第9章余談「たぬきにっ……タヌキ調書ッ!!」
「う”ぃぎるぁぁ~~!美味しいぃしぃ~~!」
「そぉ?それは良かったわぁ。ホントに良かったわぁ」
怒濤のタヌキ急展開により窮地に陥ったレジェリクエは、迷わず切り札を使用した。
8種類の柑橘系果汁と自然界では味わえない炭酸水を絶妙なバランスで配合した、魅惑のトロピカルオレンジサイダー。
芳醇な香りと甘さ、舌を通して全身へ浸透していく炭酸と酸味の刺激に、アルカディアは恍惚とした表情でうっとりしている。
いくらレジェリクエが大魔王と恐れられていようとも、英雄がタヌキの後ろに立っていると知ったのならば困惑する。
だからこそ、思考停止に陥ろうとしている脳を再起動させるため、僅かな時間稼ぎを行ったのだ。
……どうやら、食べ物でのコントロールはできるようね。
余を此処まで焦らせるとは、ブルファムよりもよっぽど手強いわよぉ。タヌキィィ。
さて、突然だったから取り乱したけれど、ユルドルードの名が上がる事は不思議でも何でもないわ。
大聖母ノウィンや英雄見習いワルトナが関わっている以上、ユルドルードが出て来ない方が不自然だしぃ?
問題は、タヌキとどんな関わり方をしているのか、だけれど……。
「ねぇ、おじさまって英雄ユルドルードのことでしょぉ?貴方とどういう関係なのぉ?」
「ごはん食べさせてくれるし!」
「……他にはぁ?」
「たまに稽古とか付けてもらう。おじさまの動きは参考になるし!」
……。
…………。
………………なんで、タヌキに稽古を付けてるのぉ?
そんな暇があるんなら、自分の息子を育てなさい。
「ちなみにぃ、アルカディアがリリンやユニクルフィンと一緒にいるのってなんで?」
「ソドム様の命令だし!」
「セフィナはゴモラで、リリンはソドムなのねぇ」
強張った笑顔で呟いたレジェリクエは自分のコップにもトロピカルオレンジサイダーを注ぎ、乾いた喉を潤した。
爽やかな喉越しで溜息を飲み込みつつ、思考の軌道修正を行っていく。
英雄がタヌキを育てている事は、まぁ、一旦置いておきましょう。
ユルドルード、そして大聖母ノウィン。
この二人は今回の戦争には絡んで来ない。
注視しているのなら、冥王竜を出した時点で何らかの動きがあるはずだものぉ。
ならば、余はワルトナとセフィナが持つ戦闘力を調べる事に注力するべきね。
確定確率確立で計測した余がブルファム王国国王になれる確率は78%だったのに対し、ワルトナと戦った場合に勝利できる確率は、僅か6%しか無かった。
ワルトナ達が関与する事によって、戦力が全く足り無くなる理由を把握しておくことが最優先なのだけど……。
どうしても、これだけは聞いておかなければならないわぁ。
「アルカディア。ユルドルードと一緒に行動している女性がいなかったかしら?」
レジェリクエが真面目な雰囲気で話しかけるも、アルカディアの頬はパンパンに膨らんでいた。
こんのタヌキィ!っと苛立ちを覚えながらも、言葉が返ってくるのを待つ。
ロゥ姉様はユニクルフィンと一緒に暮らしていた。
リリンと一緒に旅立った後に接触してきたのは一度だけであり、その後の行方については掴めていない。
一番に思いつくのは、ホーライやユルドルードと行動を共にしている可能性。
レジェンダリアに帰ってきていない以上、ロゥ姉様は不安的機構に属している可能性が高いはず。
想い焦がれる姉の手掛かりを掴み、ローレライが戦争に関わっているのなら……と、その目に光を灯す。
そして、レジェリクエが欲した答えを、アルカディアは呟いた。
「もちろんいるし!」
「やっぱりいるのねぇ!アルカディア、こっちのケーキも食べて良いからぁ、その人の似顔絵を描いてちょうだい」
此処で焦ってはいけないと、レジェリクエは確実な手段を取った。
用意周到なローレライならば、偽名を常用して正体を隠している可能性がある。
だが、アルカディアが弟子として過ごしたというのなら、素顔を見ている可能性が高いと思ったのだ。
先程と同じように、音速を超えた鉛筆が走り軌跡を描く。
瞬く間に人間の輪郭が描かれ、そして――、真っ白い紙に褐色肌の美少女が描かれた。
「できたし!」
「……。だれぇーー?」
まさに青天の霹靂。
求めていた人物とはまるで異なる幼さを残した美少女の登場に、レジェリクエは再び困惑した。
「えっと、この可愛らしい子はどちら様かなぁー?」
「那由他様!」
「……。え?」
「私達の皇、那由他様だし!!」
「……。神タヌキ出てきちゃったぁぁぁ」
英雄を求めていたのに、出てきたのは皇種だった。
しかも、普通の皇種ではない。
世界を創り直す力を持っているとされる、超弩級の天災タヌキだ。
「アルカディア、なんでタヌキの皇種がユルドルードと一緒に居るのかなぁ?教えてくれるぅ?」
「那由他様とおじさまは番になるらしいし!」
「……。……。……。はい?」
「おじさまの準備が終わったら、すぐに愛を育むって聞いたし!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ケモナーって血筋だったのねぇ。納得だわぁぁ」
それからローレライの関与を念入りに調べて否定の答えを貰ったレジェリクエは、考えるのを止めた。
「ロゥ姉様が関わっていないならいいわ。それよりも、帝王枢機や悪喰=イーターについて教えて欲しいのぉ」
レジェリクエが此処まで懸念を示しているのは、セフィナが何をしでかしてくるのか全く読めないからだ。
そもそもレジェリクエは、よほどの事が無いかぎりワルトナと対立する事はないと思っている。
リリンやユニクルフィンの過去や英雄との繋がりを持ち、魔王シリーズを超える性能であろう『神栄虚空・シェキナ』を所持。
万全の準備を終えているワルトナが攻勢に出ないのは、その気が無いからだと経験が語っている。
だからこそ、不安材料の大半がセフィナとタヌキなのだ。
ワルトナの陣営と戦った場合の勝率、6%。
裏を返して敗北確率94%……、なのではなく。
セフィナが動く確率が6%であり、その場合、100%の確率で敗北するのだとしたら。
完璧なはずの策謀が、土台から崩されかねない。
その力がアホの子姉妹には備わっていのだと、レジェリクエは気を引き締めた。
「ーーそれで、大体こんな感じだし!」
「そう。ありがとねぇ、アルカディア」
悪喰=イーターと帝王枢機、ついでにソドムやゴモラの真の実力。
それらについて、アルカディアが語れる事は少ない。
色んな論理感をブチ転がしているアルカディアだが、それらの超状の力を一つも所持していないからだ。
それでも、アルカディアは今まで見てきた光景や聞いた話をオレンジの対価として隠さずに話した。
わざわざ那由他の知識にアクセスして情報を習得する事はしないが、語られた内容はレジェリクエにとって十分に価値がある。
「なるほどぉ。悪喰=イーターは知識の権能であり、人類を凌駕する超技術や魔法も、全て那由他様があればこそって事なのねぇ」
「そう。おじさまも悪喰=イーターを貰ったから、私も欲しいってソドム様にお願いしたのにくれなかった。ちょっとケチだし」
「人類としては、量産されなくてホッとしてるわぁ」
「ソドム様は別の大陸に行ってるから会えないし、こうなったら頑張って自力で出すし!」
「ほどほどにねぇ」
レジェリクエは、そんな作り笑いしか出来なかった。
悪喰=イーターに使用制限があると知って安堵し、セフィナが既に所持している事を思い出して戦慄。
そして、自力でどうにかする道があると言われてしまえば、雑に話を打ち切るしかできないのだ。
……タヌキは禁忌。
もう一度言うわ。タヌキは禁忌。
不用意に触れると取り返しがつかなくなると、肝に銘じておきましょう。
とりあえず、セフィナについては対処できそうで安心したわぁ。
圧倒的な戦闘力を持っているのはリリンと同じ。
そして、リリン同様に精神的に脆い面がある。
セフィナと接触した話を聞いた限り、お互いに想いあっているのは確定。
なら、いくらでも絡め手でコントロールできるし、ワルトナがそこを疎かにしているはずが無い。
僅かに肩の力を抜いたレジェリクエは、再び気分を落ち着かせる紅茶を飲みつつ、聞いた話を脳内でまとめ終えた。
そしてなんとなく嫌な予感がして、気になった事を口にしてみる。
「ところでぇ、ワルトナが黒い犬を連れてたって聞いたけど、何か知ってるぅ?」
「ラグナガルム様の事だし?」
「おっと、くわしくぅ。というか、まず絵を描いてくれるかなぁ?」
「分かったし!」
『ラグナガルム様』
アルカディアがフルネームで答えた事により、レジェリクエの危機感が警笛を鳴らした。
そして、また別のタヌキが出てくるのか。とか、ワルトナはタヌキ嫌いだって言ってたのにどういう事?とか、様々な疑問を想い浮かべている内にアルカディアの鉛筆が止まる。
出来あがった精密な絵に描かれていたのは……、どの角度から見ても、立派な狼だ。
「タヌキじゃないんだけどぉ。というか、これってぇ」
「月狼皇・ラグナガルム様!狼の皇種だって聞いたし!!」
「……。ワンコでも無いじゃない。どうなってるのぉぉぉ!?!?」
この戦争が終わったら、絶対にワルトナを捕まえて問い詰めよう。
戦争のその先を見据えたレジェリクエは、速攻で戦いを終わらせると決意した。
レジェリクエは知りました。
……タヌキは禁忌。
なお、ソドムを出したり、キングゲロ鳥との戦いを書くと長くなるので、タヌキにっきはこれにて終了です。
触れぬタヌキに、祟りなし。




