第23話「ヘビの切り方」
「堅っっった。いい加減にしろよ、このヘビ!、堅すぎだろ!!」
「見てくれ、ユニフ。僕の愛剣が刃こぼれしてしまったよ……」
あれから俺達は、横たわる蛇に向かって剣を振り降ろし続けるも、大苦戦。
リリンに細切れにしてみてと言われ実行に移してみたものの、鱗に阻まれて刃が通らないのだ。
ガキン!ガキン!と叩きつけている内に何とか切れたが、細切れには程遠い。
結局、1時間以上も剣を振り続け、3回ぶつ切りに出来ただけだった。
そして、どうやらシフィーも苦戦しているようだ。
「く、次行きますぅ《ファイアボール!!》」
「あ。ユニク、そっちに行った。気をつけて」
うおぅ!危ねぇ!!
シフィーの放った魔法が飛んでくるのはこれで3回目だ。
あちらはあちらで、鱗に魔法を弾かれてしまっているらしい。
どうやら魔法の当たる角度が悪いと反射してしまうようで、あちこちに飛び火している。
ちなみにさっきは森に燃え移りそうになり、リリンが慌てて消火していた。
「ユニフ、どうやら僕達のやり方じゃダメなようだ」
「どうすっかな。確かリリンは「剣は流れを断ち切るように振るといい」って言っていたんだが……」
「ん?リリンちゃんは剣も振れるのか?」
「本人いわく、達人や英雄には程遠いらしいけどな。おーいリリン!ちょっとコツを教えてくれないか?」
「ん、分かった。そっちに行く」
リリンを呼んだ瞬間、電光石火なスピードで瞬く間にこっちに来た。
そういえばおっさんと戦ったときにバッファ掛けていたっけな。
その速さに驚いたロイも段々とリリン耐性が出来てきたらしく、ぐっと言葉を飲み込んでいる。
「このヘビが堅くて上手に斬れなくてさ。ちょっとお手本見せてくれないか?」
「ん。承知した。《サモンウエポン=殲刀一閃・桜華》。はい。スパッと」
「「え、早っ!なんだ今のッ!?」」
いや待って、早過ぎんだろッ!?
俺とロイが20分掛けてやっと切れるのに、リリンは平然と雑に刀を振って蛇を真っ二つにした。
いくらなんでもこれは我慢ならない。
俺もロイも尽かさず突っ込みを入れた。
「いや、なんだ今のスピード。リリンちゃん、魔法を使ったのか?」
「使って無い……よな?見ろよロイ、この綺麗な断面。普通に美味そうな色してるぞ」
「私は鱗の流れに沿って刃を通しただけ。切断面の外側を見て欲しい。私は鱗を切っていない」
鱗を切っていないって、どういうことだ?
俺とロイが覗き込んでみると、ヘビの表面の鱗が剥がれ落ちていた。
どうやったか分からないが、理屈は分かる。リリンは堅い鱗を避けてヘビの肉だけを切ったらしい。
ちなみに切断面は綺麗に輪切りされ、ささくれなどは一つもない。
そのまま焼いたら高級ステーキだな。
「なるほど、鱗を避けるのか。それでどうやるんだ?」
「鱗は通常、頭から尾に向かって重なり合うようになっていて、真上からの衝撃は触れあう別の鱗に分散してしまう。なので、鱗を持つ動物を切る場合は流れに逆らうように、この場合は尾側から頭側へ刃を入れると切れやすい」
リリンが説明しながらヘビの胴に刃を当てて、ゆっくりと引き切った。
決して早いとは言えない動作でも、いとも簡単にヘビが切断される。
へぇ、理屈を知っていると出来るもんなんだな。
「すごい、すごいぞ!リリンちゃん!言うようにやったら簡単に切れる!」
「どれどれ、おお!確かに手ごたえが違うな」
俺も言われるがままにグラムを当ててみると、スパンッと気持ちの良い感覚が帰って来た。
あれほど苦労していたヘビが簡単に切れる。うん、これちょっと楽しい。
「ユニク、ロイ。この鱗を避ける太刀筋は、爬虫類系やドラゴン系を討伐するのに非常に有効。この際だから、その感覚を手に馴染ませておいて」
「あぁ、分かった。ロイ、どっちがうまく切れるか勝負しようぜ!」
「望むところだ、ユニフ。騎士歴10年の僕の剣裁きを披露してあげよう」
ロイはそれだけ言うと、キリッとしたキメ顔で笑った。
さっきまで俺と同レベルだったのにもう自信に満ち溢れている。
その元気さに驚きつつ、俺もグラムを振りあげた。
**********
「これくらいか?ロイ」
「あぁ、これなら細切れと言ってもいいんじゃないか?」
蛇の胴体に刃を入れる所が無くなってきた。これなら細切れと言っていいはずだ。
だいぶ鱗を避ける感覚も掴めてきて、最後の方は勢いを付けて切っても単に切れるようになった。
上達するのって、凄く楽しい。
さて、この後はどうするのだろうか?
「おーいリリン、こっちは終わったぞ……って炎上してる!?」
リリンに成果を確認して貰おうと振り向いたら、ヘビが炎上していた。
いきなりの事だったので少々困惑したが、どうやらあちらもリリンがアドバイスをしたらしく、魔法攻撃が通りやすくなったようだ。
ほんのり香ばしい匂いをさせながら、燃えるヘビをうっとりとした目で見つめるシフィー。
遠巻きに見ると完全に危ない人だな。
「ユニク達も終わった?では、その命を有効に使わせて貰ったヘビに感謝をしつつ弔おう。《終息へ向かう炎》」
リリンから放たれた青白い炎は、横たわるヘビをあっという間に包み込んだ。
未だ昼過ぎで明るいというのに、幻想的に燃え上がるヘビに手を合わせつつ、感謝の気持ちを祈る。
ありがとう。ヘビ。お前で学んだ剣技で必ずや試験に合格してみせるからな。
少しの黙祷を捧げて弔いをした後で火を消した俺達は、次の目標を聞く為にリリンに向き直った。
「それじゃ、リリン。次はどうする?」
「ん。時間が中途半端なので新しい事はしない。このまま川上に向かって散策しながらブレイクスネイクを探そう」
「分かった。あっちに進めばいいんだな?」
「よし、先陣は僕が切ろうじゃないか。おい、シフィー行くぞ!」
「あ、は、はい!待って下さい」
自分の荷物からノートを取り出して何かのメモを取っていたシフィーをロイが急かした。
こうして再び、俺達は散策を始め……ん?
「なぁ、ユニフ。あの茂み、ガサガサいってるよな?」
「いってるな」
「何がいると思う?」
「さぁ?分からないけど、たぶん動物的ななんかだろ?」
川上に向かって、さぁ移動だ!と意気込みを新たに、進むこと1メートル。
ぶっちゃけほとんど移動していないのに、近くの茂みが音を立て始めてしまった。
索敵とかあったもんじゃない。
だが無視するわけにもいかず、とりあえず俺とロイは剣を構えた。
リリンは茂みに気付いているものの、傍観の姿勢。
シフィーはノートを鞄に仕舞っているため、まだ気付いていない。
「どうする?ユニフ。またヘビが出てきたら僕だけじゃどうしようもないぞ?」
「んーまずは確認が先だな。あの茂みにサンダーボールを打ち込んで様子を見ようぜ?」
「承知した」
俺とロイで戦略の方向性を定め、役割分担を決めた。
まずは先制攻撃で茂みから追い出し、二人で剣撃を仕掛ける。
先ほどの練習で鱗が有っても剣でダメージを与えられるようになったし、此処は是非、ブレイクスネイクが出てきて欲しいところだな。
感覚を忘れない内に実践で試しておきたい。
「いくぜ。《サンダーボール!》」
俺の放ったサンダーボールは真っ直ぐに茂みに進み、着弾。
その光景を後ろから眺めていたリリンから「グッジョブ」との声がかかる。
此処までは上出来らしい。
そして、茂みは大きく揺れ出し、一匹の生物が飛び出してきた。
「ヴィギぃ!」
ん!こいつはウマミタヌキッ!!
この茶色い毛皮のモフモフ感は間違えようもない。
憎たらしい俺の宿敵。ウマミタヌキだッッ!!
俺の前に凛々しく悠然と立つコイツは、今まで見たタヌキの中でも一番立派な体格だ。
こちらを見て揺るぎなく立つ姿は、森の王者的な雰囲気すら纏っている……気がする。
ここは慎重に行こう。まずはレベルの確認からだ。
そう思ってレベル目視を起動させようとした時、横からロイの声が聞こえた。
「なんだタヌキか、驚いたじゃないか。ユニフ、ここは僕に任せてくれ。こいつを捕まえて昼食にしよう」
「あ、待ッ……、ロイ!!」
完全にタヌキを舐めてるロイが薄ら笑い、突撃を仕掛ける為に走り出した。
って、やべぇ!!待ってくれロイッ!お前じゃソイツには勝てない!!
ちょ、何でそんなに走るのが速いんだよ!?
やめろ、やめてくれぇ、あ、あ、……あぁ……。
「ふっ、さらばだ。タヌキ!」
「……ヴィギルハァン?」
そして、ロイの姿は消えた。
具体的に言うと、颯爽と走り抜けたロイがタヌキに向かって剣を振り下ろした。
だが、タヌキはその剣筋をすべて見切っていたのだ。
ロイの剣が岩を打ち付ける悲しい音が響いた瞬間、タヌキが瞬く間に横に回り込んだ。
そして躊躇なくロイのわき腹を蹴りつけ、バランスを崩した所に追加で怒濤の連続攻撃を見舞ったのだ。
あぁ、見るも無残なタヌキ連撃が、ロイを襲っている。
胸、肩、頭に数十発を叩きこみ、大跳躍からのとどめの蹴りを入れ、川の中までロイを吹き飛ばせば決着の時。
勝者たるウマミタヌキは悠然と立ち、こちらの様子を窺っている。
おそらく、俺の背後にいる理不尽系雷撃少女の出方を見ているのだろう。
ロイを瞬殺しておいてまったく油断しないとは、このタヌキ、強い。
「ごっほごほ……、なにが、何が起こったんだ……?」
あ、ロイ生きてたのか。
川の中でゴホゴホ言っているが、特に外傷はなさそうだな。
放っておこう。
「さてと……、三度目のタヌキ戦か。今度こそ、勝つ!!」