第114話「超魔王会談⑨聖母・ワルトナ」
「指導聖母まで大魔王なのか……。というか、一年以上前から用意周到に準備していたとか、キミたちは本当にえげつないな……」
ワルトの正体を知ったロイの話では、指導聖母・悪辣が領地に出入りする様になって1年以上も経過しているらしい。
なんでも、前領主の時代からフィートフィルシア担当の不安定機構の職員はワルトであり、ロイが領主を継ぎたいと言い出してすぐにお目通りをしたというのだ。
何が恐ろしいって、俺やリリンがロイと出会う前に、こうなる事を見越して布石を打っていた点だ。
話を聞いた大魔王陛下すら「あらぁ、流石の慧眼ねぇ。ワルトナ」と言っているし、どうやら独自のルートでロイの正体を知っていたっぽい。
ますます有能だな、心無き魔人達の統括者。
リーダーがハムスターなのに、大陸中に名を轟かせただけの事はある。
「それにしても……。まったく、何回僕を泣かせれば気が済むんだ?ユニフ」
「そうだな。あと10ぐるげー!くらいいっとくか?」
「もう過去話は結構だッ!!是非、これからの話をしてくれたまえ!!」
もう二度と転がされたくないとばかりに、ロイが無理やり話題を変えた。
そろそろロイのリアクションにも飽きて来たし、俺も話を進めるのに賛成。
どうやらリリンやテロルさんも同様なようで、和やかに紅茶を楽しみつつ……いよいよ本題のブルファム王国侵略会議へと移り変わっていく。
「フィートフィルシアを掌握した翌日、つまり明日の朝にはブルファム王国は侵攻を仕掛ける事になるわぁ」
「明日だと?問題が起こらない様に準備を終えているんだろうが……、なぜそんなに急ぐんだ?もう少しゆっくりして、フィートフィルシアを観光しても良いんだぞ?」
心配するフリをしているロイは、自分の誇りであるフィートフィルシア領を自慢したいらしい。
お茶会が始まる時も茶葉を自慢していたし、実際、出てきた紅茶も料理も非常に美味だった。
間違いなくリリンは飛び付くだろうなー。と思って横に視線を向けると……、そこにあったのは平均的な思案顔。
美味しいご飯と何かを天秤に掛けたリリンは、ふるふると頭を振った。
「……それはダメ。セフィナやワルトナが待ってる。あ、メナフも」
リリンの目的はセフィナとワルトの奪還だ。
当然、裏切りを演じているメナファスも二人を奪還すれば戻ってくるだろうし、ラルラーヴァーの一件さえ片付けばそれ以上望む事はない。
俺と同じ事を考えたであろうリリンは食欲に打ち勝ち、最愛の妹と友達を取った。
大魔王陛下が僅かに目を見開いているのを無視しつつ、俺もリリンに賛同する。
「そうだな。セフィナやワルトを奪還するのが先だ。その後で、じっくり観光をさせて貰うぞ、ロイ」
「是非そうしてくれ。これからの季節は栗が美味し……、じゃなくって!ワルトナさんを奪還するってどういう事だッ!?」
あっ、そうか。
セフィナの事は話したけど、ワルトが捕まってるって事は話してなかったっけ。
そうなると白い敵と俺達の因縁から話した方が良い訳だが……、大魔王陛下がワクワクした目で俺を見ている。
「余に説明させてぇ」って顔に書いてあるんだが、どうしよう。
「レジィ陛下?」
「何かしらぁ?」
「ワルトを含む、俺達状況の説明をして貰っても良いか?」
「もちろんよぉ!ちゃんと準備もしてあるのぉ」
そう言って、大魔王陛下は空間から小さなベルを取り出した。
側使いを呼ぶように優雅に鳴らし、閉まっているドアに視線を向ける。
すると、当たり前のようにドアが開き、鎧を着た男が入ってきた。
「カンジャート、これから侵略会議を始めるわぁ。話して貰う事があるから、控えていなさい」
「はっ!拝受いたしました。レジェリクエ女王陛下」
「……カンジャート、お前もか」
「もうロイくんを転がす時間は終わったので、楽にしてて良いですよ。カンジャート」
「はっ!お気使い感謝いたします、シフィーお嬢様」
「シフィーッ!?」
ロイの恨めしい声をガン無視した大魔王陛下共のシモベが、ドアの前に立った。
この騎士はさっき報告を持って来た人で、ぱっと見た感じロイの側近ぽい雰囲気だった。
にもかかわらず、大魔王陛下のベルで呼びだせるわ、ロイには目もくれなかったのにシフィーには敬礼を返すわ、やりたい放題。
というか、騎士の丁寧な態度を見るかぎり、シフィーは相当偉いようだな?
将来、妻に尻に敷かれた夫同士、場末の酒場で語り合う日が来るかもしれない。
「セフィナはリリンの妹でぇ、ワルトナは指導聖母・悪辣。ここまでは良いわねぇ?」
「もちろんだ。忘れられるはずが無い」
「セフィナの生存を知ったワルトナは、その陰謀に指導聖母が絡んでいると判断した。そして、単身で調査を始め、ブルファム王国に捕らわれてしまったのぉ」
「……アレが捕まっただと?にわかには信じられないんだが」
「それは余も同意ぃ。恐らく、メナファスと似たような理由で、セフィナと行動を共にする為に捕まった事にしてるんでしょうねぇ」
「また知らない人の名前が出てきた……」
「無敵殲滅・メナファスファントぉ」
「くっ!4人目の大魔王かッ!!」
「ちなみに、シフィーの主治医が『再生輪廻、カミナ・ガンデ』でぇ、リリンのペットが『壊滅竜、ホロビノ』よぉ!」
「なんてこったッ!!全員集結してるじゃないかッッ!!」
大魔王集結の悲報を聞いて、ロイの魂が天に召されかかっている。
そして、ほんの僅かに唇を動かして「ぐるげぇ……」と鳴き、自分の運命を受け入れた。
「状況的には分かったんだが……、ではなぜ、心無き魔人達の統括者が二人もいてセフィナを奪還できないんだ?おかしいだろう」
「それこそが、余がここまで用意周到に準備してきた理由。ブルファムには大きく分けて4つの巨大な勢力が関与している。それらは一つとして侮って良い相手じゃないのぉ」
「つまり、レジェリクエ陛下やリリンちゃん、ユニフに匹敵する敵がいるって事なのか?」
「そうよぉ。敵の首魁の名は『大牧師・ラルラーヴァー』。英雄の領域へと踏み込んだ彼女のレベルは……100,000。文字通りの意味で人外な絶対強者よぉ」
「レベル10万ッ!?大魔王よりも強い奴がブルファム側にいるだと!?」
あっ、なんかロイが悔しそう。
まぁ、散々に転がされて忠誠を誓わせられた後で起死回生チャンスがあったかもしれないと知らされれば、苦々しくなるのも当然なんだが……。
安心しろ、ロイ。
ラルラーヴァーも負けず劣らず、大魔王属性だ。
「厄介なのは、セフィナはただ捕らえられているだけではなく、ワルラーヴァーに洗脳されているという事!そのせいでメナファスまで裏切ってしまった!!」
「なにっ!?それじゃセフィナちゃんは敵なのか!?」
セフィナの話になった途端、大急ぎでクッキーを飲み込んだリリンが話に参戦した。
その勢いのまま、どれだけセフィナが凄いのかを語りロイを震え上がらせている。
「リリンちゃんよりも天才だと……。なんだこれ、敵も味方も強すぎる」
「ちなみにな、ロイ。セフィナが連れているペットはゴモラって言って、数千年の時を生きた伝説のタヌキ帝王だ」
「そんなふざけた冗談を言ってる場合じゃないぞ、ユニフ!!」
冗談だったら良かったんだけどな。
ゴモラは実在するどころか数百匹に分裂し、世界を牛耳っているってクソタヌキが言ってたぞッ!!
「さらにぃ、ブルファム王国にはワルトナ以外の指導聖母が集結していて、それぞれが相応の戦力を保持している。『自律神話教』『フォスディア家』『シルバーフォックス社』。この三つに聞き覚えが無いかしらぁ」
「名前程度なら、ある。どれも独自の論理感を振りかざす狂団だという噂だが……、心無き魔人達の統括者とは別グループだったんだな」
「一緒にしないでぇ。余達はもっと純粋悪よぉ」
「純粋悪なら、余計に性質が悪いだろ」
ロイの話では、心無き魔人達の統括者が、正体を悟られない様に使い分けている名前だというのが世間の風潮ならしい。
実際には聖女グループを作っていた訳で、全く的外れな訳だが……それってつまり、同じグループだと勘違いされる程度には実力が拮抗しているってことなんじゃ……?
「余とリリンの目的を加味した最終目標はぁ、『ラルラーヴァー、自律神話教、フォスディア家、シルバーフォックス社。これらの障害を退けてセフィナを奪還し、ロイへ王位を継承させる』よぉ」
「簡単に言ってくれるが、ようするに、大魔王に匹敵する化け物共との4連戦なわけだ?」
「正解ぃ。貴方だけは5連戦で、ちょっとお得ぅ!」
「何処が得なんだ!?一般人な僕は途中で戦死を遂げそうだぞッ!?」
……いや、こんだけエゲツナイ大魔王策謀を受けて生き残ったんだから大丈夫だろ。
100回くらい鳴かされるとは思うけどな。
「大丈夫よぉ。自立神話教、フォスディア家、シルバーフォックス社の三つは終末の鈴の音で対処させるから、実質的な敵はワルラーヴァーだけぇ」
「そうなのか?だが、さっき軍団将の達の実力はリリンちゃん達よりも劣るって言っていただろう?」
「苦戦するかもしれないわねぇ。だからこそ、雁字搦めに論理の鎖を掛けたのぉ」
「なんか物騒なの出て来たぞ。何をしたんだ?」
「カンジャート、余が式典を用いて行った策謀を解説してあげなさい」
あのふざけた式典が策謀だったとか言い出しやがった。
大魔王陛下→総指揮官→メカゲロ鳥→駄犬竜2号と、みるみる内に酷い光景になったんだが、ホントに策謀だったのかよ?
「はっ!陛下が語られた演説には、大きく分けて3つの策謀が含まれておりました」
「そういえば、報告の詳細は聞いていないな。裏切られてるんだから、当然と言えば当然だが」
「一つ、今回の大規模侵略に『世界核戦争』と名付け、希望を費やす冥王竜を召喚した。これは、過去のブルファム王国を壊滅させ掛けた『核熱の炎』を彷彿とさせ、最大限の警戒を抱かせるものです」
「冥王竜だけで十分だろう。それで警戒しない奴は、既に脳味噌が爆心地だ」
「二つ、総指揮官たる無尽灰塵と英雄の息子が恋仲であると宣言し、未曾有の大災害である冥王竜の抑止力としてユルドルードの増援への期待を封殺しました」
「……大陸中の注目が集まる場で告白したのか。失敗した僕も酷かったが、キミも大概だな、ユニフ」
「三つ、絢爛詠歌の導きを翳し、これは領地奪還の聖戦であると公言。さらに、メカゲロ鳥による次元間渡航という埒外の方法を以て強襲する事で、敵の全戦力を王宮の防衛に割かざるを得ない状況にしました」
「なるほど。澪騎士ゼットゼロ様が来ないからおかしいとは思っていたんだが、僕達は見捨てられていたのか」
諦めの境地に達したロイが冷静にツッコミを入れている。
俺も同じ気持ちだぜ、ロイ。
「演説の肝は『王位継承の準備を終えたレジェンダリアが王城に踏み込んだと民衆が知った時点で、ブルファム王国は敗北するって事』。だから、余達が必ず先手となる」
「そうだな……例えば手薄になったレジェンダリアにブルファム兵が逆侵攻を仕掛けたとしても、城を失ってしまっては意味が無い」
「そう。だからこそ、自立神話教、フォスディア家、シルバーフォックス社は攻勢に打って出られない。余達は何も考えずに進軍するだけで敵の方から出て来てくれるのよぉ、楽でいいわぁ」
「確かに楽でいいが……、ブルファム王国だって馬鹿じゃない。相応の戦力があるならそれをぶつけてくるだろう?」
「だからこそ、圧倒的戦闘力を見せつけたリリンサを表に出さない。何処に潜んでいるのか分からない以上、敵は最初から全力を出せないわよねぇ?」
「有能であるからこそ、後々の事を考えて余力を残そうとする訳だ。……この戦争、勝ったな」
大魔王陛下が言うには、ロイを手に入れた時点で戦争の8割は終わっているのだそうだ。
正直に言ってこれ以上戦う意味は無く、攻撃されたから応戦しているだけに過ぎない。
「ねぇ、レジェ。私の出番はもう終わりなの?」
「何言ってるのぉ?とっておきの出番があるに決まってるじゃない」
「むぅ?」
「リリンとユニクルフィンとロイ、後護衛としてアルカディア。この四名でブルファム王宮へ行って欲しいのぉ」
「むぅ!それはとっても重要だと思う!!」
「フィートフィルシア領主であるロイが同行すれば、王城の殆どの門を通り抜ける事が出来る。おそらく、セフィナは城の東塔に居ると思うから迎えに行ってあげなさい」
なるほど、混乱の最中、少数精鋭で潜入するって事か。
リリンを隠すと言っている以上、セフィナがいる東塔とやらは兵士が少ない場所なのかもしれない。
んで、なんでそこにセフィナがいるって分かったんだ?
「なぁ、俺達が城に潜入するのは分かったんだが、セフィナがそこに居るって確信はあるのか?」
「それには僕が答えよう、ユニフ」
「ん?何か知っているのか?」
「東塔というのは、ブルファム姫達が暮らす離宮の事だ」
……なんか不穏な空気を感じるんだが?
俺の横で頬を膨らませている大魔王ハムスターから。
「何でそんな所にセフィナがいるの?ありえない」
「生活しやすいからだ。ブルファム王国は男尊が非常に強い国であり、文官は男性の方が圧倒的に多い。セフィナちゃんが王城に居るとするなら、女子が多い東塔を拠点にしているはずだ」
「むぅ……。セフィナは可愛いから姫に間違われてしまう。むぅ、むぅ」
リリンは納得できていないようだが、俺的には悪い事ではないと思った。
男尊女卑が強い国の中にありながら、女性が多い環境に居るという事は、必要最低限の生活が保障されている。
それだけセフィナが大切にされているって事だし、苦労していないのならそれに越した事はない。
「ま、それは明日の話ぃ。そろそろ良い感じに9万の冒険者へ情報が出回った頃合いだしぃ、トドメを差しに行きましょぉ」
語るべき事は終わったとばかりに、大魔王陛下が席を立った。
そして、窓に手を掛けてゆっくりと開け放ち……。
「ぶにょんぶにょんドドゲシャー!!」
あ、やっぱりこうなってたか。
外に残っていた冒険者たちが全滅してやがる。




