第109話「超魔王会談④領主、ロイ・フィートフィルシア」
「ぐる……ぐすっ。ぐるぐる……げっげー……」
四匹の大魔王によって、理不尽なほどに徹底的、さらに執拗かつ念入りにブチ転がされたロイが俺の脚に縋りついている。
もはや領主どころか、人間としての尊厳が欠片も残っていないらしく、生まれたての亡霊のように鳴き声を発するばかりだ。
うん、こっからどう収拾を付けるつもりだよ、大魔王共。
まさか、痛めつけるだけ痛めつけてポイ捨てするつもりじゃないだろうな?
「なぁ……。いや、あえてシフィーに聞くぞ。これからどうするつもりだ?」
「どう?ですか?」
「ロイをどうするのかって事だよ」
ちょっと声に重みを乗せて、俺はシフィーに問いかけた。
全方位大魔王な状況のロイを救うべく、英雄っぽい雰囲気も出している。
今まで散々ネタにしてきたとはいえ、ロイは俺の友達第一号だ。
本当に今更だと言われそうだが、それでも味方をしてやりたい。
なお、ロイとシフィーが友達ではなくなるとアホタヌキが友達第一号に昇進しそうなので、そっちの意味でも心配している。
俺の鬼気とした雰囲気から何かを察したのか、シフィーは大魔王陛下が用意していた紅茶に口を付けた。
僅かに唇を濡らし、ふぅ。っと小さな吐息を漏らしてから俺に視線を向けてくる。
「ユニクくん、ロイくんを私の前に座らせて頂けませんか?ちゃんとお顔を見てお話ししたいんです」
ロイをどうするのか?という問いかけの答えを、シフィーは直接告げると言った。
確かに、お互いの気持ちに整理を付ける為には、そこに秘められた感情をハッキリさせてしまった方が良いと思う。
だが、この精神状態のロイに会話なんてできるのか……?
ぐるぐるげっげーしか言わないんだけど。
「……ロイ?」
「ぐるぅ……?」
「シフィーが話があるんだってさ。喋れそうか?」
「げっげー……。」
あ、だめだこりゃ。
完全にゲロ鳥と化してやがる。
だが、「無理そうだ」と返事をしようとした矢先、ロイが俺の袖を握ってきた。
弱々しい力で引っ張り、ボソボソと呟きを溢す。
そして――、俺の補助を受けつつも、ロイは椅子に座った。
「しふぃー……。」
「少しは落ち着いてきましたか?ロイくん」
「はは……領主の僕が錯乱すれば多くの命を失う事になる。だから大丈夫だ。ぐるぐるげっげー」
……大丈夫な気がまったくしねぇ。
というかこれは……、自分を領主だと思いこむことで、ギリギリ自我を保ってやがるッ!!
悲しい事に、その領主も大魔王陛下の暗躍の結果だ。
マジでどう頑張ってもロイが報われるハッピーエンドが見えないが……。
せめてロイが心細くない様に、すぐ横に控えててやるか。
「しふぃー、キミはレジェリクエ女王に遣えている。そういう事で良いんだな?」
「はい、レジェリクエ女王陛下は私の主人です。それは変えられませんし、変えるつもりもありません」
「……あぁ、そうだよな。僕なんかよりもよっぽど多くのものを与えて――」
「だからと言って、ロイくんの事を嫌いになるなんて事もありません」
「……それは」
「愛していますよ、ロイくん。一人の男性として、とても魅力的だと思っています。その気持に嘘偽りはありません」
あれ?ちょっと風向きが変わってきたな。
上げて上げて落とすのが好きな大魔王共だから油断は出来ないが……ちょっと静観するくらいの余裕はあるだろう。
「ロイくんはそもそも誤解していますよ。確かに私はレジェリクエ女王陛下の願いを叶えるという実利を得ました。ですがそれは、ロイくんとの幸せと両立できる事なんです」
「僕との幸せ……?」
「考えてみてください。見ず知らずの男女が交際を始める時、その起点には自分の実情しかありません。恋人が欲しい、家族が欲しい、そんな願望は相手の為に叶えるものではありません。全て自分の為です」
「確かにそうだとは思うが、キミの場合とはちょっと違くないか……?」
「違いませんよ。家族が結婚を薦めている、両親が孫を望んでいる、伝統ある家系を絶やしたくない。そんな他者の思惑を理由にして恋人探しをする人は沢山いますから」
「……キミはフィートフィルシアが欲しいんであって、僕じゃなくても良いんじゃないのか?」
「ロイくんに出会う前はそうだったかもしれません。でも今はロイくんが良いんです。動機は不純だった、でも私は決して不貞を働いていません。お腹の子もロイくんの子ですし、浮気なんてもってのほかです。私はロイくんに純愛しているんです」
……。
…………。
………………純愛?
「僕を愛しているというのか」
「はい。好きですよ、ロイくん。この世界で誰よりも」
「シフィー……」
「ロイくん……」
……。
お互いに名前を呼び合って、ロイとシフィーは見つめあっている。
いやいやいや、喰らった被害に対して弁明が雑すぎるだろッ!?
しかもこれで立ち直るとか、騙される方にも問題がありそうだぞ!?
「シフィー、キミは僕を愛しているのか?こんな不甲斐ない僕なのに……?」
「不甲斐なくたっていいじゃないですか。ちょろいんですよ、ちょろいん」
ちょっと待て。ちょろいんってのはアレだよな?
たしか『超簡単に落とせるヒロイン』の俗称だったよな?
村長が持ってた『人妻のススメ4月号~桜が舞う新校舎、幼馴染もサクラ色~』で特集されてたぞ!
「良く分からないが……。僕はキミに愛されている。そうなんだな?」
「そうです。ロイくんの全てを愛してますよ。これからは3人で仲良く生きて行きましょうね」
そう言って、シフィーはワザとらしく自分のお腹をさすった。
その動きを見てロイは目を見開き、ぐっと拳を握りしめる。
そしてポツリと、そうだよな。僕は父親になるんだ……。と呟いた。
で、いつの間にかハッピーエンドに向かっているような雰囲気になったが、全然はハッピーエンドなんかじゃない。
なにせ……。
この後には『ロイの正体はブルファム国王子だった』という、ランク0級の大規模殲滅人生魔法が残っている。
そこん所を踏まえて、もう一度シフィーの言動を振り返ってみよう。
「家族が結婚を望んでいるからお見合いをした、両親が孫を望んでいる、伝統ある家系を絶やしたくない。そんな他者の思惑を理由にして恋人探しをする人は沢山いますから」
これってつまり、『ブルファム王国の血筋を絶やさない為に、ロイの姉や大魔王陛下主体で結婚を推し進めている』って事だよな?
さらに……。
「ロイくんの全てを愛してますよ。これからは3人で仲良く生きて行きましょうね」
これもつまり、『ブルファム国王の継承権を含めた、ロイの全てを愛している。だから子供を認知しろ』って事じゃないのか?
……流石、大陸の闇を牛耳る組織の頭目の孫。
真っ黒すぎて俺の手には負えねぇぜ!
「ロイくん……!」
「シフィー……!」
「あーそのなんだ。ロイ、お前が幸せそうで何よりだよ」
あんだけボッコボコにされていたってのに、ロイはもうシフィーの傍に寄って肩を抱いている。
これは、大魔王鬼ごっこ、大魔王ドッチボールに続く……大魔王美人局。
真っ当にイチャイチャされるとそれはそれで腹が立つが、裏側を知っていると別の感情が湧いてくるな。
……その幸せ、あと1分と保たないぞ。
ほら、大魔王陛下が動き出した。
「ちゃんと仲直り出来たのねぇ。おめでとう、シフィー」
「重ねてのお言葉、感涙の極みでございます」
「それでぇ、そろそろ話を進めても良いかしらぁ?」
「もちろんです。その為に私と陛下の関係性をロイくんに教えたのですから」
あ、この大魔王共、ロイにトドメを差す気だ。
つーか、やっぱり上げて落とす気じゃねぇえかッ!!
「くそぉ、魔王め!!まだ何か企んでいるのかッ!!」
「そうよぉ、企んでいるわぁ」
「くっ!僕はもう屈したりしないぞ、何度だってぐるぐるげっげーしてやるとも!」
ぐるぐるげっげーしてるんなら屈してるじゃねぇかッ!!
ちょっと落ち着け、ロイィィッ!!
「正気を取り戻せ、ロイ。ゲロ鳥の鳴き真似をしても大魔王陛下が喜ぶだけだ」
「だが、この魔王はまだ何か企んでいるらしいんだぞ?鳴き真似をして見せるくらい心にゆとりを持たないといけないんだ」
「それは完全に同意だが……残っている問題はかなり重いぞ。覚悟しておけよ」
「……なんだそれ?冥王竜が次元をこじ開け、大魔王が降臨し、友達に助けられたかと思ったら、その友達が大魔王で、挙句の果てに恋人に騙されていた事以上という事なのか?」
うーん、それと比べると大したこと無いかもしれない。
親だと思っていた人が肉親ではなく、本当の親は大陸の覇者であるブルファム王国の国王様だってだけだ。
……いや、だけっておかしいだろ。
俺の感覚まで麻痺してやがる。
「そうだな。それくらいの衝撃はあるかもな」
「これ以上何があるんだ?まさか僕がどこかの国の王子様だとか、そのせいで魔王に狙われているとか言い出すんじゃないだろうな?」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……?ぐるげぇ?」
何で最後の最後で鋭いんだよッ!!
こんな妙な所で勘を使っちゃうから、大事な所で騙されるんだと思うぞ!!
一斉に沈黙した一同を見たロイは、嘘だろ……?っと呟いた。
だが、その言葉を否定する人はいない。
悲しい事に、それは事実だし。
「あはぁ、ロイ・フィートフィルシア。答え合わせをしましょぉ」
「答え合わせだと?一体何のだ……?」
「貴方の人生ぇ。テロルが何でレジェンダリアに逃げ込んだのか。余がなぜ弱小領地だったフィートフィルシアが育つまで待っていたのか。シフィーがなぜ貴方の事を愛していると言ったのか。そして、関与しないと言ったはずのリリンとユニクルフィンがなぜここに居るのか。その全ての答え合わせをしましょうと言っているのよぉ」
シフィーへ向けるのとはまるで違う、冷酷な女王な笑みを浮かべた大魔王陛下が視線をロイに向けた。
その凍てつくような眼差しに、自我を取り戻したロイが再び硬直。
どうやらこの大魔王陛下には魔王シリーズの恐怖機構が備わっているらしい。滅茶苦茶怖ぇぇ。
「うっ……。ここで引き下がる訳にはいかないんだろうな。僕は敗軍の将だ。話ができるのならばありがたい」
「そう、なら遠慮なく行くわねぇ。ロイ、貴方が親だと思っている人達は肉親ではないわ」
「……やっぱりそうか」
「あら?気が付いていたのぉ?」
「薄々はな。母さんが僕を宿した年齢は14歳という事になる。自分が父になるという現状になって、初めてその異質さに気が付いたよ」
どうやらロイは、自分の親が本当の親ではないと気が付いていたらしい。
複雑な表情でそれを語ったロイは、どこかすっきりしたような雰囲気すら出している。
もし、俺と普通に再会していたら相談したい事だったのかもしれない。
「一度疑ってしまうと、どんどんと疑心暗鬼に刈られてしまってな。だが、どうやって答えに辿りつくのかすら分からない状況だった。知っているんだろう?魔王レジェリクエ」
「知っているわ。そして、再三に渡り貴方が余に不敬を働いて許されているのは、その血筋のおかげよぉ」
「……僕に流れる血筋か。なるほど、確かに覚悟が要りそうだ」
ロイは抱いていたシフィーの肩から手を話すと、自分が座っていた椅子に戻った。
すっかり冷めてしまった紅茶を一気に煽り、ポットに残っていた紅茶にも直接口を付けて飲み込んでいく。
うん、ヤサグレてるのは分かるけどさ……うちの腹ペコ大魔王が真似しそうだからやめてほしい。
「はぁ。ひと思いに告げてくれ。僕は誰の子供なんだ?フランベルジュか?ノウリか?まさかレジェンダリアという事はないだろう?」
「ブルファム国王よぉ」
「……はい?」
「貴方の親は、ルイ=ブルファム13世。仮にも領主であるのならば、この意味が分かるわよねぇ?」
口調こそ間延びしているが、大魔王陛下の雰囲気は真剣そのものだ。
そして、それを真正面から受け止めているロイは……。
「……。ぐるぐるげっげー?」
やっぱり鳴いていた。
どうやら受け止めきれなかったようだ。
って、予想してたんじゃないのかよッ!?!?




