第9章補填「ワルトナちゃんの王国潜入報告書③」
「この料理長さん、パパのパパで、私のおじいちゃんなんです!!」
「……。えぇー!?!?」
「……。えぇー!?!?」
「……。えぇー!?!?」
突然放たれた二発目の爆弾発言に、セフィナを含めた全員が目を白黒させている。
祖父と邂逅を果たす事になったセフィナ達はもちろん、会議が一段落しそうで安堵していたオールドディーン達、そして、頭の中で策謀を巡らせていたワルトナにとっても予定外の事態だ。
そんな一同が困惑する中、僅かに復帰が早かったのはアルファフォート。
ユニクルフィンの話題とは違い自分に関係ないことが幸いして立ち直り、恐る恐る口を開いた。
「ど、どういうことですか?」
「見ての通り、こういうことさ。僕は最初に言ったはずだよ。ブルファム王国にとって最も誠実な子を連れてきたと」
瞬時に表情を取り繕い、ワルトナが悠然と答えた。
まるで予定どおりだとでも言うように振る舞い、優雅に紅茶を飲んでいる。
だが、その心の中は混沌無法地帯だ。
セフィナとかタヌキとか関係なく、普通にガチで失態したッ!!
まさか、僕にまでアホの子が感染してるって事なのかッ!?
落ち着いて考えれば分かったことだけど、ユルドおじさんの故郷がブルファム王国なら、アプリコット様やプロジア様の出身地も此処ってことになる。
当然、ユルドおじさんが大臣の息子なんて肩書きを背負っていたのなら、その友好関係も貴族……つまり、残っているはずの親族と遭遇する可能性があったわけだ。
……で、飯を頼みに食堂に行ったら直撃したと。
なにその奇跡。
僕の運が悪いにしても酷過ぎるだろ。
で、おいテメー、ニセタヌキ。
その頭の上の餌入れと団子はなんだ?
随分と用意周到じゃねぇかッ!!
「では、本当に……? いえ、それはおかしい筈です。あまり広言することではないですが……、ノーブルホーク伯爵は一人息子を亡くしているのです」
言いづらそうにしつつもハッキリと告げたアルファフォートは、自分の発言を全く疑っていない。
然りとした態度で周囲を見やり、その態度にワルトナが反応する。
ほほぅ。アホの子シスターズを知らないって事は、ノウィン様は秘匿していたわけだ。
……やべー。
僕の存在も秘匿されそう。
「ふん、並べてみればそっくりではないか」
「おじいさま?確かに似ているとは思いますが……」
「セフィナがあまりにも美味そうに飯を食うので、触発された姫達の体重が酷いことになって困っていると言ったのはアルファフォートだろうに。図らずとも相性が抜群だったようだな」
「おじいさまっ!!」
アホの子が姫様に飯テロを仕掛けていたんだけど。
リリンにも言える事だけど、何でコイツらはこんなに食っても太らないんだろうね?
タヌキの加護でもついてんのか?
んで、連れて来られた給仕長・アプルクサスは、ブルファム王国の伯爵の地位についている有力貴族だ。
時代の趨勢によって地位が上昇したり下降したりするけれど、王貴族の中心に近いのは間違いない。
利用しがいがありそうだねぇ。
「アプルクサス、何があった?この時間ならば執務室かハーブ庭園にいる頃だろう?」
「庭園の中にタヌキがおりましてな。追い払ったら王宮の中に逃げ込まれたので、捕まえねばと後を追い……」
テメーの策謀かニセタヌキ。
ホント、お前の情報収集能力には恐れ入ったよ。
うん、お願いだから大人しくしてて。マジで。
「それで、孫だとなぜ分かったのだ?」
「息子の……アプリコットの小さい頃にそっくりなのです。まるで生き写しの様で」
そう言いつつ、アプルクサスは首に下げていたペンダントを取り出し、蓋を開いた。
そこにはセフィナそっくりの少年の写真が入っており、明らかな血縁関係を窺わせている。
「これは……、ブルファム王国の危機を脱する好機やもしれん」
「そうだねぇ、ユルドルード同様、アプリコット様の話を聞きたいかな」
相槌を打ちながら、ワルトナの思考は別の事を考えている。
ニセタヌキが出会いをセッティングしたのなら、その罪を全て擦り付けようと思ったのだ。
大丈夫。ニセタヌキがやった事なら逃げ道はあるし、そもそも、ブルファム王国に行くってノウィン様には報告してるんだから、問題があるのなら止めるはず。
落ち着け、僕。
たぶんこれはノウィン様の罠だ。
動揺した僕が上手く切り抜けられるかをテストしてるに違いない。
「息子・アプリコットは、ユルドルードと一緒に出ていきました。当時、オールドディーンと派閥を分かち争っていた私は、息子に伯爵一族として窮屈な生活を強いておりました。友好関係を制限し、自由を与えず……。愚かなことです」
「出奔して暫くは、息子の行方を追えておりました。オールドディーンの息子などと仲良くできるはずがない。だから、その内に戻ってくる。そんな確証もない未来の為に権力闘争を続けていたある日、息子が死んだと知らせが届きました」
「深い森で二匹の大魔獣に遭遇し、命を絶たれてしまったと」
二匹の大魔獣?
……その大魔獣なら、セフィナの膝の上で寝てるよ。
うん、大体の道筋が見えてきた。
王位継承問題を解決する為に5歳児の姫と婚約させられそうになったユルドおじさんは、アプリコット様やイミリシュア様と一緒に国を出奔した。
セフィロ・トアルテにある魔法学校に通う為に冒険者になったユルドおじさん達は、危険生物を絶滅させる勢いで狩り、さっさと資金を貯め終えた。
そして、アプリコット様はノウィン様と衝撃的な出会いを果たし、あっという間に意気投合、恋仲となる。
だが、ノウィン様は神に仕える大聖母になることが決まっていて、大っぴらに婚姻出来ない。
だからこそ、クソタヌキーズを焚き附けて襲撃させ、アプリコット様を対外的に亡き者にした。
大聖母の権力を振りかざして戸籍などを抹消・作成し、普通の一般家庭を演じていた訳だ。
……割と壮大な恋物語だけど、イマイチ盛り上がりに欠けるなぁ。
なんでだろう?
あっ、タヌキが出たからか。
「もう息子に会えないと悟った時、言いようの無い寂しさに襲われました。私は権力闘争を止め、官職すらも辞し、厨房に入りました。息子の小さい頃、一緒に食卓を囲んだ風景が忘れられなかったのです」
「大切な物は無くなってから気が付くとは良く言うけれど、実際に見るとだるいねぇ」
「申し訳ありません。それで、この子は私の孫なのでしょうか?父はアプリコットだと語り、こんなにも似ている。ならば……」
「あってるよ。セフィナはキミの孫で間違いない。大牧師ラルラーヴァーの名において祝福を与えても良い」
ワルトナが事もなさげに告げると、セフィナの横に立っていたアプルクサスが崩れ落ちた。
ボロボロと悦びの涙を溢し、それをセフィナが必死に支えている。
一方、オールドディーンやアルファフォートの顔色は良くない。
セフィナの親は大聖母ノウィンであると、ワルトナに告げられているからだ。
「オールドディーン、私はお前の事が羨ましかったのだ。同じく出奔したというのに、私の息子は死にお前の息子は英雄になった。孫まで居ると聞いた時、嫉妬で狂いそうになった……」
「そうは言うが、この状況は複雑な上に、儂やお前では手に負えんものだぞ」
「どういう事だ……?」
「まだ隠している事があるな?ワルラーヴァー。儂らとしては、もうお前と敵対する気はない。話してくれないか」
七転八倒の末の無条件降伏に、ワルトナの頬が僅かに緩んだ。
物語を複雑にしていた要因が解れ、狙いどおりの結果になったからだ。
全く予定と違う展開になったけど、まぁ、いい。
オールドディーンと姫一派を取る事が、何よりも最優先だったからね。
王位継承問題の中心に居るのは、オールドディーン卿とアルファフォート姫だ。
まさか王配最有力がユニになってるなんて思いも寄らなかったけど、抑えてしまえば大丈夫。
後は適当に指導聖母を煽りつつ、ユニやリリンを強化する。
その後は……、
「裏事情ねぇ。あまり良い話じゃないけど聞くかい?」
「あぁ、頼む」
「セフィナの父は、ユルドルードを支えてきた影の英雄。正直に言って、こんな国なんか一人で滅ぼせるよ」
「なんだと……」
「だが、既に亡くなっている。勿論、キミらが知っている時期とは異なるがね」
「そう、なのですか……」
「そう、だからキミは祖父としての影響力があまり強くない。セフィナの母・大聖母ノウィン様にお伺いを立てなければ、勝手な事はできないね」
「だっ……」
「僕は大聖母ノウィン様の忠実な部下、大牧師・ラルラーヴァー。逆らわないと決めたキミ達の英断に、万雷の拍手を送りたいね」
息子の死を告げられ、祖父として矢面に立つ事を禁じられた。
そんなアプルクサスは見るからに落ち込むも、視線だけは落とさなかった。
優しく握られた手のぬくもり、その先には愛しい孫が居るからだ。
「大丈夫ですよ。パパはいないけど、私もおねーちゃんもママも居ます!あ、ゴモラも一緒!!」
「ヴィギルーン!」
しれっと家族枠に混じった魔獣を全員が無視し、セフィナに視線を向けた。
唐突に姉がいると言われ、まだ隠し事があったのかと驚愕で目を染める。
だが、真の意味での驚愕は、ここからだった。
「姉がいるのか?もしや、ラルラーヴァー、お前……」
「違う違う。僕はアプリコット様の娘じゃないよ」
「違うのか?なら」
「教えてやりな、セフィナ。そうすれば今回の会談は終了だ」
「はい!私のおねーちゃんは、すっごい魔導師で、すっごく優しくて、ちょっとだけ食いしん坊な……」
お前に食いしん坊って言われるってどんだけだよ。
一同はそんな事を想いながら、セフィナの言葉を待つ。
「リリンサおねーちゃんです!!」
「……。」
「……。」
フィートフィルシア領を壊滅させた、抗えぬ人外の魔王、無尽灰塵。
またの名を、リリンサ・リンサベル。
そんな魔王の妹がブルファム王国の中枢に入りこみ朗らかに笑っている緊急事態に目を見開いたオールドディーンとアルファフォートは、この戦争の裏側を悟り、深い深い溜め息を吐いた。




