第20話「レジェリクエの憂慮」
「状況が良くない?どういうことですの?」
レジェリクエが切り出した話の重要性を省みたテトラフィーアは、すぐに姿勢を正した。
不慣れな恋愛相談をしている場合ではないと思考を切り替え、ついでに色づいた頬も通常に戻す。
そして、レジェンダリア軍、総司令官・テトラフィーアとしての顔つきでレジェリクエに向き直り、静かに質問を繰り返した。
「陛下、先程まで侵略は順調だと仰っていましたわよね?あれは嘘だったという事ですか?」
「嘘ではないわぁ。むしろ、とっても順調ぉ。ブルファム王国が持ちうる最強の個人戦力、澪騎士・ゼットゼロを打ち取り、シルバーフォックス社と接敵を果たし、その他諸々、素晴らしい戦果よねぇ」
「ですわよね?……ってそう言えば、陛下は澪騎士と戦うのはブルファム王城での最終防衛ラインになると試算していたはずですわ」
「あぁ、それはワルトナの仕業ね。あの子は面倒事を先に片付けたい派だから」
「何らかの思惑が有って澪騎士を排除したと?んー、いまいち、ラルラーヴァーの立ち位置が私には分からないですわ。敵では無いんですよね?」
「そうねぇ、まずはワルトナが裏で何をしてるのか、余の予想を言っておきましょう」
ラルラーヴァーの正体がワルトナ・バレンシアであるという情報は、レジェリクエとテトラフィーアのみが把握している。
二人の有用な側近でワルトナを知っているのはグオとメイなどの極わずかであり、そもそも教える意味がある人物が少ない。
そして、リリンサに知られて予測不能の暴走を引き起こすくらいなら、二人だけで秘匿しておく方が有効だと判断したのだ。
「大前提として、ワルトナは余を裏切っていない。だから、レジェンダリアを勝たせるための工作をしているわ」
「リリン様と敵対しているのに、私達を裏切っていないんですの?まぁ、裏切るならもっと早く裏切りますわよね」
「そういうことぉ。だからさっき出てきてリリンを煽っていたのは、オールドディーンに向けたパフォーマンスぅ」
「パフォーマンス?」
「おそらく、王位継承権を持つ姫達の掌握を完了しているんでしょうね。ただ、実質的な保護者であるオールドディーンを納得させるため、見るからに化物なゲンジツとカイコンを落として見せた」
「なら示威行為も含まれてますわね。あれだけ巨大なドラゴンを一方的に瞬殺ですもの。普通の人間から見たらまさしく英雄に見えますわ。……なるほど、まさに良い落とし処ですわ」
ゲンジツとカイコンは冥王竜と共に伝承として語られる存在であり、非常に知名度が高い。
そんな化物を一方的に倒せる戦力を誇示されれば、大抵の民衆はラルラーヴァーを褒め称えることになる。
権力は、声の大きさに比例する。
より多くの民によって姿が伝聞されていく事こそ、支配者の照明。
伝説の竜達を一瞬で屠ったいう話は瞬く間に広がり、結果的に『聖女シンシア』の名声として収束するようになっている。
「これで、ブルファム王国を滅ぼすのではないく統治したいというワルトナの意思はオールドディーンに伝わったでしょうね。ちなみに、ユニクルフィンの祖父であるというのにも気が付いているはずだわぁ」
「あら、そうなんですの?私のアドバンテージでしたのに」
「あの堅物のご機嫌取りするよりも排除した方が手っ取り早いじゃなぁい。以前の打ち合わせではフランベルジュの離宮で余生を過ごして貰う予定だったのよぉ」
「……。へぇー。知らなかったですわー」
自分の母国も計画に組み込まれていた事を知らされ、テトラフィーアはちょっとだけ拗ねた。
最近とてもレジェリクエと仲が良い国王への文句を溢しつつ、話を進める。
「オールドディーン卿を手中に収められたのなら僥倖ですわね。私もちょっとだけ苦手ですもの」
「あのタヌキ大臣の影響力は国王よりも高い。なんて噂もあるくらいだしねぇ」
「結局タヌキが絡んでくるあたり、流石はユニフィン様の祖父ですわ」
「……。ちなみに、リリンとセフィナの祖父であるノーブルホークも東塔に出入りしているとグオが言っていたし、ブルファム王国の内情はワルトナの掌の上ぇ。ブルファム国王だけ蚊帳の外ぉ」
「確か、ブルファム国王も病気で廃位を願い出てるんでしたっけ?なんか、凄く近視感がありますわー」
フランベルジュを中心とした三国間の戦争。
その直接的な引き金は、フランベルジュ国王が病で伏せた事による国家関係の悪化を指導聖母が煽った事が原因だ。
それをよく知っているテトラフィーアは、『何処も変わらないですわね―」と思っている。
「それで、澪騎士が速攻で仕掛けてきた理由はなんなんですの?」
「ドラピエクロよぉ。指導聖母は可能な限り澪騎士を使いたくなかった。だからこそフィートフィルシアに行かないように工作し、その後ドラピエクロに乗って行けなんて無茶を言った訳ぇ」
「確かに、ピエロドラゴンに乗れとか言われたら、私なら絶対に文句を言いますわ」
「だけどぉ、澪騎士は思い詰めていたしドラピエクロは意外にも従順だった。ワルトナが何かしてるっぽいとは思わない?」
レジェリクエの読み通り、ワルトナはピエロンに連絡を取っていた。
『澪騎士ゼットゼロが訪ねてきたら、可能な限り協力してくれ』という漠然とした指示は、敵の計画に私兵を潜り込ませるため。
ドラピエクロとユニクルフィン達が接触した瞬間に敵の戦略が破綻するという、時限爆弾を仕込んだのだ。
「足止めのつもりが最短最速で天穹空母に突っ込んでいったんだものぉ。指導聖母はとっても焦ったでしょうねぇ」
「想像すると愉快ですわね。さすがトレイン・ド・ピエロ。毎回楽しませてくれますわ!」
「そんなわけでぇ、ワルトナはしっかり心無き魔人達の統括者として働いているわよぉ」
「味方であるというのは分かりました。ですが陛下、それだと、ますます訳が分からなくなりますわよ?」
立てた計画が順調に進み、自分の知らない所でも高い成果を上げている。
ならば、『状況が好ましくない』とは、どういう事なのか?
幾つかの仮説を組み立てつつ、テトラフィーアは素知らぬふりをして疑問の声を上げた。
「勿体ぶらずに教えてくださいまし!」
「なら、簡潔に言うわぁ。これだけ良い要因があってなお、確定確立確率の数字が悪化したわぁ」
「それは……!どうやら、趨勢を決する要因がまったく別の所にあると言うことになってしまいますわ」
「そういうことぉ」
高い実績を上げていると思っていた事は的外れであり、実際には状況が悪化していた。
神の因子によって計測された数字は変動こそすれど誤作動を起こす事などあり得えず、それを見てしまえば計画を練り直さずを得ないのだ。
「余が指定した条件は『レジェリクエが7日以内に王位を継承できる確率』で前回と一緒。ちなみに、リリン達と一緒に見た時の確率は78%だったわよねぇ。そして今回の確率は……68%」
「10%も下がっているではありませんか!?」
確定確率確立を用いての運命計算。
その結果、勝率80%以下では仕掛けないというのはレジェリクエが設定している基準値だ。
だからこそ、僅かに基準値に満ちていなかった数字が、全く足りなくなっているというのは忌々しき事態となる。
「陛下、勝率が下がったのにもかかわらず、なぜユニフィン様達を行かせたんですの?」
「下がる事自体は問題じゃないのぉ。ロイを使って傀儡政治を行うとすれば、余はブルファム王国の王にはなれない訳だしぃ?」
「まぁ、そうなりますわね」
「だから、一気に20%とかに下がるんだったら問題視せず、ロイを王にしてそれでお終いだったのよぉ。だけど、こんな感じに数字が下がるのは単純に戦力的な意味で負けている可能性が高いわ」
「なるほど……、今までブルファム王国に無かった戦力が追加されていると。なら、もう一度使ってその正体を絞り込んではいかがですの?」
事前に未来を知れるというのは、それだけで途方もないアドバンテージを得る。
そうした、自分だったらこうしてるというプランを掲げたテトラフィーアの声は、レジェリクエの深い溜め息よって掻き消された。
「それはだめよぉ。確定確率確立は余の切り札。戦時下にある現在、残り二回の使用は窮地に陥るまで取っておくべきなのだから」
「そうですわね。なら、使用回数が回復する午前0時まで一時退却いたしますか?そうすれば、今日の分の残り2回と明日の分の1回で精査が出来ますわよ」
一時退却、その言葉にレジェリクエは僅かに反応した。
先程冥王竜と澪騎士を飲み込んだ『魔法次元乗・四番目の世界へ』に似た魔法。
それの使用者を脳裏で思い浮かべ、そして、首を横に振ったのだ。
ロゥ姉様に縋りたいからって安易な妄想をするなんて、まだまだ余もお子様ねぇ。
『四番目の世界へ』は、もともとレジェンダリア国王に指輪と共に継承されてきたランク0の魔法。
歴史上で何度か使用されているし、同じような魔法が他の国へ口伝されていてもおかしくないわ。
だから、あの魔法はロゥ姉様とは限らない。
不確定な選択肢に動揺するのは、余だけで十分よ。
それでも、逃げ帰るなんて……ロゥ姉様に顔向けできないわ。
「いいえ、一時撤退はダメよぉ」
「なぜですの?」
「今回の数字が下がった原因、それに時間制限がついているからねぇ」
「タイムリミット?」
「ブルファム王国の攻略自体は全く問題が無いわぁ。ただ、余が敗北する可能性を懸念しているのは……何を仕出かすのか分からないアホの子の妹ぉ』
ついさっき、アヴァロン饅頭で頬袋をパンパンに膨らませていたアホの子姉の顔を思い出したテトラフィーアは、ごくりと唾を飲んだ。
確かに予測不能で油断できませんわね……と頷き、レジェリクエの出方を待つ。
「完璧にコントロールしていたはずのアホの子姉ですら、尻尾を生やしてレーザーを出すようになったのよぉ?妹が何を仕出かしても不思議じゃないわぁ」
「本当に凄い威力でしたものね。タヌキレーザー。ですが陛下、ワルトナさんが隠している戦力はセフィナだけではありませんわ」
「月狼皇・ラグナガルムの事ねぇ」
「月狼……皇?なんですの?」
「ラグナガルムってのはワルトナが飼い始めたペットの狼。ただ……皇種らしいのよねぇ」
「……えっ!?」
テトラフィーアが出会った事のある皇種は白銀比とアマタノだけだ。
温泉郷に住んでいる白銀比には既知が有り、レジェリクエ主催の『皇種を見ておこうツアー』に強制参加させられた時にアマタノを観察している。
だからこそ、その強大な力を思い出し、その意味を深く考えて身ぶるいを起こす。
「昨晩、私はアルカディアを呼び出しているでしょぉ?その時にラグナガルムは皇種だと判明したわ」
「こう言ってはなんですが……、なぜアルカディアは皇種だと知っていたんですの?」
「野生の勘だし!!強い奴に喧嘩を売らない事が生き残る術だし!!だってぇ」
「うわぁ。凄い説得力ですわー」
アルカディアの正体を聞いているテトラフィーアは遠い目で視線を天井に向ける。
そして、描かれていた唐草模様がタヌキに見えて、ちょっとだけ失笑した。
「皇種なんて参戦した日には、勝率が一桁以下になるわよぉ。だからラグナガルムは除外」
ワルラーヴァーが率いるブルファム王国と戦った場合の勝率、約6%。
その数字の価値はどうあるにせよ、その低確率の原因はラグナガルムだったのかとレジェリクエは納得した。
なお、ラグナガルムは999タヌキ委員会でソドムと20回以上戦い、その全てで敗北している。
「そして、飼い主のピンチに助けに入らないはずが無い。ですわね?」
「だから、ワルトナの直接参戦も無い。でも、セフィナは違うわぁ。もし仮に姫と仲良くなり助けを乞われて大義名分を得たら……、アホの子が真価を発揮するわよぉ」
レジェリクエがきっぱりと言い切ったのは、それが実体験であるからだ。
リリン達と旅をしていた数年、その間にレジェリクエは『アホの子は、他人の人生よりも、ハムを優先する場合がある』という事態に直面している。
「ただでさえリリンに匹敵する戦闘力を持っているのに、そこにタヌキ超強化が施されている。正直に言って手に負えない可能性が高いわぁ」
「そんなにですの?そういえば、先程もタヌキに反応していましたわね?」
「そう、そのタヌキが問題なのぉ。マジでカツテナイのぉ」
「リリン様の尻尾の話をタヌキ目線で聞く為に、アルカディアさんに探りを入れたんでしたわよね?どうでしたの?」
「色々あったけどぉ……。こんなの描きやがったわぁ」
「……。カッコイイですわねー」
すっ、っと差し出された一枚の写実画。
そこに描かれているのは、躍動感あふれるカツテナイ機神だ。
「こんな物が存在している以上、意味不明な超兵器をセフィナが持ち出して来ても不思議じゃないわ。姉が尻尾なら、妹は羽根でも生やすんじゃないかしらぁ?」
「いくらなんでもそれは……と言いたかったんですが、確か魔王シリーズって一つ行方不明ですわよね?」
「頭、右腕、左腕、心臓、下肢、尻尾。じゃあ、残ってるのは?」
「……羽根ですわ!」
とりあえずツッコミを入れてみたものの、テトラフィーア的には笑いごとでは無い。
捕まえる予定のアホの子が大空を飛び回って逃げるという混沌を想像し、溜め息を吐くしかできなかった。
「そんな訳でぇ、余が最も警戒しているのはアホの子の妹ぉ。タイムリミットが有るって言ったのは、アホの子が姫や指導聖母に影響される可能性が高まるって話なのぉ」
「確か……、リリン様を襲撃したのもセフィナの独断でしたわね」
「そんな訳で、セフィナが襲撃を仕掛けてくる可能性が有ったから、リリン達を地上に――」
レジェリクエの言葉をテトラフィーアが手を上げて遮った。
沈黙が支配する中、テトラフィーアは耳を澄まし、天穹空母の管制室からの音声を拾い集める。
そして、レジェリクエへと振り返った。
「陛下、ブルファム王城、東塔の屋上にセフィナらしき魔導師が出てきたそうですわ」




