第26話「恐怖の足跡」
タヌキと色々な意味で戯れた翌日の朝。リリンと俺は町の入口へと向かった。
昨日ロイ達と分かれる前に、待ち合わせ場所として指定していた町の城門に近づいてくると、壁に寄り掛かってぐったりしている騎士風の男と、地べたに座りカリカリとノートに何かを書いている魔導師の姿が見えてくる。
うん。ロイとシフィーだな。服装はあまり変わらないが違う点が二つほど。
二人とも荷物が倍くらいに増えている。傍らには小さい荷台車まで用意されており、その上にキャンプ用品みたいなものが積み込まれていた。
なるほど、二人とも野営の準備をしっかりとしてきた訳だな。
それに比べて俺達は昨日とまったく同じ装備だ。リリンが「とくに改まって用意するものはない。必要なものは私の異次元ポケットの中に収納されている。ユニクの分の下着も準備済み」と言って来たので何にも用意していない。申し訳ない気持ちになってくるな。
ちなみに、もう一つの変化は、ロイの眼の下にクマが出来ていたことだ。
「おはよう。二人とも昨日の疲れは取れたか?」
「ははは、ユニフ。取れると思うかい?僕は夢にまでタヌキが出てきて、追いかけまわされたよ……」
「はい!わたしも夢にタヌキちゃんが出てきました!追いかけっこしたんですよー」
あぁ、どうやら二人ともタヌキが夢に出てきたらしい。内容は全くの正反対みたいだけどな。
ロイ、タヌキトラウマ決定か。可哀そうに。
「二人とも、今日はというか、今日から明後日までの三日間は相当にハードな内容となる。私以外は、野営の経験は初めてみたいだし、気を引き締めて過ごして欲しい」
「あぁ、分かっているさ、僕は騎士だ。実践は経験していなくても、訓練なら積んでいる。大丈夫だ」
「あ、わたしはよく分からないので、お師匠様の旅装を勝手に持ってきました。内緒ですよ!」
「そうだな、俺も初めてだし、気を引き締めていこう」
そして、俺達は再び森へと足を運んだ。
ロイとシフィーはキョロキョロと周囲の確認を過剰なくらい行っているが、実際は、そこまで警戒する必要がないとリリンに教えて貰っていた。
実は二人と合流する前、別の入口から町の外に出た俺達は、ホロビノを呼びだしている。
そして、リリンはホロビノに、こっそり俺達の周りに危険な動物が近寄らないように警護していてとお願いしていたのだ。
何かちょっと気になるとリリンが警戒してのことだが、ホロビノが見ていてくれるのなら安心だ。ちゃんと働いてくれるのなら、だけど。
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「なぁ、今日はあんまり動物見かけないよな?鳥とかの鳴き声も聞こえないし」
「ん、そうだね。少し森が静かすぎる気がする」
「そうなんですか?確かにピクニックみたいになっちゃってますけど……」
「何か有ったのか?タヌキの軍勢が攻めてくるのか?」
過剰に反応しすぎているロイはともかく、確かに静かすぎる気がする。俺が村にいた時には絶え間なく動物の鳴き声が聞こえていた。場所によってはこんなに静かになるのか?
なにか嫌な予感が少しだけしつつも、昨日と同じく川上に向かって進んでいく。
そして、日も高くなってきた頃、少し森の中に入ろうと、リリンが提案した。
「どうしたんだ?リリン。何か見つけたのか?」
「この足跡を見て、くっきりとしていて、まだ土が柔らかい。恐らく今朝つけられたもの」
「あ、でも足跡ってことは蛇じゃないですよね。タヌキちゃんにしては大きいような?」
「タヌキッ!奴が出たのか!?」
おい、ロイ。タヌキの事は一旦、置いておこうぜ?タヌキに慣れてもらうために置きものでも買ってきてやろうか?
なんて冗談を考えつつも、事態はヤバそうだ。リリンが凝視している足跡はタヌキの足跡の3倍は大きい。必然的にタヌキとは違う生き物のはずだし、その足跡の間隔が大体1m前後とかなりのものだった。
結構な大型の動物が出てきそうだ。
とりあえず、心辺りがないか聞いてみるか。
「これ、何の足跡だろうな?」
「えぇと、この地域でとれる野生の動物は、タヌキと鹿とウサギと後は、えーと」
「そうだな、他にはアナグマやイタチなんかもいるだろう。羊や馬なども、もしかしたらいるかもしれない」
シフィーの回答にロイが続いて答えた。
意外な事に、ロイは野生の動物に詳しいらしい。なんでもロイの騎士領では狩猟が盛んに行われているらしく、特産品として売り上げているそうだ。
だが、一連の動物達を想像してみても、しっくりこない。ロイもシフィーも同様のようで首をかしげている。
うーん?なんかこの足跡、というか足の形は村で見覚えがある気がするんだけどな……?なんだったっけ?
俺は記憶の奥底に潜む答えを探しだし、おぼろげながらに答えが出てくる。確かこれは……
「この足跡ってさ、イノシシ……か?」
「うん。ユニク正解。正確に言うならばこの足跡は連鎖猪のもの」
「「な、なんだってぇぇぇ!!」」
「え、ちょ、リリンちゃん!この足跡は連鎖猪って本当ですか!?」
「うん。気になる事が有るけど、間違いなくそう」
「タヌキに連鎖猪……ここが、地獄か」
シフィーは慌てふためいているし、ロイは天に向かって祈りをささげている。
俺には連鎖猪のヤバさは分らないんだが、二人の反応を見るにかなり危険そうだ。
特級害獣に指定されているんだっけ?
「二人とも何をそんなに慌てている?」
「リリンちゃん!連鎖猪は危険すぎるッ!人なんて一突きで殺してしまうんだぞ?」
「そそそ、そうですよ!早く不安定機構に行って報告をしないと!」
「どうせ報告に行ったって、『あ、そうですか。じゃあ、見つけたら狩猟しといて下さいねー。角は買い取りますから―』とか言われるに決まっているし、すごく面倒。なので……」
「「……なので?」」
「このまま、試験続行。」
「「キィヤァァァァッ!!」」
ロイとシフィーは金切り声を上げ、身を寄せ合っている。なにがそんなに怖いのかと聞いてみたところ、ランク3のそのイノシシは大規模な食害を引き起こす非常に迷惑極まりない奴なのだそうだ。
その食欲は凄まじく、イノシシの群れが通った後には草一本残らないと揶揄されるほどらしい。
しかも、その名の通り、必ず10匹以上の群れで行動し、しかも雑食性。木の実から昆虫、小型の動物までを食い漁り、自分の領域に入ってきた敵には怒涛のように牙を向き殺してしまう。
そして、その強さはランク3という確かなものに裏打ちされていて、ベテランの冒険者でも返り討ちにあう。
ロイの騎士領でも、見かけたら大規模な騎士団が編成され、山狩りが行われる程だそうだ。
「でも、でもだ、リリンちゃん!連鎖猪はタヌキやヘビとは違う。毎年何人も死者が出ているんだ」
「大丈夫。私には第九守護天使がある。連鎖猪の攻撃など効きはしない。それに、ロイは連鎖猪 を狩猟してみたくはない?」
「そ、それは、したいに決まっている……」
「じゃあ、良い機会だから練習をしよう。大丈夫私が付いている」
そう言ってリリンはこれ見よがしと、第九守護天使を発動させた。出発する前にも一度掛けて貰っているが、ロイ達を納得させるためであろう。
その魔法に安堵したのか、ロイとシフィーは落ち着いてきたようだ。
少しだけ剣を持つロイの腕が震えているけど、ぐっと堪えている。なんだか戦場に赴く前の騎士みたいだ。カッコイイ。
「うん、それじゃ、足跡を追って連鎖猪を探してみよう。先頭はユニクで」
「なんでだよッ!」
「そうだ、それがいい!!先頭はユニフで決まりだ」
「え、ちょ、」
「そうですよね!ユニフくん頑張ってください!!」
「な、え、……はい……。」
チクショウ!!こいつら、結託しやがって……。
つーか、よくよく考えたらランク3って、ウナギやホロビノと同じランクじゃねえか!
ねぇ、本当に大丈夫?大丈夫だよね?
俺は気付いてしまった事実に戦々恐々としながらも、グラムを強く握り締め、足跡を見据える。
その恐ろしい生物の足跡は、森の奥深くまで続いているようだ。