「なんか随分と疲れている声だねぇ。……まさか、またタヌキに噛まれたとか言わないだろうね?」
「あはぁ、そんな訳ないじゃなぁい」
「だよねー。ま、タヌキ連戦とか絶望すら生ぬるいし。で?」
「今度はキツネに噛まれたのぉ」
「……は?」
白銀比と既知があるワルトナは、キツネの意味を瞬時に理解した。
だからこそ、その意味が分からず困惑している。
白銀比は人間の戦争になど興味がなく、関わってくる事自体が異常事態だからだ。
「――そんな訳でぇ、シルバーフォックス社長の正体は白銀比様の娘だったって訳ぇ」
「マジか。レジェ、良く生き残れたね?」
「ホントにねぇ。セフィナ襲来の件も含めて後でたっぷり損害賠償請求をするから覚悟しなさぁい」
「キツネの方は僕に関係ないと思うんだけど?」
「アホの子が来なければ、もっと楽に勝てたわよぉ」
「……だよねー」
責任回避を目論んだワルトナだが、それが難しい事だと分かっている。
それに、レジェリクエが敗北していた場合、その尻拭いが自分に回ってくるというのにも気が付いているのだ。
脳内で打算をしたワルトナは、レジェリクエの要求を飲んでおくのが最も簡単な解決方法だと判断した。
そして、その要求を減らす為に先手を打つ。
「シルバーフォックス社を押さえたんなら、もう悪才は関与してこない。まずはこの情報がお詫びだ」
「有用だけど足りないわぁ」
「続いて、指導聖母の悪性と悪徳の二人は僕が押さえよう。これで残るは指導聖母・悪質だけ。どうだい?」
「すでに捕らえた悪性は良いとして……、貴方が悪徳を押さえる理由ってなぁに?」
「……ノウィン様が激オコなんだよ。ついさっきまで僕は不安定機構深部に呼び出され、『ラグナガルムと共に、自律神話教と悪徳を叩き潰せ』って言われたばかりだよ」
皇種を参戦させるとか、どんだけマジギレしてるの?
というか、大聖母に逆らうと皇種を差し向けられるとか笑えないんだけど。
タヌキに機神に皇種に、何枚手札を持ってるのよ。
レジェリクエは心の中で戦慄し、それを隠して嘯いた。
僅かな声の震えも発しないように、細心の注意をしてワルトナに語りかける。
「何でそんなに怒ってるのぉ?誰に対してなのかしら?」
「あぁ、アップルルーンは神の御遣いだって僕が煽るまでもなく、自律神話教が神様認定しちゃったんだよ。……で、セフィナこそが巫女だと騒いで、大陸の支配者に祀り上げようとしているらしい」
「あぁ、大聖母の正体は実母のダウナフィアだって話だものねぇ」
「それを知ったノウィン様は静かな声で言いました。『自律神話教が持つあらゆる抵抗力を破壊した上で、悪徳を私の前に連れて来なさい。少々不満足な身体になっても不問とします』って」
「気持ちは分からないでもないけどぉ……、大聖母ノウィンって、私情を挟まないようなイメージだったんだけれどぉ?」
「僕もそこが気になった。だから、廊下で見かけた神様に聞いてみた」
「不安定機構深部の廊下には神様がいるのねぇ。恐ろしいわぁ」
「そしたらさ「アイツら、ボクの事『アルタ・マンユ』って呼んでるらしいじゃん?ムカつくから、ノウィンにチクってやったぜ!」ってさ。なお、命名したのはノウィン様」
「完全に私情じゃない。流石アホの子シスターズの生みの親。余の策謀で計り知れる気がしないわぁ」
一気に疲れが増したレジェリクエは、もういいやと思って電話を切ろうとしている。
とりあえず自分達の敵が減ったのだからそれで良いと気持ちを切り替え、通話終了ボタンを押そうとし――、奥の茂みに視線を向けた。
「ワルトナ、もし2時間以内に余から電話が無ければ、レジェンダリア軍の指揮を貴方に預けるわ」
「はい?いきなり何を言って――?」
「まったく、次から次にお客様が来て困ってしまうわぁ」
「ちょ、レジェ、待――」
レジェリクエは制止を振り切って通話を終了させ、携帯電魔を乱雑に仕舞った。
その横ではグオが既に臨戦形態をとり、嫌そうな顔のテトラフィーアもレヴィの双撃を構えている。
そしてレジェリクエも壱切合を染め尽す戎具を鉄扇に変化させ、口元に添えた。
「すみません陛下、お客様を出迎えるのが遅れましたわ」
「貴方が聞き分けられなかったのなら、空間転移で現れたんでしょうねぇ」
ぽたり。と頬から汗を流しつつ、レジェリクエは気配を感じる方へ視線を向けている。
……いや、視線を外せないでいるのだ。
特殊な感知方法を持たないレジェリクエですらハッキリと分かる程の……覇気。
今だ姿を露わしていない段階で既に、魂の底から震えている。
静かに落ち葉を踏みしめて近づいてくる、死神の足音。
ほんの数秒の時間が悠久の時のように思え――、こくん。っとレジェリクエは息を飲んだ。
「テトラ、銃を下ろして良いわ」
「……陛下?」
「だって、戦っても勝ち目なんて無いもの。今の余達では、いいえ、万全の余達であっても勝ち目なんて無いわ」
静かに歩み寄っていた死神は、鎌の代わりに漆黒の剣を携えている。
その美しい姿は禍々しい存在には見えず、だがしかし、纏う覇気はサーティーズとは比べ物にならない程に濃密だ。
「にゃはは、さっきの戦いを見させて貰ったよ。ずいぶん大きく育ったもんだ」
少しの間だけ言葉を選んだ英雄は、姉の様な柔らかい頬笑みをレジェリクエに向けた。
そして手が届く距離まで歩み、そっとレジェリクエの頭を撫でる。
「よく頑張ったね、レジィ」
「ロゥ、姉様……っ!」
頑張って絞り出した声の衝撃で、レジェリクエの瞳から涙が零れて落ちた。




