第28話「大魔王反省会③」
「セブンジード隊が全滅?僕にとっちゃ常識外れだが……、本当なら忌々しき事態だね」
テトラフィーアが告げた凶報に、表情を取り繕っていたワルトナが露骨に眉をしかめた。
フランベルジュ国の裏社会を取り仕切るエイトクロス家に生まれたセブンジードは、レジェンダリア軍に在籍するようになってからも数々の武勲を撃ち立てている。
『赤髪の魔弾』と双璧を成し、銃戦闘に於いて右に出る者はいないと誰しもが口にする程だ。
だが、セブンジードは『交渉』や『潜入』などの裏工作において真価を発揮するというのが、レジェリクエやワルトナが抱いている評価。
魔弾のセブンが持つ最も強力な弾丸は『言葉』だと揶揄されるほどに、セブンジードの有用性は裏社会の人間に知れ渡っている。
「それで、セブンジードにはどの程度の兵数を与えていたんだい?」
「15名の中隊ですわ。副官としてナインアリアを付けています」
真剣さを帯びたワルトナの問いかけに、テトラフィーアも施政者の顔付きで答えた。
本来ならば伏せるべき情報を開示した理由、それは……ワルトナの真意を探るためだ。
心無き魔人達の統括者として行動を共にした過去を考慮しないのであれば、ワルトナがセブンジードを襲撃した可能性は非常に高いと二人は考えている。
レジェンダリアの内情を知っているワルトナなら、シルバーフォックス社を餌にして呼び出すことも、セフィナを陽動に使いレジェリクエの目を逸らし、増援を封じる事も出来るからだ。
だが、ワルトナはブルファム王国に出入りし、戦況がレジェンダリアが有利になるような工作もしている。
だからこそ、テトラフィーア達はシルバーフォックス社の名前を伏せたまま、セブンジードの敗北を告げてワルトナの反応を窺う事にしたのだ。
そして、意図的に伏せられた情報を聞いたワルトナは……、その核心を突く。
「15名ねぇ。……じゃ、シルバーフォックス社に負けたって所かな」
「んなっ!?なぜシルバーフォックス社だと分かりましたの!?今の言葉、嘘やカマ掛けではありませんわよ!?」
「……あれ?僕って疑われてる?まいったなぁ」
「有用な部下を失った可能性があるんですのよ。詳しく話を聞かせて貰う必要がございますわね」
テトラフィーアが張り詰めた空気を出した一方、ワルトナとレジェリクエは脱力した雰囲気を醸し出した。
レジェリクエは慣れ親しんだ独特の空気感を感じ、ワルトナが裏切っていないと判断したのだ。
「テトラ、前にも言った通り、ワルトナは敵ではないわぁ。疑ってごめんなさいねぇ」
「状況的に疑わしいもんねぇ、僕。さて……、改めて言うけど、僕はセブンジードを襲撃していない。もちろん、キミらを裏切るつもりもない。色々と隠し事をしてきた僕だけど、まったくもって味方だよ」
テトラフィーアの瞳が真っ直ぐにワルトナを捉え……、「確かにそうのようですわね。失礼いたしました」と深々と頭を下げた。
絶対の信頼を置いていたセブンジードが行方不明に陥ったことで、テトラフィーアは動揺していた。
嘘を聞き分ける耳を持つからこそ不利に立たされる事が少なく、突然の窮地に混乱してしまったのだ。
そして、それを知ったワルトナは「どうやら最悪のタイミングでアホの子がやらかした様だ。重ねてお詫び申し上げる」と溜め息を吐く。
「んー、僕がセフィナから目を離した理由を話そうと思っていたんだけど……、まずは、指導聖母の内情について話をしよう」
「あら、頑なに情報封鎖していた所に触れるのねぇ。テトラ、今からの会談を一字一句すべて記憶しなさい」
「分かりましたわ」
まるで交代を言い渡すかのように、レジェリクエはテトラフィーアに裏方を命じた。
この書記官の様な仕事こそ、テトラフィーアがレジェンダリア国大臣に任命されている理由。
テトラフィーアは世絶の神の因子『完全音階』を駆使し、聞き取った言葉を完全に記憶、そこに含まれている感情も完璧に聞き分ける事が出来る。
「当たり前だから言うまでもないんだけど……今から話す内容は僕の許可が無いかぎり他言してはならない。できるね?」
「もちろんよぉ。ちなみにぃ、他言するとどうなるのぉ?」
「ニセタヌキがやってくるよ。アップルルーンに乗って」
「絶対に他言しないと誓うわ」
言葉だけ抜き出せば冗談にしか聞こえないやりとりも、お互いの表情は真剣そのものだ。
実際、ワルトナは冗談を言っているつもりなど欠片もない。
歴代の大聖母の不興を買った指導聖母が謎の失踪した記録が、いくつも残っているからだ。
「ある程度は予測してるだろうけど、ハッキリ言った方がいいね。大聖母ノウィン様の正体はリリンとセフィナの実母。ダウナフィア・リンサベル様だ」
確定確率確立を所持しているレジェリクエにとって、大聖母ノウィン=リリンサの母親というのは確定事項だ。
だが、最重機密情報であるそれをワルトナが口にしたという事に意味がある。
それは、今まで隠していた深い事情を話すという意思表示だからだ。
「そもそも、大聖母という肩書きは七賢人の長、カーラレス・リィンスウィルの血族に与えられたものであり、世襲制だ。つまり、リンサベル一族がこの大陸の真の覇者ということになる」
「アホの子一族が1%側の頂点とか。……色々と言いたい事があるけど今は置いておきましょう。それで?」
「実は、僕はノウィン様と養子縁組をしている。戸籍上ではリリンやセフィナと姉妹って事になってるよ」
「……。色々と文句を言いたいけれど、今は置いておいてあげるわぁ。で?」
「で、指導聖母をやりつつ、リリンやセフィナを育ててたって訳さ。そしたらなんと、ノウィン様は僕を大聖母の後継者にするとか言い出しちゃった」
「昇進おめでとぉ。傀儡人生、頑張ってぇ」
「やれやれ、まったくだね。そんな訳でさ、僕は指導聖母共をさっさと掌握する必要があり、この戦争を使って面倒事を片付けてしまおうと思っている訳さ」
今までワルトナが指導聖母の内情を隠していたのは、リリンサやレジェリクエ達を無用な危険に晒さない為でもある。
だが、今回の戦争で指導聖母を掌握してしまうのだから、内情を話しても問題ないと判断した。
更に付け加えるのなら……、指導聖母の席に空きが出た場合、レジェリクエを推薦するつもりでもいる。
「僕と敵対している指導聖母は4人。『指導聖母・悪性』『指導聖母・悪才』、『準指導聖母・悪質』、『準指導聖母・悪徳』だ」
「指導聖母は3人で、その内の一人がワルトナだったわよね。残りは敵として、ワルトナが座っていた席どうなってるの?」
「メナファスに座って貰ってる。あんまりやる気が無いそうだから、レジェがやってみるかい?」
「あら、それは良い提案ね。ちなみに準指導聖母が二人残っているわよね?こっちは敵じゃないのかしら?」
「二人?ははは、そのニ名は敵じゃないよ」
「あえて二名と言い直すなんて意味深ねぇ。……まさか、タヌキが紛れ込んでるとか言わないでしょうねぇ?」
「さっすがレジェ!冴えてるねぇ、苛まれてるねぇ」
レジェリクエから見れば、緻密に組み上げた軍事戦略をタヌキにブチ壊されたばかりだ。
だからこそ、冗談半分でタヌキの名前を出して探りを入れ……まさかの正解。
ふぅ。っと青筋を立てながら溜め息を吐いて、ギリリと歯を鳴らした。
「ホント、絶滅しないかしら?タヌキぃ」
「完全に同意だね!という事で、『準指導聖母・悪喰』の正体は、タヌキの皇種『那由他』でしたー」
「……は?」
「そんでもって、『準指導聖母・悪逆』の正体は……、この世界の唯一神。正真正銘の神様だ」
「……は?ちょっと待ちなさい。思考が追い付かないわ」
意味が分からずに硬直したレジェリクエは、ワルトナが冗談を言っている可能性を考慮し、テトラフィーアに視線を向けた。
だが、返された答えは『嘘は無い』。
ワルトナの言葉に嘘や悪意は無く、淡々と事実を述べているだけだとテトラフィーアは証言した。
「なんていうか……、心中をお察しするわぁ」
「いやいや察せないと思うよ。だって、僕は何も知らずに那由他に戦いを挑んで殺され掛け、ユルドおじさんに助けて貰って一命を取り留め、その後、タヌキ帝王が9匹も降臨して帝王枢機を5機、神殺しを3本も召喚しやがったからね」
「……。心の底から同情するわ。辛かったわね、ワルトナ」
「そして、その流れで不安定機構の上位組織に在席させられるわ、ノウィン様の大聖母教育が始まるわ、ちょっと目を離した隙にリリンが新型帝王枢機と戦い始めるわ……。あれっ、僕、ちょっと不幸過ぎない?」
「とても頑張ってると思うわよぉ。そんな貴方に、はい、特級ゲロ鳥勲章ぉ」
「気持ちだけ貰っておくよ。だってそれ、中身に発信器が入ってるだろ」
さらっと暴露された真実にレジェリクエは舌打ちし、テトラフィーアは絶句した。
今まで最上位の恩賞だと思っていたメダルの中身は『不信感』だったと知ったからだ。
「ようするに、神とタヌキなんていう不純物体を除けば、残りの指導聖母は全員敵な訳だ」
「本当はすごく面倒な状況なんでしょうけれど……、タヌキが敵じゃないってだけで、まったく危機感を感じないわぁ」
「実際、僕は優位に立っていたし、チェックメイトを宣言しても良いとすら思っていた。敵のボス、悪性を罠に嵌めて捕らえていたからね」
「悪性か。その子がブルファムの姫ね?」
「お、さすがレジェ、それも正解。彼女の名前は『メルテッサ・トゥミルクロウ』。指導聖母・悪典に仕えていたブルファム第六姫だ」
指導聖母・悪典。
フランベルジュ国を中心とした戦争を誘発させた人物であり、心無き魔人達の統括者が全員で戦った巨悪。
悪性はその後継者だとワルトナが言った事で、レジェリクエは僅かに眉をしかめて警戒を強めた。
そしてワルトナも苦笑を溢し、「完全に抑えたと思ってたんだけどねぇ」と呟く。
「セフィナは大聖母ノウィン様の実子なんて噂が流れれば、確認しない訳にはいかないでしょ?だが、セフィナはニセタヌキがガッチガチにガードを決めてる訳で拉致なんてできる訳がない。なら、東の塔に入れるメルテッサが直接出向くしかない訳だ」
「なるほど、そこに繋がるのねぇ」
「僕は『東塔には姫の許可なく入れない』という魔道具を『姫以外は入れなく、姫は出る事が出来ない』という魔道具に改編している。セフィナの素性を知られようとも、情報を持ち出せないなら意味が無いってね!」
セフィナを餌にした大胆不敵な策謀。
ワルトナは、「こんな罠に掛る奴は総じてアホの子だ」という意味を込めて、この罠を密かに『アホの子ほいほい!』と名付けている。
だが、レジェリクエが溢したのは笑顔ではなく……真顔での苦言だ。
「此処まで入念に準備しておいて、何でアホの子が襲来しちゃったのかなぁ?ねぇ、何でなのかなぁ?」
「うっ」
「あえて言うわぁ……、貴方が一番アホの子じゃなぁい?」
露骨にガッカリした態度と顔つきで、レジェリクエ達は溜め息を吐いた。
ワルトナが入念に準備をしてきた事も、素晴らしい結果を出していた事も、レジェリクエ達は理解している。
だからこそ、最後の詰めを誤ったワルトナをアホの子扱いしているのだ。
「ほら、早く弁明しなさい。さもないと、アホの子三姉妹として大陸中に公布するわよ」
「失敗したという自覚はある。だけど、あの局面ではそうするしか無かったのも事実さ。僕がセフィナから目を離した理由は、澪騎士と冥王竜を探しに行ったからだし」
レジェリクエは、薄々はそうじゃないかと感付いてはいた。
だが、自分では動かないと決めた以上、ワルトナが語るまでは知らない振りをしていただけ。
そして……、あの魔法次元乗の正体をワルトナが語ってくれる事を密かに願っている。
「澪騎士たちが別空間に転移したのは事故じゃない。あれは人為的に引き起こされたものだよ」
「やっぱりそうだったのねぇ。詳しく教えてくれるかしら?」
「僕が見た限り、あれは高位の魔法空間だった。澪騎士たちは別次元に用意した空間に引き込まれたわけだね」
「別次元……ねぇ」
「その時点で、僕ら以外の第三勢力の関与が確定的。問題なのは……、おそらく、相手は『神殺し』を所持している」
英雄に近しい立ち位置にいるワルトナは、神殺しと敵対している事の意味を十分に理解している。
そして、過去のユニクルフィンを知るテトラフィーアはともかく、レジェリクエはその脅威を把握していないだろうと思って説明を始めようとし――、
知っているから良いわ。という、乾いた声が返ってきた。
「知っているだって?レジェ、グラム以外の神殺しを見た事があるのかい?」
「あるわ。余が知っているのは……、神を騙し、移ろう姿は世界の具現化と等しいと謳われた進化と疑心の魔剣。犯神懐疑・レーヴァテイン。……レジェンダリアの王位継承に必要な国宝よ」




