第15話「冥獄の王⑨」
「我、死んじゃったのだが?身体が5mも縮んでしまったのだが?」
転生の光から抜けだしたジト目の冥王竜は、恨みつらみが籠った産声を上げた。
そして、あっ、やばっ。っと素早く動きだし、恐ろしき害敵に抗う術を考え始める。
「とばっちりで死ぬなど竜王の恥……。って、そういえば、他の惑星竜達は那由他様のとばっちりを喰らって死んだのであったな。うむ、『とばっちり死』は竜の宿命なのかもしれぬ!」
文句を言ってしまった事を訂正しつつ、ついでに自分の失策のフォローもする。
最近、ロクな目に遭っていない冥王竜は、だいぶ賢くなっているのだ。
澪騎士とローレライの衝突の余波を受けて死んだ冥王竜は縮み、体長12mとなっている。
それは、黒土竜としてみれば大きい方だが、他種族のドラゴンの成体よりも小さいという非常に微妙な仕上がり。
しかも、長く流麗だった尻尾は、トカゲの生えかけの尻尾のように太く短いものへと変貌してしまった。
直撃したエネルギー波により、冥王竜は体の大部分に熱傷を負った。
それにより、魔力を全て使用しても足りず、重要な臓器が無い尻尾が短くなってしまったのだ。
「ぐぬぬ……。それにしてもみすぼらしい尻尾よ。これでは雌に見向きもされないではないか……」
短くなってしまった尻尾を想い、冥王竜は悲しい気持ちになった。
タヌキにとって毛並みがそうであるように、ドラゴンにとっては角と翼と尻尾がなによりも優先されるステイタス。
特に、魔法的効能を宿さない尻尾が立派だというのは『裕福な生活を送っています』というアピールであり、人間でいう所の『お洒落』に相当するのだ。
「……にしても静かだ。剣撃音どころか、空気の流動すら感じぬ」
冥王竜が尻尾に苦言を溢せる程に余裕が有ったのも、戦いが終わっていると確信しているからだ。
戦いの中で転生する竜は誕生直後の強襲に対応する為に、転生中の状況を把握している。
そして、砕け散った大地の中心に二人が居ると判断し、視線を向けた。
「ふぅ、どうやら戦いは終わっ……、ミオ?」
衝突の余波によって歪まされた空間が修復されていくにつれ、二人の人影が浮かび上がってきた。
だがその影は、冥王竜にとって見慣れない形をしている。
大地に剣を突き刺し、その柄に手を掛けているローレライ。
その姿は変貌し、漆黒のドレス鎧を身に纏っている。
問題はその先。
レーヴァテインに貫かれて、ぶら下がっているのは……、両腕を失った澪騎士だ。
「ミオッッ!?」
冥王竜にとって、それはある意味で見慣れたものだった。
戯れに降り立った、人間同士の戦場跡。
剣や鎧と同じように無残に転がっている、亡骸。
「竜治療法ッッ!!死ぬな、死んではならんぞ、ミオッ!!」
「治癒しても無駄だよ。それはもう死体だからね」
ずぶり、とぬかるんだ音を立てレーヴァテインが引き抜かれると、その台座が崩れ落ちた。
隙間から音を立て真紅の液体が零れて伝い、そしてそれ以降、動かない。
「知らぬ!!我は竜王なのだッ!!不可思議竜様より命の権能を与えられた竜なのだッ!!まだ間に合……えっ」
「間に合う?魂の消失の事を言っているのなら手遅れだよ。それには一遍も入っちゃいないんだから」
「そんな……馬鹿な。こんなに速く魂が失われるはずが……」
己が信じられぬと驚愕して目を見開くも、そこに映るのは確定された『亡骸』だ。
命の権能を持つ竜、その王たる者の眼はソレが抜け殻だと捉えていた。
魂は既に欠片も残らず消失し、もう、蘇生は不可能だと悟る。
そして――、
「ミオッ!!ミオ……。お前が死んでしまったら……、我の宮殿は誰が立てるというのだ……」
ポロリと零れた本音、それは現実を見据えた上での悔恨だった。
冥王竜は、人間の死など巨万のごとく見てきた。
それこそ、己が手で潰した命ですら、数え切れぬ程だ。
だからこそ、たった一人の人間の死をこれほど悔しく思うのは、初めての感情だった。
「ミオ……。お前はなんて小賢しいのだ……。協力させておいて約束を守らないなど……恥を知れ……」
冥王竜は優しく澪騎士の頬に爪を添えると、付いていた血の飛沫を拭った。
そして、苦言を溢しながら静かに抱き抱えて移動し、少し離れた場所に安置する。
「せめて、丁重に葬ってやろう。そして、お前が眠る丘を我が領地とするのだ。だから……、ここから出させて貰うぞ、英雄のにんげ――」
「冥王竜に墓守りされるとか絶対嫌がられるでしょ。とりあえず生き返らせるから、ちゃんと言質を取りなよ」
「……なぬ?」
「おねーさんは言ったはずだよ。殺すけれども、死なせはしないってね!《虚実犯生、ミオ・ロゥピリオド》」
深黒紅の魔法陣が大地に描かれ、神が定めし理を欺く。
あらゆる物理法則を無視した、命を司る竜王すら知らぬそれは……希望。
費やされた希望は再生を果たし、そこに美しき騎士が生まれ出でた。
光り輝く生と死の螺旋。
それが終わると共に、新たな生を得たミオ・ロウピリオドが息吹く。
「……、私は……。」
「おはよう、ミオ。気分はどうかな?」
「あぁ、あまり良くは……、いや、清々しいのかもしれないな。きっと」
着けていた鎧も持っていた徹頭尾を刈する凶剣も、そのまま手元に残っている。
纏っていた魔力が失われているから完全同一とは程遠いが、それでも、十分に戦う事が出来る状態ではある。
だが、ミオは体に纏わりついていた物全てを脱ぎ捨てたような感覚を感じていた。
どんなに捨てたくとも叶わなかった『澪騎士・ゼットゼロ』は、もう残っていないのだ。
「はは……、本当に、『次代の英雄』だなんてお笑い草だったな。……これが英雄か、救われたよ」
「そーだね。英雄を名乗るにはちょっとばかり研鑽が足りなかったかな?にゃは!」
空間から回復薬を取り出して渡しながら、ローレライはミオを神眼で観察した。
ざっと見渡し、致命的な傷を負っていない事を確認して僅かに頷く。
そして、そんな光景を、黒いトカゲが凝視していた。
「……。えっ?生き返ったっすか?ミオ」
「ツッコむタイミングが無かったからスルーしていたが……、なんだその威厳の無い喋り方は?」
「……。ミオ、ミオッ!!我に心配をかけるなど、矮小な人間の領分を越えていると知れっす!!」
驚愕と疑問と動転と歓喜によって訳が分からなくなってしまった冥王竜が、犬のようにすり寄った。
迷子になった後で飼い主を見つけた時のように駆け寄り、ミオの前で顔を差し向ける。
「うむ!うむ!!魂が完全に戻っておる!これでは死に様が有るまいよ!!」
「生き返ったばかりなんだ。妙なフラグを立てるな」
「これで我が宮殿も建てられるというものだ!万事解決である!!」
短くなった尻尾をフリフリしながら、冥王竜は嬉しげに笑っている。
そして、デカイ尻を向けられているローレライは、しっとりとした笑顔でその光景を見守っている。
「良かったな、ミオ。だが、どういう理屈で生き返ったのだ?」
「忘れたのか?レーヴァテインは起こした事象を取り消せる」
「あっ、忘れてたっす。……命を司る竜ですら欺くとは、魔剣はなんと恐るべきものよ」
「あぁ。その力を使えば、私の死を取り消すなど造作もないという事だ。そうだろう?ローレライ」
ミオは無言で剣を振り上げていたローレライに問い掛け、答え合わせを求めた。
もし、その問い掛けがあと1秒遅ければ、冥王竜は更に縮んでいただろう。
「そうだよ。覚醒したレーヴァテインは死の概念すら騙して覆す」
「覚醒か……。なぁ、正直に聞かせてくれ。今のお前の姿こそ、本来の戦闘形態って事か?」
「にゃは、正解!神殺しは覚醒させると副武装が出現する。この鎧はレーヴァテインの『進化』の力を宿した鎧で、かなーり特殊なものだよ!」
「ふふっ、ここまで来ると笑うしかないぞ。私は準備運動の役割を果たせただろうか?」
「充分だね。むしろ、覚醒を使わせられたって事はマジ戦闘モードってことだし……、おねーさんの想像以上の実力だったよ、ミオ!」
ミオが放った絶技『武人技・天十握ノ剣』。
そのエネルギー量を視認したローレライは、迷わずレーヴァテインを覚醒させた。
天十握ノ剣は周囲から魔力を徴収して集め、その場に居る者の上位互換となる魔法だ。
だが、天十握ノ剣が完成した後、新たに発生した魔力には干渉できない。
だからこそ、ローレライはレーヴァテインを覚醒させ、内に秘めた魔力を解放し、天十握ノ剣を圧倒したのだ。
そして、天十握ノ剣と同一存在を虚構して刀身に宿し、相殺。
お互いが纏っていた『徹頭尾を刈する凶剣』の魔力は周囲へ放出され、そこに残るのは……純粋なレーヴァテインだ。
「そうだったのか。うむ、凄まじいな、魔剣レーヴァテイン。……あっ、ちょっと見せて欲しいっす――」
「そいうえばソイツ、死んだミオの体を弄りながら「恥を知れ」て舐めまわすように見た後、巣に持って帰るって言ってたよ」
「……。今度はお前が死ぬ番のようだな。変態トカゲ」
「もう死んだんだがっ!?」
「あちゃー。おねーさん達の余波に巻きこまれちゃってたかー。知らなかったなー」
「あぁ、確かに縮んでるな。斬り刻みやすくて助かる」
「言いたい放題すぎであろう!?我だって死んだんだぞ!?扱い酷くないかッ?」
「転生できたんだから、それでいいじゃん」
「だな。私達の剣の能力によって、そのまま死ぬ可能性が有ったんだぞ?万事OKだろう?」
「ぐぬぬ……。確かにそうだが、納得できぬ……」
悔しそうな冥王竜は知らぬ事だが、無事に転生できたのにも理由が有る。
ローレライは冥王竜を斬り刻んだ時に、冥王竜が受けていた徹頭尾を刈する凶剣の能力を錯誤させて歪ませた。
そして自分が与えていたレーヴァテインの能力を解除し、解脱転命を妨害する要因を取り除いていたのだ。
「はぁ……。変態トカゲにストーカーされては敵わん。冥王竜、お前には私の屋敷を丸ごとくれてやる。使用人はそのままにしておくから、好きな要望を伝えて改造して貰え」
「えっっ!?いいのか!?」
「約束を反故にするほど落ちぶれてはいない。あぁ、使用人に危害を加える様な事をしてみろ、お前を殺して厳重に封印をした後で庭に埋め、その上でタヌキを飼ってやるからな」
「嫌がらせにも程が有るぞ!」
ユニクルフィンとのやりとりをしっかり聞いていたミオは、冥王竜がタヌキ嫌いだと把握している。
とりあえず、国の要所にドラゴン除けとしてタヌキを配置するかと考えつつ、ローレライに向き直った。
「少し二人きりで話さないか?ローレライ」
「いいよ。おねーさんって基本的に暇だし」
……我、もしかして暇つぶしで殺された……?
知りたくもなかった真実を突きつけられ、冥王竜は遠い目になった。
「にゃは!おねーさん達はゆっくり話をするから、冥王竜はあっちの方で雑談でもしててね」
「……誰も居ないのだが?床しかないのだが?」
「お前には特別な相手を用意してやるってことだよ!たぶん涙を流して喜ぶね」
「特別な相手、だと?」
「目には目を、黒トカゲには黒トカゲを。おねーさんが最近重用してるペットを紹介してあげるって話だよ、にゃははははー!」
「……ペット?いや待て、まさか!?」
「《虚実犯生、月希光を覆う黒塊竜!》」
ローレライが大地に描いた魔導規律陣。
それは先程と同様の模様であり、されど、その巨大さはまるで比べ物にならない。
80mを越す魔導規律陣から生まれ出るは、暗黒光を放つ竜鱗。
全身を暗黒物質で覆い固めた、古の竜王だ。
「馬鹿な……。でかすぎる……」
それを見た冥王竜は、戦慄した。
目の前に出現したのは、己と同じ黒土竜で間違いない。
だが、山の様な巨体は黒土竜の限界など優に超え、別の種族竜と言いたくなるほどだ。
「こ、このような力強き姿、我は一匹しか知らぬ……」
「うぬ?なんだこの中途半端な黒土竜は?これではまるでトカゲに翼が生えた程度ではないか」
「あっ、声も聞き覚えがあるっすね……。叔父上殿ォォォッ!?」
**********
「おい、なんだあれは?冥王竜が鷲掴みにされて連行されたぞ?」
「にゃはは!アレはおねーさんが最近重用しているペット、兼、乗り物のドラゴンだよ」
目の前の翼の生えたトカゲが甥っ子だと気が付いた黒塊竜は上機嫌になり、「どのくらい強くなったか見てやろう」と言って歩き出した。
冥王竜は急転直下の緊急事態よりも、伝説の黒土竜がパシリとして呼び出され慣れている事に戦慄を抱いている。
そして……「突然、行方不明になったと思ったら、警戒していた魔剣に封印されちゃってたんっすね。伯父上殿」などと余計な事を言って、死亡フラグを打ち立てた。
「はぁ……。お前はどれだけ奥の手を隠し持ってるんだ?」
「レーヴァテインに封印されている化物の数で言えば、30000体くらいだねー」
「……あれクラスが30000体じゃないよな?」
「流石に違うよん。『エグラ』は当然強い方。だけど、使いやすさで選んでるから最上位には届かない」
「さっき言ってた『血王蟲・カツボウゼイ』か。それも詳しく話を聞きたいが……」
今は先に聞きたい事がある。と、ミオは話を切り変えた。
その瞳には、ローレライと戦う前までの揺らぎはない。
「なぁ、ローレライ。結局、お前は私が冥王竜に殺されそうになったから助けたって事で良いんだよな?」
「おおっと、無粋な事を聞いてくれるね」
「別にいいじゃないか。私は思った事を口にして生きていくって決めたんだ。お前が教えてくれた事だぞ?」
「ま、それもそうだね!にゃはは!!おねーさんは言ったじゃん?殺すけれども死なせはしないって」
ローレライは語り出した。
冥王竜とミオの衝突をそのまま続けていれば、命を落としたという事。
そして、それを止められる可能性が有ったのは、ローレライとユニクルフィンだけだったと付け加える。
「状況的に、おねーさんかユニくんが介入しないとヤバかった。で、ユニくんより先に手を出しちゃったわけ」
「それは……リリンには難しい状況だったって事か?」
「あー、それも微妙。あの子には付加価値が付きまくってるって言ったじゃん?それを全開放すれば、おねーさんでも手を焼くかも?」
「それは結局、私よりも才能が有るって事になるんじゃないのか?」
「ユニくんに限って言えば、ミオの上位に居るのは間違いないね。だってユニくん超越者だし」
サラっと言われた特大の爆弾発言に、ミオは混乱した。
ミオにとってのユニクルフィンは、三頭熊と良い感じの戦いをする程度の剣士なのだ。
「ユニクルフィンの異常な成長速度もお前の仕業か」
「逆だよ。強すぎるユニくんを一般の冒険者程度に偽装してたわけ。ほら、おねーさんは嘘と洗脳が得意だし」
「と言う事は、私が訓練を付けた時には既に、私よりも強かった訳か。なんだかなぁ……」
ローレライが更に語った内容は、ユニクルフィンと自分についての関係性。
それは、姉と弟の関係でありながら、自信を脅かしうる害敵としての警戒が含まれているものだった。
「ユニくんは才能の塊だよ。なにせ、10歳で世界最強の蟲量大数と戦って生き残っている。その際にレベル100001になり、英雄の領域に踏み込んだわけ」
「で、なんやかんやあってリリンと一緒に居ると。お前が黒幕か?」
「それも違うよん。そっちはおねーさんは全く関与してない。というか、関与させて貰えなかったし」
ぼそっと溢した愚痴の様なもの、それを拾うと話が長くなりそうだと判断したミオは視線を逸らし、話題を変えた。
なお、向けた視線の先で暗黒のドームが出来あがっているが、見なかった事にしている。
「それで、あの攻防の結果、私は敗北して死んでいた。それでいいのか?」
「えー、ホントに聞いちゃうの?」
「もちろんだ。今の私は馬鹿だからな。空気を読む事も出来なければ、回りくどい言葉から察する知能もない。分かりやすく教えてくれ」
澪騎士に掛けた洗脳魔法は微弱なものであり、そもそも、一度死んだ時にリセットされている。
だが、それにツッコミを入れるのは流石に野暮だなと思ったローレライは、仕方がなさそうに口を開いた。
「相打ちだよ。徹頭尾を刈する凶剣の能力『首狩り騎士の予言』、あれは使用者が負った傷を相手にも与える技ってのは知ってるかな?」
「あぁ、知っている。他にも死を停滞させる事で、転生に支障を起こさせる事もな」
「あれは相手を確実に相討ちに持ち込む能力でさ。いろいろ条件は有るけど、あの時はそれが整っていた」
「ふむ、なら……」
「使用者が致命傷を受けた場合、それを相手も負う。んで、使用者の魔力が付きた時に相手の死も履行されるんだ。そんな訳で、徹頭尾を刈する凶剣が呪われてるなんて言われてるのは、死傷者の命を代償に相手を殺す事が出来ると勘違いされているから。『死んでも相手を殺す』って意味では呪いの剣で間違いないけどね」
さらに、その後で補足された説明では、冥王竜の解脱転命は封印状態だったと告げた。
お互いに死んでそれで終わり。
誰も望んでいない幕引きを見たローレライは、思わず手を出してしまったのだ。
「そうか……、では実質的に私は負けていたんだな」
「第三者視点で見れば引き分けだよ」
「私達は両方とも負けたんだ。死んでしまったなら、何にもならないんだからな」
実際には、冥王竜の脅威を取り除いたという点に於いて『澪騎士』は勝利している。
だが、ミオはその誉れへの興味を捨てたのだ。
「元々、私は学士を目指す文学系の人間だったのだがな……。もう考えるのはこりごりだ。斬った張ったを繰り返している内に実力主義者になってしまった」
「にゃははー。これぞまさに馬鹿って感じのお言葉だね。ま、おねーさんは好きだけど」
知能が高いからこそ、悪意に晒された時に混乱する。
こうあるべきという最善手が見えるからこそ、『他人の悪意』という利益を度外視した悪感情が及ぼす影響を理解できないのだ。
幼くして『王』に盲信し、一人で頂点まで上り詰めたローレライ。
おざなりな『騎士』として盲信され、一人で取り残されたミオ。
この二人は、魂のあり方が似ているのかもしれない。
「なぁ、ローレライ。お前は別の大陸に行くと言っていたな。私も連れてってくれないか?」
「……!どうしてかな?」
「なんかもう、国に仕える騎士とか面倒になった。これからの私はやりたい事をやりたいようにして過ごす。で、私はお前と旅がしてみたい」
「旅は一人でもできると思うけど?」
「お前と一緒に居ると楽しそうだと思ってな。人生の楽しみ方を知ってそうな気がする」
「いやいや、おねーさんはカツボウゼイを倒すのを目標にしてるという味気ない人生を送ってるよ。しかも、かなり厳しい旅になると思うけど?」
「じゃあ、私でも役立てるように鍛えてくれ。その対価に……そうだな。家事全般をしてやるぞ。飯も作ってやる」
「おねーさんも家事は結構好きだけど、確かにさぼりたいって思う時に誰か居たら楽かもね。にゃははははー!」
ローレライは、ほんの少しだけ困ったような、だが、とても嬉しそうに笑った。
ユニクルフィンが旅立ち、ローレライは英雄に戻った。
だが、「英雄は何処まで行っても、冒険者だ」と目標にしている人から教えられた事を思い出し、そして、ローレライは思い直したのだ。
そうだ。冒険をしてみよう……と。
「おねーさんはね、姉妹とか王臣とか師弟とか、そんなのはもう満足しちゃっててさ。弟子を取る気は無いんだよね、だから……」
「だから……?」
「普通の友人として歓迎したい。だめかな?」
「……友人か。私はそれで構わないんだが……。普通の友人ってどんな関係なんだ?正直、よく分からないぞ」
孤児となり、偉大な師に教えを乞い、次代の英雄と呼ばれたミオ。
孤児を拾い、尊大な師に役割に乞われ、次代の英雄になったローレライ。
おおよそ一般的な友人を知らない二人は、親しげに笑い合っている。
「おねーさんもさっぱり分かんないや。だからさ、ご飯でも食べながらゆっくり話そうよ」
「だな。せっかくだし私が料理を振る舞ってやろう。食べたグルメな貴族共は涙を流しながら唸るぞ」
「ほうほう?おねーさんも料理は得意だからね、第二ラウンドは料理対決と行こうじゃないか。にゃははははー!」
笑顔を向け合って料理に必要なものを取り出し始めた二人の姿は、生涯を共に過ごして来た竹馬の友のようだ。
ローレライとミオ、それこそ歴史書で語られるべき『喜怒哀楽』を、二人は共に過ごしていくだろう。
運命的な出会いを果たした二人の英雄の未来。
その第一ページには、ミオが空間から取り出したお気に入りの調味料、『D・S・D』の瓶が写り込んでいる。




