第116話「王朝崩壊へのプロローグ② 処刑と救済」
「貴方達が希望を託した聖女の正体こそぉ、絶望を纏う魔王なのぉ。それを知った気分はどうかしらぁ?」
くすくすくす……と肩を揺らし、大魔王陛下が笑っている。
その雰囲気はドッキリを成功させた少女のそのものだが……あぁ、もう、なんて酷い。
膝と心をへし折られた数万の冒険者達が、地面の上で丸くなっているッ!!
ロイを転がし終えた俺達は、最後の仕上げとしてフィートフィルシア民を掌握する為に、砦の上空に転移した。
大魔王陛下の話では、領民の心を掌握しておかないと、ロイの代わりの領主が立てられてコントロール不能になる可能性があるらしい。
要するに、「ロイの野郎、俺達を裏切って大魔王に寝返りやがったッ!許せねぇ!!」となる訳だ。
なお、ロイを手に入れていようがいまいが、領民の掌握をするのは大前提だったようだ。
それを効率良く行う為にワルトが暗躍して冒険者を送りこんでいたらしく、事実を知らされた領主の自尊心がぐるぐるげっげーした。
「天に唾を吐いた愚かな人草よ、並び立つ魔王への拝謁を許可するわぁ。さぁ、頭を地に擦りつけ、崇め奉りなさい」
尊大に腕を広げた大魔王陛下が、見せつけるように脅し用の魔法陣を空に描く。
生存本能を刺激する魔王フル装備リリンが近くにいるせいもあり、地面でひれ伏していた冒険者達が揃って武器を投げ捨て、俺達へと祈りを捧げ始めた。
空に並びたった俺達は、リリンを含めて6人と1匹。
心無き魔人達の統括者が6人と新メンバーである魔獣懐じゅ……有償救世を含めた7人を模している。
当然、ワルト、メナファス、カミナさんの三人はここに居ない。
その代わりとしてテロルさん、テトラフィーア大臣、身重のシフィーの代役としてカンジャートという騎士も参加して、擬似的な降臨を演じているのだ。
……ロイを転がし終えた時点でフィートフィルシア領は落ちたと思っていたら、まさかの大魔王・全員集結か。
死体蹴りにも程があるぜ!
「みんな敵だった……?じゃあ、助けてくれる聖女は居ない……?」
「居ないわぁ」
「英雄の息子は……?英雄の子孫も居ないのか……?」
「居ないわぁ。リリンもユニクルフィンも、みーんな余のお友達ぃ。あぁ、英雄の子孫は違うわよぉ。そこに居るから助けを求めてみたらぁ?」
必死に絞り出した群衆の嘆きに、大魔王陛下が本当に愉快そうな声色で答えた。
そして、真っ青な顔でぶにょんぶにょんと同化しているソクト達を指差して、更に楽しげに笑みを溢す。
もうこの時点でフィートフィルシアの領民の心は砕け散っていると思うが……残念な事に、まだ策謀は始まったばかりだ。
具体的に言うと、ロイの処刑が残っている。
「あえて言うけれどぉ、増援が来るタイミングもとっくの昔に過ぎ去っているわよぉ。事実上、フィートフィルシアはブルファム王国から見捨てられているのぉ」
「まさか……、そんな……」
大魔王陛下の攻撃ッ!
用意周到かつ、念入りな死体蹴りッ!!
聞きたくなかった事実を突きつけられた群衆達が、揺らぐ瞳でこちらを見ているッ!!
一部の高官らしき人の雰囲気から察するに、見捨てられていると気が付いていたらしい。
魔道具を使った緊急連絡したのにもかかわらず澪騎士ゼットゼロが姿を現さなかったのが決め手であり、逃げ出す準備をしていたパーティも少なくない。
そんな情報を持って来たカンジャート、マジで有能。
俺達大魔王と並んで平然としているとか、肝の据わり方が半端じゃねぇぞ。
「貴方達は自分の心の中で自問している事でしょう。どうしてこんな事になってしまったのかと。どうすれば生き残れるのかと。その問答に、余が答えを示してあげるわぁ。戦略破綻、吊るしなさい」
「分かりましたわ、陛下」
……戦略破綻役はテトラフィーア大臣なのか。
納得の配役だぜ!
そんなどうでもいいツッコミをしているのは、これから起こる悲劇へ目を向けたくないからだ。
だが、俺の祈りが大魔王に届くはずもなく、テトラフィーア大臣が笛を吹くと空から伝説の駄犬竜が降臨してきた。
鎖で縛られてぐるぐるげっげーされているロイを右手に持っている。
「領主さまッ!?!?」
「驚く事なんてないでしょぉ?だってロイは聖女一行たる余達と会談していたんだものぉ。まぁ、護衛すら付けない非常識さには驚いたけどねぇ」
確かに不用心だとは思うが、どんな護衛を付けても意味が無いだろ。
それこそ、セフィナを守っているニセタヌキレベルの絶対強者じゃなければ、腹をすかした魔王共は止められない。
って、ヤバい!
冥王竜が適当に鎖を持っているせいで、縛られているロイが揺れまくってるッ!!
俺はこっそりと惑星重力制御を使用し、ぶらぶらしまくっているロイの動きを止めた。
茶番なはずの処刑で天に召さたんじゃ、生まれてくる子供に顔向けできない。
「そう、余に剣を向けた貴方達を先導していたのも、戦争に勝利した際の恩賞を受け取るのも、敗北の際に責任を取るのも、全て領主たるロイ・フィートフィルシアの役目ぇ。それは分かるでしょぉ?」
「……そ、そうだが…………」
「この地に住まう民草よ、選びなさい。ロイを差し出し、余に忠誠を誓いながら生きるのか。ロイを取り戻さんと再び剣を取り、名誉と共に死ぬのか。命魂の赴くままに選びなさい」
「……。」
大魔王陛下の声には、『支配声域』という神の因子が備わっている。
その効果はお互いの立場や関係性を無視し、発した意思の100%を相手に伝えるというものだ。
ロイを差し出せば、民は生き残れる。
だが、ロイを取り戻そうとすれば、ロイ共々、今度こそ全員が全滅する事になる。
そんな選択肢になっていない問い掛けを突きつけられた群衆は、苦悶の表情を浮かばせながらも……再び剣を握る事は出来なかった。
群衆に紛れている女性や子供も巻き添えになるのだと気が付いてしまえば、動けるはずが無い。
「そう、頭を垂れて沈黙を余に捧げるのね。なら、その恭順とロイの処刑と引き換えに、貴方達へ隷属奴隷としての新しい人生を与え、今までの咎を赦しましょう」
冥王竜に振り回されたせいで既に満身創痍なロイだが、その役割を全うするべく実に上手に領主を演じている。
今まさに無実の罪で処刑される罪人の様に、怯えた目で……って、なんか普通に怯えてるな。
イマイチ大魔王陛下を信用出来ていないという顔のロイは、俺とリリンが話に入ってくるのを今か今かと待ち望んでいる。
ちょっと放っておいたら面白そうだなーという悪戯心が芽生えるが……、俺まで大魔王になると収拾がつかなくなるので却下だ。
群衆の視線がぶら下げられているロイへ向けられている中、俺はリリンに合図を送った。
大魔王陛下の処刑に待ったをかけるのは、魔王共を招待した無尽灰塵の役目なのだ。
「……レジェ、ちょっと待って欲しい」
「あらぁ?どうしたのリリン」
「処刑を取りやめて欲しい。ロイにはまだ使い道があるから殺してはいけない」
リリンの平均的な砕けた口調のせいか、妙な大物感が出ている。
一方、大魔王陛下へ苦言をするという偉業を垣間見た群衆達は目を見開くも、その顔色は土気色のまま。
これ以上、領主さまを苛めないでくれ……と聞こえてきそうな程に悲壮感にくれている。
「戦争の責任者として処される以上の使い道ってなにかしらぁ?」
「この領地には美味しいご飯がいっぱいある。それを育てたのはロイで、存命にたる価値があると思う!」
ロイが助かる理由、まさかの飯ィィィィッッ!?!?
ちょっと無理があるだろ、腹ペコ大魔王ォォォォォ!?
「食材を育てたのは農民であり、調理したのは料理人。ロイがいなくても食事は出来るわぁ」
「……。まぁ、それはそうだと思う!」
ほら見ろッ!!別に処刑されても良いかって雰囲気になっちゃっただろッ!!
どうすんだよこれ!?
ロイがすんごい顔でこっちを見てるぞ!?
「じゃあ、処しても良いわよねぇ?」
「だめ。だって……むぅ?」
「だってなんなのぉ?」
「……。だって、貴方は聖女・レジュメアスとして戦場に立ったから? 原罪すら許すと謳われたレジュメアスが、人間の罪を許さないはずが無い?」
大魔王陛下の正体は聖女レジュメアスであるという突然のカミングアウトに、群衆が騒然となった。
信じたくないと頭を振り乱す者が大半を占める一方、僅かな希望が瞳に宿った者も出始めている。
リリンのたった一言で、処刑の流れが変わった。
飯とか言い出した時にはどうなる事かと思ったが、これならなんとかなるかもしれない。
……が、リリンの平均的な表情を見続けてきた俺には分かる。
この顔は全く状況を理解出来ていない時の……平均的な誤魔化し顔だッッ!!
「確かに、この戦争の正当性は私達にある。それはレジェの胸に輝く絢爛謳歌の導きを見れば分かること」
「そう、ブルファムの至宝がここにある以上、正当な王位は余が所持している事になるわぁ」
「だから、ロイはブルファム王国に逆らった逆賊でもある。その点においても処刑をまぬがれる事は出来ない」
「そうなるわよねぇ。ねぇ、リリン。過酷な取り調べの果てに吊るされるより、ここで処してあげた方が良いと思わないかしらぁ?」
「思わない。なぜなら、聖女レジュメアスは、いや、国王・レジェリクエは生きたまま罪を償う方法を知っている。多くの罪人を許し、新しい人生を与えてきた貴方ならロイを救うなど簡単なこと!!」
とりあえずハッキリ喋っておけばそれで良いっぽい?と顔に書いてあるリリンが、気持ち良く言い切った。
どう見ても誰かの思惑が見え隠れしているんだが……。
うん、間違いなく、黒幕はテトラフィーア大臣だな。
リリンの独特な言い回しを真似できるなんて『戦略破綻』だけだろうし、第九識天使で意識を繋いでカンペを出しているんだろう。
「多くの血と命が流れるはずの戦争も、レジェは最小限の犠牲で済むように念入りに準備をしていたのを私は知っている。今日の襲撃だって、威力の高い魔法を自重する様に言ったのもレジェだし」
大魔王尻尾レーザーを使ったんだから、まったく自重してないだろ。
説明がだいぶ雑なんだが、こんなんで本当に良いのか?
だが、俺の懸念とは裏腹に、群衆達は声にならないほど驚いている。
どうやら、リリンが手加減していたという事が伝わったらしく、大魔王へ向けている目の色が変わり始めた。
さすがテトラフィーア大臣、すごい。
「そうねぇ、確かに余は聖女レジュメアスだものぉ。救済の機会は有ってしかるべきかもしれないわぁ。プルぅ、ロイをここまで降ろしてちょうだい」
「うむ」
あ、良かった。
なんとか予定どおりにロイの処刑が取りやめになりそう。
それにしても、駄犬竜2号が恐ろしいくらいに従順だな。
ホロビノにでも調教されたのかもしれない。
「ロイ、フィートフィルシアの領主であった貴方の意見が聞きたいわぁ。余に忠誠を誓い、新たな人生を歩む気はあるかしら?」
俺達の目の前でぶら下がっているロイへ、大魔王陛下が問い掛けた。
絵面がなんか面白い。絵画にしたらバカ売れだな。
「レジェリクエ女王。媚びへつらっていない私の本音を伝えても良いのだろうか?」
「良いわよぉ。忌憚なき意見を言ってちょうだい」
なるほど、ここで含みを持たせる事で苦渋の選択をしたっぽい演出をする訳か。
流石、ロイ。
大魔王に転がされまくっただけあって、意外と策士じゃねぇか!
「ならば言わせていただこう。私は――――、無条件でレジェンダリアの軍門に下るべきではないと思っている」
そのロイの言葉を聞いた全ての人間が凍りついた。
群衆だけではない。
俺やリリン、更に大魔王陛下までも、氷のように冷たい瞳でロイを見下ろしている。
……。
…………。
………………。
って、待て待てッ!!
転がされすぎて頭がおかしくなったのかッ!?ロイィィィィッッ!!




