第4話「戦いの幕間、ユニクVSドラピエクロ」
「ぴ~~え、ぴえぴえ!ぼくら~はピエロ!ゆかいなピエロ~! 今日もおどけて、すっころぶー!」
「あ、踊ってる。可愛い。トレイン・ド・ピエロのオープニングも覚えてる」
「たのしい技で~キミらは虜~!不思議な魔法でいちころだー!」
いや、その巨体ですっ転んだら大惨事だろ。
魔法を使うまでもなく、観客全員いちころだ。
冥王竜と澪さんが激しく火花を散らし合いながら激突しているのを放置し、俺とリリンはドラピエクロへ近寄った。
目まぐるしく動き回っているコイツに轢かれない様に気を付けつつ……、よし、なんとか無事に目の前へ到着。
俺達が天穹空母の前に陣取ると、すぐにドラピエクロは動きを止めた。
「ぴえ?えっと、……ピエリンだ!!」
「ピエリン?」
「ピエロン言ってた。ドラピエに親切にしてくれた人、ピエリンとピエトナ。ちょっとだけ一緒にやった仲間ぴえ~~ろぉ~~!」
あぁ、ピエロリリン、訳してピエリンか。
で、ワルトがピエトナだな?
二人とも語呂がいいし、将来有望なピエロ候補だったんだろう。たぶん。
「ドラピエクロも元気そうでなにより。お化粧も完璧になった!」
「みんなが頑張って描いてくれた!眉目秀麗!人気絶頂!千客万来!全員笑顔!!」
リリンが褒めた通り、ドラピエクロはとっても艶々している。
今まで自分で描いていたであろうピエロメイクが一新され、より派手で綺麗なカラーリングへ進化。
上半身はタキシードっぽい模様、下半身の水玉模様は前と同じだが濃くハッキリと描かれ、尻尾の先にはリボンまで付いてやがる。
これが、本物のピエロ達が本気でリメイクした『真・頭のおかしいドラゴンピエロ』か。
色んな意味で、近寄りがたい。
「ん、その様子なら、ちゃんとピエロンには会えたんだね。良かった」
「ぴ~~えろん!久しぶりに会えた!ずっとずっと会いたくて……ピエロンだんちょーになってた!!びっくり!!」
「きっとピエロンもビックリしたと思う!」
「みーんな大絶叫!ピエロン、大号泣!!嬉しさ爆発、ビックリショー!驚天動地、ドラピエも泣いた!!」
みんなってのはサーカスの団員のことだよな?
そりゃ、大絶叫間違いなしだろ。
全長80mのドラゴンの襲来だぞ?普通に考えて、サーカス滅亡の危機だ。
ドラピエクロの話を聞いていると、ピエロンの苦悩が目に浮かんでくる。
それでも一応、大混乱の末に受け入れられたっぽいのでハッピーエンドって事にしておこう。
で、何でコイツがここに来たのかって話だが……。
「なぁ、ドラピエクロ。ちょっと質問して良いか?」
「こんぐらっちぇーしょん!ピエクルフィンも恩人!ドラピエ恩返ししたい!」
ちょっと待て。
いつの間にか、俺までピエロにされてるだと?
って、誰の仕込みだよッ!?
後で話を聞くからな、ワルトォォォ!!
「トレイン・ド・ピエロでサーカスしてたんだろ?なんで澪さんと一緒にここに来たんだ?」
「ドラピエ、人を運ぶ。ごはん貰える。みんな喜ぶ!!」
「……なに?もうちょっと詳しく頼む」
「ドラピエ、サーカスするととっても楽しい。だからいつもより張り切ってお腹もすごく減る。でも、食べ物あんまりない」
「……。ちなみに、一回の食事でどのくらい食べるんだ?」
「ちょっとだけ。身倒牛2匹くらい」
……身倒牛2匹かぁ。
うちの腹ペコ大魔王よりも大食いとか、破産するのは時間の問題だな。
って、まったり考察してる場合じゃねぇ!!
食料的な問題で、もう一回、捨てられそうになってるじゃねぇかッ!!
くっ、なんて世知辛い世界なんだ。
……まぁ、当然だとは思うけどな。
だって80mとか、物理的にでかすぎる。
「一回の食事で身倒牛2匹はきついな……。つーか、冥王竜より良いもん食ってるじゃねぇか。あいつ滅多に食えないって言ってたぞ」
「ん、それはちょっとおかしいと思う!」
「そうだよな。ドラゴンの王を名乗ってるのに貧しいとか不憫すぎる」
「そっちじゃない。トレイン・ド・ピエロは物凄く儲かってるはず。そもそも、ワルトナが関与してて赤字とかありえない」
なるほど、確かに言われてみればその通りだ。
ワルトはドラピエクロを縮めようとして失敗したが、その後のフォローくらいはしているはず。
そう言えば、指導聖母・悪才って人に連絡をしていたっけ?
「ドラピエクロ、人を運ぶと誰からご飯が貰えるんだ?」
「ゴルディニアス!」
「ソイツって確か、指導聖母・悪才だったはず……。そういうことか」
あの時はワルトの同僚っていう感想しか浮かばなかったが、今となってはまるで意味合いが違う。
指導聖母はブルファム王国に属しており、ラルラーヴァーが率いている俺達の敵だからだ。
そんな人物がトレイン・ド・ピエロに接触してるばかりか、調停役のワルトはタヌキに監禁されている。
そうなってしまえば、後は指導聖母・悪才の独壇場だ。
恐らく、国を転覆させるのと同じように物流を操作してドラピエクロの餌を不足させ、支配下に置いているに違いない。
「お金があっても肉が無ければ買えないもんな。これじゃ、ドラピエクロを帰らせても問題が起こりそうだぞ?」
「うーん。私たちじゃどうにもできなさそう。専門家に任せるべき」
「でもワルトは捕まってるだろ?」
「レジェがいる。テトラもいるから暴利で毟り取られる心配もない。早速電話で話をしよう」
そう言って、リリンは自分の携帯電魔を取り出し、さっと操作して大魔王陛下へ電話を掛けた。
そして「私レジェリクエ、今、ブルファム王国へ遊びに行ってるの……」という、何とも言えないコール音が途切れて通話状態となる。
「あ、レジェ。すぐにこっちに来て」
「ぐるぐるきんぐぅぅー!!」
「……。ユニク、はい」
何かを悟ったリリンは、俺に受話器を差し出してきた。
一切の躊躇がない、平均的なキラキラした目で俺を見つめている。
さっき真面目に戦争をしろって怒られたばかりなんだが?
そんな期待した目を向けても鳴かないぞ。
俺は決意し、リリンから電話を受け取った。
大魔王陛下は鳴かずに命令してたんだから、普通に話しかけても意味は伝わるはずだ。
「フェニク。レジィに電話を代わってくれ」
「……。」
「おい、聞いてんのか?」
「……。」
「……。きんぐぅ?」
「ぐるげ!」
「……。ぐるぐるぅぅぅ!きん!ぐぅぅぅ!!」
「ぐるぐるきんぐーー!」
「よし、レジィに電話を渡して来い」
「きんぐぅ!」
何で俺の時は、いちいち鳴かなくちゃいけないんだよッ!?
大魔王陛下の命令には普通に従ってただろうがッ!!
あきらかに俺の事を下に見ているであろう態度にイラっとしつつ、大魔王陛下が電話に出るのを待つ。
その途中、後ろの方で「あの時の鳴き声はお前かッ!!ユニフぅぅ!!」とか聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「はい、こちらテトラフィーアですわ」
「あれ?大魔王陛下は?」
「陛下は冥王竜と澪騎士の戦いに夢中ですわー。ドラピエクロに関する全権は私が預かっておりますから、安心してくださいまし」
「そうなのか?だけど、今回は指導聖母が絡んでるっぽいぞ?大丈夫か?」
「何も問題ありませんわよ。物流や交易は得意分野ですの」
指導聖母といえばワルト並みに頭が良いはずだが、全く問題にならないらしい。
流石は大魔王陛下が全幅の信頼を置いている大臣。
安定感が半端じゃない。
「すぐにそちらに向かいますわ。ロイ、行きますわよ」
「お任せ下さい、テトラフィーア様」
……は?
いつの間にかロイが手懐けられてるんだが?
まだ領主のロイと現役の大臣じゃ格が違うのは分かるが、それにしたって、流石に速すぎるだろ。
調教時間は30分もなかったはずだぞ?
「ユニフィン様、リリンサ様、来ましたわ」
「おう。ってホントにロイを連れてきたのか」
「ドラピエクロとのお話は伺っておりましたの。ロイを連れてきたのは手早く解決する為ですわ」
ドラピエクロ食糧問題は、ロイがいれば解決するらしい。
ってことは、フィートフィルシアで飼ってる畜産を融通させようって話か。
冥王竜と取引する事が決まっている以上、もう一匹ドラゴンが増えても問題ない。
そもそも、ゲンジツやカイコンの方が身体は大きいし、天龍嶽に居るドラゴンの食糧まで工面するなら誤差の範囲だろう。
で。ロイはなんでテトラフィーア大臣に熱い羨望の眼差しを向けてるんだ?
……浮気はやめとけ。お前にはもう大魔王嫁がいるだろ。
「ロイ、随分と従順だな?大魔王陛下には抵抗しまくってた癖に、テトラフィーア大臣は別ってことか?」
「ユニフ、キミは本当に馬鹿だな。テトラフィーア様のご命令は何よりも優先させるべき事案だし、異議を唱える必要性を感じた事など一度もない」
「……あぁん?まったく意味が分からん。お前らって知り合いなのか?」
「知り合いだと?テトラフィーア様の事を知らない領主など居ない。それこそ、文字を読めない領主が存在しないのと同じくらいあり得ないことだ」
文字が読めない領主と同じレベルにあり得ないだと!?
どんだけテトラフィーア大臣の影響力強いんだよッ!?
「ユニフ。テトラフィーア様の御国フランベルジュでは、王位継承を円滑に行うべく二人の兄がノウリ国とギョウフ国へ留学していた事は知っているか?」
「あぁ、それぞれの国に取り込まれて戦争の火種になったんだろ?」
「そうだ。そして、一人で国に残されたテトラフィーア様は病で伏せっている国王の代わりに、国内における内需、及び、両国以外の貿易の全てを取り仕切る立場であらせられたんだ」
「……は?」
「当然、ブルファム王国の貿易窓口であったフィートフィルシアとも交流があり、父とも対等以上の取引……、いや、完全に圧倒し、恩赦まで掛けられていたほどだ」
「大国の領主相手に恩赦を掛けるって……それ、何歳の頃の話だよ?」
「ざっと3~4年前の話だが?当時、執務のしの字も知らなかった僕だが、一つ年上のテトラフィーア様の姿に憧れを抱いていた。それこそ、偶像無像のアイドルなんかよりもよっぽど崇拝していたぞ。なにせ本物の姫様なわけだし、ファンクラブにも当然入会している」
「ちょっと待て、ファンクラブがあんのかよ!?……悪魔宗教か何かか?」
「ふざけた事を言うな、ユニフ。テトラフィーア様はみんなの憧れなんだ。ファンクラブの会員は、テトラフィーア様が一途に想い続けているという人物は自分だと言い聞かせて生きているんだ。それを悪魔宗教などと言うならば、全世界にいる会員を敵に回す事になるぞ。覚えておけ」
……うん、全世界の会員が俺の敵だという事は良く分かった。
大魔王大臣のシモベ達が全力で俺を亡き者にして擦り替わろうとしてくるとか、親父の名誉を超える日も近いかもしれない。
ちくしょう。
「あら?ユニフィン様も私のファンクラブにご興味が御有りですの?」
「……興味があるかないかで言えばあるな。とっても」
「ふふ、そうでしたの。後で特別なカードをお作りいたしますわ!」
ユニクルフィンを敵視しているクラブの会員にされそうな現実から目を背けていると、テトラフィーア大臣とロイがドラピエクロの食費について議論を交わし始めた。
その内容の論点は利益が出るかどうかであり、食料を用意する事自体は問題ないようだ。
今更だが、フィートフィルシアってお金持ちなんだな。ロイ。
「ロイ、ドラピエクロが在籍しているトレイン・ド・ピエロへ融資をしなさい」
「テトラフィーア様の御話である以上、前向きに取り組ませていただきます。ですが、フィートフィルシアに利益はあるのでしょうか?」
「勿論ありますわよ。利権の確保のために簡易証書で良いですから、この後すぐにフィートフィルシア領主としてトレイン・ド・ピエロと専属契約を結びなさい。トレイン・ド・ピエロが公演を行う会場、及び、ドラピエクロの生活拠点をフィートフィルシアが整え、その見返りとして公演で得た純利益の2%を納めて貰う。これくらいが妥当ですわね」
「なるほど。最初に掛る経費は専属契約料として前払い。後の純利益はドラピエクロの食糧費で相殺という訳ですね」
「もちろん、単純な食糧費としての負担はフィートフィルシア側が大きいでしょう。ですが、トレイン・ド・ピエロの集客力が生み出す莫大な利益からすれば、話にならないほどに小さな必要経費ですわよ」
「ざっと計算して、1年でどのくらいのお金が動きますか?」
「そうですわね……、この大陸に住まう全ての冒険者とそれに関わる人たち、推定2億8000万人が一度は訪れる事になりますわ。レベルがカンストしてる全長80mの特殊個別脅威がいるんですのよ?冒険者なら、間違いなく見に来ますわね」
ロイとテトラフィーア大臣が、俺の知らない世界の話をしてる……。
最初の内はなんとか付いて行けていたが、『損益分岐点』とか『バブル現象』、『経営指標』『内外価格差』とかの経済用語が飛び交い始めたら全くのお手上げだ。
なお、リリンに至ってはクッキー片手に、冥王竜と澪さんの戦いを観戦してる。
「ふぅ、こんなものですわね」
「テトラフィーア様、素晴らしい手腕です。私は感服の念に堪えません」
「ブルファムの王位に就いたらシフィーと一緒に鍛えて差し上げますわ。覚悟して下さいまし!」
「是非よろしくお願いします」
あ、いつの間にかドラピエクロ問題が解決したらしい。
冥王竜戦がいい感じに盛り上がってきた所だから、もう少し時間を掛けてくれても良かったんだが。
「ユニフィン様、ドラピエクロに関する利権は私たちに任せてくださいまし。指導聖母のしがらみなど欠片も残さず潰しますわ」
「頼むぜ!って、じゃあ俺がやる事はもうないか?」
「せっかくですので、ドラピエクロに話を付けてくださいまし。それだけでもユニフィン様の功績になりますわ」
「よし、遠慮なく頂くぜ!」
知らない内に全世界から敵視されている以上、手に入る功績は集めておきたい。
テトラフィーア大臣と一緒に残した功績なら面と向かって文句も言えないだろうしな!
だいぶ俺も黒くなってきたなと自覚しつつ、ドラピエクロへ視線を向けた。
「ドラピエクロ、お前の飯はロイが用意してくれるってよ。良かったな」
「ホント?ドラピエお腹いっぱい食べても良いの?」
「良いぞ。もちろん、一生懸命働いたらだけどな」
「分かった。ドラピエ働く!いっぱい稼いでピエロンとお腹いっぱい食べる!!」
「ということで……、今すぐピエロンの所に帰って良いぞ、ドラピエクロ!」
「ありがと!こんぐらっちぇーしょん!!ご来場の皆様、本日の公演はここまでとなりまぁす!せんきゅー!!」
そして、ドラピエクロは西の空へと帰っていった。
じゃあな、幸せに暮らせよ。ドラピエクロ。
もう二度と出てこなくて良いぞ。




