第112話「超魔王会談⑦魔王、リリンサ」
「……という事でぇ、国王になれば良い事ばかりぃ。もちろん、心配があったら余に相談する事も出来るわぁ」
「なるほど。これなら僕にもできそうだ」
「なら、この契約書にサインをしましょうねぇ。もちろん、後の面倒な手続きは余が代行するから安心してぇ」
「分かった。僕の指名と領主印、それと……」
大魔王陛下の甘言に乗せられたロイが、悪魔契約に手を出そうとしている。
俺やリリンを含めた7人が王権を持つと聞かされ、ロイは安心したように溜め息を吐いた。
そんなロイに囁かれたのはフィートフィルシア領を中心とした大規模な貿易構想という、とても耳触りの良い提案だ。
ここ一年ほどで急速に成長したフィートフィルシア領をさらに大きくする為には、国王が所持している権限の一つ『関税率の改定』が必要になるらしい。
要するに、物流を活性化させるにはブルファム国王の調印が必要であり、ロイが王位に就くのが手っ取り早い。
そして、フィートフィルシアを大きくするのが夢だったロイは『何も不安は無いわよぉ』と何度も囁かれて洗脳され、すっかりヤル気を出している。
「まずは領主権をレジェリクエに譲渡し、その代わりに僕達が王権を授かってフィートフィルシアを統治する……か」
「王権よりも大きな権力は無いからねぇ。要らなくなった領主権は余が預かっておくわぁ」
「その後、フィートフィルシアを大きくする為にやるべき事は関税の撤廃、そして三大高級肉の増産と」
「そうそう、相手の代表者は大口だからねぇ。いっぱい育てないと不渡りを出しちゃうわよぉ」
「お前がそう言うなら、相手は相当なやり手の商人のなんだろう」
……ちょっと待て、ロイィィィッッ!!
フィートフィルシアが行う大口の取引の相手って、たぶん物理的に口がでかいぞ!?
俺が懸念を抱いていると、取引相手の代表者の名前はプルゥだと大魔王陛下が告げていた。
当然、相手が伝説のポンコツ黒トカゲだと思っていないロイは、明るい未来に想いを馳せた顔で領主印を押している。
「あ、そうそう、ロイくん。これにもサインをしてください」
「シフィー?なんだこ……婚姻届だとッ!?」
「ロイくんはさっき言ったじゃないですかー。『この戦いが終わったら、私と結婚してくれ』って。だから急いで準備したんですよー」
……そんな死亡フラグをブチ立ててやがったのか、ロイ。
そんなんだから、大魔王共に完膚なきまでにブチ転がされるんだぞ。
「こ、こんなタイミングでか……?」
「こんなタイミングだからです。レジェリクエ女王陛下に忠誠を捧げた以上、戦いは終わってます。誠実なロイくんは約束を守ってくれますよね?」
「あ、あぁ……そうだな。そうなんだが……、後でプロポーズのやり直しをさせてくれ……」
そう言って、ロイはシフィーが差し出した婚姻届にもサインをし、捺印を押した。
なお、とても恐ろしい事に証人の欄に大魔王陛下の名前が書いてある。
うん、なんていうかこう……。
飛んで火に入る、夏のロイ。
「あはぁ。フィートフィルシア、侵略完了ぉ」
「改めて言われると不安感が押し寄せてくるんだが?これで良かったんだよな?ユニフ」
「どんな未来が訪れようとも、フィートフィルシアは熱気あふれる領地になるのは間違いないぞ」
プルゥとの取引が上手く行けば、ドラゴンが持ってくる金銀財宝がフィートフィルシアに集まる事になる。
当然、貴重な鉱石や素材が手に入る様になれば、職人が多い領民は歓喜に包まれるだろう。
……んでもって、失敗すれば、核熱の炎に包まれると。
どっちにしろ熱気が溢れているんだし、俺は嘘を言っていない。
「これでロイは完全掌握ぅ。あとは領民なのだけれどぉ……、その前に質問を受け付けるわぁ。何かあるかしらぁ、ロイ?」
「そうだな……二つほど良いだろうか?」
「良いわよぉ」
「あのぶにょんぶにょんを召喚した無尽灰塵はリリンちゃんで、途中で入れ替わったというのも分かる。なら、後半の無尽灰塵は誰が演じていたんだ?」
あぁ、そうか。
無尽灰塵・レジリリンは認識阻害の仮面を付けていたし、ロイの目線では誰が演じてたか分からないのか。
大魔王陛下やテロルさんは素顔を晒しているとはいえ、レベルに意識を向けなくさせる認識阻害は身に纏っている。
アンチバッファに耐性が付くような訓練をした俺やリリンは注意してればレベルが見えるけど、ロイには難しいはず。
もしかしなくても、ロイは大魔王陛下のレベルを見誤ってるんだろう。
そして、俺と同じ考えに至ったらしい大魔王陛下は「特別サービスよぉ」と悪い笑顔を浮かべ、認識阻害を解除した。
「総指揮官を演じてリリンと戦ったのは余よぉ。このレベルが証明になるわぁ」
「ばかなッ!!レベル9万だと……!?」
大魔王陛下のレベルを見たロイは目を見開き、ついでに口と鼻の穴もこじ開けた。
俺にとっちゃ今更だが、ロイにとっては緊急事態らしい。
「レベル91011……。なんという事だ……高すぎる……」
「そぉかしらぁ?どう思う?テロル?」
「確かにランク9の人物になど、そうそう会えるものではありませんね。ですが、私自身が高ランクなので、なんとも」
「って、えぇ!?テロルさんも7万を超えてるじゃないかッ!?」
テロルさんのレベルは『73241』。
普通に大魔王クラスであり、おそらく、英雄の子孫パーティーを教鞭でしばき倒せるくらいの実力者だ。
「ランク9にランク7……。はは、これじゃバランスが悪いじゃないか。だってリリンちゃんのレベルは……。はぁちまん……?」
「そう、これが私の本来のレベル。新人試験の時は虚偽表示をしていたということ!!」
英雄との訓練に明け暮れ、クソタヌキ戦を潜り抜けたリリンのレベルは『84562』。
ついさっき大暴れしたせいで更に上がったようで、集まっていた冒険者で匹敵する人はいない。
「虚偽だと……?それじゃ、あの時には既に……?」
「レベル7万を超えていた。高ランクになると面倒事が多いので普段は隠している!」
真実を知ったロイが更に目を見開いた。
そろそろ眼球が飛びだすんじゃないか?
「ちなみにぃ、リリンの部下の三軍将は全員がレベル9万を超えているし、余の側近のテトラフィーアもレベル9万超えよぉ」
「ランク9が総勢5人も……?そんな、それじゃユニフも……34024?うん?普通どころか若干低いな。もっと努力をした方がいいんじゃないか?」
うるっせぇぞ、ロイィィッッ!!
俺だって努力はしてんだよ!
だが、レベルの上がりが悪いんだからしょうがねぇだろッ!!
「なぁ、ロイ。俺がぶにょんぶにょんを一刀両断したのを忘れたのか?ん?」
「そう言えば、キミはレベルが上がりづらいんだったな。気にする事はないぞ、ユニフ。キミはそのままでいい」
「野次を飛ばしておいて言う事がそれか?いい度胸だな、ロイッ!!」
「これくらい造作もないさ。良い意味でも悪い意味でも、今日の僕は一皮むけたんだ」
皮がむけたのか。
なら、骨の髄までしゃぶられとけッッ!!
憐みの視線を向けられてイラっとした俺は、ドヤ顔なロイと澄まし顔なシフィーのレベルを確認した。
ロイのレベルが『59602』で、シフィーが『49200』。
二人ともが時間を見つけてレベル上げをしていたらしく、シフィーが身籠った後のロイは、何かに取り憑かれたかのように訓練に明け暮れていたらしい。
……何に取り憑かれていたのかは、考えるまでもない。大魔王だ。
「これで、レジェンダリアとフィートフィルシアの間に広がる圧倒的な戦力差が理解できたかしらぁ?」
「鳴けばいいんだな?ぐるぐるげっげー!!」
「あはぁ!ユニクと違ってすごく従順ん。これはこれで可愛いけどぉ、プライドは無いのぉ?」
「プライド?そんな物はゲロ鳥にでも食わせておけ。で、二つ目の質問だが……」
「なにかしらぁ?」
「無尽灰塵……、いや、リリンちゃんは戦いが始まる前にこう言っていたな。『よくも、私のセフィナを傷つけたな』っと。これはどういう事なんだ?」
あんなゲロ鳥まみれの絶望の最中、ロイはしっかりと情報収拾をしていたらしい。
空に君臨した腹ペコ大魔王の演説を聞き、何か裏事情がありそうだと思っていたようだ。
ロイが大魔王陛下の従順な下僕と化した以上、俺としちゃ全ての事情を話してしまいたい。
嘘とか策謀とか、そんなのはもう良いだろ。
「セフィナってのはリリンの妹の事だ。ちょっと複雑な事情でブルファム王国に捕らわれていてな」
「セフィナ、ワルトナ、メナファス。この3人を奪還するのが私達の目的であり、もともとは戦争に関与するつもりが無かった」
ここから俺とリリンで今までの経緯と事情をロイに話していく。
ロイは勿論、シフィーやテロルさんも知らなかったようで、セフィナとの別れ、ワルトナとの出会い、心無き魔人達の統括者として活動してきた事、ワルトの正体は指導聖母・悪辣だという事なども順番に話した。
ロイ達は何度も顔色を変えつつも静かに話を聞き終え、皆を代表してロイが口を開く。
「そんなことが……。穏やかでない心中をお察しするよ、リリンちゃん」
「セフィナを取り戻す為に立ちはだかる障害は全部敵とみなしている。だからさっきの戦闘もやり過ぎてしまった。ごめん」
「確かにとても酷い目に遭ったが……死者が出ていないという事は、意図的にそうしたんだろう?」
「もちろんそう。セフィナを取り戻す為に、別の死者が出るのはおかしいこと」
「その言葉だけで十分さ。ありがとう、リリンちゃん」
領主の顔付きになったロイは、リリンに対して深々と頭を下げた。
どう考えても俺達は加害者なんだが、ロイ的にはお礼を言うべき案件だと思ったらしい。
実際、俺やリリンが関与しなかった場合は、フィートフィルシアは武力によって制圧されたかもしれない。
そう考えると、礼を言われるのも不思議じゃないんだが……。
……ロイ、俺には?
「これで気が済んだかしらぁ?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら、今度は余の話を聞いて貰うわよぉ。これから行うブルファム王国侵攻、貴方もその作戦に参加して貰うのだからぁ」
結果的にロイも生還したし、これにて一件落着だ。
安堵した俺が壊滅しかけているお菓子の残りを物色していると、深い笑みで大魔王陛下が策謀を語りだした。
そして、それを静かに聞く一同の中に目を輝かせたロイがいる。
次は仕掛け人側に回れると知り、ちょっとワクワクしているようだ。
……うん、たぶんこの瞬間がロイの人生で最高潮だな。
国王になる前の最後の余暇。
せっかくだから一緒に楽しもうぜ、ロイ!




