第25話「地域のルール」
「このタヌキは捕ってはいけない。ダメだよ。ユニク」
もう一度言い聞かせるようにリリンが声を発した。
どうしてだろうか?つい先ほどまで激闘を繰り広げていた時には何にも言ってこなかったのに、急にそんなことを言われても困ってしまうんだが。
ほら、ロイを見てくれ。口をあんぐり上げて、まさに信じられないといった顔をしているぞ?騎士が見せちゃいけない系の顔だ。
「いや、なんでだ?タヌキを捕っても任務にはならないとはいえ、食料にはなるだろ?」
「そうではない。ユニク、あの茂みをよーく見て」
ん?茂み?
リリンが指示した方向には、このタヌキが登場した茂みがあった。よーく見てみると未だにガサガサといっている。
まだ何かいるのだろうか?
俺が疑問を抱いたと同時に、リリンの手から風の試験魔法が発射された。
寸分たがわずに、その茂みのちょっと後ろに着弾したウインドボールは弾け、風圧で茂みが揺れる。
すると、茂みから三つの毛玉が飛び出して来たのだ。
「うぉ!なんだあれ!?」
「あれは、タヌキの子供。どうやらそのタヌキは親タヌキだったらしい」
へぇ、なんだこの毛玉達、すっげぇ可愛いんだけど!
未だ上手く歩けないほどにおぼつか無い足取りでプルプルとしており、必死にミーミー鳴いて親タヌキを呼んでいる。
そして、当の親タヌキは俺達から視線を外す事もなく、超警戒態勢を維持していた。
なるほど、子タヌキがいたから逃げなかったんだな。
「確かに子育て中なら可哀想かもな」
「そう、それに、この地域の掟では、子供連れのタヌキは捕ってはいけないというのがルール」
「そうなのか。じゃ、やめておくか?」
「いや、それはダメだろう!ユニフ。騎士として、こんな危険な生物を野放しにはできない!!」
俺とリリンで話が纏まりかけてきた時、すごい形相でロイが割って入ってきた。
どうやらやっと状況が呑み込めてきたらしく、タヌキを見逃すという話に我慢が出来なかったらしい。
「いやでも、可哀そうだろ?」
「そんことはないッ!!よく考えてくれユニフ。こいつのレベルは1900を超えているんだぞ?こんなのが街に出たらどうする?訓練を積んだ僕でさえ圧倒されるのに、普通の市民がどうこう出来る相手じゃないんだ。だからその親タヌキも子タヌキも捕ってしまった方がいい」
「いや、それはダメ。あまり乱獲しすぎると、この地域からウマミタヌキがいなくなってしまう」
「くっ!こんな危険な生き物は、絶滅してしまえばいいといっているんだッ!」
あぁ、ロイの奴。タヌキを取れなかったのが相当にショックだったようだな。
支離滅裂なことを言い出してしまった。
確かにタヌキは、それはもう大変に危険な生物だが、絶滅していいほどじゃない。なんだかんだ食えば美味いしな。
だけどロイの気持ちもわからんではない。このままだとタヌキに勝ち逃げされる事になる訳で、トラウマの克服は早い方がいいだろうからな。
タヌキが怖い騎士様なんて格好がつかない。
どうしたもんかと悩み始めた俺をよそに、リリンが口を開いてしまった。遅かったらしい。
「そんなにそのタヌキを捕りたいというのなら、もう一度戦ってみればいい」
「あぁ、そうさせてもらう」
かちゃりと剣を構え直したロイはタヌキを見据えた。
確かに今ならタヌキは満身創痍。速さに慣れてきた俺たちならば十分に対処が出来るだろう。
だが、世の中そんなに甘くない。というかリリンはそんなに甘くないんだよ。ロイ
「……《第九守護天使、解除》」
「えっ。」
「第九守護天使は消したので今からは普通にダメージを受ける。そしてここからは、二対二の戦いとなる」
「「ん?二体二?」」
「ユニクとロイ VS. タヌキと私」
「「いや、無理だろッッッッッ!!」」
やめてくれッ!俺は関係ないだろっ!?ロイ側にしないでくれ!!
というか俺は、絶対に勝ち目のない戦いになんか挑みたくない。
考えても見てくれ、たとえリリンが攻撃をして来なかったとしてもだ。リリンには無敵の第九守護天使がある。
あぁ、第九守護天使の美しい光を纏ったタヌキの、なんと禍々しい事か。
俺達の剣撃をやわらかそうな腹で弾き飛ばし、高速で近づいてくる、タヌキ。
瞬く間に首筋を噛みちぎられ、力なく横たわる、俺達。
勝敗は明白だ。考えるまでもない。
「それでも挑戦してみる?今ならセットで壊滅竜のオプション付き」
「「すみませんでしたぁぁぁ!!」」
俺とロイは必死になって謝罪の言葉を述べた。ロイも何となく事と次第のヤバさは分っているようだが、壊滅竜については知る由もないだろう。
壊滅竜が現れるという事は、つまり、リリンと同じくらいの戦闘力を持つ奴が戦闘に加わるという事で、絶死を意味する。骨どころか鎧の欠片すら残るか疑わしいレベルだ。
「分かればよろしい。ほら、アナタも何処かに行くといい。今度は悪い冒険者に見つからないように」
事の次第に決着をつけたリリンは、ついでとばかりに、状況を訝しげに見ていたタヌキに話しかけた。
タヌキはそれでも動こうとせず、こちらを、というかリリンを見つめ続けている。
そして、いくらかの時間か経った後、おもむろにリリンに近づいて行ったのだ。
「……ん?」
「きゅーん。きゅーーーん」
ちょ、なんだその鳴き声は!!タヌキ、お前の鳴き声は「ヴィギァァア! 」だろ!? そんな声出せんのかよ!?
明らかな猫なで声でリリンに媚を売るタヌキ。リリンの足元に身を寄せ、ブーツにスリスリと顔を擦り合わせている。非常にあざとい光景だ。
「ん、このタヌキは物事の道理を良くわきまえている。非常に賢くて、かわいい。何処かの冒険者とは大違い」
「ですねー。わぁ、すっごくモフモフですよ」
リリンと、いつの間にかリリンの近くにいたシフィー、陥落。
どうやら、最強を誇る理不尽系雷撃少女も可愛い動物には弱いらしい。そういえばホロビノも可愛いとか言っていたっけな。
「くっ!僕はどうする事も出来ないのか……」
「出来ねぇな。諦めようぜ?」
あれからタヌキのモフモフ感を堪能していたリリン達。その中に子たぬきが加わってからは一層盛り上がりを見せていた。だがそれも、だいぶ落ち着いてきたようだ。
やがて、タヌキはもう一度だけリリンの足にすり寄った後、俺たちの来た方向に向かって歩いて行く。
遠巻きにその後ろ姿を眺めていると、そこにはこんがり焼けた蛇がいた。
なるほど、つまりこいつらは焼き蛇の良い匂いに連れられてやってきたってわけだな。
うん。親子4匹、美味そうに焼き蛇にかぶりついている。なんと微笑ましい事か。確かにこの光景は非常に心くすぐられる。
俺も、もしかしたらタヌキ信者になっていたかもしれない。トラウマがなければ。
「さて、微笑ましい時間も終り。ユニク、ロイ、シフィー、試験を続けよう」
「……あぁ。そうだな。僕はこんな所で足踏みをしている場合じゃない。タヌキなんて……タヌキなんて……」
「そうですね!試験を続けましょう。あ、でも本当に試験の対象がタヌキじゃなくて良かったです。私あんな可愛いの捕るなんて無理ですよ」
「いや、シフィー。あれはタヌキの本性じゃないからな?騙されるなよ?」
そう、タヌキは絶対的強者のリリンに媚を売っていただけで、もし俺達だけだったらそうはいくまい。最後の最後まで抵抗してくるに決まっているのだ。
そして、俺たちは川の上流に向かって歩き出す。
しかし、それからは日が暮れるまで探し回っても、何の動物にも出会う事はなかった。
薄暗くなってきたという事も有り、今日はもう解散して明日に備える事とする。
リリンいわく、明日は順調にいけば野営の訓練も行うとのこと。そして、夕食を取った後に魔法の練習も行うそうだ。
その提案に狂喜乱舞するロイとシフィーだったが、張り切りすぎないといいんだけどなぁ。