第19話「リリンの悪行」
「確かに私は、鈴令の魔導師を名乗っている。けど、それがどうかした?」
「い、いえ、何でもありません!リリン様!」
「…………。リリン様?」
明らかに何かある態度だとバレバレなシフィーが、突然リリンを見て顔を強張らせた。
じっとりとした目付きに変わったリリンが手を差し出せば「ひぃ!」と言って身を引き、スッと近づけば「ごめんなさぁい!」って逃げ出す始末。
仲良くして欲しいと言ったばかりでのこの変化に、流石のリリンも固まっている。
「おいおい、どうしたんだ?シフィー」
「あはは……」
最終的にロイの後ろに逃げ込んだシフィーは、どう見てもリリンに怯えまくっている。
だが、この状況をロイは好ましく思っていないらしい。
すぐにシフィーを捕まえて「どうした?仲良くしようと言ったばかりじゃないか」と事情を聞いている。
「い、いえ、なんでもないんです。本当に!」
「そんな態度でなんでもないは無いだろう?話せないのか?」
「いや、その……」
シフィーは未だにオドオドとしているだけで、ぜんぜん話が進まない。
いや、まぁ、気持ちは分かる。
鈴令の魔導師って言葉に反応したって事は、少なくともリリンの実力を知っている訳で、どんなトラウマが有っても不思議じゃない。
だが、過去に何が有ったにせよ、なんだかんだで優しいリリンの事だ。きっと誤解だろう。
……おそらく、たぶん、きっと、そうであって欲しい。
「なぁリリン。何か心当たりが有るか?」
「私は、鈴令の魔導師”では”悪さをしていない。何か勘違いが有るんだと思う」
なんか凄く含みのある言い方だったぞ?
まるでそれじゃあ、鈴令の魔導師以外では悪さをしているみたいじゃないか。
チラチラと思考の中に『無尽灰塵』とか、『心無き魔人達の統括者』とかが浮かび上がっているが完全に無視し、リリンの声に耳を傾ける。
「シフィー。私が何かをしたのなら謝る。だから理由を話して欲しい」
「あ、い、いえ!リリン様は悪くないんです!どっちかっていうと悪いのは、おじいちゃ…お師匠様なんです」
「ん、その話聞いてもいい?」
「え、あ、はい。実は私のお師匠様は1年前まで旅をしていまして、その時に鈴令の魔導師を名乗った少女達に助けられたらしいんです。その時にあまりの体験をした、お師匠様の話が凄すぎて……」
「もしかして、青い髪で背丈の高い壮年の魔法使い?」
「あ、そうです!じゃあやっぱり……」
「うん。私達で間違いない」
リリンは間違いなく自分だと言い切った。
その表情はいつもの平均的な顔立ちのままだ。
だが、俺には何となく分かる。この表情は失敗した!ていう顔付きだな。
ほんの少し目が泳いでいる気がする。
「なぁ、聞いている限り、俺には人助けをしたっていう美談にしか聞こえないんだが?」
「え、ええ。そうなんですけどね。お師匠が言うんですよ。その時は大体20体のランク3の魔獣達に囲まれていたって」
「ハァッ!?20体のランク3の魔獣!?そんなもの騎士団総出で出陣するレベルだ、意味が分からないぞ!」
ここで、ロイが割って入って来た。
どうやらロイにもリリンのヤバさが伝わったみたいだ。
それにしてもランク3の魔獣って事は、レベルが最低でも30000って事だよな?
勝てる気がしねぇぞ、そんな大軍勢。
「ロイくん。私だって信じられませんよ。でも、証拠が有るんです。私の家にはそのランク3の『連鎖猪』の角がいっぱい有って、お金に困るとその角を売って資金に変えているんです」
「なんだって……?よりにも寄って連鎖猪だと?リリンちゃん、本当なのか?」
「本当。正確な連鎖猪の数は27体。不安定機構の任務として私に名指しで申し込まれた依頼中の出来ごと。まぁ、本当の目標は違う生物だったんだけど、見かけたのでついで狩った」
「まさか、ははは、あり得ないだろ……?僕の騎士領の特級害獣の連鎖猪 を、どうやって?」
「どうって、こうやって?」
え!?ちょ、待ってくれリリン!!
狭い林道で何をするつもりだッ!!
唐突にリリンは星丈―ルナを空に翳し、先端の宝珠を輝かせた。
そして、俺の心の叫びは間に合わず、理不尽すぎる魔法が解き放たれる。
「《二十重奏魔法連・ 主雷撃!》」
両腕を空に向けて唱えられたリリンの魔法は、圧巻の一言だった。
リリンの手の先、5mほどの場所に出現した20の魔法陣。
キュアァァァァと唸りながら空に陣取ったそれらはまるで、城に備え付けられた固定砲台を彷彿とさせる。
そんな圧倒的な力が、場の空気を支配した。
チラリとシフィーに目をやると、目に涙を貯めて崩れ落ちていた。まさに涙目である。
なにが起こっているのか正確に理解しているからこそ、この後の惨劇が分かってしまうのだろうな。
ちなみに、俺と同じく良く分かっていない側のロイは、身を寄せているシフィーを守ろうと剣を抜き臨戦態勢だ。非常にカッコイイ。
だけど、雷にそんな尖った金属を向けないで欲しい。
「では射出する。《二、四、六、八、十、穿て!》」
リリンが目標に定めたのは、前方に合った大岩。
それ目掛けて発射された主雷撃は、空気を焼き斬りながら突き進み――、着弾。
結果はもちろん、決まっている。
爆散。つまり、木端微塵だ。
まぁ、俺自身は別に驚く事は無い。
この魔法はリリンが訓練で俺を攻め立てるのに使用し、その度に黒土竜達が全力で防御魔法を張るという珍現象の原因になった魔法だからだ。
そして、その威力は魔法に詳しくないロイにも十分に伝わったらしく……、おい、目玉が飛び出しそうになっているぞ、ロイ。
「んな、岩が!?って、こっちに飛んで来るぞ!!シフィー!ユニフ!気をつけろッ!!」
「その必要などない。《残り全部、穿て!》」
そして、俺達の前で、残っていた15発の主雷撃による光のカーテンが披露された。
凄まじい爆音など耳に入らないような絢爛な光景は、見慣れている俺ですら息を飲んでしまうほどの恐怖を体現し、彼ら、ロイとシフィーを圧倒してゆく。
四散する岩の破片を全て縫い合わせるようにして雷光が走り、瞬く間に消滅。
時間にして数秒。
雷光が走り去った後に残ったのは、焼けてまばらになってしまった草むらと、空中に漂う熱気だけだ。
「うぉー、凄かったな。吃驚しただろ?ロイ、シフィー」
「「…………。」」
「ん、どうした?ロイ?シフィー?……あ。」
「「…………。」」
二人とも抱き合う姿で地面にへたり込んで、返事が無い。
指で突いてみたが、何にも反応が返って来ない。
うん、二人とも白目を剥いちゃってるぜ!
「二人とも気絶してるな。リリン、どうする?」
「……ちょっとやりすぎ?とりあえず休ませよう」
恐怖に怯え切った表情で気絶している二人を地面に寝かせ、額を冷やす。
そうだよな、これが普通の反応のはずだ。
そういえば俺も、初めてリリンの魔法を見たときは茫然実質になったなぁなんて思い出しながら、暫くの間リリンと雑談を話し込んで時間を潰した。
「……確かに、シフィーはあの壮年の魔導師の孫なのかもしれない」
「なんでだ?」
「魔法を見た反応がソックリで、まるでモノマネのよう」
「……そっか」
俺はシフィーの祖父に心底同情した。
きっと壮年というくらいだから、それなりに熟練した魔導師だったに違いない。
そして、その魔導師は絶体絶命のピンチの時に、いきなりこの光景を見せつけられたわけだ。
場合によっては、そのままショック死という事も十分にありそう。
「祖父・孫で同じ反応か。血は逆らえないって奴か」
「レベルが低いシフィーはともかく、ガルファレスの方はランク4だった。ちょっと不甲斐ないと思う!」
へぇ、ランク4か。
一応リリン並みではあるんだな……って、そんな強い人が気絶するって、どんな状況だよ!?
そんな経験をすれば、そりゃあ、孫に言って聞かせるよな。
俺だったらこう言うね。
『鈴令の魔導師に出会ってしまったら、何よりも先に、逃げ出しなさい』