第39話「銀幕の佳境 グオVSチャラ男③」
「これであなた一人ですぞ、セブンジード。降参しますかな?」
「くっそ……。俺はまだ、チャラ男でいたい」
仲間を失い、勝機は絶たれた。
そんな、本来ならば絶望して良い状況に置かれたセブンジードは、深く深く、溜め息をついている。
サーティーズに敗北し、あん畜生陛下共に身代金を用意されちまった以上、俺のチャラ男人生は死んだも同然だ。
それ程までに、金の力は大きい。
この世界は、金と魔法が全てだと言っても良い。
金さえあれば大抵の物は買えるし、魔法を極めれば大抵の事を行える。
実際、その二大要素の片方を握られている俺は、あんのゲロ鳥大臣に手も足も出やしねぇ。
フランベルジュ国で第一王子派閥だった俺の一族は、当然、第一王子を勝たせるべく、あらゆる私財を投入してきた。
財力、権力、暴力。
持っている力の全てを惜しげもなく使用し、そして……敗北し、負債だけが残った。
借金のかたに財力も権力も暴力も剥奪され、それでもまだ足りなかった。
保身ばっかり上手い一族は全部俺に吹っ掛け、早々に逃げ出した。
そんな俺の全てを買い上げた奴こそ……テトラフィーア姫だ。
「降参?する訳がねぇ」
「ほう、何故ですかな?」
「チャンスだからだよ。陛下も大臣も、俺を玩具にして遊んでやがる。チャラ男と呼ばれた俺は遊ぶのが大好きだが、弄ばれるのは趣味じゃねぇ。……一度でいいから見返してやりてぇと思ってんだよ」
アイツらのどっちかに勝てば、今回の身代金も、借金も、全部帳消しにできるはずだった。
あん畜生共は愉快犯だが、筋を通せば理解をしてくれる。
だからこそ、俺がチャラ男として生き残る為には、アイツらのどっちかに勝った上で見逃す事で恩を売る必要があった。
で、俺の目の前にいるのは、自称魔導師の筋肉マッチョ元国王。
なんかもう全ての要素が酷過ぎる。どうしてこうなった?
「ほっほっほ。見返さずとも陛下達は価値をきちんと理解していると思いますがな」
「送られてきた命令書の作戦名に『捨て駒大作戦』とか書かれていても?」
「陛下は捨て歩戦術を好みますからなぁ。しかりて、成り金が盤面に二つ以上ある事も珍しくないですぞ」
敵陣の奥深くに入りこみ、戦場を支配する。
たった一つの歩が金となり君臨する事もあるのだと、グオは雄弁に語った。
それはかつて、取るに足らぬと断じた町娘が成り、王を討ち取った事件のオマージュ。
それを知らないセブンジードであっても、その言葉の中に何かを感じ取った。
「……成れば良いんだな?金に」
「言うならば儂は逆なのだ。元々王であり唯一無二だった儂は、飛車や角行となる事で陛下の役に立っている。己の価値を決めつけてしまうのは、チャラ男ではなく愚男ですぞ」
チャラ男ではなく、愚男。
愚かな男という意味であれば、自分はまさにそうだと納得している。
だがそれでも、俺はまだチャラ男でいたい。と、セブンジードは腰についたポーチバックに手を掛けた。
「金って言えば……、あんたに勝っても身代金が出そうだよな」
「出してくれると信じておりますぞ」
「そうかよ。じゃ、ここらで妥協しておくかね。《特殊工作兵装》、起動」
数多の戦場を駆け抜けたセブンジード隊の本懐は、戦況を有利にする為の特殊工作だ。
だが、それは当然ながら難易度が高く、失敗すれば自分の命どころか隊員全滅の憂き目に遭う事になる。
そんな中、セブンジード隊が今まで生き残ってきたのは、難易度の高い作戦を未熟な隊員に行わせないからだ。
セブンジードはシルバーフォックス社の制服から換装し、再びレジェンダリアから支給された特殊隊服に身を包んだ。
迷彩柄の服の至る所に、手榴弾や爆薬などの武装が輝く。
顔には暗視ゴーグル、両手には全自動掃射銃。腰には短銃と短剣。
ザクリと地面を踏みならしたのは厚手のブーツ。
奇しくもそれは……借金の上乗せを代償に、テトラフィーアから贈られたものだ。
「おや?裏切り者には似合わない装備ですな?武装解除をお勧めしますぞ」
「うっせぇよ」
そんなチンピラじみた掛け合いを皮切りに、セブンジードの全自動掃射銃が火を噴いた。
毎秒5発もの魔法を纏った弾丸が空を埋め尽くし、グオに向かい跳躍する。
それらは今回の戦いから使用を許可された……決戦仕様の弾丸、第九守護天使弾。
赤髪の魔弾……、メナファスが好んで使用するこの弾丸は語るまでもなく優良であり、あらゆる魔法的物質を木端微塵に粉砕する。
もちろん、通常の弾丸としての役割も備え、まともに直撃すれば肉体の損壊は免れない。
「分かり易く行きますぞい。《第九守護聖界》」
グオは、その言葉通りに分かり易く右腕を差し出し、長指に嵌めている指輪の効果を発動。セブンジードが放った弾丸を遮った。
まるで見えない盾を持っているかのように、数百発の弾丸が第九守護聖界に阻まれ役割を終えていく。
バラバラと散っていく薬莢が散乱していく中、セブンジードは次の一手を打った。
「《大規模個人魔導・硫黄と水銀の硝煙弾雨》」
この魔法は、指定した目標に弾丸を必ず着弾させるという、セブンジードの切り札の一つ。
全く違う方向に弾丸を撃ち、それが目標めがけて飛ぶ軌跡を有効活用し敵を殲滅する。
本来ならば最後の詰めに使用する”とっておき”を早々に切ったのは、この手法がバレているからだ。
レジェンダリアの闇を背負う謎置き男、グオ。
セブンジードの上位互換とも呼べるこの男は配下の能力値など当たり前に覚えている。
「《魔弾四連装・第九識天使―極炎殺―南極氷床―巻き戻す積乱雲》
「歪曲する弾道、ならばこれですぞ《百八の武闘》」
周囲に散らばっていた石や岩を足場に跳弾した4種の弾丸が、グオ目がけて集中する。
片腕で防げるのは一方向のみ。両腕を使った所で無駄だ。
そんなセブンジードの読みは外れ……、精密機械の様に舞うグオの足元に、叩き伏せられた弾丸の山が出来あがっていく。
グオが使用したのは、ランク9のバッファ『百八の舞踏』。
この魔法は、可視情報と肉体稼働のタイムラグを0秒にする。
神殺しを覚醒させた時がそうであるように、新調された時間の中で全ての弾丸を見切り、原初守護聖界を纏った拳で叩き伏せたのだ。
「バケモン過ぎんだろッ!?」
「儂は陛下の為に甘さを捨てておるのでな。今度はこちらから行きますぞ」
「《灼蛇手榴弾ッ!!》」
「《魔法次元乗・四番目の世界へ》」
仕掛ける為の隙を与えねぇ。
そんな思惑によっては投げつけられた手榴弾は、一匹の炎の蛇を生み出した。
触れれば容易に肉や骨を気化させる一撃必殺のそれがグオの足に巻きつこうと迫るも――、グオの姿は忽然と消えていた。
「ッ!?消え――」
「《混迷の使徒よ。我が戦いを私闘と下げずんだ王よ。愚かな理知に飲み込まれるがよい。水害の王》」
何もない虚空からグオの詠唱が響く。
そして、幾つもの黒い斑点が大地に蠢き、それらから無数の触手が渦巻いた。
『水害の王』
リリンサのお気に入り『ぶにょんぶにょんドドゲシャー!』の元になった大規模殲滅魔法。
それをグオは別次元に制作した空間の中で唱え、攻撃手段の末端である触手だけをセブンジードが居る世界に出現させた。
もしも触手に絡め取られれば、向かう先は別次元。
何があるのかも定かでは無く、必然として死が押しつけられるだろう。
セブンジードは触手をすべて破壊しなければならないという、最も無意味な選択肢を強いられた。
その触手をすべて撃ち滅ぼそうとも、グオには傷一つ負わす事は出来ない。
「一気に潰すッ!!《魔弾衝突融合・気化榴弾ッ!!》」
放出した弾丸同士をぶつけ合わせて有爆させ、100以上もあった触手を一気に焼却。
そして、僅かに開いた隙間から触手の根元――、魔法次元に存在する本体めがけ、第九守護天使弾を一世掃射する。
ぶにょんっ!!っと大きく蠢いた水害の王が崩壊した刹那、セブンジードの後ろに空間の亀裂が出現。
そこから出現したのは……、テトラフィーアだ。
「!?って、騙されるかこんなもん!!」
一切の容赦がないどころか、清々しい笑みを浮かべてセブンジードは蹴りを決めた。
ぱしゃり。と水音を発して崩れていく偽物に追加のヘッドショットを入れつつ、無造作に弾丸を放って周囲を探る。
そうして見つけた空間の綻び。
それが中心になる様に数千発の弾丸を放ち、地上に魔法陣を書いてゆく。
「蒸し焼きになっちまえ!!《魔弾陣詠唱・荼毘に臥す火之迦具土》」
空間の綻びを核として、擬似太陽が顕現した。
それは瞬く間に孵化し、百匹の炎の蛇となって周囲を蹂躙する。
「《主審の断罪槍》」
灼熱が渦巻く中、グオは陽炎を纏いながら立っていた。
その周囲には、緑色の槍で刺し貫かれた百匹の炎の蛇の群れ。
不定形であるはずの炎の蛇が抜けだそうと蠢くも失敗に終わり、呆気なく力尽きて霧散して行く。
「ほっほ、今のが切り札だと伺っておりますぞ」
「あぁ、そうだ。簡単に消されたがな」
「ならばこそ、儂も切り札で応戦したまで。古来より化物を駆るのは主神の役目と相場が決まっておる」
あらゆる手段を用いて、セブンジードは攻撃を仕掛けた。
だが、未だグオに一切の痛痒を与えていない。
全く嫌になるぜ。っと短く息を吐き、視線をグオへ向けた。
「やれやれ、どーなってやがるんだよ。いくら魔法の知識があろうとも、俺の弾丸がことごとく無効化されるなんてあり得ねぇ。魔導銃を知りつくしている俺じゃなきゃ、こんな芸当出来ねぇぞ」
「儂が魔導銃の構造を熟知しておるのが、そんなに不思議ですかな?」
「不思議だな。この魔導銃つーのは、約10年前に造られた近代兵器だが……、その出自がハッキリしねぇ。内部構造に解明されていない部分があり、こういう形状だから魔法的効果がある……なんて馬鹿げた理論で動いてる部品すらあるくらいだ」
「それを解明し、改良したのは陛下の同胞たる『再生輪廻』様ですな。かのご婦人と言葉を交わした儂が知っておっても何ら不思議ではありますまい?」
「違うんだよ。俺もガンデ技巧店には出入りしてるが、アイツが改良したのは弾丸を飛ばす射出機構の方だ。魔法機構のゴレムレイスは既存の物を使用していると言っていた」
セブンジードは自分が扱う武器について徹底的に調べ上げている。
それこそ、重火器については技術革新局長のサンドクリムよりも詳しい程だ。
だからこそ、魔導銃の最初の一丁を作った人物の名前以外がまったく不明なのは、情報部隊長としての威信を刺激している。
「お前は何者だ?」
「元国王チュインガム。内務大臣グオ」
「それじゃねぇよ」
「ふむ、ならばお求めの答えは……さすらいの武器商人・チュインマンでしょうかな?」
その名を聞きたかったのだと、セブンジードは思っている。
どれだけ探そうとも見つけられなかった開発者チュインマンの痕跡。
レジェンダリアに存在する文献は、その人物に関する詳細の一切が伏せられ、他国ではそもそも魔導銃に関する文献が無い。
こんな所で出会ったんじゃ無ければ、直ぐに頭を下げてでも教えを乞うたのに、とセブンジードは奥歯を噛みしめる。
「ほっほっほ、どうやら儂と勝負がしたいようですな?」
「勝負だと?」
「うむ。銃による一騎打ち。儂に勝てば何でも質問に答えてやろう」




