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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第9章「想望の運命掌握」

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第100話「魔王軍、降臨⑨魔王・無尽灰塵VS英雄の血筋」

 

「いけぇえええ!《封馬王の東風(アイオロス・エウロス)》!」



 突然のランク9の魔法。それは、リリンサを以てしても予想外だった。

 実力を確かめる為にワザと大振りな動きをしていたものの、ランク9の魔法を発動させられるほどの隙を作った覚えはないからだ。


 5年前に出会った、名実ともに新人冒険者だったエメリーフ。

 僅かな時間でランク5の魔法を覚えて見せた彼女の成長を垣間見たリリンサは僅に微笑み、その努力に報いるべく本気を出す事にした。

 今まで使用を控えていた、魔王の心臓核。

 胸を彩る宝珠が血を溢した様に赤く光り出し、蓄えられていた魔力がリリンサの体内に循環し始める。



「私も本気だす。さぁ、何処からでも掛かってきて?」

「調子に!乗るなぁ!!」



 師匠たるナキが持つ気性の荒さまでもしっかりと受け継いでしまったエメリーフは、リリンサの軽い挑発に声を荒げた。


 どちらかと言えば物静かな印象を受けさせるエメリーフが犬歯を剥き出しにし、青い宝玉が付いた魔導杖を振りかざす。

 そして、それに呼応した封馬王の東風が秘められた結果を凝結させる。

 一面に広がる薄青。

 リリンサによって破壊された千年氷居の残骸が再凍結し、一つに繋がっている。

 エメリーフが放った封馬王の東風(アイオロス・エウロス)の大寒波によって、リリンサを取り囲む周囲一帯が氷の世界と化したのだ。



「ん……第九守護天使にあんまり衝撃が来なかった。これは、対象を凍らせるだけの魔法じゃないね」



 そして、当然のように無傷だったリリンサが疑問の声を上げた。


 魔王の心臓核によって、蓄えられていた魔力だけではなく、周囲一帯の魔力の流れも同様にリリンサの体内を循環している。

 それにより、詠唱時の僅かな魔力の揺らぎすら感知し、魔法が効果を発動する前に威力規模を把握する事が出来る。


 まるで未来予知のように魔法の効果を言い当てられたエメリーフは僅かに動揺した。

 だが、それを隠すように強引に魔力を高めて、その真価を発揮させる。



「今更、バレた所でッ!!溶けてなくなれぇえええ!!」

「なるほど。これは凍らせる事自体が目的じゃなく、溶かす事によってダメージを与える魔法」



 リリンサが考察を終えると同時に、薄紅色の熱波がエメリーフから解き放たれた。


 それはまるで、氷を火炙りにしたかの様な呆気ない終焉。

 リリンサを取り囲む氷の世界、その末端が湯気となって風の中へと還ってゆく。

 その内部に取り込んでいた物も全て、草木も大地も、その一切が湯気と化して立ち上って消えていくのだ。


 そして……その湯気がリリンサの姿を覆い尽くし、周囲一帯にモウモウとした霧を発生させた。



「はぁ、はぁ……やった、勝っ――」

「やってないよ。けど、努力賞をあげてもいい!」



 ぎょろりっと湯気から抜け出してきた魔王の脊椎尾が、立ち上る湯気を掻き乱して霧散させた。

 その先端には、轟々と輝きを放つ光の剣が出現していて。

 それを見た一団は、先程までの戦闘が魔王にとっては児戯に過ぎなかったのだと、この時に初めて理解した。



「どげなことなの……。私の魔法はちゃんと発動したのに無傷なんて……」

「そう、あなたの魔法によって解かされるとダメージを受ける。なら、先に溶かしきってしまえばいい」


「魔法の効果に割り込んだというのッ!?」

「もちろん、こちらもランク9の魔法を使っている。私は、魔王の脊椎尾の先端に光の剣『栄光を生み出す剣キング・エクス・カリバー』を出現させ、迫りくる熱波よりも速く氷を蒸発させた。導火線の役割を果たす氷が無いのなら、魔法の効果は私に届かない」



 平均的な不遜顔のリリンサは、己の力を示威するがごとく魔王の脊椎尾を振り回して見せた。

 そして、光の剣に触れた物質は抵抗を許されずに蒸発。

 エメリーフの魔法との格の違いを見せつけた。



「シルストーク、エメリーフ、ブルート、ナキ。見事な連携だった。あれだけの事が出来るのなら、レジェンダリアの軍団将と良い勝負ができると思う」

「それは……褒められてる気がしないわね。軍団将は貴方の部下でしょうに」



 リリンサの純粋な称賛に答えたのはナキだ。

 もともとツンデレをこじらせている彼女だが、戦闘中にキャラづくりをするほど愚かではない。

 だからこそ、恐るべき魔王が放った言葉は『お前たちなど、私の部下一人と同じ程度の強さしか無い』として伝わった。



「違う。普通に称賛している」

「それが上から目線だって言ってんのよ。私達の全ての攻撃を見切って、さぞご満悦なんでしょうね」


「……私の注意を逸らそうとしても無駄。一人居ない事には気が付いている」

「ち!どこまでも!!ソクトッ!!」



 ナキ達の連携はまだ終わっていない。

 全ては布石。

 轟く韋駄天、そのリーダーたるソクトの攻撃へ繋げる事こそが、この連携の目的だったのだ。



「まったく、グダグダもいい所だ。本当は封馬王の東風のすぐ後が私の番になるんだぞ」

「そうなんだ?じゃあ何で出て来なかったの?」


「全ての連携が予定の半分以下の時間で攻略されてしまってはな。私の居場所もバレている様だし、真っ当に戦うとしよう」



 パキリ。と空間を軋ませて出て来たソクトは、純白の鎧を纏っていた。

 絵本から抜け出て来た英雄じみた姿に、思わずリリンサも平均的に目を丸くする。

 そして、「あ、それカッコイイ。ユニクに似合いそう」などと戦闘に関係ない事を考えている。



「この鎧は特殊な魔法陣が備わっている宝具でね。召喚してからの短時間しか効果を発揮できない代わりに、凄まじい肉体性能を得ることが出来る」

「ん、着替えるのに手間取ったから遅刻したってこと?段取りが悪いと思う!」


「流石は魔王だな。物言いに悪意が満ちている!」



 頭以外を全て覆っている全身フルプレートメイルでありながら、尋常じゃない速さでソクトが走り出した。

 草原で相対する魔王と英雄の子孫。

 そんな物語じみた光景は、暫くした後、民衆の間で語り継がれていく事になる。



「《奔れ、エルヴス!》」



 ソクトが剣を振り抜くと、遠心力に沿って刀身が伸びた。

 内蔵されたラチス機構の留め具が外れ、蛇骨剣が持つ本来の姿となったのだ。


 意思を持つ大蛇が雷鳴を纏い、無防備に立っている魔王へと走る。

 だが、魔王もまた、暗黒を纏う大蛇を従えていた。


 空中で激しくぶつかり合う魔王の脊椎尾と極雷剣エルヴス。

 ギャリギャリと耳障りな音の発生源はエルヴスが纏っている雷か、それともエルヴス自身なのか。

 逸話とならんその戦いの結果は、すぐに現れた。



「貰った」

「なっ!」



 膠着状態を打開するべく大きく振るったエルヴスが魔王の脊椎尾に触れた瞬間、その外装が乱回転した。

 そして、鋭く尖っていた刀身は回転した外装に絡め取られて、断裂。

 あっけなくバラバラにされた後は遠心力に従い、周囲に撒き散らされていく。



「戦闘スキルは十分。これなら若魚を名乗っても良いと思う!」

「魚からは抜け出せないんだな」


「私達ほどの技量になると、持っている武器の性能差が勝敗に直結してしまう。あなた達の主人に言って、もう少し良い装備を用意して貰った方が良い」



 リリンサは極雷剣・エルヴスの性能を把握しており、それ以上の魔剣をワルトナが所持している事を知っている。

 鎧や指輪、法衣などは与えているのに、肝心の武器が古いまま。

 そこが気になったリリンサは、これからのソクト達のことを考慮し、わざわざエルヴスを破壊したのだ。



「まったく、その助言も痛み入るね。この剣に執着したのは私のこだわりなんだから」

「……?新しいのが貰えるのに断った?なぜ?」


「恩人から貰ったものであるからね。大切にしたかったんだ」

「……。あ……」


「だからこそ、改造して貰うだけに留めているッ!!《開闢せよ、魔法陣ッ!!》」

「えっ!?」



 急転直下の事態に、リリンサが思わず声を上げた。

 魔王の心臓核により、周囲の魔力の流れは完全に把握している。

 だからこそ、散らばったエルヴスの破片に残っていた魔力が小さくなっていくのを確認し、ソクトから攻撃手段を奪ったと思っていたのだ。


 魔王の心臓核が捉えている魔力の流れに異常はない、そう、まるで偽られているかのように――。

 そこまで思考を回したリリンサが視線を破片に向けると、そこでは脂汗を滲ませたモンゼが魔法陣を描いていた。



「拙僧を忘れて貰っては困りますな。魔王よぉぉ……」



 そしてモンゼは力尽きた。

 それと同時に偽られていた認識錯誤が崩壊し、エルヴスの真の姿が露わとなる。


 エルヴスは破壊されたのではない。

 ワザと分解し、その刀身を地面に突き刺さしていたのだ。


 線対象に配置された刃に迸る雷光が繋がり描くのは、リリンサを真の意味で驚愕せしめる魔法陣。

 アプリコットに教わった魔法十典範、その一つがそこに描かれていた。



「ん!?それは……!」

「お前が魔王だというのなら、封印されるのが運命だろうッ!《原罪主審聖界オファニム・オリジンッ!!》」



 数十個に分かれて地面に突き刺さっているエルヴスの断片、その刀身全てに緻密な魔法陣が浮かび上がった。

 いくつもの魔法陣が集まって出来た巨大な魔導規律陣。

 そこから漏れ出る魔力の大きさは、決してこんな小競り合いで使用されるべきものではない。


 放たれる魔法が魔法十典範から派生したものだと見抜いたリリンサは一切の躊躇なく魔力を高め――、エルヴスから放出された光に飲み込まれた。



「……やったか?」

「あんたの封印術は超一流よ。ワルトナが褒めてたじゃない」



 焼け焦げた地面に浮かぶ模様が僅かに発光し、その中心に出現したクリスタルを輝かせている。

 その中には魔王の脊椎尾で全身を覆って繭の様になったリリンサの姿が薄らと見え、ソクト達に安堵の為息を吐かせた。


 ワルトナがソクト達を育てていた理由、それはこの『原罪主審聖界オファニム・オリジン』の適性がソクトにあったからだ。

 数百年前の英雄『ワルダー・コントラースト』。

 ホーライ伝説で描かれているワルダーは戦闘力が高く無く、戦いから逃げ回る描写が記憶に残るだけの英雄だ。


 だが、真実は違う。

 ワルダーが戦いから逃げ続ける事が出来たのは、逃げた後で、発生した戦いの原因を取り除く術を持っているからだ。


 鬼才なる英雄ワルダー・コントラースト、その得意魔法は『封印』。

 属している星魔法においても稀有な魔法の適性を、子孫であるソクトは受け継いでいる。



「兄ちゃん、あのぶにょんぶにょんも封印したの?」

「したぞ。知ってるか、シル。あのぶにょんぶにょんは一定以上のダメージを与えると再生するんだ」


「……マジで?」

「大マジだ。シル達が相手にしていた個体も相当ダメージが深かったから、近いうちに再生を始めたはずだ。ちなみに、再生する事に気が付いたナキは錯乱してなー」



 この戦場の最大の脅威を一時的に封印出来た事で、ソクト達にも僅かに余裕が戻ってきた。

 いつもの冗談を言えるくらいには気力が戻り、やれやれ……と再び拳に力を込めながら周囲を取り囲んでいる魔王の眷族へと視線を向ける。



「私の結界術は不完全だとワルトナ君が言っていた。おそらく、永遠には魔王を拘束できないだろう」

「それでもすごい」


「澪騎士様に万全の状態で戦って貰う為にも、出来るだけ数を減らし……えっ?」

「……もう、稚魚だなんて言わない。私の切り札『原初守護聖界(セラフィムオリジン)』を使わせられたから」



 ビギビギビギ。っとひび割れたクリスタルから、鈴の様な声が響いた。

 そして、ソクト達が「そんな……」と声を発する間もなく、砕け散ったクリスタルから魔王が再臨する。



「本当に。本当にすごく成長したと思う。まさかワルラーヴァー以外に原初守護聖界を使わされるとは思っていなかった」

「馬鹿な……。私の結界術は特別だと、あのワルトナ君ですら手放しで喜んだ物だぞ……?」


「ん?ワルトナは魔法十典範を知っていたって事?むぅ、後でちゃんと聞いておこう」



 絶対に口にするなと言われていた本名を口走ってしまったソクトは、三重の意味で戦慄している。

 魔法を破られた事は勿論、ワルトナの名前を出してしまった事、そして、目の前の魔王がワルトナと連絡を取れる関係にある事を知ったからだ。



「ともかく、あなた達は危険だと判断した。私の邪魔が出来る実力があるのなら、放っておく訳にはいかない」

「ははは、待ってくれ魔王。降参する!」


「だめ。徹底的に念入りに確実に転がす」



 ソクトとて、提案が受け入れられると思っていない。

 攻撃の要の自分の武器は破壊され、守備の要のモンゼも壊れている。

 すでに敗北は揺るぎなく、魔王が得るメリットが見当たらないからだ。


 だが、あと少しのはずなのだ。

 あと少しだけ時間を稼げれば、澪騎士が助けに来てくれるはずだと、起死回生の一手を諦める事が出来なかっただけ。

 ソクトは天に祈りを捧げながら、せめて痛くありませんようにと、魔王に無謀な特攻をしかけた。



「じゃ、転がされる前に魔王を倒――ぐぁぁ!」



 ガァン!っという、魔王の脊椎尾による無慈悲な薙ぎ払いがソクトを襲った。

 僅かにでも時間を稼いで、仲間が脱出できるチャンスを作る。

 そんな決死の賭けなど、刃向かってきた悪党どもを根こそぎ壊滅させてきたリリンサにはお見通しだ。



「あなた達の連携は見事だったし、せっかくだから、私が考えた回避不可能な嵌め技を見せてあげよう。後学の為に覚えておくと良い」

「逃げろ、可能な限りバラけるんだッ!」



 ソクトが吹き飛ばされた先は、仲間が密集している場所だった。

 ナキが決死の思いで受け止めたソクトは強引に体を引き剥がし、過ぐに離れて魔王に向かおうとする。


 死に急ぐ者。

 生を押しつけられた者。


 そのどちらも、魔王は逃がすつもりが無い。



「《魔王の惨罰デモン・ヴァニシメント冠からの宣告(センタンス)》」



 リリンサから放たれた重圧が、実体のある物質となってソクト達を拘束した。

 魔王の首冠に備わった『負荷』の機能。

 それを用いて、ソクト達の素肌に触れている空気の抵抗値を水と同等の数値にまで引き上げたのだ。


 まるで水中に沈められたかのような動きづらさに、ソクト達は一斉にバランスを崩した。

 体を支えてくれるほどの抵抗値ではないからこそ、ゆっくりとした動きで地面へと落ちてゆく。



「《魔王の惨罰デモン・ヴァニシメント撥ねる心臓(パルパティション)》」



 負荷を与えられた空気を介して、魔王の心臓核がソクト達に魔力を流し込んだ。

 それを以てして、装備している全ての魔道具が魔王の心臓核の支配下となり無効化。

 纏っている防御魔法やバッファも同上、あらゆる魔法的手段が封印され、ソクト達は魔王の攻撃に抗う術を失った。



「《魔王の惨罰デモン・ヴァニシメント振るわれた右腕(パーミッション)》」



 魔王が無造作に右腕を振るうと、その爪先が切り離されて虚空を穿つ。

 それぞれバランスを崩していた冒険者の背後に突き立てられたのは、まるで罪人を吊るす磔台。

 何故そんな物が?と思う間すらなく、次の瞬間には全員が張りつけられていた。



「《魔王の惨罰デモン・ヴァニシメント震える左腕(フィアール)》」



 無慈悲な魔王が左手を翳すと、磔にされた者達が列挙された。

 一直線に並べられた処刑者達の胸に咲く魔法陣が示しているのは、人間の急所。魂を宿す器官ーー『心臓』。



「《魔王の惨罰デモン・ヴァニシメント脊椎を絶つ刃(エクスキューション)》」



 リリンサが振り上げた手に呼応するように、魔王の脊椎尾の先端に真紅の刃が出現した。

 滑らかな傾斜が付いているその刃は、人体の厚みの二倍を超える長さの……処刑刃。



「何か言い残す事はある?」



 その魔王の問いかけに答えた時、自分達の命は消えてなくなるだろう。

 認識が甘かった。

 魔王が人を殺さないようにしているのは、人間がアリを見逃すようなものであり、噛みついてしまえば踏み潰されるなど当たり前の事だったと今更に気が付いた。


 それでもソクトは……。



「魔王、キミが故意に生き残らせている冒険者達、その命の保証をしてくれないか?」



 英雄の子孫ソクトの最期の願い。

 それは、死の縁に立たされている同胞たちの存命だった。



「……。ここまで追い詰められて言う事がそれなんだ。英雄の子孫は伊達じゃないね」



 そう言って、魔王は笑った。

 仮面によって素顔は見えていないが、それでも満面の頬笑みを溢しているのだとソクトは思った。


 どうやら、最後に一矢報いる事が出来たようだな。

 ……すまない、みんな。


 魔王が浮かべている笑みの真意、それはソクトには分からなかった。

 だが、振り翳されている魔王の脊椎尾が降りていない以上、自分達の運命は明らかだ。



「ん、後で仲直りしようね」



 ボソリと呟かれた声が届く前に、真紅の刃を携えた魔王の脊椎尾がソクト達の心臓を横凪ぎに穿った。

 異物が体の中を通り抜ける激しい衝撃に「死とはこういうものなのか」とソクトの好奇心が僅かに揺らめく。


 ソクト達を拘束している魔王の右腕には、肉体状態の保持が命令されていた。

 魔王の脊椎尾にも、肉体に致命傷を与えるなと命令してある。

 だからこそ、心臓を穿たれたのにもかかわらず、ソクト達の肉体は無事だった。



「がっ、がはがは。馬鹿な……」



 磔にされ動けず、魔力の一切を封じられ、所持していた武器はことごとく破壊された。

 そんな状態で行われた処刑で意識を保っていられたのは、ソクトとシルストークだけ。

 虚ろな目でぐったりしている仲間を横目で確認し、ソクトは欺瞞の目を魔王に向ける。



「まさか……、生かされている冒険者の枠組みに私達も入っているのか……?」

「そんなの当たり前。私もレジェも、人の死など望んでいない」


「なんだそれは……?侵略をしかけて来たのはそちら側だろう」



 ここまで言ったソクトは、最初にリリンサが行った演説を思い出した。


『よくも私の大切なものを奪ったな。よくもセフィナを傷つけたな』


 この慟哭こそ、戦争の真実なのだとしたら……?



「待ってくれ、もしや、キミは……?」

「……あ。」


「なんだその微妙な声は?」

「……ん、とりあえず、一旦ぶにょんぶにょんの餌食になって貰おうと思う」


「えっ、なんで!?」



 リリンサは気が付いてしまった。

 ソクト達の肉体は無事。

 だが、全員の服には穴があき、それぞれの胸部が露出してしまっている事に。



 ソクトやシルストークは男だから良いとしても、ナキやエメリーフは可哀そう。

 この場面をレジェの兵士に見られる前に隠さないと。



 自分が行った暴虐に罪悪感を覚えたリリンサは目を逸らし、ぶにょんぶにょんを呼び寄せた。



「ぶにょんぶにょんドドゲシャー!」

「えっ、ちょ、待ってくれ!!助けてくれるんじゃなかったのか!?」


「…………。」

「無視だと!?ま、魔王!ちょ流石にこれはない……、ま、待ってくれ……。魔王めぇぇぇぇぇ!!」



 無言でその場を立ち去るリリンサの横を、迫りくる14体のぶにょんぶにょんドドゲシャーが走り抜けた。

 その万にも届くかという触手が織りなす絶望を見て、かろうじて意識を保っていたシルストークが気絶。

 魔王の右腕に拘束され、防御どころか身動き一つ取れない。

 まさに魔王へ捧げられる生け贄状態なソクトは、乙女のような叫び声を上げ――。



「ひ!ひぃぃやぁぁあ!!」

「口を閉じてろ。舌を噛むぞ?」



 目の前に迫っていた触手の群れが、粉微塵に切り刻まれてゆく。

 ソクトの前方180度から迫りくる全ての触手が成す術なく切り飛ばされ、やがては30mもある巨大な本体までも一刀両断に伏された。


 バラバラと落ちてゆく触手。

 いや、落ちたのは触手だけではない。

 磔にされていたソクト達も、気が付いた時には地面の上に落ちていた。



「だいぶこっ酷くやられてたな。大丈夫か?」

「大丈夫ではないが……キミは?」



 助け出されたのだと理解する前に、ソクトは疑問の声を上げた。

 それくらい信じがたい光景だったのだ。

 自分達がチームで戦っても攻略に手間取る化物、それを同時に3体も処理してしまったなど、到底信じられる訳が無い。



「俺の名前はユニクルフィン。通りすがりの英雄見習いだ!」

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