第20話「忘れられた目的」
「……っは!僕は何をしていたんだ。こんな草むらで寝てしまうなんて、騎士失格もいい所だ。しかし、疲れているのか?本当に酷い悪夢を見たな……」
「なぁ、ロイ。夢落ちとして片付けたい気持ちは物凄く分かるんだが、残念なことに、現実だ」
起き上ったロイに後ろから声を掛けると、びくりと肩を震わせて素早く振り向いた。
うわぁ、なんて酷い顔。
あんなにハツラツとしていた顔が曇り、目の下にクマみたいな影が出来ている。
「大丈夫かよ?魔王にでも出会ったような顔してるぞ?」
「あぁ、ユニフ……か。キミがいるという事はさっきのは……」
「間違いなく現実だぞ。だからしっかりしてくれ。これ以上、面倒なのが増えると困る」
「……面倒なの?」
俺は肩を竦めて見せた後、ロイの右側を指し示した。
その方向にいるのは二人の少女。
具体的にいえば、理不尽系雷撃少女とドジっ子系魔導師だ。
ちなみに関係性は、加害者と被害者である。
「シフィー。流石にやりすぎてしまった。謝る」
「いえいえいえいえ!リリン様に謝罪される言われなんて無いんでありませんであります!ううん、ですからワタクシなんかに、頭を下げないでくださいましぃぃぃぃ!」
「ユニフ、なんだあれは?」
「シフィーは目を覚ましてからずっとあの調子でさ。正直困ってる。助けてくれ」
シフィーが目を覚ましてから、大体30分くらい経過した。
だが、一向に治る気配はなく、謝罪を一向に受け入れようとしないシフィーにリリンも困っている様子。
時折こちらを見ては助けを請うような視線を送って来ている。
あの後、首元やベルトを緩めるからと二手に分かれて看病となった訳だが、シフィーの方が目覚めるのが早かった。
ロイを放っておくのも可哀そうなので助けに行くことも出来ず、恨めしそうな視線ばかりが俺に届く。
だが、ロイも目が覚めたことだし、そろそろ助けに行こうと思う。
ロイはぶっ壊れて無いし、二人掛かりなら何とかなるだろ。
「ユニク……助けて。……すごく困る……」
「あぁ、そうだな。取り合えずシフィーを落ち着かそう。ロイ手伝ってくれ!」
「…………。」
「ん?ロイ?」
「……ここここれは!リリン陛下!!ご機嫌麗しゅうございます!この度は無礼なる振る舞い、まっこと痛恨の極みでありますぅぅぅ!」
「うっわ、めんどくせぇ!お前もか、ロイッ!!」
「ユニクぅ……」
まさかのロイもぶっ壊れてやがった。非常にめんどくさい。
感情が振りきれている二人に、今にも泣き出しそうな感じのリリン。
この混沌とした状態を俺一人にどうしろって言うんだよ!?
結局どうする事も出来ず、もういっその事このままでいいんじゃないかと思い始めた時、ついに我慢が出来なくなったリリンが呟いた。
「二人ともいい加減にして欲しい。これ以上困らせるのなら、見慣れるまで主雷撃 を打ち込み続けようと思う!!」
「「はい!すみませんでしたぁぁぁ!!」」
この一言で二人の目に光が戻った。どうやら効果抜群だったらしい。
……だがな、リリン。
なんでその言葉を言いながら俺を指差してるんだ?
あぁ、ちくしょう。リリンの言いたいことが分かってしまう自分が憎い。
抽象的かつ簡単に言うと、リリンは二人が主雷撃に慣れるまで俺を的にして魔法を披露しようとしている。
確かに俺は、リリンの訓練で幾度となく主雷撃 を打ち込まれて慣れている。
もちろん防御魔法の上からだから無傷だが、だからと言って恐怖が薄れるわけもない。
俺としても、そんな恐怖体験の復習を受けさせられるのは御免だ。
その前に、二人が正気に戻ってくれて本当に良かったと思う。
「ロイ、もう大丈夫か?大丈夫だと言ってくれ。頼む」
「……あぁ、僕は大丈夫だ」
「わたたわたしも、もうダメです!」
「シフィーはまだ駄目そうだから、もう少し休ませておこう。だからな?リリン、ジリジリ近づくのは止めてくれ」
「なんか、一周回ってちょっと面白くなってきた。残念」
未だに怯えを隠せていないシフィーに近寄るという遊びを始めたリリンを捕獲しつつ、ロイと作戦会議を行う。
議題はもちろん、この理不尽系雷撃少女についてだ。
「とりあえずさ、ロイ。聞きたいことが有るだろ?」
「有るに決まっているだろう!なんなんだあの魔法は!!あんなの僕の領地の魔導団でも出来ないぞ!」
「リリン、魔法についての説明をご希望だってよ」
ロイは主雷撃の連射を見た事が無いらしい。
平穏で幸せな人生を送ってるんだな。
「承知した。さっき発動したのは主雷撃という魔法。連鎖猪なら、一撃で5匹は倒せる」
「5匹も倒されてたまるかッ!!連鎖猪は一匹でも大人10人掛りで倒すんだぞ!」
「主雷撃ならそれが出来る。そして、一つの魔法を複数回発動させる効果を持つ重奏魔法連 という特殊な魔法で強化もした。この魔法を習得すると、低級の魔法で高ランクの魔法に比肩するような効果を及ぼすことが出来るようになる」
「へぇ、そんな魔法が有るのか……って、騙されないぞ!僕が言いたいのは、何でそんな凄い魔法をキミが使えるのかってことだ!」
「なんでって……。いっぱい練習したから?」
「れん…………。」
あぁ、ロイが苦虫を噛み潰した顔をしている。
だけどな、正直リリンの戦闘力の高さについては、まだまだ序の口。
だって、空を魔法陣が埋め付くしていないし、壊滅竜も召喚していない。
リリンがまだ本気を出していないって教えたらロイがどんな顔になるのか、非常に気になる。
……が、可哀そうなので止めておこう。
「分かった、もう分かった。キミらは本当は僕の身分を知っていて騙そうとしているんだな!?実は草むらに100人くらい隠れているんだろう!!」
唐突にロイが変な事を言い出した。
というか、さっきから『領地』だの『身分』だのと、気になる言葉がちらほら混ざっている。
どうやら隠している事情があるらしいが、今は事態の終息が一番先だな。
「待て待て、ロイ。どうしてそうなる?単純にリリンがおかしいだけだ。だから落ち着け!」
「はぁ、はぁ、ユニフ。僕にも立場ってものが有る。用心深く無くちゃいけないんだ」
「みんな好き放題言ってくれる。……ならば私の持つ最高の魔法で無実を証明してみせよう。《四重奏魔法連・第九守護天使!》」
あれ……?
リリンが真っ黒い顔で頬笑んでいる?
つーか、なんでこのタイミングで全員に守護魔法を掛けた?
……って、まさか!!
「ちょっと待て、リリン!何するつもりだッ!?」
「私たちを中心に半径1キロほどを焼け野原にする。そうすれば、私が魔法を一人で発動していたことが証明されるはず!」
「「なんだってぇッ!?」」
リリンのトンデモナイ提案に、俺とロイが綺麗に突っ込みを重ねた。
まさか……。と戸惑ったロイは先ほどの光景を思い出したのか、再び青い顔になって精一杯の謝罪の言葉をリリンに献上。
リリンはリリンで拗ねてしまったようで、ツーンとそっぽを向いている。
やべぇ、収拾が付かない!!
「……あのう」
「うおっ、ビックリした!急にどうしたんだシフィー」
「さっきの……リリンちゃんが使った魔法って、もしかして第九守護天使 ですか?」
「そう。興味ある?」
「あります!すっごく興味ありますよ!!」
唐突に会話の中に入ってきたシフィーは、どうやらリリンが使った魔法に興味があるらしい。
先程までの恐怖なんて無かったかのように平然とし、颯爽と荷物からノートを取り出した。
魔法が気になるってのは分かるが、いくらなんでも変わり身が早過ぎないか?
ロイなんて、現在進行形でリリンを崇拝してるぞ。
「とりあえず、シフィー。もう大丈夫か?」
「大丈夫に決まってます。だって、第九守護天使 ですよ!?全魔導師、いえ、全冒険者の憧れの魔法が目の前で発動されたんですよ!!正気を失っている場合じゃありませんから!」
「「全冒険者の憧れ……?」」
リリンが使ったのは第九守護天使、ランク7の魔法であり、ランク5の主雷撃とは比べ物にならない難易度だと言っていた。
だが、全冒険者の憧れって言われてもピンとこない。
俺とロイが首をかしげる中、シフィーは興奮を抑えきれずにリリンに詰め寄った。
いきなりの状況の変化に、今度はリリンが身を引き後ずさっている。
どうやら、攻守が完全に逆転してしまったらしい。
「そうですよ!憧れです。だってこの魔法があれば、どんな危険生物も全くの無傷で狩り尽くす事が出来ますから!」
「なんだと!?じゃあその魔法が有れば、僕でも連鎖猪を狩れるというのか!?」
なるほど、そういう事か。
確かに第九守護天使を纏っている時は、どんな攻撃を受けても一切ダメージを負わない。
ドラゴンに噛みつかれようが殴られようが、炎を吐かれたって全くの無傷になる。
当然、そんな状態ならば、狙った獲物を倒す事は難しくない。
タヌキだって、たぶん倒せる。
「もちろん狩れる。第九守護天使 は防御魔法の最高クラス、基本的にはいかなる攻撃も無効化する。したがって、連鎖猪 など、ただの木偶の坊と変わらない」
あっさりとしたリリンの肯定の言葉に、再び目を見開いたロイはゴクリと唾を飲んで姿勢を正した。
そして、シフィーは全く物怖じしていない態度でリリンに声を掛ける。
「リリンちゃん、難しいとは思いますが、私に第九守護天使を教えて頂けませんか?ほんと、基礎だけでもいいので」
「良い。防御魔法ほど得て困らない物はない。進んで習得するべき」
「やった!ありがとう、リリンちゃん!!」
「リリンちゃん、出来るなら僕にもご教示願いたいのだが、いいかな?」
ついでにロイもこの提案に参戦。
三人でワイワイと盛り上がっている。
確かに防御魔法は大事な事だと思うが……、こいつら、完全に冒険者試験を放り出しているよな?
「なぁ、盛り上がっている所悪いんだが、今は冒険者試験の任務中だって忘れてないか?」
「あ。」
「あ!」
「うん。忘れてた」
完全に忘れていた三人の声に、俺は深々とした溜息で答えた。