第95話「魔王軍、降臨④魔王の軍勢」
「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」
空を埋め尽くさんとする軽快な鳴き声が、死屍累々となりかけている地上に響いた。
それはまさに……天より舞い降りし絶望の使者。
息絶えそうな冒険者を確実に地獄へと導く――冥王の使い魔だ。
「なんという事だ……。ゲロ鳥とは冥王竜の幼体だったのか……。」
レベルが6万を超えている正真正銘の強者『ハイルライト』は、天高く舞うゲロ鳥の群れを活目している。
リリンサが放った12万5000の暴虐を受けた冒険者達は、文字通りの意味で瀕死の重傷を負った。
死んでしまった者こそ居ないが、裏を返せば『死んでなければ、なんでもいい』というような状態。
継戦能力が無いどころか、懸命な救助活動が必要になるレベルだったのだ。
そんな状態だからこそ、ハイルライトは魔王シリーズの恐怖に打ち勝ち、逃げ出さずにこの場に残る事が出来た。
そして、冥王竜が動き出す前に一人でも多くの仲間を助け出そうと奔走していたのだ。
「ハイルライト様!我々はどうすればいいのでしょうか!?ハイルライト様!」
「「「ハイルライト様!?」」」
わらわらと集まってきた部下達の視線を受けながら、ハイルライトは考える。
気を失っていた部下達の大半が意識を取り戻しつつある現在、ハイルライトが真っ当な指示を出せば鏡銀騎士団は復活するのだ。
――落ち着け。まずは状況の整理だ。
訓練中に冥王竜が出現。後手に回っている内にレジェンダリアの魔王から一撃を貰ってしまった。
……一撃どころの騒ぎじゃなかったが、そこは置いておく。
そして立て直しを図っている最中に、魔王からニ撃目を貰ってしまった。
……こちらもニ撃というレベルじゃなかったが、そこも置いておく。
で、冥王竜が出産した。
流石にこれは置いておけない。というかこれは……。
「ハイルライト様!ゲロ鳥降ってます!ゲロ鳥!」
「ふざけた事をしてくれるものだ。レジェンダリアの魔王め」
「マジでふざけてると、心の底から本気で思います!」
「だが、これで少しだけ理性が戻った。総員整列!静聴ッ!!」
こんな状況で静聴できるかッ!!……などという暴言を吐く者は、ハイルライトの部下にはいない。
たとえ心の底から思っていようとも、鏡銀騎士団と名乗っている以上、上位者の命令に従う事が義務だと思っているからだ。
なお、ハイルライトが率いている集団は鏡銀騎士団の8番大隊。
ここにいる者たちが鏡銀騎士団の本隊である『殺・鏡銀騎士団』に在籍出来ないのは、こんな状況ですら体裁を重要視する貴族集団だからである。
「この状況は、魔王レジェリクエが我々を使って示威行為をしようとした結果に引き起こされたものだ」
「示威!?目撃者が生き残ってくれる気がしません!!」
「そこはほら、ビデオでも撮ってるんだろう?……で、冥王竜を見た民衆はレジェリクエの事をどう評価するだろうか?」
「絶望して不貞寝します!」
「不貞寝はしないと思うが……。要するに、民衆は『冥王竜になら負けても仕方がない』と思う訳だ」
有力な貴族に生まれたハイルライトは、民衆を導く帝王学に詳しい。
人は強大な力を前にすると、妥協や憐れみといった感情が浮き彫りになる。
もし仮に冥王竜が攻撃を行い、鏡銀騎士団が全滅したとしても『鏡銀騎士団は被害者だ』となるのだ。
「冥王竜、もしくは魔王に負けたとしても、我々は許されるだろう。……だが、ゲロ鳥に負けたとなればどうだろう?」
「鏡銀騎士団はゲロ以下チキン野郎だった!使えねぇッ!!と馬鹿にされると思います!!」
「キミはちょいちょい口が悪いな。だがその通りだ。我ら鏡銀騎士団はゲロ鳥以下のチキン野郎として大陸中から馬鹿にされる事になる」
ハイルライトが辿りついた考察は、決して間違っているものではない。
事実、レジェリクエは自分のシンボルたるゲロ鳥を戦場に立たせる事で、『お前達は家畜と争うくらいで丁度いいわぁ』というメッセージを込めている。
それに気が付いたハイルライトの身体には熱が籠っていき、だんだん口調も荒々しく変わって行った。
「冥王竜に殺されたのなら、残された家族の慰めくらいにはなるだろう!!だが、ゲロ鳥に殺されたらどうなる!?一生の……いや、一族の恥だッ!!」
「そうだ!だからこそ俺達は立ち向かわなくちゃならねぇ!」
「なんとしてでも生き残れと私は言った!だが、それは訂正するッ!!我らの命が燃え尽きる前に、なんとしてでもゲロ鳥を全滅させるのだッ!!」
ハイルライトは尚も声を荒げた。
ゲロ鳥以下という汚名を着せられてなるものか!と、周囲一帯の冒険者すら巻き込んで周囲を盛り上げていく。
そして、それを確認した『口が悪い』と評された男――セブンジードは「やれやれ、ほんと酷い」と呟いて、群衆の中に紛れて消えた。
「ぐるぐるげっげー!」
「ぐるぐるげっげー!」
「ぐるぐるげっげー!」
心身ともに立ち直った鏡銀騎士団達がバッファを掛けて準備を始めた矢先、ゲロ鳥第一陣が地上に舞い降りた。
退化した羽を器用に使い滑空してきたゲロ鳥は、もちろん無傷。
声高らかに雄叫びを上げ、仕込まれた習性を存分に振るうべく走り出す。
「たかがゲロど……気を付けろッ!レベルが高っーーうわぁぁああああ!!」
舞い降りたゲロ鳥に最も近い場所にいた兵士が、驚愕と共に悲鳴を上げた。
この兵士のレベルは4万。
通常のゲロ鳥など全く歯牙に掛けない実力者であり、「いまさらゲロ鳥とか!」と舐めていたのだ。
だからこそ、それゆえの悲劇。
兵士の目の前にいたゲロ鳥が突然消失。
その1秒後に、脳味噌を直に金属でぶっ叩かれたかの様な酷い金属音が響いた。
ぐわんぐわんと三半規管が廻っている兵士が最後に見たのは、自分が被っていた金属ヘルムが弾き飛ばされていく光景だった。
「トライシターッ!?ぐわぁ!」
ゲロ鳥に意識を刈り取られた男の友人が反射的に駆け寄ろうとして、第二の犠牲者となった。
手に入れた金属ヘルムをグシャグシャに蹴り潰していたゲロ鳥が、より良い『資材』を求め、飛び蹴りを繰り出したのだ。
戦場に投下された戦乱絶叫種は、非常に闘争心が強い個体を掛け合わせて作られた品種。
この『闘争心が強い』とは、繁殖期に苛烈な求愛行動で勝ち残ったという意味であり、ゲロ鳥が強いメスを獲得する為に競い合うその求愛行動とは『丈夫な巣の建造』だ。
強いオスであるからこそ、より堅い資材を使った丈夫な巣を作る事が出来る。
自然界に存在する堅い素材は強力な獣の爪や骨である事が多く、そういった生物を襲撃する能力に長けた個体の掛け合わせが、この『戦乱絶叫種』なのである。
「ローグリンもやられたッ!コイツら金属を狙ってくるぞ!?」
尋常ならざるスピードで迫る、強靭なくちばしと爪。
通常とは全く比べ物にならない『ゲロ鳥乱舞』に、次々に鏡銀騎士団が膝を折っていく。
一方、戦乱絶叫種はより堅い資材を求め、剥ぎ取った金属をグシャグシャに蹴り潰して硬度を確かめている。
己が知る最高硬度の素材……レジェリクエが与えたダイヤモンドを超える堅さを求め、次々に目に付いた人間の装備を奪い取っているのだ。
「近接戦が出来るものだけで隊列を組み、魔導師を守るのだ!杖を取られた魔導師はただの的になってしまうぞ!!」
的確な指示を飛ばしつつ、ハイルライトは状況を確かめた。
このゲロ鳥は、冥王竜が生んだだけあって非常に強力な個体だ。
だが、1匹に対し3人以上で対処し、冷静に処理できれば難しい相手ではない。
かの魔王は、動揺した私達などゲロ鳥で十分だと思ったのだろうが……その自惚れ、斬り捨ててくれようぞッ!!
腰の剣を引き抜いたハイルライトのすぐ前に、天空からゲロ鳥が降り立った。
完璧なタイミングでの登場に、ハイルライトの表情に僅かに笑みが戻る。
前に降り立った個体も含め、空から降ってくるゲロ鳥はふっくらとした体で毛並みも良く、アホを極めた様なマヌケ顔。
そして、高級革製首輪に付いているレジェンダリア国章メダルをキラキラと輝せながら走り出した。
「ぐるげぇーッ!!」
「どうせどこかで見ているのであろう、魔王め。ならばこそ、手向けの花をくれてやる。このゲロ鳥をかっ捌いてだッ!!」
ハイルライトは纏っている瞬界加速と飛行脚を活性化させ、ゲロ鳥を超える速度で走りだした。
その速さ『雷鳴のごとし』と謳われた剣閃、それが2度のフェイントを交えながらゲロ鳥の頭に迫る。
幸か不幸か、その剣が捉えようとしているのはゲロ鳥の体で最も防御力が高いくちばしだ。
それでも、ハイルライトが振るう魔法剣に抵抗できるはずがなく……。
「ぐるぐるぅ!?」
「《虎剣撃・雷牙の天……》」
「ぐるげぇぇ!?」
ハイルライトの剣とゲロ鳥のくちばしが衝突した結果……ガギィィィン!という音を立て、剣が曲った。
その信じられない強度と光景に、ハイルライトが思わずうめく。
ビリビリと痺れる腕で必死に剣を握り締め、武器を失うという失態だけは免れた。
「何が起こった?この手応えは、まさか第九守護天使なのか……?」
すぐに先程のゲロ鳥へ視線を向け直しつつ、ハイルライトは脳裏に浮かんだ可能性を呟いた。
手に残っている感触が、尊敬している澪騎士ゼットゼロの第九守護天使に近しいと言っているのだ。
だが、ゲロ鳥風情が澪騎士ゼットゼロと同等の魔法を使ったという事実を、彼は受け入れられなかった。
「ありえん。たまたま当たり所が悪かっただけだろう。ならば、もう一度斬れば分かる事ッ!!」
「ぐるげ!?」
再び繰り出された剣閃は、先ほどよりも格段に速い。
抱いていた『所詮はゲロ鳥』という油断が取り除かれ、本来の実力を取り戻したのだ。
振るった剣の入射角は良好。
これならば森ドラゴンの前足すら両断出来ると、ハイルライトは真っ直ぐ横に剣を薙いだ。
「《虎剣撃・雷音の風……》」
「ぐるぐるぅぅぅ!」
「なん……!?」
「げっげー!」
「ぐわぁああああああああああ!!」
ハイルライトの振るった剣が最高速度に達した瞬間、対峙していたゲロ鳥が超高層放電雷を吐いた。
予期していないタイミングで放たれたランク7の攻撃魔法に、ハイルライトは全くの無抵抗で晒されて……あっけなく堕ちる。
突き出した剣は、まさに死を呼び込む『避雷針』。
ゲロ鳥のくちばしから……正確には、その下の首輪から放たれた超高層放電雷が一撃でハイルライトの第九守護天使を破壊。
高電圧に晒された鎧は熱せられて白煙を噴き出し、一気に膨張した内部の空気によって圧迫されたハイルライトは意識を失った。
「ぐるぐるぅ!」
「げっげぇー!」
首輪から発せられた音声を聞いた者はいない。
なぜなら、ハイルライトに続くように、ゲロ鳥と戦っていた部下30人が似たような方法で連鎖的に堕とされているからだ。
天穹空母―GR・GR・GGから戦場に投下されたゲロ鳥の正式な認証名は『大規模制圧用・移動式軍勢砲台』。
戦場を超高速で駆け回り、大規模殲滅魔法を含めたレジェリクエが扱える魔法を超至近距離で撃ち放つそれは……。
たったの一撃で数万規模の人間を戦闘不能にしたリリンサすらも凌駕しかねない超弩級の攻撃力を持つ――、正真正銘の『魔王の軍勢』だ。




