第113話「超魔王会談⑧伝説、希望を費やす冥王竜」
「それで、僕は何をすればいいんだ?」
大魔王陛下に忠誠を捧げたロイは、鷹揚に頷いた。
まるで歴戦の領主であるかのような振る舞いに、俺やリリンが関心の眼差しを向けている。
……ついさっきまで、顔をくしゃくしゃにしながら鳴いていた人物と同じだとは、到底思えない。
「余に忠誠を誓った側近には、それぞれ特別な仕事を与えているのぉ。もちろん、貴方にも特別な仕事をさせるわぁ」
「そうか。可能な限り努力すると誓おう」
ロイは側近扱いされた事が嬉しかったらしく、僅かに頬を綻ばせて爽やかに笑った。
だが、真の意味で綻んだのはロイの人生の方だな。
俺と同じ結論に辿りついたロイ以外が生温かい視線で見守る中、大魔王陛下が良い笑顔で語り出す。
「まずは、フィートフィルシアの領民を完全に掌握し、各地に潜伏させているレジェンダリア軍の陣地を築くわぁ。その為の手伝いをして欲しいのぉ」
「それは何度か交戦した20万のレジェンダリア軍の事だな?あまり良い感情では受け入れられないと思うが……。そもそも何の為に引き入れるんだ?正直、レジェリクエ陛下やリリンちゃん、ユニフ、それと三軍将とやらがいればブルファムは落せるんじゃなかろうか?」
「リリン一人で9万人の冒険者を歯牙に掛けない戦闘力があり、対個人戦闘力に於いてユニクルフィンはリリンを凌駕している。真っ当に戦えばまず負けない。そう思っているのねぇ?」
「……ユニフの方がリリンちゃんより近接戦闘では強いのか。僕と一緒にタヌキに転がされていたとは思えないな」
タヌキに転がされたのはお前だけだろ、ロイ。
俺が転がされかけたのは連鎖猪の方だ。絶対に間違えんな。
俺の抗議の視線をものともせず、ロイは優雅にお茶を飲んだ。
命の危機を脱したからなのか、僅かに余裕が垣間見えてやがる。
「時系列がごちゃごちゃするから後で説明するけれど、ブルファム王国は余達に匹敵する戦力を保持している。澪騎士も完全に敵に回っているだろうしぃ」
「むぅ?ミオは敵なの?私達が心無き魔人達の統括者だって知ってるし、今回も中立になるって思ってた」
「澪騎士は完全にブルファム王国の利権で縛られていると、ワルトナが言っていた。真っ当な戦争を仕掛ければ、最初に抗戦するのが澪騎士になるでしょうね」
「むぅ……そうなんだ。ミオは強い。トウトデン達では相手にならないし、私かユニクかレジェ、後はアルカディアなら戦いになるかも?」
アルカディアさんにも出番があるのか。
このままだと、ゲロ鳥飛行船の食料を喰い尽したという不名誉しか残らないと思っていたが……うーん、澪さんとは相性悪そうだよなぁ。
どっちも好戦的だし、たぶん、ガチの殴り合いが勃発する。
「アルカディアはリリンやユニクルフィンの護衛よぉ。澪騎士とは戦わせないわぁ」
「そうなの?じゃあ戦うのはレジェ?」
「ロゥ姉様が英雄と知った今、次代の英雄に最も近しいとか言われているのは目障りだけどぉ……相手をするのは余じゃないわよぉ」
「じゃあ誰?戦力不足をぶつけても足止めにすらならないと思う」
「いるじゃなぁい、とっても相応しい伝説のドラゴンがぁ」
……。
澪さんと黒トカゲを戦わせる気かッ!?
確かに戦力的には申し分ないが、逆に澪さんが危険じゃないのか!?
「いや、大丈夫なのかよ、それ。冥王竜の頭はポンコツだが、戦闘力はガチだぞ?」
「確定確率確立で判定した冥王竜の勝率は48%。実力が拮抗しているわぁ」
……マジで?
冥王竜は魔法の効果時間を加速し、バッファを含めた殆どの魔法を無効化出来るのにか?
流石に知らないままなのは不味いし、ロイとシフィーも冥王竜の戦闘力に興味がある様だ。
何かの歯車が違えば、9万の軍政の相手は『希望を費やす冥王竜』だった訳だし、ブルファム王国との因縁もある。
大魔王陛下は興味の視線が集まると満足げに笑みを溢し、口を開いた。
「冥王竜の戦闘力は、おおよそリリンやユニク一人分。ただし、相性がいい相手は完封できるという特殊性を持っているわぁ」
「特殊能力があるという事か。希望を費やす冥王竜、名前だけでも威厳が溢れているからな。かなり強い能力なんだろう?」
「冥王竜の特殊能力は時空間支配。虚無魔法に分類される大魔法を無条件かつ、無制限に使用できるわぁ」
「……なんだそれ。強すぎて意味が分からん」
どうやら大魔王陛下は冥王竜の情報を集めていたらしく、各地に残っている逸話や伝承、駄犬竜1号の裏切りによって戦闘力を把握しているようだ。
冥王竜は、攻防共に時間加速を主軸にした戦闘が得意らしい。
時間加速で魔法を強制終了させる他にも、自分の体内時間を加速させ怪我や魔力を治癒したり、自分が発動した魔法の発動までの時間をコントロールし、同時多発的に大規模殲滅魔法を放つなど、まさに規格外の戦闘能力があると告げられた。
リリン並みの広範囲攻撃を無限に使用できる上に、かなりしぶとく、ついでに俺達の魔法は無効化される。
しかも、高位竜は死んだら完全状態で転生する。
何度も何度も殺し、幼竜まで退化させないと勝利できないとか、そりゃ伝説にもなるな。
なぁ、お前もそう思うだろ?顔色の悪い、ロイ?
「なんだその化物。伝説かなにかか?」
「その伝説のドラゴンの事を『魔王の乗り物にされていた哀れな小型の竜』って言ってた奴がいたよな、ロイ」
「……そんな愚か者には心当たりが無いな。たぶん、魔王の逆鱗に触れて闇に葬られたんじゃないか?」
完全に目が泳いでいるロイは助けを求めて視線を彷徨わせるも、テロルさんに睨まれ、シフィーに笑われた。
大魔王陛下は完全にスルーし、話の続きを切りだした。
「そんな訳で冥王竜はかなり強い上位竜でぇ、澪騎士と戦わせるためにわざわざ用意した『落とし所』なのよぉ」
「落とし所だと……?なるほど、内心では中立派の澪さんだが、レジェンダリア軍との戦いでは矢面で戦わなければならない。だから、冥王竜と戦わせる事で戦果を作らせ、戦場から退く大義名分を与えるって事か」
「そういうことぉ。意外と賢いわよねぇ、ユニクぅ」
「おい、発音がゲロ鳥キングのそれなんだが?」
「何言ってるのぉ?フェニクの方が十倍は賢いわよぉ」
裏切りドラゴンを飼ってるリリンといい、ラグナワン子を飼ってるワルトといい、心無き魔人達の統括者はペットを溺愛しないと気が済まないのか?
カミナさんに至っては惑星竜を4匹も従えているようなもんだし……このままだと、メナファスも何かを飼い始めるのは時間の問題な気がする。
……タヌキだったらどうしよう。
「なぁ、澪騎士ゼットゼロ様が冥王竜に勝てるってのはどういう事だ?話を聞く限り、絶対に不可能な気がするんだが?」
「冥王竜は強いけれどぉ、相性で優位に立てば絶対に勝てない相手じゃないわよぉ」
「そうなのか?」
「冥王竜にも弱点があるわぁ。それは高位の魔法陣で構成された魔道具。破壊されなければ永久に動き続ける魔導規律陣は、時間加速の影響を受けないものぉ」
冥王竜の時間加速による魔法強制終了には、思いも寄らない弱点があった。
それは、『永遠に続く』ことを付与された魔法には、一切影響を与えられないというのだ。
セフィナが使ってきた、魔法を発動させない『星の対消滅』との違いはそこにある様で、後出しだからこそ既に使用されているバッファを消せるが、対策された魔道具には手出しができない。
そういえば、ワルトが使用した暗黒杖―アキシオンは正常に効果を発揮したが、その後の魔法は攻略されていた。
もし始めから魔道具を破壊できるのなら、魔法の入れものだった暗黒杖ーアキシオンそのものを破壊したはずだ。
俺なりの見解を告げるとロイは納得したように頷き、視線を大魔王陛下へと向けた。
「なるほど、澪騎士ゼットゼロ様は複数の魔法剣を駆使して戦われる。冥王竜と相性がいい訳か」
「そういうことぉ。ついでに言えば、澪騎士はかなり魔法の扱いにも長けている。無効化される事が分かった上で囮に使って優位に立つでしょうね」
リリンが冥王竜に80%以上の確率で勝てるのも、魔王シリーズがあるからだろう。
暗黒杖―アキシオンは魔法を保持しておく杖だったが、魔王の脊椎尾は内部の魔導規律陣で魔法を発生させている。
冥王竜が干渉できない攻撃方法であり、原初守護聖界という防御手段も手に入れた。
攻守ともに同レベルになったのなら、後は純粋な戦闘技能で勝敗が決まる。
「ふむ……。ちなみにユニフが冥王竜に勝てるのは?」
「魔法を全く使わない超脳筋だからよぉ!ゲロ鳥だってもうちょっと知的な戦い方をするのにねぇ」
「なるほど。納得した」
……納、得、す、ん、な、!
ゲロ鳥が熟練の冒険者を圧倒した光景は、ロイの心に深い傷を付けていたようで、うんうん。と物凄く頷いている。
脳筋だって馬鹿にされてるんじゃ無ければ、グーで殴っていた所だぞ。ロイ。
「澪騎士を含めたブルファムの戦力については、後の戦略会議で説明するわぁ。まずはフィートフィルシアを堕す為の話をしましょう」
だいぶ脱線してきたので、大魔王陛下が話を元に戻した。
ロイがやるべき事はフィートフィルシア領主として、速やかにかつ、安全にレジェンダリア軍をフィートフィルシアで受け入れる下地作りだ。
「フィートフィルシアにレジェンダリア軍を受け入れるのは、ブルファム国民を逃がさない為。逃げ場が無いと悟れば、ブルファム王宮は大っぴらに戦争状態に入ったと告げる事さえできないわぁ」
真っ当に戦う気が無いのだと、大魔王陛下は悪びれも無く告げた。
まさにそれを仕掛けられて絶望したロイは苦々しい顔になるも、戦死者が出なかったという奇跡を思い出して溜め息を吐く。
なんだかんだ領民思いのロイは、しっかり領主の顔をしている。
「戦争が始まったと民に告げられないのなら、大っぴらに軍を動かす事はできないな。だが、逃げ場が無いと告げてしまえば、守るべき領民すら敵に回る可能性がある……か」
「そう、それが余の狙い。最終的な戦争の終わらせ方は『ブルファム王国は包囲されて孤立し、抗うだけの戦力も既に失っている。失策ばかりの国王を廃し、次代への王位継承を国民が望む』これが筋書きなのぉ」
すでに準備は終えているわぁ。と大魔王陛下は胸に手を当てた。
その薄い胸には、俺が知り得ない暗黒物質が詰まっている。
「あくまでも国民が望む形での王位継承になる訳か。それなら波紋が少ないだろうし……考えられてるな」
「余の陣営には策謀が得意な子が多くてねぇ。友達だと思っていたのに敵だったなんて良くある話なのよぉ」
くすくす笑う大魔王陛下はとても愉快そうで、何か他にも良からぬ事を知っている感じだ。
なんか、大魔王美人局を超える特大の爆弾が隠れていそうな気がするが……、今は作戦会議を優先しよう。
「レジェンダリア軍を受け入れる事がブルファム国民を守る事に繋がるのは良く分かった。それで、僕は何をすればいい?」
「フィートフィルシアの領主としてぇ……」
「領主として?」
「縛って、吊るして、処すわぁ」
「………………。ぐるぐるげっげー?」
あ、なんかロイが処刑されそう。
公開ぐるぐるげっげーとか残虐極まりないが、調子に乗ってるのでまぁいいかって思い掛けた。
「結局、処刑されるだとッ!?僕は許されたんじゃないのかッ!?」
「そんな結末もあり得たというのは否定しないわぁ。例えばリリンが帰還しなかったとか、シフィーのお腹に宿ったのが女の子だったりとか、武力で解決しちゃった方が早いと判断すればそうなるわねぇ」
何でロイの子が男で確定しているのか気になっていたら、カミナさんが診断したからだとシフィーに教えて貰った。
戦医団に霊的新薬、メカゲロ鳥に医師的見解。
ほんと、心無き魔人達の統括者は有能すぎる。
「だけど、今の情勢は違うわぁ。余は、フィートフィルシアの管理者として貴方は優秀だと評価している。だから生かすわぁ」
「処されるのに生かされるとは……?名前でも変えて生きろって事か?」
「処刑をする演技をして、リリンやユニクに助命を乞われて助けるって形にするのぉ。面倒な事だけどぉ、それだけの価値があると余は思っているのよぉ」
公開ぐるぐるげっげーかと思ったら、マジの処刑だったらしい。
確かにそんな事になれば、俺もリリンもロイの助命を願い出る。
結局、結果は同じになる訳だが、それを見せて民衆を一気に洗脳するのが目的なんだろう。
まさに運命掌握。ロイは死にかける。
「ワルトナの手助けがあったとはいえ、9万人もの冒険者を集め指揮したのは見事という他ないわぁ。素直に言うけれど、余はかなり貴方の事を気に入ってるのよぉ」
「そんな感じはまったくしな……、おほん、そのなんだ。時々混じるワルトナさんというのはどちら様なんだ?」
「貴方は賢いからぁ、大体察しているでしょう?聖女シンシアよぉ」
「やはりか。聖女レジュメアスとしてここに潜り込んだ訳だし、そうじゃないかと思っていた。しかし……聖女シンシア様も大魔王仲間なのか……。とてつもなく精錬無垢な方であり、原罪悪ですら慈愛の心で諭すと言われているんだぞ?」
誰だその人。
俺が知ってる聖女シンシアは、原罪悪の塊みたいな聖女様だぞ?
「彼女の名前はワルトナ・バレンシア。聖女シンシアを名乗る彼女は心無き魔人達の統括者の参謀たる『戦略破綻』であり、腹黒さでは余と同等よぉ」
「くっ!!改めて聞くとがっかり感が凄まじい。絶対にお近づきになりたくない」
「あらぁ、それは残念ん」
「えっ。」
「ワルトナの本来のお仕事は不安定機構の上位使徒ぉ。指導聖母・悪辣なのぉ」
「あいつかッッ!!えぇい、ちくしょうっ!真っ黒じゃないかッッ!!」
既に完全敗北をしている指導聖母・悪辣が心無き魔人達の統括者だと知り、ロイは目を見開いた。
どうあがいても逃げ道が無いと悟ったようで、キョロキョロと視線を動かしてはテロルとシフィーさんに叱責されている。
うん、この二人の息がピッタリなのはなんでだろう?
あっ、同じ腹黒属性だからか。




