第33話「敗北の銀幕②」
「《魔弾連装対魔導大口径弾・第九堕落天使弾―静寂の夜想曲―凝結せし古生怪魚》」
ナインアリアの両脇をすり抜けながら、三種の射撃が空を駆けていく。
『第九堕落天使弾』
白亜の魔法陣が彫られたこの弾丸は、自身が纏っている第九守護天使を敵対物の防御魔法と対滅させる事で、確実に相手に届かせる必中の魔弾。
『静寂の夜想曲』
可視光線の様な弾丸を持たない閃光は、接触した分子を崩壊させて貫く光出力弾。闘技場で無敵殲滅が使用した切り札であったそれをセブンジードは手に入れていた。
『凝結せし古生怪魚』
古代怪魚を模した異形なるこれは、恐るべき『ぶにょんぶにょんきしゃー!』を元に考案した特別製弾。自動で相手を追尾し、接触した物体に纏わりついて凝結する。
これら三種の射撃、それは間違いなくサーティーズの命を奪うべく放たれたものだ。
軍人を名乗っている時のセブンジードは、一切の感情を捨てている。
内情を知られている以上、サーティーズを生かしておく意味は薄いと判断すれば、この決定は当然の帰結だ。
「魔導小隊、いくわよ!《兆弾反射!!》」
「「「「《兆弾反射》」」」」
爆心地から身を翻したナインアリアは、幾重にも突き立てられた銀色の反射板を横目で捉えた。
カルーアの号令によって木上や空などを含めたドーム状180度に設置されたそれは、魔導師部隊の真骨頂。
放たれた弾丸を加速して反射させるその魔法は、セブンジードの狙撃を文字通りの意味で『集中砲火』たらしめる最上位の連携魔法だ。
「……サティちゃん」
バルバロアがいる安全地帯まで後退したナインアリアは、眉を潜めた複雑な表情をしている。
つい先ほどまで「荷物が重い」などと小言を漏らしていたサティーズを想いながら集中砲火を見やり、全て手遅れだと悟ったのだ。
「何でこうなっちゃったでありますか……」
「せめて、私達は覚えておいてやろう、ナインアリア」
「バルバは生き残ったでありますのに……」
「……。」
カルーアと同じく副隊長であるナインアリアは、この集中砲火の威力がどれだけのものなのかを把握している。
連携を学ぶべく35mのドラゴンを相手に仕掛け――、その結果、5cm以上の肉片が残らなかったという凄惨なものだったからだ。
防御魔法は破壊され、凝結の効果でその場から吹き飛ぶ事を許されず、物質を崩壊させる可視光線が無数に貫く。
それが大地を除いた全方向から隙間なく同時に着弾し続けるのだ。
跡形もないと表現するのが、もっとも相応しい結果がそこにあるだろう。
魔法の感知とは別の震えを肌に感じ、ナインアリアは目を伏せた。
そして、別れの言葉を告げようと視線を向ける。
「友達だったでありますよ。自分の中では――」
「そうですね、私も友達でいたかったです。学生は結構楽しかったですから」
馬鹿な。と目を見開いたのはセブンジード隊の全員だ。
一方、シルバーフォックス社員は誰一人として視線すら向けていない。
彼らは知っているのだ。「我らの社長が、重火器なんかで殺せるはずが無い」と。
「嘘、でありますよね?何でサティちゃんの声がするであります?なんで、魔力が消えていないでありますか!?」
「勝手に殺さないでください。というか、みんな私の扱い酷くないですか?はわわわわわ」
最初にそれを悟ったのはセブンジードだった。
引き金に掛っていた指を下ろしてしまう程に動揺が走る。
狙った場所に弾丸が到達していない?そんな馬鹿な。
砕け散っていく肉片では弾丸の軌道を阻害できない。
ましてや、弾丸が堰き止められて壁みてぇになるはずが……。
鋼鉄の残骸を丸めたような2mほどの球体がセブンジードの視線の先にある。
奇しくも、バルバロアの得意魔法『鋼鉄の芙蓉花』に近しい形のそれは、第九天使堕落弾と怪魚の群れで構成されたもの。
そして、硝煙の香りを纏わせた鋼鉄の中、そこから悠然と……無傷のサーティーズが優雅に抜け出た。
「ふぅー、疲れるんですよ。世界時間に干渉するのって」
「なんて量の魔力でありますか!?」
「さて、お返しです。《こおり鬼、とーけた》。」
「逃げ――ッッ!!」
いち早く異変に気が付いたナインアリアの怒号。
だがそれも、向かってくる弾丸の速度よりも遅い。
数千発の銃弾を集めた鋼鉄の残骸が、再び動き出していた。
それは、重なり合うはずの無かった飽和した弾丸の群れ。
それぞれが直進しようと一斉に動き出せば、ぶつかり合い、弾け飛び、数百の花火が爆発したような――、暴虐が吹き荒れる。
無造作に薙ぎ払われたような苛烈な衝撃。
セブンジード隊に叩きつけられたのは、防御不能の弾丸雨注だ。
「ちぃ!各員点呼ッ!!何人死んだッ!?」
死屍累々が横たわるその戦場で、セブンジードの声に反応出来た者はごく僅かだった。
最前衛職であるが故に複数の防御魔法を纏い、弾丸に対応できる感覚器官を持っていたナインアリア。
ナインアリアがフォローした事で致命傷を辛うじて避けた、前衛2名。
幸運にも弾丸が当たらなかったバルバロア。
……それだけだ。
それ以外に反応出来た者は無い。
「はわわ……。だいぶ酷い結果ですね。責任問題ですよ、セブンジードさん」
「てめぇ……」
周囲に散らばる死屍累々、その中には呼吸している者たちがいる。
それでも、意識を失うほどの重症者。場合によっては直ぐに死んでしまう者もいるだろう。
だが、まだ生きている。見捨てる訳にはいかない。
セブンジードが想定した最悪のシナリオ。
それは、敵に人質を取られた状態での、継戦だ。
「……投降する。だからコイツらの命を保証してくれ」
「とりあえず止めといてあげます。が、セブンジードさんとナインアリアさんには用事がありますので、もうちょっとだけ付き合って貰いますよ」
「何が狙いだ?」
「我が社の企業秘密です。教えませんよ」
勝敗は既に、戦う前から決していたとセブンジードは思った。
事前に調べていたシルバーフォックス社の評判。
交戦した者の異常に高い生還率から、『シルバーフォックス社は戦闘を好まず、投降してしまえば追撃は無い』と推察。
そして、それが間違っていた事に気が付かされたセブンジードは右腕だけを強く握りしめる。
「あんだけの怪我を一瞬で完治させられるんなら、手加減の必要なんてない、か」
「はい、邪推ですね。仕向けた刺客が怪我無く戻ってきた。そんな事が続けばシルバーフォックス社は敵に配慮しながら戦ってると噂が立ちます。我が社の評価もウナギ登りですね」
「その結果がこれか。傷を完治させ、記憶を奪えば何が有ったのか露見する事は無い。なら、どんだけ怪我人を出そうが問題ねぇ訳だ。結果、やり過ぎて死んだ奴だけが残る」
「一応言っておきますけど、これは戦いの結果。殺し合いの結果ですよ」
セブンジードはこの局面をひっくり返す効果的な手段を持っていない。
ただ、知りたかったのだ。
誰が死んで、誰が生きているのか。
ナインアリアが魔導感知で調べ終えるだけの僅かな時間を稼ぐ為、会話をしているだけに過ぎない。
「ちょっとだけ付き合え、か。俺達はお前の社員に手を出したからな。鬱憤を晴らさせる為に袋叩きにでもするのか?」
「私のイメージってホントどうなってるんですか?それなら妓女の方がマシなんですけど」
「現状、勝ち目がない敵でしかねぇからな。俺の腕もこんなだし」
セブンジードは左腕を振り上げようとするも動かず、代わりにブラブラと肉が揺れている。
辛うじて皮一枚で繋がっている左腕、それは凝結の効果によって千切れ飛ばなかっただけだ。
二の腕の八割を抉り取られれば、もう使い物にならない。
「セブンジードさん……」
「ナインアリア、何人死んだ?」
「……3人であります」
「誰だ?」
「ダグワズさん、ドルチェさん、カルーア副隊長であります」
「……ついてねぇ奴らだ」
セブンジードの乾いた声を聞いたバルバロアは目を見開き、怒りを露わにした。
戦死者に対する言葉がそれかと憤り、非難の視線を向け――、薄く薄く細めたセブンジードの目を見て黙る。
「サーティーズ、俺と戦いたいんだよな?」
「えぇもちろんです。私はあなたの深い所まで知りたいんですよ」
「それは男が妓女に言うセリフだ。覚えとけ」
「覚えません。二度と使いません」
「そうか。じゃ、戦うとするかね」
ポタリと血液が左腕から落ちるも、それは致命傷になりえない。
幸いにして、凝結の効果で出血は抑えられている。
少しだけ血液が地面を汚しているが、それも沸騰しそうな怒りを抑える為に役立ってくれると思った。
セブンジードの冷静な部分が告げている。
これは戦争であり、戦死者が出るのは当たり前だ。
それでも……面白くねぇと、セブンジードは草を踏みしめる。
「今からの俺はチャラ男だ。軍人として戦う訳じゃねぇから手出しすんな、ナインアリア」
「意味が分からねぇであります」
「抱いた女が、抱こうと狙ってた女に殺された。ふざけた話だが、チャラ男としてケジメは付けるべきだろ」
「……じゃあ、自分も参加する資格があるでありますよ」
「なに?」
「自分も抱かれたであります。カルーア副隊長は自分を褒める時、ギュッと抱きしめてくれるでありますよ」
「そうか」
それ以降、セブンジードは何も言わなかった。
否定も文句も言わず、真っ直ぐにサーティーズを見据えている。
「ナインアリアさんは無傷ですね。流石です」
「そうでありますね。全力で殴れるでありますよ」
「せっかくだから限界に挑戦してみては?リリンサさんの戦いを見て頑張るって言っていましたよね?」
「そうでありますね。サティちゃん、軍人って酷いもんであります。これなら……、捨てられまくった冒険者時代の方が良かったでありますッ!!」
雷の様な、ナインアリアの疾駆。
魔導感知の感度を最大値にし、周囲の魔力を無理矢理に身体に取り込んで強制的なバッファとしたのだ。
膨れ上がる魔力にナインアリアの筋肉が軋む。
それは、肉体に収まりきらず魔力が溢れだそうとするが故の挙動。
鬱血した肌には文様が奔り、薄らと光が灯っている。
「うがぁあああッ!!」
空気の壁を突き気破ったナインアリアの拳が唸った。
視覚では捕らえる事が出来ない、連撃という言葉では表せられない、何か。
大気との摩擦によって燃え上がった灼熱の籠手が、美しい狐尾の間で舞う。
激突音は言うまでもなく壮大で、世界そのものを削り取っているように見えた。
「へぇ、速い。凄いですよ、ナインアリアさん。超越者並みです。ですが」
「ッ!?ついて来られるでありますか!?」
「芸が無い。私が今使ってる格闘家の記憶をインストールできたら、良い感じになりそうですね」
サーティーズはナインアリアの拳を全て撃墜しながら、その未来を思い浮かべた。
一流企業に成長した我が社。
そこで同じ制服を着たナインアリアと昼食を共にする。
そんな未来を幻視して、柔らかな笑みを溢す。
「一つ、良い事を教えてあげましょう。私の権能、時の遊郭についてです」
「随分と余裕がありますねッ!!」
「時の遊郭が支配しているのは時間の概念。それを理解しようとするならば、記憶を主軸にすると分かり易いです。時間とは、三つの記憶の複合体ですから」
「しらねーでありますッ!!」
ナインアリアは難しい魔法理論が嫌いだ。
ましてや、肉体が弾け飛びそうな極限状態の中、敵の言葉として語られれば聞く耳を持つはずもない。
それに、サーティーズの独り言は、遠くから見ている社員へのパフォーマンスだ。
たまには社長としての威光を見せておこうという、ただの気まぐれ以上の真意は無い。
「その三つの記憶は生物、物質、世界の三つに分けられます。それらには改変のしやすさがあり、私が重用するのは一番と二番です」
「知りたくもねーでありますッ!!」
「一、生物の脳に刻まれたエピソード記憶。脳という記憶媒体に集約されており、探す手間が無いので改変が簡単です。ただし、それぞれの記憶が結びついているので反故が生じやすく、バレ易い。記憶改変されているという事を認知されても良い状況で無ければ、使わない方が良いでしょう」
時の遊郭を持つサーティーズにとって、時間とは記憶。
『時の遊郭』の発動下にある現在、目の前の人物の記憶を覗くなど容易く、ならばこそ、その動きを先読みする事が出来る。
そしてそれを使えばナインアリアの拳に対応するなど、眷皇種としての強靭な肉体と魔力、そして過去に手に入れた強者の戦闘記憶を使えば成し得る事だ。
「だんだん動きが鈍くなって来ましたよ?悩みでもあるんですか?」
「何をッ!?して!!いるでありますッ!?」
何をしているであります?
そんな簡単な問いかけさえ、ぶつ切りになってしまった。
思考が散り散りになり、考えが纏まらない。
明らかに異常をきたしていると理解できても、直ぐに思考は霧散し別の事を考え始める。
何かされている?
ようやく思考がそこに行きついた時、ナインアリアの腹にはサーティーズのボディブローが突き刺さっていた。
「がふっ」
「さっきの、実はすごく痛かったんです。お返し」
苛烈な拳の応酬、その攻守が入れ替わった。
不安定な姿勢に追い込まれた事でナインアリアはバランスを崩し、ギリギリのタイミングでの防御が精一杯になる。
ナインアリアの魔導感知により、肉体的な素質は同等だ。
ならばこそ、技を使って攻めるサーティーズの優位は揺るがない。
「先ほどの質問ですが……、記憶を読むだけでは無く、奪っているんですよ。自分が何をしようとしていたのか分からなくなったら、人間って動けなくなりますから」
ナインアリアは、その言葉の意味が理解できなかった。
先ほど自分が発した問い掛けの記憶を奪われている以上、何の脈絡もなく言われた事に過ぎないからだ。
だが、その本質は理解出来た。
何らかの方法で自分の記憶が奪われ続けている。
自分から記憶が移動しているのなら、その経路を見つければ対策出来ると思った。
「ごちゃごちゃッ!!うるせーでありますッ!!」
「ふふ、ナインアリアさんの方がうるさ……」
ナインアリアの虚勢の慟哭に被せる様に、一発の銃声が響いた。
相対していたサーティーズの瞳に映っているのは、前方という、あり得ない方向から飛んでくる銃弾。
セブンジードさんはほとんど動いておらず、私の背後に位置どっている。
確かに後方から弾丸が飛んできたが、確実に避けた。
反射板はすでに壊れていて使用不可。
弾丸を弾けそうな石や岩も周囲には無い。
……どういうことですかね?
頬をかすめた弾丸の痛みを代償に、サーティーズはナインアリアの脳裏に浮かんだ答えを奪う。
「そうですか。さっきのも今のも、弾丸を籠手に反射させていたんですね」
再び響く銃声。
今度は途切れなく続くそれは、一発一発が必殺の威力を持つであろう渾身の一撃だ。
セブンジードが持つ最大火力のスナイパーライフル『ベルゼの針撃』。
遥か後方15kmからの狙撃を可能にするそれは、初速がマッハ3を超えている。
それが寸分違わずナインアリアの籠手に直撃し、その曲線部を使って跳弾。
サーティーズの急所を穿つべく、弾丸が飛ぶ。
「これだとナインアリアさんの記憶を奪っても意味がないですね。セブンジードさん、もうちょっと近寄ってください。記憶が読めないですよー」
ふざけたお願いに文句を言う余裕など、セブンジードには残されていない。
ベルゼの針撃は大型スナイパーライフルだ。
通常、地面に設置して使うものであるそれを、今のセブンジードは片手で扱っている。
一発ごとに肩の骨が軋み、背骨から嫌な音が響く。
それでも、狙撃を止める訳にはいかない。
「うがぁでありますッッ!!」
「前々から思ってましたけど、ナインアリアさんって野性児か何かですか?首を狙うとか殺意高すぎです」
体制を立て直したナインアリアの猛攻にセブンジードの狙撃が加わり、サーティーズの顔から余裕が消えた。
特に、先が読めないセブンジードの狙撃が厄介だと断じ、僅かにナインアリアから距離を取ろうと後退する。
……が、ナインアリアはそれを許さない。
「なりふり、構ってられねーでありますッ!!」
「……人生って少しの遊びが大事だと思うんですよね。ナインアリアさん」
「ふざけるなであります!」
「だから、……私といっしょにあーそびましょ。《だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ》」
「なっ……!?」
ナインアリアの脳裏に浮かばされた、懐かしい記憶。
王宮の庭、木漏れ日の下で行ったテトラフィーアとの遊戯。
それは、世界に刻まれた遊びの記憶。
魂を拘束する、10のカウントダウンだ。
「うごっけっ……」
「動きましたね?アウトです」
強制的に動きを止められバランスを崩したナインアリアの腹に、サーティーズの手が添えられた。
そして、すれ違い終え、ナインアリアは意識を手放しながら崩れ落ちる。
「ナインアリアッ!?」
「くすくすくす……、見ている間に動いたんです。そりゃ、ダルマみたいに転がっちゃいますよ」
サーティーズの掌から、ナインアリアの血液が滴り落ちていく。
その手の中にあるのは、大量の血液を蓄えていた……臓器。
「てめぇ、よくも……!」
「これって戦争ですよね。でも、私たち眷皇種にとっては遊戯みたいなものです」
「かふっ……」
「所詮は人間風情。わっちら人外の化物に勝てる道理など、ある訳ないでありんしょう」
その言葉を聞き終える前に、セブンジードは転がっていた。
電光石火のごとく走り抜けたサーティーズに突き飛ばされ、達磨のようにあっけなく、銃を構えていた右腕と意識を失って。
「さて……、これは何の因果ですかね?バルバロアさん。一番弱い上に、我が社の業務対象である貴方が最後まで残ってしまいましたよ?」
「サーティーズ、おまえ……」
ナインアリアも、セブンジードも、既に動いていない。
バルバロアが見る限り、呼気があるのかも疑わしかった。
「でも私的にはラッキーですね。……魔王シリーズの恐怖の波動って、思い出したくないトラウマを抉るんですよ。痛めつけて縊り殺したくなるほどに、です」
バルバロアは息を飲んだ。
抗う術は無いのだと理解して死を悟る。
そして――、
「もう裏切るのはごめんだ。命乞いなどという、みっともない事もしない。どうせ死ぬなら剣を持って死にたいのだ」
バルバロアは剣を構え、サティーズに鋭い眼光を飛ばした。
剥き出しの敵意の中にあるのは、動揺と覚悟。
敵だと信じたくないという想いと、敵だから斬るという決意だ。
そしてそれが、サーティーズの琴線に触れた。
「……見直しました。ちょっと欲しくなりましたし、一応合格にしておきましょうかね。雑用くらいできるでしょう?」
「なんだと?」
「先ほど私が言っていた、時間の概念の続きです。……二番、物質そのものに刻まれた形状記憶。こちらは形や状態を表すものであり、記憶を復元すると元の形状に戻ります」
ふぁさっと狐尾が振るわれると、死屍累々に光が灯った。
僅かに宙に浮かび上がり、その下を赤黒い物が高速で蠢く。
やがて主を見つけたそれは元の場所へと還り――、セブンジード隊の損壊していた肉体が復元されていく。
「馬鹿な……」
「さっきもしましたけど、私は時間を巻き戻して物質を復元できます。ただし、過去の状態へ無条件で戻せるものではありません。崩れたブロックを再び組み立てているに過ぎず、既に肉体が世界に還元してしまったり、遠くへ移動した場合は手出しができません。怪我を元に戻した時に血液痕が消えるのはその為です」
「もしかして、見逃してくれるという……のか……?」
「いえ、違いますけど」
「なんだと!?」
「狙えそうなんですよね。セブンジードさんやナインアリアさんの戦闘力が有れば簡単に取れそうなんです。だから……《かーこめ、かこめ。かーごのなーかの鳥居は、丑三つ出会う……》」
バルバロアの脳内にサーティーズの声が響いた。
そして、一定のリズムに乗って、あり得ない経験がフラッシュバックして行く。
レジェンダリア兵として任務に失敗し、シルバーフォックス社に助けられ、自分達はレジェリクエが立てた作戦の捨て駒だったと知る。
そして、バルバロア達は新たな人生を選択した。
シルバーフォックスの社員として、サーティーズに忠誠を誓う日常を手に入れたのだ。
「みなさん、おはようございます」
「ここは……、いえ、おはようございます、サーティーズ社長」
「良い挨拶です、セブンジードさん。……さて、新制セブンジード小隊を改め、サーティーズ小隊ですかね。新人の皆さん、お仕事ですよ。とっても大きな案件ですが、社長の私が一緒なので大丈夫です」
「仕事か。……ほらお前ら、社長の命令だぞ。総員整列ッ!!」
血色の悪いセブンジードが声を張ると、伏せていた隊員たちが次々と立ち上がった。
その中にはカルーアの姿もある。
ゆらりと幽鬼の様に立つ隊員の中心、腹を摩りながら立ち上がったナインアリアは、ぎらついた目をサーティーズに向けた。
「自分ら、今から何をしに行くでありますか?」
「業績を上げるチャンスです。もちろん、女王レジェリクエを取りに行きますよ」
「……なら、テトラちゃんと一緒の時を狙うと良いでありますよ。高く売れるであります」
「777万エドロをポンと出せる人ですもんね。それにしても……、中小企業であった我が社が『国王討伐』ですか。ふふ、次のボーナスはとても奮発できそうです」




