第14話「冥獄の王⑧」
「レベル26万か。いよいよ化け物じみてきたな」
「にゃは!一般人から見たら澪騎士も十分に化け物でしょ!」
接近戦で武器を破壊された冥王竜の前に澪騎士が割り込み、苦言を溢しながら力の限り剣を叩きつけた。
澪騎士が狙っていたのは、ローレライが技を発動した直後の奇襲。
魔法の作用時間を冥王竜が伸長させ、隙が生まれる瞬間に転移できるように調整していたのだ。
振り払われた徹頭尾を刈する凶剣の先端が、ローレライの喉元へと迫っていく。
そして、レーヴァテインの進路を妨害するように冥王竜が砕けた浄罪の冥獄槍を突き出し、二段構えの攻勢が完成した。
「やるね!即席パーティーとは思えない連携だ《虚実停止》」
同時多発的に突き出された二本の武器。
そのどちらも思い通りの結果を得る事が出来ず、無意味に空を斬っただけだった。
先程まで立っていた位置から半歩後退した場所で、ローレライが不遜に笑っている。
ワンテンポずらされた澪騎士たちは、大振りに振られたレーヴァテインの斬撃に絡め取られて吹き飛ばされた。
「あの間合いと立ち位置から避けるのか……。やはり化物じゃないか」
「いい線いってるのは確かだけど、お師匠と鬼ごっこをしてきたおねーさんにとっては児戯に等しいのだよ」
「鬼ごっこだと!?本物の児戯と比べて欲しく無いのだが。我、さっきの連携、かなり自信があったのだが!?」
ローレライは楽しげに笑い、澪騎士と冥王竜は戦々恐々としている。
仕留めるまではいかなくとも、攻撃が成功する手ごたえがあった。
強者と渡り合ってきた経験から確信めいたものを得ていた二人は、ローレライに回避された事を納得できない。
「おおっと。不満たっぷりでふて腐れてる顔だね!」
「それはそうだろう。動きが目で追えなかったどころか、魔法での感知まで掻い潜られてはな」
「んー、その魔法感知って魔力の流動とかを読み取るやつでしょ?そういう索敵方法だと超越者相手は厳しいね。なははははー」
ローレライと冥王竜は結託し、共同して空間にアンチバッファを掛けている。
冥王竜の星刻の加速と徹頭尾を狩りする凶剣の効果を掛け合わせて周囲一帯の魔力を感知し、ローレライが体に纏う魔力を見極め、動きの予測を立てていたのだ。
「目で追うのも魔法で補強するのも不可能。そもそも、忽然と消える移動方法など、あり得ぬと思うのだが、ミオ?」
「事実として起こっているんだからしょうがないと思うぞ、冥王竜」
魔力感知は意味を成さず、動きを見失ってしまった。
魔法を感知する事に長けている冥王竜は首を傾げ、澪騎士は考えるのを放棄。
さて。っと意識を切り替えようとする二人をよそに、ローレライは鷹揚に語り出す。
「ま、もともとフェアじゃないしね。ちょっとだけレーヴァテインの能力を教えてあげるよ」
「……フェアじゃない?」
「おねーさんはレーヴァテインを研究する際に、試作機である徹頭尾を刈する凶剣についても調べてるんだよね。その知識差を埋めてあげようってこと」
自らの武器の解説を行うという、戦いの最中とは思えない提案に澪騎士は眉をしかめるも、異論を唱えたりはしなかった。
剣を交えた感触から、ローレライは澪騎士たちを殺す事よりも、戦いを楽しむ事に重点を置いていると気が付いているからだ。
持っている武器の性能を公開し、その上での圧勝。
それはさぞ楽しいだろうな。と苦々しく笑い、澪騎士の負けん気の強さが意識を研ぎ澄ましてゆく。
「レーヴァテインは神すら騙す疑心の剣。この剣と使用者が起こした事象は取り消す事が出来る」
「……起こしたか」
「そうそう。『騙す』という事象が受動的になる事はありえない。明確な害意の上に成り立つ事であり、究極的な能動になるわけだ」
ローレライが回りくどい言い回しをあえて使ったのは、冥王竜と澪騎士の知能レベルを調べるためだ。
そして、澪騎士は1秒だけ考える振りをして、すぐに止めた。
だが……意外な事に、冥王竜は言葉の意味を吟味し正解に辿りつく。
「ふむ、つまり、意思を持ってレーヴァテインを使用し起こした事象のみ取り消せる。ならば、我達の完璧な奇襲が成功した場合、その時に負った傷は取り消せないというわけだ」
「正解!……って、お前が答えんのかよ。あっ、レジィのペットだから賢いのか」
「先程の移動も『レーヴァテインを振るった』という行動を取り消し、振るう前の立ち位置に戻ったのであろう。要するに、時間の巻き戻しに近い能力なのだな」
冥王竜が正解を言い当てた事に驚いたローレライは、500年以上も生きた竜は伊達じゃないねと評価を改める。
「ミオよ。一筋の光明が見えたぞ」
「なに?そうなのか?」
「うむ。レーヴァテインの弱点は捌き切れないほどの飽和攻撃なのだ。あの剣が取り消せるのは、自らの意思を以て迎撃した時のみ。本来ならば最も無効化したい『予期せぬ一撃』には対応できず、つまるところ、普通の戦いと変わる事では無い」
「……長い。今の私はローレライの魔法で馬鹿になっているんだぞ。20文字以下でまとめてくれ」
「いっぱいの、まほうこうげきは、むこうかできない」
「分かった。いくぞ!」
残念!21文字だね。にゃははははー!という煽りの声を合図にして、冥王竜が駆けだした。
その背に澪騎士が跨っている光景は、まさに伝説として語られるべき竜騎士だ。
「にゃは!一方的なアンチマジックを発する、近づくだけで消耗させられる竜王。その背には高ランクの魔法を携えた近接戦もこなせる騎士。そそるね!」
冥王竜が言った仮説の通り、ローレライは相応に体力と魔力を消耗している。
レーヴァテインの能力でそれらを取り消す事は出来ず、持ち前の魔力を上手にやりくりして誤魔化しているにすぎないのだ。
突撃を仕掛けてきた冥王竜を眺め、ローレライの胸はときめいた。
一撃でも喰らえば、徹頭尾を刈する凶剣の効果により回復できず、冥王竜の星刻の加速の効果により、即時、致命傷となる。
ドクドクと脈打ち始めた心臓は、師匠にちょっかいを掛けた時以外に感じる事が出来ない非日常、久しく忘れていた戦いの感覚。
そろそろ準備運動は終わりで良いかな?と、ローレライは意識を一段階引き上げた。
「英雄よ、我が冥獄の中で希望を費やし死ぬが良い《真・冥王の連撃》」
ボボボボボッっと冥王竜の牙の隙間から青焔が吹き出し、数乗の光となって放出された。
線を引いたような熱線は空間を無作為に両断するように、そして、相互に干渉しあって乱反射。
複雑に絡み合ったそれは、回避不可能な巨大な壁と化してローレライに迫る。
「斬るか」
それは、たった一閃の出来事だった。
編み籠の様な複雑に絡む熱戦が一瞬で解け、瓦解したのだ。
ローレライが持つ神の因子『絶対視束』は、視認した物体の優劣を見極める。
そこにほんの少しでも綻びが有るのなら、後はそれを削いでやれば良い。
「まだだッ!!我が師よ、我に力をッ!《天王の玉輪ッ》」
砕け散り、周囲に散乱していた浄罪の冥獄槍。
それらが真・冥王の連撃と共鳴し、無数の光の刃と化した。
その矛先は、中央に位置しているローレライに向いている。
光の速度で収束する天王の玉輪、その攻撃だけで冥王竜は満足していない。
己が鍛えた体こそ、至高にして最強。
全身から蒼炎を噴き出して推進力とし、全長18mの弾丸となって突撃を繰り出す。
「我が爪こそ最強ッ!!魔剣なぞ切り裂いてくれようぞッ!!」
「にゃは!」
笑っただけの相槌は、嘲笑か、余裕の無さの表れか。
それを知るのはローレライただ一人。
「《疑心闇技》」
天から注ぐ雨粒を避けられないように、冥王竜の攻撃は必然にして必中。
無数の光の刃で貫き、冥王竜自身がトドメを差す。
そんな筋書きを、ローレライは偽り否定する。
「馬鹿なっ!?」
レーヴァテインが薙いだ光の刃。
それらが消滅した空間には、僅かな隙間ができている。
そこを拠点として、ローレライは全ての光の刃を真っ向から迎撃し、斬り伏せたのだ。
剣での迎撃は、『視認』→『事前準備』→『迎撃』→『事後動作』の四項目で構成されている。
だが、ローレライはレーヴァテインの能力によって、『迎撃』の後、『事前準備』が終えた状態へと戻る事が出来る。
迎撃の後での、剣を振りかざした状態への帰還。
最初に行うべき『視認』が神の因子で強化されている以上、ローレライは最短最速で『迎撃』のみを繰り返す事が出来るのだ。
「さしずめ、騎馬を取ってチェックメイトって所かな」
「うがっ……」
ローレライと冥王竜の接触面。
その空間にキラキラと舞っているのは、光の刃の残滓……ではない。
冥王竜自身が持つ、黒く輝く鋼の鱗だ。
瞬きの間に行われたローレライの剣閃は、冥王竜に敗北を刻み込んだ。
これは、徹頭尾を刈する凶剣が存在しなくとも回復する事が出来ない、決定的な傷。
レーヴァテインの能力によって『傷を負ったという認識』を無かった事にされれば、体の回復機能が働くはずが無いのだ。
「にゃは!次――、」
「すまないな、冥王竜。私の踏み台になってくれて。《災禍の二重六芒星》」
地面に崩れ落ちた冥王竜の背中を、たん!っと強く蹴って飛び上がり、澪騎士は剣を上段に構えた。
周囲に残る魔力の残滓と徹頭尾を刈する凶剣に蓄えた魔力。
それら全てを使用し、忌むべき師匠直伝の奥義へと昇華する。
「《武人技・天十握ノ剣》」
かつて、剣皇シーラインが蛇峰戦役で使用した奥義『天羽々斬 』。
それを澪騎士の体に合わせて調整したのが、この天十握ノ剣だ。
様々な制約と準備が必要だった天羽々斬と違い、天十握ノ剣は予備動作無しで発動できる絶技。
周囲一帯の魔力を強制的に徴収し放つ、剣と魔法の極地だ。
「下剋上だッ!!勝たせて貰うぞ!ローレライッ!!」
「にゃはははは!」
真っ向からの衝突。
それを見た冥王竜は、「うむ。我の助言、全く意味がなかった」と感慨に浸っている。
抗えぬ光の放出を前に、冥王竜がやれる事は無い。
「我の竜生、享年90分。悔いを感じる暇も無し」
目の前に迫っている光に飲み込まれれば、どう考えても死ぬだろう。
悲しすぎる辞世の句を呼び上げ、冥王竜は転生の光に包まれた。




