第2話「ピエロと澪騎士」
「ミオがいる。しかも臨戦状態」
頭のおかしいドラゴンピエロ……もとい、ドラピエクロが天空より降り立った。
天穹空母GR・GG・GGの真正面、正確に言うなら、俺達を引いている駄犬竜2号の進路を妨害し、滅茶苦茶ガンを飛ばしてきている。
うん、コイツだけでもかなり面倒なんだが……、頭の上に澪さんを乗せてるってどういう事だよッ!?
何がどうしてそうなったッ!?
「リリン、あれは本当に澪さんなんだよな?フルフェイスタイプの兜で顔が隠れてるけど……?」
「間違いなくミオ。あんな無骨な鎧を好んで着るモノ好きな女性は、私の知る限りミオだけ」
割と辛めの中傷が混じった肯定の言葉を飲み込みつつ、俺は現状へ思考を向けた。
俺達は今、天穹空母の中にいる。
澪さんは俺やリリンが乗っているという確証を持っていないだろうし、窓側に近づかなければ姿を見られる事もない。
……よし。ここは居留守を使って様子見だな。
こっそりリリンを打ち合わせをして窓から離れつつ、大魔王陛下の後ろのスクリーンに視線を向けた。
「ぴぃ~~えぴえぴえぴえ!れでぃーす、めん、じぇんとるめん!!本日のごらいじょう、まことにアリガトウぅございまぁす!!こんぐらっちぇーしょん、さんきゅー!」
……おい、随分と流暢に喋れるようになったじゃねぇか。ドラピエクロ。
そんだけしっかり挨拶が出来るなら十分だ。
だから次は、空気を読む練習をしたほうがいいぞ。
ご来場したのはお前の方だ。
「ユニク、ドラピエクロ元気そう。良かったね」
「あぁ、だがこのタイミングで出てくるのは予想外だ。どうする?」
「ミオが一緒にいる理由が分からない。あっ、もしかして入団した?」
「それは無いと思うぞ」
『人類の希望』とか『次代の英雄に最も近しい』とか言われてる人がサーカスに入団してたらビックリだろ。
どんな舞踏派集団だよ?
本職の殺人ピエロ集団じゃねぇか。
「とりあえず様子見……、ん?ミオさんが兜を取った?」
「……うぁ。これはまずい事になった……」
「え?リリン?」
「ミオ、滅茶苦茶怒ってるっぽい」
「んん?確かに眉間に皺が寄ってるからフレンドリーな雰囲気じゃないけど……、あれは滅茶苦茶怒ってるのか?」
「ミオが人前で兜を取る時はとても怒ってる時。鬼ミオお説教タイム。私もいっぱい泣かされた」
「リリンがいっぱい泣かされた鬼ミオお説教タイムだと……。何それヤバい」
基本的にリリンは負けず嫌いで、喧嘩を売られたら言い値で買う様な性格だ。
ワルトがリリンに注意をしても聞いていない事が多く、真面目に叱られると頬を膨らませて誤魔化す事も多い。
そんな、平均的にふてぶてしくて逞しいリリンがいっぱい泣かされたとか、人類滅亡の危機だな。
で、何に対して怒っているのかが問題な訳だが……。
俺を含む一同が視線を向けたスクリーンの先、馬鹿みたいに踊り狂っているピエロの上の澪さんが鋭い視線を俺達へ向け、口を開いた。
……うん、もう怖い。
流石にレベルが97562もあるだけの事はある。
「……おい、なんだこのふざけた物体は?責任者でて来い」
「……。責任者だって、ユニク」
「……。俺に振るな。戦争の責任者は大魔王陛下だろ」
首筋に剣を突きつけられたかのような殺意の籠った言葉に、俺もリリンも震え上がった。
魔王シリーズに似た本能的な恐怖を感じ、二人揃って視線を大魔王陛下に向ける。
個人的に責任をなすりつけるのは好きじゃない。……が、今回の戦争の責任者は言うまでもなく大魔王陛下だ。
俺は戦争に参加した一般人枠。
言ってしまえば、ブルファム王子のロイよりも脇役であり、どうみてもブルファム王国軍の先触れの対応をするのはふさわしくない。
そんな言い訳じみた事を考えていると、薄らと笑みを浮かべた大魔王陛下がマイクを手に取った。
へぇ、流石は大国の女王だ。
あんな恐ろしいオーラを出している人に声を掛けるとか、慣れてる感が半端じゃな――。
「リリンー?呼んでるわよぉー?」
「え?」
「澪騎士から出頭を求められたわぁ。説明してきてぇ」
「えっ。えっっ!?」
「ほう、リリンがいるんだな。そうかそうか」
華麗に手に取ったマイクに向かって、大魔王陛下は優雅に語りかけた。
当然、その声はスピーカーを通して澪さんの元へと届いている。
こんの大魔王、リリンを売り飛ばしやがったッッ!!
そこは女王として前に立つ所だろうがッ!!
「えっ、ちょっと待って、私は関係ないと思う!!これ作ったのはレジェだし、鳴いたのはユニク!!」
「あっ!俺まで巻き添えにすんな!!」
「へぇ、ユニクルフィンも一枚噛んでるのか。どうやら二人とも私の躾けが足りなかったようだな。……つべこべ言わず、さっさと出てこいッ!!」」
怒りの感情を声に乗せ、レイピアよりも鋭い視線で射ぬかれた。
つーか、スクリーン越しなのになんという覇気!?
流石は次代の英雄に最も近しい鬼ミオ様!!
魔王共とはまた違った恐ろしさを備えていらっしゃるッ!!
**********
「来たか」
「うっ。ミオ、元気してた?」
「とても元気過ぎて、脈が振り切れそうだぞ」
「そ、それはとても大変。すぐに帰って休んだ方がいいと思う!」
さっさと行け。という大魔王陛下とゲロ鳥大臣の視線を受けながらホロビノの背に乗って飛び出した俺達は、すぐにドラピエクロの前に着いてしまった。
こんな時ばかり速やかに仕事をする駄犬に苛立ちを覚えつつ、俺とリリンは澪さんの前に降り立つ。
どうやら、腹をくくって対談をしなければならないらしい。
俺達は戦争を仕掛けてきた侵略者であり、澪さんはブルファム王国側の騎士だ。
お互いの内情を無視した場合は完全に敵同士であり、言葉を交わさずに戦いになってもおかしくない。
そんな中、どうにか穏便に済ます為に俺とリリンはやってきた訳だが……。
うん、近くで表情を見て分かった。
澪さん、マジギレしていらっしゃる。
「で、何だあのふざけた形の船は?説明しろ、リリン」
……澪さんがキレれてる理由、やっぱりメカゲロ鳥か。
たぶんそうじゃないかなとは思っていた。
「アレは……、てんきゅうくうぼ?ぐるぐるげっげー?」
「……。もう一度言ってみろ」
「て、天穹空母・ぐるぐるげっげー……?」
「なるほど。……ふざけてるのか?」
「ふざけてなどいない。これは正式名称だし!」
「なるほど、ふざけてるのは女王の方か」
どんどん眉間の皺が増えていく澪さんが、深い溜め息を吐いた。
なんかもう、声の圧とか雰囲気とか全てが怖い。
村長とマジ喧嘩をしてる時のレラさんと同じくらい怖い。
「まったく……、お前ら、私が今どんな気持ちか分かるか?ん?」
「えっと……滅茶苦茶怒ってる?」
「あぁ。もちろんだ。何せ……冥王竜が降臨したとの知らせがあったにも関わらず待機を命じられて気を揉んだ夜を過ごし、やっと出撃許可が出たかと思ったら意味不明なピエロに乗れと言われ、現場に到着したと思ったら冥王竜がふざけた荷車を引いていた。この気持ちが分かるか?」
「……。大変だったと思う!!」
なるほど、言われてみれば納得の酷さだ。
もし俺が逆の立場なら、もう既に冥王竜に斬りかかってる。
「……で、さらに聞きたい。フィートフィルシアを侵攻した時に言っていたセフィナとは誰の事だ?亡くなったと言っていたはずだろう?」
言葉から察するに、澪さんは俺達の進軍の情報を得ているようだ。
まぁ、それ自体はさほど驚く事じゃないが……澪さんがセフィナの動向を知らないって所がポイントだな。
ラルラーヴァーと行動を共にしていないのなら、こちら側に引き込めるかもしれない。
「ミオ、聞いて。セフィナは生きていた。私が語った家族の死は、大牧師ラルラーヴァーという悪い幼虫の策謀によって偽られたもの」
「……なんだと?じゃあ、リリンは騙されていたって事か?」
「ラルラーヴァーにという意味ならそうなる」
「いや、私が気になったのは師匠達の方だ。最近になってだが、大牧師ラルラーヴァーは大聖母ノウィンの直属の部下だという情報が入った。そして、当時のリリンを師匠達に預けたのも大聖母ノウィンだったはずだ」
「……。忌むべき変態共は悪い幼虫とグルだったって事?」
「可能性は十分にあるだろうな」
「なんということ……。やっぱりラルラーヴァーは変態だった。変態の幼虫・ラルラーヴァー!」
気が付いたら、ラルラーヴァーが変態認定されていた。
何でそんなに変態にしたがるんだ?とか、たぶん師匠関係ないだろ。とか言いたい事はいくつかあるが……、とりあえず、どっかから弓矢が飛んで来そうだから、そろそろ止めろ。
変態談義を始めたリリンと澪さんを全力で妨害しつつ、大筋の話に戻す。
第一目標は澪さんを仲間に引き込む事。
第二目標はドラピエクロをサーカスに帰らせる事。
この二つを達成しないと戦争が進む気がしない。
「ほら、リリン。澪さんに手伝ってほしい事があるんだろ?」
「そうだった。ミオ、セフィナはブルファム王国に捕らわれている。奪還を手伝って欲しい!」
ラルラーヴァーへの怒りを滾らせつつ、セフィナ奪還を切り出そうとしていたリリンが上手に話に乗ってきた。
これで澪さんは話を聞いてくれるだろうし、ドラピエクロは「帰れ。」って言えば帰ると思う。
一時はどうなる事かと思ったが、これで一件落着――。
「断る」
「……え?」
「断ると言ったんだ」
「えっ?えっ?断るの……?なんで……?」
「何を驚いてるんだ?リリン。私はブルファム王国に属する騎士だぞ?裏切りなど行えるはずがない」
「裏切りって……。ミオはいつも私たちの味方をしてくれた。どんな時でも助けてくれたのに」
「それはブルファム王国と対立しないからだ。そもそも、リリンは鏡銀騎士団の副隊長でもあり、ブルファム王国に属していると言えなくもない。この状況でセフィナを欲するのだとしたら、こちら側に寝返れば、すぐにでもセフィナの元に行けるだろう?」
「えっ、そうだけど……。それは出来ない。セフィナは私が守るべき大切な妹。だけど、レジェンダリアは私の大切な友達が属する国。どっちも手放すなんてありえない」
「そこまで分かっているのなら、なぜ理解できない?リリンにとってのレジェンダリアが、私にとってのブルファム王国なのだと」
「つ!!それは……」
「私とリリンは同じ師に仕えた弟子であり、間違いなく友人だ。だが、友好関係はそれだけではなく、お互いに譲れない物がある。そうだな?」
あまりにも策謀が上手く進んだせいで忘れそうになるが、これは戦争だ。
澪さんの言葉は重く、そして、真っ当な大人としての意見のように思える。
俺もリリンも大魔王陛下も、ちょっと自分本位に考え過ぎだったようだな。
相対した敵に、気安く『寝返って欲しい』などと、本来は言うべきじゃない。
断られた事に動揺しているリリンの頭を強めに撫でつつ、俺は澪さんに向き直った。
リリンが精神的にぐらついた時の為に、俺はここにいる。
「悪いな。俺達はちょっとばっかり緩く考え過ぎてたみたいだ」
「お前達が自分達の国の中で遊んでいる分には、私も文句を言うつもりはなかった。多少、他の国を手に入れたとしてもだ」
「そうか。ま、今はちょっと勢いが付いちまっててな。このまま行けば大陸制覇が出来そうなんだ。退いてくれないか?」
「断る。ブルファム王国は長い歴史の上に成り立っている大国であり、この大陸の秩序そのものだ。レジェンダリアの様な小国が覇者となればバランスが崩れ、混乱した世界を元に戻す為に多くの命が費やされる事になる」
「ブルファム王国の施政のせいで多くの民が飢え、必要以上の戦死者が出ている……って聞いたんだがな?」
「それこそ必要経費というやつだ。人が人の上に君臨するから文明が発達する。決して平等でないからこそ競争が生まれ、人間の進化が起こるのだ」
確かに、澪さんの言う事も一理あるだろう。
人間は真の意味で平等になりえないのだから。
生まれ持った身体能力や、家の格、環境などによって、後天的に身に付く能力にも差が出る。
今になって実は大臣の孫だとか、王位継承権を欲すれば取れるとか判明したが、それは他者では手に入らない恵まれた環境だと思う。
だが、そんな他人に決められたもんを全て捨て、自分が欲した未来を掴み取った奴がいる。
英雄・ユルドルード。俺の親父だ。
そんな背中を見て育った俺だからこそ、レジェリクエ女王の『人間は運命の奴隷。貴方が人間だと名乗り続ける限り、同格たる人間に支配される事など無い』という言葉が気に入った。
どっちの意見が正しいとか、そんなつまらない問答は必要ない。
意見が対立したのなら、勝った方が――、正義だ。
「どうやら、俺達は相容れないようだな?」
「何処まで行っても平行線だろう。なら、やる事は一つしかない訳だ」
「最後の警告だ。澪さん、そこを退け。俺達の邪魔をするなら斬り伏せることになる」
「やってみな。お前らの噂は私のところにも届いている。ずいぶんと成長したと聞いているぞ、ユニクルフィン。……と言いたいところだが、お前は後だ」
「なんだと?」
「私に下った命令は『冥王竜の討伐』なんでな。先にこっちを片付けさせて貰うぞ」




