第13話「冥獄の王⑦」
「……我、生まれたてホヤホヤなのだが?まだ、死にたくないのだが?」
恐るべき魔剣を携えた剣士二人に睨まれた冥王竜は、必死の懇願を繰り出した。
先程の攻防を見る限り、参戦すれば真っ先に殺されるのは自明の理。
そこに希望などありはしないのだ……と、すっかり怯えたふりをしている。
「にゃははははー。良いから来いっつってんだろ」
「そうだぞトカゲ。お前の技量じゃこの空間から逃げられないんだ。大人しくこっちに来い」
ついさっきまで殺し合いしていた二人の息のあった恫喝に、冥王竜は本格的な危機を感じ始めた。
偉大なる師匠直伝の『適当な事を言って誤魔化す』が通用せず、本当にどうしよう……?と視線が揺らいでいる。
なお、偉大なる師匠から教えられたこの方法は、『師匠が窮地に陥った時、冥王竜が空気を読まずにボケた事を言う事で、怒りの矛先を変えさせる』という趣旨のものであり、効果は薄い。
「うぬぅうぬぅ……、まだ死にたくないのだ……。ウナギも食べて無いのに……」
とりあえず死にたくないとアピールしつつ、冥王竜は観察に徹した。
この状況では、戦いを避ける事は出来ないだろう。
なら、ほんの少しでも生き残れる確率を上げるために、情報収拾を始めたのだ。
そして、そんなバレバレな策謀など、神の目を持つローレライは見抜いている。
「あぁ、そうそう。一応言っておくけど、おねーさんに逆らうのは感心しないね。この剣は竜殺しで有名な魔剣『犯神懐疑・レーヴァテイン』なんだから」
「ぐぬぁっ!?!?」
「レーヴァテインは斬り伏し殺した生物を刀身の中に封印し、死体を創造して置き換える。いくら不可思議竜の権能といえど、封印されちゃ転生できないよね!」
「そ、そんな……」
「文字通り、生殺与奪の権利はおねーさんが持っているってことさ。ま、それもキミがおねーさんよりも強かったら使えない権利だけどね、にゃは!」
恐れていた事が起こってしまった……。と、しっかりフラグを回収した冥王竜は茫然自失に陥った。
戦えば必死。戦わずとも必死。
いや、死よりも酷い封印という未来を付きつけられ、何も無い漆黒の空を仰ぎ見るしかできない。
「ちなみにだが、私の持つ徹頭尾を刈する凶剣も似たような能力があるぞ」
「まだあるのか……」
「この剣は戦闘状態にある敵味方の死を停止する。この剣に魔力を流し続ける限り、致命傷を負っても死ねないんだ。私がお前の未来を塗り潰す絶望を持っていると言ったのはそういう事だぞ」
「酷い。この状況、あまりにも酷すぎるっす……」
取り繕っていた矜持が壊れ、冥王竜の素が垣間見えた。
惑星竜の中で最も下っ端であった冥王竜は、せめて言葉だけでも偉そうにしようと頑張っていたのだ。
どうしようもない。我、終わった……。
冥王竜は、もう二度と食べる事が無いであろうウナギの味に想いを馳せながら、静かに澪騎士に視線を向けた。
「せめて痛くしないで欲しいっす……」
「……やる気が感じられないな。どうしたものか」
「レジィは餌で釣ったみたいだし、なにかご褒美でも与えてみれば?」
「ヌルヌス……。身倒牛……。豪華鳥……。檸檬魚……。」
「褒美か。そうだな、なら私は……、宮殿でも建ててやろう」
「三頭熊……。蔵上げ烏賊……。宮殿?」
「そうだ。ドラゴンの住処がどんな風になってるのか知らんが、お前専用の別荘が有っても良いだろう?温かい毛布を引きつめた屋根付きの寝床、南側には果実園、北側にはデカイ池を掘ってやる」
「……。その池で魚の養殖をしてみたり……?」
「管理人も付けてやろう。どうだ?私と一緒に戦ってくれないか?」
うむ、悪くない。悪くないぞ。
命を掛けるには十分な報酬だ。
全長20m~数百mの巨体のドラゴンが数千頭も住まう天龍嶽は相対的に狭く、不可思議竜の宮殿以外に建築物は無い。
それぞれ種族ごとの縄張りはあるが、黒土竜は住んでいる個体数が少ない為に、日当たりの悪い湿った沼地が割り当てられている。
そんなドラゴン格差社会で生まれ育った冥王竜は、師匠が各地に持っている『自分の領地』に憧れを抱いていた。
いつの日か、のびのびと羽根を伸ばせる素晴らしい領地を手に入れるのが夢だったのである。
冥王竜は、まるで生まれ変わったかのように目に光を宿し、生を実感した。
確かにそこに希望は無い。だが、理想はあるのならそれで十分なのだ。
なお、澪騎士がこんな提案をした理由は、冥王竜の住処を安全に監視する為である。
「うむ。その提案を受け入れよう、ミオ。我の力を存分に使うが良い」
「頼りにしているぞ」
「……レジィの支配声域が無くてもこんな感じかよ。チョロすぎんだろ」
冥王竜がやる気に満ち溢れているが、結局の所、戦力的な意味では何も変わっていない。
だが、気持ち一つが生死を分ける事など良くある話だ。
再びローレライに向かい合って距離を取る澪騎士。
その横には浄罪の冥獄槍を構えた冥王竜。
そして、ゆったりとレーヴァテインを持っているローレライは、にゃはは!と笑って先手を譲った。
「行くぞ、冥王竜」
「うむ、生きてここから出ようぞ。ミオ」
ふらり。っと予備動作無しに澪騎士は走り出した。
その眼前にあるのは、冥王竜が作った転移ゲートだ。
冥王竜の得意分野は虚無魔法、その中でも、時間や空間に関する魔法に秀でている。
視認できる範囲への空間転移など造作もなく、まして、転移させるのが小さき人間となれば自然体で行えるのだ。
「八方向、何処から飛び出してくるか分からない。って、モグラ叩きかな?」
第九識天使で意識を繋いでいる澪騎士達は、脳内で作戦を組み終えている。
その第一陣は、ローレライを取り囲む転移陣から繰り出される強襲だ。
だが、相手のルールに律儀に付き合う程、ローレライは人が良くない。
八つあった魔法陣の内の五つは既に斬り捨てられ、残り三つ。
レーヴァテインが残りの魔法陣を薙ぎ払おうと迫り接触した瞬間、その全てからランク9の魔法が放たれた。
「《多層魔法連・灼火精霊の借款―無色非晶質―風盗賊の財宝》」
「おっと、全部ハズレとはやるせないね!」
一撃で地形を歪めてしまう程の高位力な魔法の数々。
それらを全く意に介せず、ローレライは剣を振るって掻き消した。
有爆どころか無音での消滅、それはあり得ない超常現象。
だが、それに対するリアクションを飲み込んだ冥王竜は翼を広げ、魔力を高めた。
「《自刻の加速》」
星刻の加速を応用した己の速度を上げるバッファを使用し、冥王竜は拳を振るう。
突きだした右腕には核熱の炎が青く尾を引く。
浄罪の冥獄槍を先端とするそれは、大国を容易に砕く絶望の一撃だ。
「《光核無撃ッ!》」
「《虚実停止》」
逆巻く青白い光、その先端がローレライの胸部へと迫り――、
七往復した剣閃によって斬り裂かれ、呆気なく、音も無く、霧散してゆく。
「我の必殺技ですら無音だとッッ!?!?」
「レーヴァテインを舐めて貰っちゃ困るね」
犯神懐疑レーヴァテイン。
その能力は『進化』と『疑心』だ。
森羅万象、あらゆるモノを映ろい惑わせる事に特化したレーヴァテインは、魔法を刀身に宿す事が出来る。
だが、その真価は……、『起こした現象を虚偽として世界に認識させ、取り消す』事にある。
ローレライの剣撃に音が発生しないのは、その事象その物が無かった事にされているから。
冥王竜の光核無撃に対しての相殺は『起こり得なかった架空事象』として処理され、迎撃という事象そのものが消去されている。
その結果、迎撃の瞬間に起こるはずだった誘爆は発生せず、浄罪の冥獄槍が一方的に破壊された事象のみが残ったのだ。
「ほら、ボケっとしてると封印しちゃうぞ?」
「させぬッ!封印に使う魔力を吸い取らせて貰おうぞ!《星刻の加速》」
無策に見えた冥王竜の突撃も、澪騎士の指示が有っての事だ。
冥王竜が赤い宝玉から常に発している光。
それは通常の30倍の時間加速を引き起こし、瞬く間に体力と魔力を消耗させる。
予め魔力の貯蓄が有り、天道を割く武人王によって回復力を強化していた澪騎士だからこそ、それに耐える事ができたのだ。
真正面から戦っても勝ち目が無いなら、絡め手で攻める。
類稀なる戦闘センスを持つ澪騎士はローレライの弱点であろう場所に、的確に攻撃を仕掛けていたのだ。
しかし……。
「なぜだッ、これだけ近づいてなぜ魔力が尽きない!?」
「そりゃ、おねーさんは超越者。持ってる魔力も段違いに多いからだね」
「うぬぅ!?」
「超越者ってのは、実はそのままの意味でさ。種族に与えられた成長限界を超えし者ってこと。つまり、おねーさん達英雄は無限に成長できるし、魔力も無限に蓄えられる」
そんな馬鹿な話が有るか!と冥王竜は思うも、すぐにそれが正しいのだと理解してしまった。
超越者……それに皇種も含まれるのならば、山の様な巨体へと変貌する理由となるからだ。
冥王竜と友好がある皇種は、もれなく巨大な体躯をしている。
その種族の個体はどれも体長3mに満たないにもかかわらず、皇種のみが異常に成長しているのだ。
おそらく、より強くあろうと願った姿を手に入れる事が出来るのであろう。
そう判断した冥王竜は、普通の人間と変わらぬ姿をしているローレライを鑑みて、その内側に秘められた規格外さに身を振るわせる。
「もしや、高位竜の我よりも魔力が多い……のか?」
「多いね。特におねーさんは純粋な剣士というよりも魔導師寄りだし」
「見かけ上は変わらぬのに、なんという事だ……」
「あっ、ごめんごめん。そう言えばレベルを隠したままだったね!」
パチン!っと指を鳴らし、ローレライは自分に掛けている認識阻害の一部を解除した。
そして、傲慢に笑う尊顔、その横に神の理を超えし6桁のレベル表示が顕現する。
―レベル262818―
「馬鹿な……、レベル26万だとッ……!?」
「にゃはは、おねーさんの秘密を知ったからには、生かしておけないねー」




