第21話「命の値段」
「いやいやいや!僕は忘れてなんかいないぞ!」
「そそそ、そうですよ!私も忘れていませんよ!」
「……フツーに忘れてた」
取り繕らなくていいぞ。ロイにシフィー。
そんなに挙動不審ならバレバレだから。
取り合えず、二人が冒険者試験よりも第九守護天使に夢中なのは分かった。
だが、試験にも集中して貰わないと困る。
「忘れてたのはいいさ。でも、試験優先で頼むぜ!」
「あぁ、確かにその通りなんだが……」
「で、でも!試験が終わったらリリンちゃんは何処かに行っちゃうんですよね?」
「うーん。私とユニクは冒険者になったら色々な任務に赴かないといけない。二人に教える時間は
取れないと思う」
ここでリリンが、最近請け負った任務についで語り出した。
だいたい任務にかかる日数は十日から一ヶ月くらいで、移動日数が大半を占めることや、その間に不安定機構ではリリン向けの任務の選考が行われており、直ぐに次の任務が来ること。
さらに、緊急の任務には拒否権がないなどを丁寧に説明し終える。
そして、リリンの話を聞いたロイとシフィーは、明らかにションボリしてしまった。
二人とも、自分が無理を言っていることが分かっているようで強い言葉は使ってこない。
が、どうしても魔法を覚えたい様子でリリンに食い下がっている。
確かに防御魔法の有る無しは命に関わる事だからな、俺も協力してやるか。
「なぁ、リリン。やっぱりさ、どうにか試験と平行して二人に魔法を教えてあげられないか?」
「出来なくはない。本来、魔法は実践を伴いながら覚えるもの。しかし、相応の時間は掛ってしまう。ユニクは早く冒険者になりたいんじゃないの?」
「いいさ。ロイやシフィーも急いでいる訳じゃないんだろ?じっくり行こうぜ!」
「いいのか?ユニフ!」
「此処で会ったのも何かの縁だろ?」
「「ありがとう。ユニフにリリンちゃん。感謝します!」」
綺麗に二人の声を揃った所で、『リリン騒動』は幕を下ろした。
とりあえず、無難な所に落ち着いて良かったぜ!
**********
「これからの予定を発表する!」
あの後、計画を考えるからと最後尾に移動して会話に参加して来なかったリリンが声を発した。
それまで騒がしく雑談をしていた俺達は一瞬にして黙り、リリンに向かって振り返る。
ちなみに、会話の内容はウマミタヌキの理不尽的な強さについて。
だが、俺の体験談をロイもシフィーもまったく信じてくれない。
後で後悔しても知らねぇぞ。ちくしょう。
「当初の予定では、今日中にブレイクスネイクを6匹狩って試験を終わらせるつもりだった。しかし、ここは新人試験らしく索敵から討伐まで、三人に協力して行って貰う事とする」
「ん?リリン、最初の予定じゃ索敵をしないつもりだったのか?リリンが探すとルール違反になるだろ?」
「ルール違反は魔法を使う事。私の予定ではホロビノにブレイクスネイクを捕まえて来て貰うつもりだった」
「いや!それも十分ルール違反だからッ!!」
むしろ、索敵の魔法を使うよりもダメだろ!?
市場に出てブレイクスネイクの肉を買ってくるくらいに禁忌だ。
とりあえず、リリンのトンデモ理論にダメ出しをしてから、話を元に戻す。
ロイ達もホロビノが何なのか分かっていなくて首を傾げているしな。
教えて欲しそうにしているが、知らない方がいいぞ。うん。
「だから二人、シフィーとロイには基本的な索敵魔法と防御魔法、予定では第九守護天使、それと攻撃魔法を三種類くらい覚えて貰う。大体1ヵ月で」
「「1ヵ月ぅ!!」」
ロイとシフィーはぎょっと目を見開き、口をパクパクさせている。
特にシフィーは首が千切れんばかりに振り、リリンの言葉を受け入れようとしていない。
「ちょっとリリンちゃん!それは無理ですってぇ!!」
「……やっぱり時間かけすぎ?でもこれ以上減らすのは、魔法の練度的にお勧めできない」
「違います!!短すぎるんですぅ!」
もはや遠慮や恐怖感なんて微塵も残っていなさそうなシフィーが、鼻息を荒げてリリンに詰め寄った。
そうそう、その調子だ。
リリンには常識が通用しないからな、勢いが大事だと俺も思う。
「そう?昔教えた人達は簡単に覚えたけど?」
「それはその人たちがおかしいんです!第九守護天使なんて扱えたら、ブルファム王国の師団長になれますよ!」
「なんだとッ!?それは僕も聞き捨てならないぞ!!」
興奮気味に語るシフィーの話では、この町アルテロは、ブルファム王国という国に属している。
そして、国境線ではいつ戦線が開いてもおかしくないような状態にあるらしい。
北の末端に位置するアルテロの反対側、ナユタ村を挟んだ先にはセカンダルフォートという都市があり、『独裁掌握・レジェンダリア』に属している。
そのレジェンダリアこそが大陸の諸悪の根源と呼ばれ、隣国に絶望を撒き散らしながら侵略を繰り返しているらしい。
戦争とか俺には馴染みが無いが……、普通に怖い。
だって、国家名に独裁掌握とか付いてるんだぞ?絶対に関わり合いたくない。
話を聞き進めるとブルファム王国はこの大陸で一番大きい国で、その師団長というのはかなりの強さの兵士だという話だった。
リリン並みとまでは行かないが、それでも、一騎当千の力は持っているようだ。
「師団長になれるって本当か!?シフィー」
「本当ですよ。ロイくん。実はわたしのお師匠様は昔、ブルファム王国の師団長だったそうです。その時に第九守護天使を使える同じ師団長の人が羨ましくてしょうが無かったと言っていましたから」
「何としても覚えなければ……。あぁ、僕はなんて幸運なんだッ!」
「待って、ロイくん!そんな簡単じゃないですから!!」
続いたシフィーの話では、そのお師匠様は第九守護天使について研究しているらしい。
旅をしていたのも、第九守護天使の原典呪文を探していたから。
今は長い旅の末に運良く手に入れた原典呪文を元に、自宅に一年以上引き籠っている。
そりゃ、一冊の本を解読するんだから時間も掛るよな。
「そういう訳でして、簡単じゃないんです。様々な魔法を扱える師匠があんなに苦労しても使えないんです。一ヵ月なんて、とても、とても……」
「シフィー。難しく考えても仕方がない。第九守護天使、というか防御魔法は総じて簡単なものが多く、意外とすんなり覚えられたりする」
「あはは、簡単に覚えられたら、お師匠様が泣いちゃいますよ」
「それに、ちょっと気になる事がある。これを見て欲しい《サモンウエポン=原典呪文・第九守護天使》」
そう言って、リリンは第九守護天使の原典書を召喚した。
俺も見た事あるが……だいたい30ページくらいだな。
「その本はもしかして、第九守護天使の原典書ですか……?お師匠様が持っているのより、すっごく薄いんですけど?」
「やはりそう。あなたの師匠が持っているのは、劣悪に改悪された粗悪品」
「えっ、そうなんですか!?」
「ランクの高い魔法であればあるほど他者の手が加えられ、最初の原典書からは程遠いものになっていく。きっとその原典書は無理やり発動させるために、語句が追加されまくっているタイプ。マシな方では有るんだけど、粗悪品には変わりない」
「ははは、なんですかこれ、こんなに薄いなら、そのまま読んだって良いじゃないですか……」
リリンが「はい」と気軽に差し出した原典呪文をパラパラとめくり、目を通しを終わったシフィーが叫んだ。
続いてロイが受け取り、目を見開きながら、「くっ、この本が有れば伯父さんは連鎖猪なんかに殺されなかった……」と実に重い言葉を放っている。
「……リリンちゃん。この本、僕に売ってくれないか……?」
「「「え?」」」
「お金なら払う!そうだ、君が手に入れた値段の5倍でどうだろうか!安すぎるか!?」
「……それでいい。それだけあればユニクの装備品一式揃えられるから」
おい、ロイ。いくらなんでも暴走し過ぎだろ!
いくら欲しいからって、5倍は出しすぎだ!!
リリンは俺の装備一式揃えると言っている。
装備一式がどのくらいするのかなんて想像もつかないが、余裕で100万エドロとか掛りそう。
リリンは滞在費に40万エドロ以上支払っても眉ひとつ動かさないし、たぶん高級志向だしな。
その装備を買う時が恐ろしいと思っていると、まったくの別方向から引きつったシフィーの笑い声が聞こえて来た。
口の端を釣り上げた、途切れ途切れの笑い声だ。
さらに、声に合わせるようにしてリリンがドス黒い笑みを浮かべている。
そして俺とロイは、その意味を直ぐに思い知る。
「ありがとう、リリンちゃん。僕の騎士領の予算を使ってでも、直ぐにでも支払うと約束する!」
「分かった。お金を用意できたら直ぐにでも渡す。代金は60億エドロ」
「「……は?」」
「だから、この原典書の代金の話。私が入手した金額の5倍で、60億エドロ」
「そ、そんな……。騎士領の軍事予算の1年分でも足りないじゃないか……」
「当り前ですよ、ロイくん。ランク7の原典呪文書で、これだけ品質の良いものなんですから。それでも安すぎるくらいなんです!!」
「確かにそう。本来ならばこの原典呪文書の値段は100億エドロを超えてもおかしくない。私はこれを入手する為に自分のプライドを捨て値引き交渉した結果、10分の1の値段にして貰っている」
「じゃ、じゃあ、ホントは僕が支払わなくちゃいけない金額は……?」
「500億エドロという事になる」
「ほげぇ……。」
「おい、しっかりしろ、ロイ!!気を強く持つんだ、おーい!……あ、だめそうだな」
第九守護天使のお値段。しめて500億エドロ。
繰り返し使える魔法は何物にも代えがたいもので、ましてやこの魔法は命に代わるものだ。
命の値段、500億エドロ。そう言われると安いのかもしれない。
……俺は買わないけどな。




