第22話「初めての獲物」
「……っは!僕は何をしていたんだ。こんな草むらで寝てしまうなんて、騎士失格もいいところだ。しかし、疲れているのか?この世の終わりみたいな酷い悪夢を見たな…… 」
「なぁ、ロイ。夢落ち説を唱えたい気持ちは十分に分かるんだが、残念なことに、現実だ」
「……ユニフか。なんだろうねこの感じ、体がフワフワするんだ」
「いや、それは本当にヤバそうだな。病院に行った方が良いんじゃないか?」
疲れ切った表情で草むらから身を起こしたロイは、「やれやれ、僕もまだ未熟だな。こんな事じゃ騎士領を継ぐなんて出来そうにない……」と、自信を無くしてしまったようだ。
あれだけ英気に充ち溢れていた顔付きは、フライパンで炒めた漬物みたいにしんなりしている。
まぁ、気絶するほど衝撃的だった訳だしな。少し元気付けてやるか。
……と思って声を掛けようとしたら、リリンが後ろからそーと近付いているのが見えた。
いったい何をするつもりだろう?
なにやら空間をゴソゴソやって……、スッと取り出したのはジュースの入った瓶だ。
なるほど、リリンに協力した方が面白そうだな。
「所でさ、ロイこれを見てくれ」
「ん?どれだ?何も持って無いじゃな……」
「……えい。」
「ひやぁぁぁぁぁぁん!!」
この心無き魔人達の統括者さん、マジ無慈悲!
完全に無防備だった首筋に瓶を押しあてられたロイは乙女な叫び声をあげ、全力で前に飛びのいた。
「ちょ、何をするんだ、リリンちゃん!吃驚するじゃないか!!」
「元気が出た?ロイ。悩んでいても仕方がない」
「あぁ、確かにそうだ。そうなんだよ。原典書なんて簡単に買える訳ないのにな……」
「そう。原典書というものは苦労の末に手にする物。でも、あなた達は運命に選ばれた。私に出会い、自身だけでも第九守護魔法に手が届くかもしれないという、並みの凡夫では経験できない人生を分かつ機会を手に入れた」
「ッ!!そうか、そうだよな!」
「ロイ、気付くのが遅い。シフィーはとっくに気付いて勉強を始めている。こうしている間にもあなた達の差は開くばかり」
「……すまない。そして、ありがとう!リリンちゃん!!」
そうして、ロイは立ち直り、少し離れた所で読書に励んでいるシフィーの方へ走りだした。
だが、シフィーの手前にあった石につまずいて、盛大にこけた。
ロイ、立ち直ったのはいいんだが、勢い余ってシフィーを押し倒すなよ。
「ふふ、あんなに元気になって……ちょろい」
「リリンもそういう事言うのやめような?」
ちらっと見たリリンの横顔は、平均的な頬笑みだった。
でも、俺には分かる。
これは、新しいおもちゃを見つけて楽しんでいる時の目付きだ。
シフィーにはそんなこと無いと思うんだが、何か理由があるのか?
一応考えてみても答えが出なかった俺は、シフィーにお説教されているロイの元へと歩きだした。
**********
「居た。あの川岸にいるのがブレイクスネイク」
「なんだあれは……?あんなでかいって聞いていないぞ。僕は」
「無理です!私たちじゃ捕れませんよ。あんな大きい蛇」
「……そうだった。ロイもシフィーも狩猟に出たことないって言ってたよな」
あれから俺達は山に入り、川岸に沿って移動していた。
リリンのプランでは、今日は索敵の基本から学んでいくらしい。
さて、索敵といっても何の事か分らなかった俺達は、まずはリリンから基礎的な知識を教わった。
生息地が分かっていない動物を狩猟するときは、まず、川を見つけ、それに沿って移動しながら探すらしい。
全ての生物は水が無いと生きていけない訳で、何らかの痕跡が残っているもんなんだそうだ。
さらに自分の食料も確保しやすく、地理も把握しやすい。
そういった豆知識的な座学から始まった冒険者試験だったが、こうしてあっけなくブレイクスネイクを見つけてしまった。
発見したブレイクスネイクの体長は大体4m、太さ20cm。レベルは1511。
草むらに隠れながら水辺で休憩でもしているのか、全然動かない。
のん気なものだ。
「あのブレイクスネイクはまぁまぁ育っている方。あのくらいだと人も襲ったりするから、始末してしまおう。さぁ、問題。こういう場合どうしたらいいと思う?」
「そうだな、せっかく距離が有るんだ。魔法を使うのがいいんじゃないか?だけど、残念だが僕のファイヤーボールじゃ届かない」
「あ、わたしの炎熱球 なら届きます!やってみてもいいですか?」
「炎熱球 ……。いい、やってみて。シフィーよろしく」
「はい、いきます!《火にくべし願いは、やがては灰汁に塗れ落ちるのだ。炎熱球!》」
相談の結果、先制攻撃をシフィーが仕掛ける事になった。
火の魔法を唱え、のん気に伸びている蛇に向かって投げつけている。
だが、事の成り行きを眺めているとリリンが俺に近づいてきて、そっと耳打ちをしてきた。
「ユニク、剣を構えて。きっとあの蛇はこちらに向かってくる。後の処理よろしく」
「え、どういうことだ?」
そうしている間にも、シフィーの放った炎熱球がブレイクスネイクめがけて飛んでいく。
だが、風に流されてしまったようで、かろうじて尻尾の先に着弾した。
キシャァァァァ!!と雄叫びを上げたブレイクスネイクは踊り狂い、川の中へ飛び込んだ。
焦げた尻尾を何度も水に打ち付け、必死になって冷やしている。
そして……、ギロリと鋭い眼光をこちらに向け、一直線に突進してきた。
「キャァァァ、こっちに来ますよ!!ロイくん!」
「く、予想外だ。あ、あれ、剣が引っかかって、くそ!」
「二人とも退いてろ!!」
ブレイクスネイクが飛び掛ってきた瞬間を狙い、奴の首をグラムで叩き切ろう。
残念だったな、ブレイクスネイク。
突進攻撃は嫌というほど体験済みなんだよ。サクッと終わらせて貰うぜ!
そして、俺の狙い通りにブレイクスネイクは跳躍し、グラムを首筋へ目掛けて振り抜く。
だが、グラムがブレイクスネイクの頭に触れた瞬間、目の前が突然、爆発した。
「ぐぉおおお!?なんぞこれぇぇぇ!?!?」
一瞬何が起こったのか分らなかった。
ただ、爆風はリリンの掛けている第九守護天使に阻まれ俺に届いていない。
だけどな……、目の前で発生した光景がマジでグロかった。
「ひぃぃ、肉が!蛇肉がぁ!!」
「ユニク。ブレイクスネイクはその名の通り、頭に爆発袋という器官を備えている。頭を攻撃するのはとっても危険」
「先に言ってくれよッ!!」
「ちなみに、魔法で奇襲攻撃する場合、火属性は向いていない。敵を激昂させ、こういう結果になる」
「「「それも先に言ってよ!!」」」
俺達の魂の叫びもリリンにはどこ吹く風で、「言葉で言うより見せた方が早いと思った」と悪びれた素振りも見せていない。
なぁ、ちょっと思うんだが、俺達で遊んでいないよな?
そして、ブレイクスネイクは頭を爆散して息絶えてた。
ちょっと直視したくない感じだ。
「はい、ここで戦闘の評価をしたいと思う。まずはロイとシフィーから」
「あぁ、ダメだったのは分っている。厳しく頼む」
「私もダメダメでした」
「まずは二人とも火の魔法を選んだ事は大きくマイナス点。火属性の魔法は即死性が低く、思わぬ反撃を喰らう原因になるので奇襲には向かない」
「へぇ、そうなのか。勉強になる」
「奇襲向きなのは光魔法の雷系か、風魔法の切断系の魔法が良い。さらにシフィーもロイも次の一手を想定していなかったように思える。飛距離が届かなくとも魔法の詠唱は済ましておいて、近接戦闘の先制攻撃として扱えるようにしておくべきだった」
あれ、リリンが意外とまともな事言ってる。
ぶっちゃけ、「雷光槍で滅多刺しにするのが良い!」って言い出すと思ってた。
「次に、ユニク。グラムを叩きつける癖は直した方がいい。剣は切断するもので鈍器じゃない。それと野生動物の頭は当然相手にとっても最大の武器、リスクが有ることを常に意識していて。三人とも分かった?」
「「「は、はい!!」」」
流石はリリンと言うところだな。まったく反論の余地がない。
さて、一応、討伐目標のブレイクスネイクを捕ったわけだが、リリンによると頭がアレな事になっているため、買い取りはして貰えないという。
じゃあこれどうするんだ?って聞いたら、魔法や剣技の練習台にするらしい。
リリンは素早く風の魔法を唱えてブレイクスネイクを半分に切って、俺達へ視線を向けた。
「じゃあ、ユニクとロイは上半分を細切れにしてみて。シフィーは下半分を魔法で爆破。練習あるのみ!」
「「「えぇっ!!」」」
あぁ、蛇よ。なんかごめんな。
こうして俺達の初めての獲物は、無残な姿となっていった。