第34話「銀幕の切間」
「……そうだったのですか。冥王竜との戦いはローレライ真王陛下が介入し、真深紅の巨人の中にはリリンサ様の妹君が搭乗していたと……。愚男たる儂には想像すら及びませんでしたぞ」
「恥じる必要はないわよぉ。この展開を想像できるのはぁ、神とタヌキだけだからぁ」
鬱蒼と茂る森を歩き、レジェリクエ達はレジェンダリア軍との合流を目指している。
この三人が徒歩などという原始的な移動手段を用いているのは、自分たちを囮として使う為だ。
セブンジード隊が壊滅した事により、シルバーフォックス社の次の狙いは自分達だと予測を立てた。
それ故に転移魔法を用いず、ついでに発見されやすいよう、声に出しながら現状報告をしていたのだ。
「ふむ。冥王竜や天穹空母の事は、一度忘れるのがよろしいでしょうな。どうしようもない大災害にあったと思いましょう」
「ロゥ姉様の事を災害呼ばわりするのは引っ掛かるわぁ。……でも、今の状況って、ほぼロゥ姉様が原因なのよねぇ」
レジェンダリア国の極悪三賢者が知恵を絞って行き着いた答え。
それは、この状況の発端はローレライだということだった。
もともとレジェンダリア軍がこれほどまでに大規模な進軍を仕掛ける事になったのは『絢爛詠歌の導き』が見つからず、代案としてロイを王位に付けようとした為だ。
もし、ローレライが絢爛謳歌の導きをレジェリクエに渡していた場合、即座に戦争は終結し、速やかに王位が継承されただろう。
さらに、真深紅の魔導巨人……アップルルーンゴモラがここに来てしまった理由、それも『ワルトナがローレライを警戒したが為に、セフィナを放置した』からだ。
なお、レジェリクエ達は知らない事だが、ゴモラがセフィナをアップルルーンに乗せたのは、神殺しを持つ超越者の気配を感じ取ったから。
帝王枢機に乗っていれば、何が有ってもセフィナを守り通せるとゴモラは判断したのだ。
「忘れた方が良いですわよ。それよりもセブンジード達の事ですわ」
「そうねぇ、グオ。何か情報を掴んでいるかしら?」
「そうですな……、おかしな痕跡の場所は発見したと報告が上がっておりますぞ」
「おかしな痕跡ですの?」
「戦場痕からセブンジードが交戦したのは間違いないのです。ただ、その場所には血液が一滴も落ちていなかった。数千発の弾痕が散らばっているのにもかかわらず、ですぞ」
「高位の魔法か魔道具を使用したんでしょうね。ワルトナが持ってる『救命救急救世』みたいなのとかかしら?……どんどん容疑が固まっていくわねぇ。これで裏切り者がワルトナだったら笑えないわよぉ」
口に出したレジェリクエも、本当にワルトナを疑っている訳ではない。
三人が相談し合った結果、シルバーフォックス社の社長はセブンジード隊に潜り込んでいた者だと絞り込めているからだ。
「正直、未だに私の耳が謀られたなんて信じられませんわ。……が、そこのグオさんの前では黙るしかないんですのよね」
「ほっほっほ。儂はテトラフィーア様の前で嘘をついておりませんからな。元行商人というのも事実ですぞ」
「なんで元国王が行商人をしてるんですの?普通あり得ませんわよ!?」
「王位継承の際に兄に追い出されましてな。着ていた服一着を質に入れ、その元手を3年かけて増やしたのですぞ。そして、兄を圧倒する資金を湯水のように使った物量戦を仕掛け勝ったのです」
「それって、王宮を圧倒する資金を三年で集めたという事ですの?えっと、どうやって……?」
「まずは水飴と食紅、そしてガラスの箱を買いましてな。それをこねて宝石を……と、こんな与太話は後にしましょう」
「いえ。察しましたわー、詐欺ですわー」
流石は、稀代の賢王たるチュインガム元国王。
水飴で宝石を作って売るとか、王族が思いついて良い発想じゃないですわー。
っと、テトラフィーアは内心で引きつった笑みを浮かべて話を打ち切った。
自分が正体を見抜けなかったという汚点も、この賢王が相手なら仕方がないと無理やりに納得する。
「とまぁ、嘘を聞き分けるテトラフィーア様といえど完璧ではないのです。セブンジード隊の誰が裏切ったにせよ、何処かに抜け穴が有ったのでしょう」
「グオ大臣の場合は胡散臭さの塊という印象だったから、何かあるとは思っておりましたの。でも、セブンジード隊にはそんな人いませんわよ?」
「ならば、ナインアリアはどうでしょうかな?彼女はテトラフィーア様や陛下と同じ世絶の神の因子を持っておられるとか?ならば偽れるのでは?」
「ナインアリアは絶対に裏切らないですわよ。だって彼女だけなんですの、幼い私と下心無しで遊んでくれた友達は。ユニフィン様ですら姫の私に遠慮してましたし」
「竹馬の友ですか。分かりますぞ。儂ら家族は皆が無条件で信用しあってますからな」
「……ミルティーナやイースクリムなんかは割と罵倒してますわよ。過干渉すぎてウザいと」
「なぬぅ!?」
僅かに溜飲が下がったテトラフィーアは視線を逸らし、深い森を見やった。
静かに葉が擦れる音の中に、自然界には無い音が混じったからだ。
「……陛下、お客様がいらっしゃいましたわ」
「あらあらそうなのぉ。じゃあ、盛大に出迎えてあげなくちゃねぇ」
テトラフィーアが聞き取ったのは、湿った苔を踏む音。
その足音は、落ち葉の上や乾いた木の上を歩いたものではない。
音が最も発生しづらい苔の上を選んで走っている集団の気配を聞き分け、テトラフィーアは素早く判断を下す。
向かって来ている敵は、対等な立場の『お客様』。
自分たちを脅かしうる存在だとテトラフィーアは告げたのだ。
「来ますわ。距離800、700、600……。歩調が変わりましたわ。これは……」
僅かに困惑を浮かべたテトラフィーアは動きを止め、その両耳に意識を集中した。
その一団の足音を正確に聞き分け、更に困惑が深まっていく。
そして……、ガサガサと茂みを掻き分けて現れたのは、ボロ切れ寸前の軍服を着た男だ。
「……セブンジードですの?」
「あっ。えっと、すんません……。軍団長セブンジード、以下、セブンジード中隊。任務に失敗し半壊いたしました。交戦したシルバーフォックス社も負傷者を出し痛み分け、各々が別方向へ移動した為、行方を終えておりません」
見事な直角のお辞儀をしながら、セブンジードは自分達の現状を報告した。
それに続く様に出てきた『カルーア』『ナインアリア』『バルバロア』『サーティーズ』も同様に頭を下げている。
そしてそれには、一切の嘘が含まれていない。
事実としてセブンジード隊もシルバーフォックス社も半壊し、結果、各々が別方向へと移動した。
シルバーフォックス社員達はサーティーズの指示に従い、残りのセブンジード隊を捕虜にしつつ自社へ帰還している。
行き先を知っていようとも、行方を追っていないのだから嘘では無い。
「にしても、陛下達が落とされてるなんて予想外すぎですよ。天穹空母への帰還陣を使おうと思っても反応しないし、聞き取り調査をしたら『冥王竜は神に撃墜された』とか意味不明だし。……マジで落されたんですか?」
「えぇ、どいつもこいつも堕とされて、私、困ってしまいますわ」
「……。何故ばれた?俺は嘘なんかついてねぇぞ」
一瞬で険しい表情に切り替えたセブンジードは、迷い無くホルスターから銃を引き抜いた。
そして引き金に指を掛け、銃口をテトラフィーア達に向ける。
「はぁ。少々、舐めすぎですわね。私の耳はこの大陸一良いんですのよ?」
「知ってるさ。だからこそ腑に落ちねぇ。嘘は吐かなきゃ見抜けねぇだろ」
「あら、ご存じなかったんですのね。人間の足音って感情に直結してますのよ」
「なに?」
「例えば楽しい時、人は爪先に重心を乗せて歩きますわ。逆に後ろめたい時は踵に。気分が悪い時はゆっくりと大地を踏みしめて、焦っている時は足早に。とっても分かり易いんですのよ」
「ちっ、総員隊列ッ!!」
「その中でも貴方の足音は特別分かり易いんですの。今は『裏仕事』の時の足音ですわ」
動揺が確信に変わったテトラフィーアの心中には、それでも疑問が尽きていない。
セブンジードやカルーアが裏切っている可能性も考慮はしていた。
だが、ここに来たのはセブンジード隊の中核達。
部隊がまるごと全部裏切ったのに等しく、到底簡単には受け入れられない。
張り詰める空気の中、静観していたレジェリクエが口を開いた。
「ねぇ、セブンジード。どう戦ったら軍服がノースリーブになるのかしらぁ?」
「……ちょっと枝に引っ掛けてな」
「カルーア、こんな所で胸を見せてもしょうがないわよぉ」
「……あんたのせいでしょ」
「ナインアリア、へそを出してると風邪をひくわよぉ」
「ちっ、であります」
「バルバロア、貴方は無傷なのねぇ」
「話しかけるな、偽りの王が」
「サーティーズも無傷ぅ」
「はわわわわ……。ラッキーでした」
優しげな声色で一人ずつ問い掛けたレジェリクエは、悲しそうに瞼を伏せた。
ほんの一秒の沈黙。
そして、それが意味する答えが告げられる。
「……そう、サーティーズ。貴方がシルバーフォックス社の社長だったのね」
「はわわ!?」
「演技は止めなさい。せっかく対峙したのだから、余は本当の貴方が見たいわぁ」
「はわわわわわ……。こうも簡単にばれちゃうんですね。セブンジードさんやナインアリアさんが警戒するのも納得です」
サーティーズがパチン。っと指を鳴らして視線を集めた次の瞬間には、セブンジード達の制服がシルバーフォックス社の社服へと変わっていた。
その変わり身の早さには驚きはしたものの、その意味についての動揺は無い。
やはり全員が洗脳されてるわねぇ。っという、確証を抱いただけだ。
「改めてご挨拶をしたいわぁ。サーティーズ社長、じっくりお話する時間は有るかしら?」
「えぇ、ございますよ。なにせ陛下を取れば事実上のチェックメイト。戦争はブルファム王国の勝利となりますから」
「ふふ、貴方にも責任者としての誇りがあるみたいで安心したわぁ」
「もちろん備えておりますとも。ただ、私は一企業の長でしかありません。国王陛下の御前ともあれば、相応に着飾る見栄をお許しください」
サーティーズは様々な装飾が付けられた簪を懐から取り出し、自らの髪を結い上げた。
そして、煽情的な動作で隊服に指を掛けて脱ぎ、絹の様な肌を空気に触れさせ――。
「……。あらぁ、とっても綺麗ねぇ」
「……。いえ、それどころじゃありませんわよ。陛下」
サーティーズは、夜をイメージさせる黒い着物を身に纏った。
全てを包み込む闇、それに映えているのは……黄金色の八尾だ。
「くすくすくす……。驚きましたか?私って実は人間じゃないんです」
「そうねぇ。うん、とぉーってもビックリしているわぁ。ほらテトラ、リアクションをしてあげなさぁい」
「では、失礼しますわね」
すぅぅぅぅ。っと息を吸い始めたテトラフィーアに一同の視線が注がれる。
そして、たっぷりと10秒ほどの時間を掛け……、感情の限りをぶちまけた。
「タヌキの次はッッッ!!!!キツネですわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




