第9章補填「ワルトナちゃんの王国潜入報告書②」
「儂の孫の名前は『ユニクルフィン』。無尽灰塵の騎士としてレジェンダリアに仕えておる」
唐突に告げられた事実は、対面している両陣営にとって全く異なる意味を持つ。
オールドディーンは厳しい現実を飲み込むかのような雰囲気を出しつつも、ワルトナの出方を窺っている。
和解など不可能だろう?と言いたいようにも、何かを探っているようでもあるその態度は、隣のアルファフォートにも共通している事だ。
一方、ワルトナは突然降って湧いた緊急事態に目を白黒させている。
認識阻害の仮面を被っているからこそ平然としているように見えるが、隣のセフィナはまるでタヌキに化かされたように表情が固まってしまっていた。
それぞれが様子見や思考停止に陥り、場の空気までも硬直。
そして、一番立ち直りが早かったのは、策謀とは程遠い頭脳を持つアホの子だ。
「えっ!?ゆーにぃのおじいちゃんてこっ、ももふうぅ!!」
「……ゆーにぃ?」
「……ゆーにぃ?」
速攻で裏事情を暴露してワルトナの戦略を破綻させたセフィナの口に、饅頭が叩きこまれた。
珍しいけど大して美味くないと評判のアヴァロン饅頭スイカ味を「これはこれでいいよね」と味わっている。
だが、叩きこんだ方のワルトナにはそんな余裕はない。
敵の罠に嵌った所で後ろから味方に撃たれたようなこの状況は、大牧師の名を冠していても苦言を溢したくなる緊急事態だ。
「ふむ。反応に手応えがあったな」
「随分と親しみがある様に聞こえましたね」
確信を宿した瞳を向けられたワルトナは、己が失態を帳消しにするべく戦略を練り始めた。
とりあえずセフィナの口に追加の饅頭を押しこんで情報漏出に対処し、0.1秒で戦略を練り終える。
ちくしょう、やられたっ!!
いきなりユニの名前が出て来たせいで思考を奪われ、取り返しのつかない失態をしてしまった。
……アホの子がッ!!
とりあえず、このアホの子をどうにかしないと、傷口が広がるどころか致命傷を負いかねない。
まずは排除だ。このアホの子を追い出して時間を作り、その間に建て直す。
作戦を練り終えたのなら、行動に移さなければならない。
セフィナの口が開くタイミングを見計らい、ワルトナは鷹揚に話しだした。
「やれやれ、知っていたのなら仕方が無い。もっと深い所まで話をする必要がありそうだ」
「もふもふもふ……ぷは!」
「セフィナ、どうやら僕達の会議は長引きそうだ。ちょっとお使いを頼まれてくれるかい?」
「はい、何をすればいいんですか!?」
「この王宮の3階には王族専用の厨房がある。そこに行って僕らの夜食を注文して来て欲しいんだ。頭を使う会議は途中でお腹がすいてしまうからね」
「分かりました。何を注文すればいいですか?」
「そこはキミの資質が問われる所だよ。僕みたいに立派な聖母になりたいと言っていただろう?なら、この場に適した夜食は何かを自分で考えるんだ。いいね?」
「はい!立派な聖母様になる為に、豪華な御夜食を用意します!!行こ、ゴモラ!」
「ヴィギルーン!」
基本的に座っているだけの会議で飽き始めていたセフィナは、興味がある仕事を貰って嬉々として立ちあがった。
膝の上で寝ていたゴモラも華麗に着地し、セフィナを先導する様に前方を歩き出す。
その様子を見つめる三者の目には色々な物が含まれているが、ワルトナの視線だけはかなり剣呑だ。
会議室で食べる夜食に豪華さを求めるんじゃないよ。……赤点。
ちなみに、王族専用の食堂は4階の隅っこの方にあるが、あえて僕は3階と伝えた。
人間の心理的行動として、目的のものが見つからなかったら、まだ探していない場所にあると思って捜索する。
セフィナの性格を考慮しても、3階に無ければ2階、1階と探し、ようやく4階に戻るはず。
……が、何でお前が先導してんだよ、ニセタヌキ。
まさか食堂の場所を把握してるんじゃないだろうね?
どっちかっていうと、お前は食材だろうが。
余計な手間を増やされた怒りを心の中で発散しつつ、ワルトナは朗らかな笑みを溢した。
そんなワルトナは、ゴモラが厨房の床下に寝床を作っている事を知らない。
「ご察しの通り、僕達はユニクルフィンに関する情報を知っている」
「お前はともかく、セフィナはかなり深い事情を知っているようだな?」
「そうだとも。だから人払いをした。セフィナは感情に任せて喋ってしまうからね。国を賭けたこの局面に同席できるほど育っていないんだ」
早速、仕掛けてきたね。
僕の行動を制限しつつも優位に立つ、良い一手だ。
オールドディーンが言うように、僕が嘘を仕込んでも、後日セフィナによって暴露されてしまう。
意図的に情報を抜いて意味を取り違えさせる破綻話術も同様に使えないから、僕の手札が一方的に公開されている様なものさ。
あーあ、まったく。セフィナには困ったもんだよ。
本気で相手をしなくちゃならないじゃないか。
「オールドディーン卿はユルドルードの実父であり、ユニクルフィンの孫。そんな事は少し調べれば分かる事さ」
「国の運営に深く関わるラウンドラクーン家の構成は秘匿されている。良く調べられたもんだな」
「おや、どうやらまだ立場が分かっていないようだねぇ。大聖母ノウィン様の側近であり大書院ヒストリアを管理している僕が、その程度の情報を与えられていないとでも?」
「ほぉ……。あの書院の管理者だったのか。ヒストリアにはブルファム王国の歴史書なども多い。知っていても不思議じゃないな」
僅かに納得の視線を向けたオールドディーンの表情を、ワルトナは注意深く観察する。
『食えないタヌキじじぃ』の異名を持つオールドディーンへ、最大級の警戒を向けているのだ。
そう、確かに僕は知っていても不思議じゃない立場に居る。
というか、知ってて当たり前なんだけど……。
何で僕は知らないの?ねぇ、ノウィン様。何で僕は知らないんですか?
うん、マジで本当に悲しさしかない。
ユニやリリンに関する事はノウィン様やユルドおじさんに任せておけば問題ないと思った僕は、改めて調べる事をしていない。
二人は色んな秘密を抱えているからと、勝手に触れる事を躊躇ったのもある。
けど、リリンやユニが元気にしているならいいやと、僕は他の事を優先していた。
そして、オールドディーンを含めた王位継承問題はレジェの管轄だ。
要するにレジェの策にも嵌っていた訳で、かなりイラっとするが、まぁ、人の事は言えない。
ブルファム王国の内情を教えて貰っている分、具体的な対応が出来るだけマシか。
「家族に関する大切なお話ですもの。この場では、あえてオールドディーン様の事をおじいさまと呼ばせて頂きます」
「愛称で呼ぶほど慕っていると言いたいんだね。いいよ」
「ラルラーヴァー様は、おじいさまとユルドルード様やユニクルフィン様との仲を取り持って下さるような発言をしておりました。その真意はどこにあるのですか?」
「ただの確認さ。キミ達が事実を知っているのなら食いつかないはずが無い。まんまと策謀に嵌ってくれて嬉しいよ」
「策謀だったのですか……。それでは……」
「あぁ、キミ達が望んでいるような簡単な事態じゃない。レジェンダリア軍のユニクルフィンが何をしたのか、その情報は入っているだろう?」
もちろん、ワルトナは何が起こったのかを正確に把握している。
斥候として冒険者を送り込ませているし、なんならタヌキも潜り込んでいる。
その場に居た者どころか、当事者のリリンサやユニクルフィンよりも詳しいと言っても良い程だ。
だからこそ、どの程度の情報をオールドディーン達が持っているのかを探った。
ジグソーパズルを組み上げていくような、老獪な者達の心理戦が始まっているのだ。
「儂の孫は、ぶにょんぶにょんをドドゲシャー!したという報告が上がっている」
「あの、おじいさま。いくらなんでもその表現では伝わらないかと」
「あぁ、確かに見事なドドゲシャー!だった。英雄の息子は伊達じゃないねぇ」
「伝わったんですか!?」
伝わる訳ねぇだろ。
侵略戦争、舐めてんのか?
と言いたいところだけど、悲しい事に僕には伝わる。
正直、『ぶにょんぶにょん』だけで伝わる。
だってそれ、水害の王を気に入ったリリンが2週間くらい言いまくってた奴だし。
総指揮官・無尽灰塵は水害の王をカスタマイズして、新しい魔法を作り冒険者を襲わせた。
その状況でユニクルフィンが助けに入り、まんまとフィートフィルシアの内部に潜り込んだわけだね。
……だけど、途中で冥王竜がゲロ鳥を出産したのは良く分かんない。
あいつはオスだっただろ。何でゲロ鳥を生んでんだよ。
「ユルドルードはともかく、ユニクルフィンと会う事は難しくない。だが、会ってどうするんだ?」
「謝罪をするのが何よりも先だと言ったのは、ラルラーヴァー様ではありませんか。おじいさまは寂し――」
「国とおじいさまとどっちが大切なんだい?」
「それは……」
「じゃあこうしよう。おじいさまとキミの姉妹や両親、どっちが大切なのかな?」
「!?選べるわけがありません」
「そうだねぇ。だが、この局面では全ては手に入らないんだよ、お姫様」
分かったら黙れ。と言外に伝える様な態度を取って、ワルトナは優雅に紅茶を飲んだ。
ぐぬぬ……と悔しそうな顔をしたアルファフォートだが、この会議がブルファム王国の行く末を左右すると分かっているようで声を荒げる事はしない。
そして、さっさと余分な敵を削ぎ落したワルトナは、さて本題だ。と気を引き締めた。
「ブルファム王国とレジェンダリア国は戦争中であり、その最前線にユニクルフィンは立っている。また、心無き魔人達の統括者のメンバーだという情報もある」
「ユルドルードの息子ならば、その程度では驚かんな」
「そう、英雄の息子なんだ。そんな貴重で稀有な存在の情報を寄越せとキミ達は言う。なら、対価が必要だって分かるよねぇ?」
「何が望みだ?」
「オールドディーンの家族構成については把握している。だが、ユルドルードが出奔した理由については知りたいねぇ」
「ほう、知らんのか?そうか……」
「知らないんじゃない、知り過ぎてるんだ。僕が把握しているユルドルードの過去は数パターンあって、どれが真実なのか決定的な確証が無くてねぇ。英雄譚から恋愛物語まで色とりどりで困ってしまうよ」
平然と嘘を並べ、ワルトナは求めている情報の付加価値を下げた。
全く知らない情報を求めるよりも、正偽判定をしたいだけと言う方が情報を得られやすいのだ。
そして、ワルトナは、ユルドルードがイミリシュアとアプリコット、プロジアの三人と共にセフィロ・トアルテに移住した事を知っている。
結果的に結ばれているんだから恋仲だったと想定し、恋愛物語と言って罠を仕掛けたのだ。
「大聖母相手では分が悪いか。貴様ら指導聖母の面倒さは、いつの時代も変わらんもんだな」
「そのお陰でブルファム王国は栄えてたんだろうに。ま、今の指導聖母は弛んでるから余計に目に付くんだろうけどさ」
「仕方が無い。話してやろう」
勿体ぶらずに口を開いたオールドディーンの過去話を、ワルトナは全身全霊を注いで記憶して行く。
そして、ユルドルードが妾や愛人の子ではない事を把握し、僅かに頬を引きつらせた。
なるほど、王位継承かうまくいっていない以上、国王・ユニクルフィンが誕生する可能性があった訳だ。
僕やリリン、テトラフィーアにも知らせずに、随分と好き放題やってくれるねぇ。レジェ。
「ユニクルフィンと仲直りしてあわよくば手に入れたい。そうすれば窮地を脱するし王位継承問題も解決する。オールドディーン卿の狙いはそれか」
「……理想ではある。が、ユルドルードが出奔した時と同じ轍を踏む気はない。話しあった末で、叶うなら、姫の内の一人だけでも安寧に暮らして欲しいというだけだ」
「ユニクルフィンに姫を与えた所で、安寧に過ごせるかどうかは分からないだろう?」
「そうだな。だが、優秀な武官や執務官としての技能があるならばどうだ?」
「それこそ英雄見習いを舐めているね。そこのポンコツ純粋お姫様程度じゃユニクルフィンには相応しくないよ」
「ぽんこ……」
「ま、着飾ったお姫様とユニクルフィンのパートナーたる無尽灰塵の外見を比べたとしても遠く及ばないねぇ。適当な奴隷を見繕ってやるから諦めな」
此処でワルトは策謀を仕掛けた。
重要な情報を3つ出し、自分の立ち位置を伝えたのだ。
此処まで言えば、僕がレジェンダリア側の人間だと伝わったはずだ。
無尽灰塵の素顔を知り、ユニクルフィンとの関係性を仄めかせ、奴隷の主たるレジェリクエ女王に口利きできる立場なんて限られている。
ワルトナの狙いどおり、テーブル越しの二人は驚いた表情している。
その内容に若干の差異があるものの、ワルトナに敵意を抱いたのは同じだ。
「なるほど、随分と詳しいようだ」
「そりゃそうだねぇ。ちなみに、僕としてはキミ達には降伏を進めたい。王位継承に一切関わらないと誓い、全ての決着が付くまで離宮から出ないというのなら、僕の名の下に庇護してやるよ。どうす――」
「あ、あの……ワルトナさん……」
「セフィナ?」
今回の策謀でワルトナが設定した勝利条件は、ユルドルードに関する情報を手に入れること。
それと、庇護を与える事を条件にして拘束し、ロイへの王位継承を邪魔させないことだ。
目標の大半が片付き、後は契約させるだけ。
そんな重要な局面を再びアホの子に邪魔されたワルトナは、僅かに苛立ちを見せた顔でセフィナを見やった。
「随分と戻ってくるのが早いねぇ。ちゃんと注文出来たのかい?」
「え、えっと、その」
ワルトナはセフィナがお使いに失敗した事を分かっていて質問している。
セフィナの横には動揺を隠せていない白衣の男。
温和そうな顔つきを困惑で染めている宮廷料理長を連れて来ているのだから、失敗は明らかなのだ。
「ご飯よりも大事っていうか、その、」
「へぇ、一回の食事で弁当を5個も食べるキミがご飯より大切だって言う程だ、よほどの事だろうね?」
芝居がかった口調を見て、オールドディーン達は話が打ち切られたのだと悟った。
ワルトナが話し合いを続ける気はないのだと悟り、自然と肩の力が抜ける。
そして、考える時間が貰えたか……と、一同が安堵する中、唐突に爆弾が投げ込まれた。
「えっと……。おじいちゃんなんです」
「……はい?」
「……はい?」
「……はい?」
「この料理長さん、パパのパパで、私のおじいちゃんなんです!!」
「……。えぇー!?!?」
「……。えぇー!?!?」
「……。えぇー!?!?」




