第16話「空での考察」
「レジェっ、大変な事になった!ミオが消えてしまった!!」
天穹空母の司令官室に飛び込んだリリンが、大魔王陛下へ叫び声を叩きつけた。
平均を軽々と越えている声の通り、リリンも俺も非常に焦っている。
なにせ、ミオさんと冥王竜が空間の歪みに引き込まれて、消えてしまったのだ。
冥王竜との激突によって生まれたエネルギーに危険を感じ取った俺は介入しようとするも……、ほんの僅かに出遅れた。
手出しをするなという強い声が頭をよぎり、躊躇してしまったのだ。
そうして、俺達は手出しできぬまま取り残され、大急ぎで天穹空母へと帰還。
大魔王陛下の指示を仰ぐ事にした。
「レジェっ、ミオが消えてしまった、どうしよう!?……って、レジェっ、聞いているのっ!?」
「……今の、まさか」
「レジェッ!!」
「……。大丈夫よ。落ち着きなさい」
大魔王陛下の混乱を押さえつけるような静かな声は、俺達に言っているよりも自分に言い聞かせているように聞こえた。
想定を超えてしまった事態、そういう時こそ冷静に対処しなければならないだろう。
俺はリリンを落ち着かせつつ、自分でも息を深く飲み込んで感情を抑えこんだ。
「何が大丈夫だというの?ミオがあんな大規模な虚無魔法を使うなんて聞いた事がない。少なくとも、あれは澪の想定を超えていた」
「そうねぇ、そして余が見ていた限り、冥王竜の仕業でもないでしょうねぇ」
「どういうこと……?」
「冥王竜が先に吸い込まれたからよぉ。相手を別の空間に引き込もうとしている場合、先に術者が転移するなんてあり得ないわ」
大魔王陛下の言うとおり、対象物を転移させる場合は自分が先に転移をしてしまうのは悪手だ。
対象に抵抗された場合、その場に居ないと対応できず逃亡を許す事になる。
だが……、澪さんも冥王竜も想定外となると、いよいよ危険だ。
もし不慮の事故だというのなら、何処に飛ばされたのか想像すら出来ない。
「冥王竜の仕業でもない……?なら、ミオは何処に行ったの?もしミオに何かあったら……」
「安心なさい。もう手は打ったわ」
「えっ?」
「ドラゴンが引き起こした事態なら、ドラゴンに尻拭いをさせればいいのぉ。と言う事で、ホロビノに行けって命令してあるわよぉ」
あっ、なるほど。
それは手堅い一手だな。
あれだけ複雑な虚無魔法、それを瞬時に認知して理解するなんて俺にはできない。
俺がグラムを通して理解出来たのは、澪さんと冥王竜の攻撃が膨大なエネルギーを秘めていたって事ぐらいだ。
だが、ホロビノなら魔法を理解できるだろうし、実際行動に移したらしい。
流石は大魔王陛下直属の駄犬1号。
基本スペックがすごく高い。
それにしても、頭の中に響いた「手出しするな」という声、あれは澪さんのもの……か?
似ているようで違う、どこか懐かしい感じの声だった気もする。
「ホロビノに行かせたのか。なら安心だな」
「そうねぇ、余が声を飛ばしたら瞬時に移動したし、絶対になんとかするはずよぉ」
「凄い自身だな?ちなみに根拠が有るのか?」
「ホロビノに選択肢を与えて、選ばせたのぉ」
「選ばせた?何を?」
「冥王竜にあげたホロビノの宝珠を余にも差し出すか、冥王竜と澪騎士の戦いを納めてくるかの二択ぅ」
……その宝珠って、冥王竜が作った馬鹿デカイ槍の核になった奴だよな?
ホロビノのドラゴンさんの宝珠じゃないよな?
「あっ、レジェ。それ私も欲しい!」
「あらそうなのぉ?二つあるから山分けしても良いわよぉ」
二つとも取ったら残らねぇだろッ!!
ドラゴン界の希望が費えちゃうぅぅッ!!
「おい、流石に看過出来ねぇぞ。つーか、そんな扱いだから裏切りドラゴンになるんだろ!!」
「やだわぁ、こんなのただのじゃれ合いよぉ。事実、実行に移したのってカミナだけだしぃ」
「カミナさん……。ん?ちなみに、その性能が高そうな軍服は?」
「『魔法全属性耐性』『物理衝撃95%カット』『光魔法出力250%アップ』『精神魔法無効』『自動修復』『回復力・新陳代謝向上』とかの能力が有るわねぇ」
「明らかにホロビノの毛が使われてるじゃねぇか!」
そんなんだから重要な局面で裏切られるだろッ!!
と言うか今気が付いたけど、この事態、最初っから最後までホロビノのせいだよな?
・頭のおかしいピエロドラゴン(ホロビノの弟)襲来。
・澪さんが冥王竜を追い詰めるも、華麗なる裏切りにより強くなって復活。
・再度、澪さんが冥王竜を追い詰めるも、ホロビノの宝珠により逆転。
・澪さんも切り札を使用し、大激突。次元の彼方へ。
うん、改めて考察しても酷い。
片方だけなら宝珠を取ってもいいかもしれない。
「ちなみにリリン、ホロビノの宝珠を何に使うつもりだ?」
「魔王の脊椎尾に搭載する。雷人王の掌の出力向上を図りたい!」
……伝説のタマが搭載された尻尾なんぞでシバかれたくねぇ。
絶対に阻止だ。
「とりあえず、ホロビノが向かったのなら安心して良さそうだな。アイツも宝珠を取られたくないだろうし頑張るだろ」
「そうねぇ。悪いようにはならないと思うわぁ」
「ん、ちょっとだけまだ心配だけど……。ミオは強いから信じる事にする!」
澪さんと冥王竜が消えたのは想定外のはずだが、今の大魔王陛下はとても落ち着いている。
それこそ、まるで予定内だとでもいう様な態度。
だが、冥王竜が居なくなったら、『ブルファム王国の空を飛んで示威作戦』が出来なくなると思うんだが……?
「なぁ、冥王竜が居なくなっちゃったけどいいのか?」
「あらぁ、ちゃんと作戦を理解してたのねぇ。褒めてあげるぅ」
「うん、で、いいのか?」
「問題ないわよぉ。だって『冥王竜』はちゃんといるじゃなぁい」
冥王竜はちゃんといる……?
いや、居なくなっただろ、どう考え……。
……。
…………。
……………ぐるぐるきんぐぅー!
「冥王竜っていうか、鳴王鳥じゃねぇかッ!!」
「民衆的にはこの天穹空母が冥王竜よぉ。地上からじゃ良く見えないだろうし、なおさら問題ないわぁ」
ロイが勘違いしているだけかと思ったが、どうやら一般人的に見るとこのゲロ鳥船が冥王竜という事になっているらしい。
ゲロ鳥がドラゴンに見えるとか、ブルファム王国民の未来が心配だ。
「ユニフィン様は懸念を抱いていらっしゃいますが、そうなるように情報操作をしているんですわよ」
「テトラフィーア大臣?」
大魔王陛下の後ろの扉から入ってきたテトラフィーア大臣は、俺達の会話にも滑らかに入ってきた。
どうやらピエロとの商談は終わったらしく、色んな書類を持ったロイが続いて入ってきた。
毎回思うが、一体どうやって会話を聞いてるんだろう。
地獄耳ってレベルじゃねぇぞ。
「そうそう、陛下。先行させたセブンジード隊が上手くやってくれましたわ。陛下の狙いどおり、冥王竜の姿を見た民衆の一部がクーデターを起こしそうだと報告が有りましたわよ」
「あらそうなのぉ。とっても順調で嬉しいわぁ」
「……いや、言うほど順調なのか?民衆的にはこの船が冥王竜なのだとしても、移動が殆どできないだろ」
転生して滅茶苦茶カッコ良くなったので忘れがちだが、冥王竜=荷車馬なのだ。
アイツが居ない場合の飛行速度は時速5kmであり、非常に遅い。
「余は、冥王竜と澪騎士を戦わせるつもりだと言っていたわよねぇ?だから当然、両者が戦線離脱する想定も済んでいるわ。というか、こうなる確率は80%弱だと確定確率確立が演算してるのだから想定内に決まってるわよ」
「……なるほど、そう言えば未来予知チートを持ってるんだったっけな」
「余がこの戦争にどれだけの時間を掛けていると思ってるのぉ?一日三回の使用制限って、裏を返せば準備日数×3回のシミュレーションが出来るって事なのよぉ」
「と言う事は、初戦は引き分けになるのが予想のど真ん中だったわけだ」
どういう経緯になるにせよ、冥王竜と澪さんの脱落は予定通りだった。
だからこそ、これから先の策謀も問題ないと。
んーでも、俺達がこの部屋の中に入ってきた時、大魔王陛下は複雑な顔をしていたように見えたんだけど……?
本当に予定外の事が有ったっぽいが……、たぶん聞いても教えてくれないだろうし、話を進めた方が良さそうだな。
「それで、これからの予定はどうす――、」
「その前にユニフ、ちょっといいか?」
……。
いや、全然よくねぇぞ。ロイ。
今は戦争中なんだ。
だから、10年くらい黙ってててくれ。
「さぁ、ユニフ。話して貰おうか」
「何をだ?」
「テトラフィーア様の事だ」
……やっぱりそれか。
不可抗力?ではあるが、俺とテトラフィーア大臣の関係は弁明のしようが無い二股だ。
ぶっちゃけ男としてどうかと思うし、普通に考えてご機嫌ナナメ超魔王様の尻尾に貫かれても文句は言えない。
だが……、何故かリリン公認という、混沌超展開が発生している。
こんなの、どう説明したらいいか分からねぇぞッ!?
「ほら、さっさとネタばらしをしたらどうだ?」
「……ん?ネタばらし?」
「まだ僕を転がして遊び足りないんだろうが、その手には引っ掛からないぞ。さぁ、早くドッキリだったと言いたまえ」
「……ドッキリじゃないんだが?」
「はっはっは、何を馬鹿な事をいっているんだ。キミの様なぱっとしない顔の男がテトラフィーア様の思い人?そんな訳ないだろう」
悪かったな。ぱっとしねぇ顔で。
詫び代には足りないかもしれないが、その綺麗な顔にガントレット製の拳を叩きこんでやろうか?
「……そうか。そんな大役は俺じゃ荷が重いから、テトラフィーア大臣に説明を頼みたい。お願いできるか?」
どう説明しても拗れるのが分かっている以上、ここはテトラフィーア大臣に説明して貰った方がいいだろう。
ということで、ロイ。
密かに想いを向けていた女性から引導を渡されろ。
つーか、お前には大魔王嫁がもういるだろ。
「あらユニフィン様ったら大胆ですわ。熱いキスでも差し上げればよろしくて?」
そう言って、テトラフィーア大臣は俺に身を寄せてきた。
……。
…………。
……………やっべぇ、俺まで引導を渡されそう。




