第9章余談「たぬきにっ……タヌキ調書!」
「余の招待に応じてくれてありがとねぇ、アルカディア」
「美味しいオレンジをいっぱい食べられるって聞いた。すごく楽しみだし!!」
色とりどりの鮮黄色と煌橙色が輝くテーブルを見つめ、アルカディアは満面の笑みを浮かべている。
レジェリクエが知る限りの料理法を駆使し、手ずから用意したオレンジ料理の数々がアルカディアの心と胃袋を掌握したのだ。
レジェリクエはアルカディアがタヌキである事を見抜いており、テトラフィーアのみと情報共有を終えている。
その情報とは、『アルカディアはタヌキだとリリンサは知っていてペット感覚だが、ユニクルフィンは知らない』というのものだ。
「さぁ、食べて、飲んで、楽しんでぇ」
「分かったし!レジェなんちゃらは人間で一番良い人だし!!」
さらっと自分が人間じゃないと暴露したアルカディアへ頬笑みを向けながら、レジェリクエは思考の海に浸った。
タヌキが何故リリンやユニクルフィンと一緒に居るのかを把握しておかないと、侵略に支障をきたす可能性があるわ。
というか、現状で既に支障をきたしているわぁ。
リリンとユニクルフィンは帝王枢機とかいう、意味不明なカツテナイロボと戦った末に尻尾を奪い取って来て、魔王シリーズの根源だとか言いだした。
魔王シリーズは、カミナですら解析できなかった人智を超えた秘宝。
そのルーツに触れる機会として考えるなら、このお茶会の支度金など瑣末なものねぇ。
ワルトナはタヌキにビビりまくり、明らかに隠していたであろう戦力『ラグナワンコ』という犬に乗ってやってきた。
本人やリリンも気が付いていないけど、ワルトナは寂しくなると何かに乗りたがる癖がある。
リリンに次いでホロビノに乗る回数が多く、時々、一人で離脱して不安定機構へ赴いた後などは回数が増える傾向があるわ。
そんなワルトナが嬉々として紹介した犬とか、どう考えても危険物でしょぉ。
そしてカミナは、明らかに帝王枢機の製造に関わっているわねぇ。
リリンが王宮に来てからはカミナと全く連絡が取れず、ミナチルに確認しても帰ってきていないという事だった。
リリン達の目線では、正体不明の事態が進行しているように見えるわね。
だけど、余はカミナが帝王枢機に関わっているという、確固たる証拠を手に入れている。
一ヶ月ほど前、カミナは天穹空母―GR・GR・GGーの設計図と簡潔な手紙を贈ってきた。
その内容は単純明快。
この大陸で既知とされている最高レベルの技術力と、カミナが事前に譲渡していた未知理論技術を使用すれば完成しうる設計図。
そして、『この大陸にあるもので作れるように設計したわ。私の分の戦争功績は前払いで払っとくわね』という簡潔な手紙。
この手紙は、余達では手が届かない超技術が存在していると暗に語っている。
『この大陸にあるもの』という一文は、つまり、この大陸に無い物を使用した上位互換があるという意味。
それが何なのかを調べていたら、まさかロボットだったとか予想外すぎぃ。
さらに、闘技場に潜入した時にエルドラドとユニクルフィンのやりとりを直接見て『別の大陸に、この大陸よりも高度な魔法体系をもつ国、魔導枢機霊王国・ソドムゴモラ』がある事も余は知っている。
そして、リンサベル一族の陰に潜むタヌキ、ソドムとゴモラ。
時系列的に、カミナはリンサベル家の墳墓を調べた後で消息を絶った説が濃厚。
その墳墓に祀られているのは、カーラレス・リィーンスウィル。不安定機構の始まりの血統。
バラバラだった情報を編み込んでいくと、一筋の真実が見えてきたわぁ。
『リリンサとユニクルフィンとワルトナの物語。その黒幕こそ大聖母・ノウィンを語る、ダウナフィア・リンサベル。
不安定機構の始まりの血統であるリンサベル家は、遥か高みの存在や別大陸の技術情報を習得し、世界を管理している。
神殺しや魔王シリーズを始めとした超状の技術や魔法体系を独占し、ロゥ姉様が言っていた1%側の頂点として君臨しているわ。
……タヌキと一緒に』
そう、何故かタヌキと一緒なのぉ。
本当に意味が分からない。
何でパートナーがタヌキなのぉ?
魔王シリーズを纏った事で性能を再認識し、リリンサが無意識にタヌキを好んでいるのに理由が出来てしまったレジェリクエは密かに頭を悩ませていると、喋れるタヌキの存在を思い出した。
そして、すぐにオレンジを餌にしておびき出し、あわよくば捕獲しようと策謀を巡らせたのだ。
「ちょーおいしいし!!最高だし!!」
「ふふ、頑張って作った甲斐があったわぁ」
「レジェなんちゃらが作った?めっちゃ凄いし!」
「お友達になってくれたら、いつでも作ってあげるわよぉ」
「ホント!?じゃあ、私も友好の証としてドングリあげるし!」
アルカディアは満面の頬笑みで自分のポシェットをまさぐり、特大のドングリを三つも選んで取り出した。
そして、「一番良い奴だし!」と言って、レジェリクエに差し出す。
タヌキ将軍アルカディアが管理している森の主食たるドングリの中から、選りすぐった物を与えられる。
それがとても誉れ高き事なのだと、微妙な笑顔のレジェリクエは知らない。
「これで余達は友達ねぇ。早速、お喋りをしましょぉ」
「いいし!何でも話すし!!」
レジェリクエが取り急ぎ習得したいと思っている情報は三つだ。
・アルカディアを裏で操っている存在とその理由。
・ソドムとゴモラ。タヌキが所持しているという帝王枢機とタヌキ戦艦アークメロンに関する情報。
・温泉郷で見たこと、聞いたこと。
本当なら、大聖母ノウィンとゴモラの関係、そもそも何で人化してるのか?など、数えるのが億劫になる程の疑問の山がある。
だが、深い所まで探りを入れると、どんな弊害があるのか予想が難しく、直近に迫っている大陸平定に影響を及ぼしそうな話題を選りすぐった。
大陸中の国民を支配下に納めようとしているレジェリクエであっても、タヌキとの会談は始めてなのだ。
僅かに心臓が早打つのを隠しながら、レジェリクエは当たり障りの無い話題から切り出した。
「リリンの温泉郷に滞在していたって聞いたわぁ。良い所だったでしょぉ?」
「極楽だし!ご飯は美味しいし、毛並みも艶々になったし!」
「それは良かったわねぇ。余も通いたいんだけどぉ、最近は執務が忙しくて行けてないのぉ。温泉郷の様子を教えてほしいわぁ」
レジェリクエは平然としながら、さらりと嘘を忍び込ませた。
リリンサが隷愛城へ帰還した日の深夜、レジェリクエはテトラフィーアを連れだって温泉郷へ赴いている。
昼間に聞いた情報の調査をするべく、白銀比とサチナに会いに行ったのだ。
忌々しそうに語る白銀比を酒で持て成しながら、命を掛けた質問の末にレジェリクエが手に入れたのは、『白銀比に煙にまかれた』という情報のみ。
タヌキが如何に理不尽な物体なのかという、割とどうでもいい情報を延々と語られた上に、その内容が突飛過ぎて理解できなかったのだ。
もっとも、レジェリクエとテトラフィーアの知能が低いという事ではない。
数千年の時を生きる皇種、極色万変・白銀比の興が乗らなければ、人間に理解できる程度になるまで情報の精査が行われるはずが無い。
結局、『白銀比はリリンサとダウナフィアの味方であり、隠されている情報』があるという結論に達した。
そんな時に、温泉郷の実情を知るアホタヌキが美味そうに飯を食っているのである。
その光景を見たとき、レジェリクエは勝利を確信した。
「温泉郷で騒ぎがあったってリリンから聞いたわぁ。凄いタヌキが帝王枢機ていうのを召喚したってホントぉ?」
アルカディアは、自分の正体を隠している。
ユニクルフィンが把握していないことからも明らかであり、いきなりソドムや裏に潜んでいる存在の事を聞くのは警戒されるだろう。
レジェリクエは正体に気が付いていないフリをして、『さすらいの冒険者・アルカディア』が見た情報を引き出す事にしたのだ。
「ホント。帝王枢機はソドム様の鎧だし!!」
「ソドムってタヌキよねぇ?タヌキが鎧を着るのぉ?」
「めっちゃ着るし!尻尾がギュンギュンして山が爆裂するし!!」
頭の悪い会話に、レジェリクエは速攻で頭を抱えたくなった。
別に、レジェリクエは知能レベルの低い会話が嫌いではない。
ただ、この会話に人類の行く末が掛っていることを鑑みて、何とも言えない気持ちになっているのだ。
「山が爆裂するのねぇ。うーん、どんなのか良く分からないわぁ。ねぇ、この紙に帝王枢機の絵を描いてみてぇ」
「分かったし!!」
リリン以下の説明とか、さすがアホタヌキ。
余の想像を軽々と越えてくるとは、これはとっても大変ねぇ。
心の中で毒を吐きながらも、まだ白銀比よりかは扱いやすいと身を引き締める。
そんな僅かな時間で二度目の驚愕を叩きつけられるとは、この瞬間のレジェリクエは思ってもみなかった。
レジェリクエが絵を描いて欲しいと言ったのは、アルカディアの作画風景を見て、イメージが強い物を特定するためだ。
人は絵を描くとき、最もイメージが強い部分から筆を走らせる。
レジェリクエが求めたのは帝王枢機の特徴やシンボルを特定するためであり、決して、上手な絵を求めた訳ではない。
だが、そんなレジェリクエの些細な願いを、アルカディアは裏切った。
止める間もなく猛烈な勢いで筆を走らせたアルカディアが完成させたのは、精密に描かれた写実画だ。
「できたし!」
「……え」
「う”ぎるあ?絵を描けば良かったんだし?」
「え、えぇ。とっても素晴らしいわぁ、アルカディアぁ」
机の上を滑らせるようにして差し出されたのは、天使を模した純白の魔導巨人。
そんな理知の外側にある物体を検分するより先に、その絵の上手さにレジェリクエは頬を引きつらせた。
謝罪するわぁ、アルカディア。
リリンと比べた余が間違ってたぁ。
速攻でタヌキの理不尽さに直面したレジェリクエは、白銀比の言葉をほんの少しだけ理解できた。
「うわぁ、すごく上手なのねぇ。吃驚したわぁ」
「覚えているのを描いただけ。美味しい料理の方が凄いし!」
人間の常識で語るなら、アルカディアの言葉は謙遜になるはずだ。
だが、相手は友好の証としてドングリを差し出してくるアホタヌキ。
常識の通用しなさに、レジェリクエは再び頭を抱えたくなった。
「いやいや、ホントに上手なのよぉ。どうしてこんな絵が描けるのぉ?まるで写真よぉ」
「一回見た光景は忘れない。後は同じように鉛筆で描くだけだし」
タヌキの癖に、瞬間記憶能力ッ!?
神の因子は人間だけに与えられた祝福ではないのッ!?
速攻で最初の疑問から逸脱してしまったが、レジェリクエの危機感と焦燥感は留まる所を知らない。
人類を統べる者として、タヌキに勝てる未来がまったく見えなくなったのだ。
「すごい能力ねぇ。それが出来るのはアルカディアだけぇ?貴方の部族もできるのぉ?」
タイタンヘッドとアルカディアの闘技場映像を見ているレジェリクエは、セフィロトアルテの森にタヌキの集落がある事を知っている。
だからこそ、瞬間記憶能力を持ったタヌキが繁殖しているなど、ドラゴンフィーバーなど話にならない危機だと判断した。
「私は特に優れてるってソドム様に褒められたし!」
「そ、そうなのぉ……?へぇ……」
「一瞬で覚えるのは、悪喰=イーターを持ってないと難しいし!那由他様に捧げた記憶を引き出すのも出来ないって聞いたし!」
「……。うん、ちょっと待ってね。ロイに貰った紅茶を淹れるから」
ロイに貰った紅茶とは、ノーブルホークが愛飲しているという気分を落ち着かせる紅茶だ。
そんな気休め程度のものに頼りたくなるほど、レジェリクエは動揺している。
悪喰=イーター?
それって、セフィナが使ってきた魔法のはず……。
アルカディアの言葉を真っ当に捉えるのなら、悪喰=イーターは上位タヌキが所持しているものであり、神獣・那由他との繋がりを成している。
い、いきなりセフィナが神獣・那由他の眷族になったのだけれど、どういうことなの?ワルトナ。
「えっと、悪喰=イーターとはどんな魔法なのかしら?教えてくれたらオレンジパイをあげるわぁ」
「魔法じゃない。那由他様の権能だし!」
レジェリクエは、速攻で答えが帰ってきた事に安堵し、その正体が始原の皇種の権能だった事に恐怖した。
「権能とは、神が始原の皇種に与えたという、世界を統べる為の能力……って事でいいのかしら?」
「そうだし。那由他様は『知識の権能』を所持してる。美味しいご飯の情報がいっぱいだし!」
「……。ご飯以外の情報はないの?」
「あるし。鉛筆の使い方とか参考になったし」
とんでもない禁忌に触れている事に気が付いて、レジェリクエは青冷めた。
行動を起こす前に、後回しにした願いの答えが叩きつけられたからだ。
餌に関する事だけじゃなく、鉛筆の使い方の情報を引き出せる?
ということは、人類最高レベルの作画技術は、タヌキが願えば手に入るものだということ……?
これ……、大聖母ノウィンの傍らにタヌキがいるんじゃないわ……。
タヌキと一緒にいるからこそ、大聖母になれるのね……。
レジェリクエは、タヌキの理不尽さを目の当たりにして、ちょっと涙腺が緩み始めた。
ローレライがいる1%側へ辿りつく為に並々ならぬ努力をしてきたからこそ、欲したままに才能が手に入るタヌキの理不尽さに打ちのめされているのだ。
もっとも、アルカディアの才能はタヌキ将軍どころか、下位タヌキ帝王を軽々と凌駕している。
本来ならば、タヌキ将軍となった後、長い年月を掛けて帝王試験をクリアし、タヌキ帝王に師事して悪喰=イーターを手に入れる。
当然、その後で数十年規模の修練が必要となるし、完全に使いこなすには更に数百年の研鑽が必要となるのだ。
それを、アルカディアは悪喰=イーターも無しに行っている。
ソドムが見い出し、那由他がアルカディアに特別な寵愛を与えているのには、類稀なる才能という理由があるのだ。
「ちなみにぃ、悪喰=イーターを出せるのって、どのくらいいるのぉ?」
「んー、結構いるっぽい。おじさまも練習してたし」
「……。おじさまって誰ぇ?」
「ゆるなんちゃら。ユニなんちゃらの親だし!!」
「……。ユルドルードぉ……」
レジェリクエは、ついに頭を抱えた。
久しぶりのタヌキのターン!
……と見せかけてレジェリクエのターン!!
しかし、タヌキは強かったッ!!
書くのがとっても楽しいので、続きます。




