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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第9章「想望の運命掌握」

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第92話「魔王軍、降臨①軋んだ次元」

「う”ぎるあ~~ん!めっちゃ美味しいし!!」



 フワリと空に浮かんでいるゲロ鳥船の中に、アルカディアさんの鳴き声が響いた。


 大魔王式典を終えた俺達は、早速、天穹空母GR・GR・GGに搭乗。

 大魔王陛下が育てていたという、とっておきの『戦略兵器』を積みこむまでの時間、館内ホールで総指揮官帰還パーティーを行う事になったのだ。


 会場には出兵する軍人総勢1200名。

 それぞれ派閥に分かれて楽しんでおり、大魔王陛下派、テトラフィーア大臣派、蘇りし愚王派、ぐるぐるきんぐぅー!愛好会などが最大勢力。

 その他、小さい派閥があり……おい、バルバロア。足跡を自慢するのは程ほどにしておけ。

 落ち着いて考えると、それは醜態にしかならない。



「ももふぅ!ほんとに美味しい!!」



 で、そこでリリンとアルカディアさんは、本日の(獲物)を手に入れてご満悦。

 遠くから総指揮官のご尊顔を窺っている兵士などには目もくれず、本気で料理を味わっている。


 ……俺達って、これから世界規模の戦争をするんだよな?

 ここに居る一同、緊張感がまるで足りてないぞ。



「これ凄く良いし!オレンジ風味だし!!」

「ん、私も気に入った。流石はレジェ。物凄ーく美味しいと思う!!!!」



 ……この笑顔を見ていたら、細かい事はどうでも良くなってきた。

 俺も腹ごしらえしておくか。


 テーブルの上に並べられた皿の1枚を手に取ると、それは美味そうな肉厚ステーキだった。

 さっきからすげぇ良い匂いで俺を誘惑してきた奴だが……あ、やべ、舌の上で肉が蕩けやがった。


 口の中で爆発した肉汁が喉を通って――、こんな片っ苦しい食レポしてる場合じゃねぇ!!

 美味すぎるぞ!!ぐるぐるきんぐぅー!



「ぷはー!なんだこの料理、美味いなんてもんじゃねぇ!!」

「これがレジェの本気……!こんなの大陸を取れて当たり前だと思う!」

「幸せだし!私が知ってる料理で一番おいしいし!!」



 あー、この料理はヤバい。

 緊張感とかどうでも良くなってくる程に、ヤバい。


 俺まで飯に夢中になるのもどうかと思うが、美味すぎるんだからしょうがない。

 これも大魔王陛下の策謀か?っと警戒しつつ……せめて、こうなった経緯くらいは整理しておこう。


 1日体験入学を終えた俺達は、普通にアルカディアさんを忘れて帰った。


 で、式典の前に思い出し、別れた公園に行ってみると……そこでアルカディアさんは約50匹のゲロ鳥と戦っていた。

 しかもこのゲロ鳥、レベルがちょっと高い戦乱絶叫種(バーサークゲルゲー)

 アルカディアさんは、それを掴んでは投げ、掴んでは投げ……していた訳だが、そのスピードが尋常じゃなかった。


 同時多発的に音速で迫りくる全てのゲロ鳥を、アルカディアさんは完全に捕捉。

 寸分の狂いもなくゲロ鳥の胸へ平手を放って吹き飛ばし、その勢いのままゲロ鳥の群れの中に特攻を仕掛け――


 っといった具合に、非常にレベルの高い近接格闘が繰り広げられていた。

 単純な格闘術では、まったく勝てる気がしない。



「所でアルカディアさん、まさか一昼夜、ずっとゲロ鳥と戦っていたのか?」

「そうだし!強くなって絶対にリベンジするし!!」


「そう言えば、キングフェニクス一世に負けたって話だったっけ」

「負けてないし!引き分けだし!!」



 アルカディアさんとキングフェニクス一世の間には、並々ならぬ因縁があるっぽい。


 よく分からんが、大魔王陛下の自室で出会った二人は、一瞬で戦闘形態へ移行。

 楽しそうな「あらまぁ!」という大魔王陛下の声を合図にして、戦いを始めやがったらしい。


 そして、段々と激化する戦闘に苛立ったテトラフィーア大臣が緊急脱出装置を使用し、運動場へ。

 遮蔽物が無いフィールドはキングフェニクス一世に優位に働き、アルカディアさんの判定負け。


 それが悔しかったアルカディアさんは特訓と称し、野良ゲロ鳥で憂さ晴らしをしていたのだ。



「で、特訓の成果は出たか?」

「バッチリだし!鳥なんちゃらの動きは見切った。ガントレットも真なる覚醒できるようになったし!!


「真なる覚醒……?」

「後はリベンジするだけだし!」



 真なる覚醒だと……?

 なんか、神殺しみたいな事を言いだしたんだが?


 つーか、ゲロ鳥と戦って覚醒する武器とかどんなんだよ!?

 ものすごくB級感がす……俺もクソタヌキ戦で覚醒してるじゃねぇか。



「ご飯食べたらリベンジするし!」



 そう言って、アルカディアさんはキングフェニクス一世に視線を向けた。


 ……なんか、随分と大きくなったな?キングゲロ鳥。

 十人くらいの軍人に囲まれているキングゲロ鳥の体高は約1m。

 俺達が捕獲した時は30cmくらいだったのに、随分と成長したもんだ。


 すごく良い物を食ってるんだろうな。国民よりも。



「立派になったでしょぉ?」

「もふ、レジェ」


「リリンがユニクを育ててるのと一緒でぇ、すくすく育ってるのぉ」



 まぁ、アルカディアさんとほぼ互角とか、トンデモねぇ強さになってるが……俺と一緒にすんな。共通点とかあんまりないだろ!


 俺のゲロ鳥の鳴き真似は天下一品だという話だが、自ら共通点を認める様な自爆はしない。

 一度認めてしまったら、冥王犬と同じく、人生を運命掌握されそうだし。


 要するに、俺が鳴きさえしなければ、キングゲロ鳥との共通点など何もない。

 だからこそ自分の特技を封印する事を誓いつつ、大魔王陛下の出方を窺った。



「そうかしらぁ?結構似てると思うけどぉ。名前とかそっくりだしぃ」

「名前?いや、キングフェニクス一世って全然そっくりじゃないだろ」


「そぉー?こっちにおいでぇ、フェニクぅ」

「きんぐぅー!」



 ……。

 ……。

 ……。



「ほら、フェニクぅ。覚えてるかしらぁ?彼が鳴き真似が得意なユニクぅよぉ」

「ぐるげるきん!」


「そうそう、ユニクルフィン。略してユニクぅよぉ、フェニクぅ」

「ぐるげ!ぐるぐるきんぐぅー!」


「あらあら、似たような名前に親しみを覚えたってぇ?でも、こっちのユニクぅは大臣の孫だけど王族じゃないわぁ。フェニクぅの勝ちぃ」

「ぐるぐる、きんぐぅー!」



 ……。

 ……。

 ……。



「……おい。」

「あらどうしたのぉ、フェニクぅ、……じゃなかった。ユニクぅ?」


「ふっざけんなぁぁぁッッ!」



 こんの大魔王ッ!!

 始めっからフェニクって呼ぶ為に、キングフェニックスって名付けやがったなッ!?


 ぱっと聞いただけじゃまったく分からないだけに、すげえ性質が悪い!!

 これじゃ、俺が大魔王陛下に飼われてるみてぇじゃねぇかッ!!



「こんちくしょう……。クソタヌキ並みに腹が立つ」

「まったくですわ。私のお見合い写真にフェニクス一世の写真を紛れ込ませ、『フェニクぅるふぃん』って書いたあったのを見た時には、本気で亡命を考えましたわよ」



 俺達の騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にかテトラフィーア大臣まで集まってきた。

 この名前は俺に対する一発ネタかと思いきや、テトラフィーア大臣への攻撃も兼ねているという二重の罠だったようだ。


 ……後で大魔王陛下への仕返しを、テトラフィーア大臣と考えよう。

 俺だけじゃ太刀打ちできる気がしないし。



「オヤツ食べる?フェニク」

「きんぐぅ!」



 んで、俺達の後ろでリリンがゲロ鳥にジャーキーを差し出している。

 色々とツッコミどころはあるが……鳥にササミを食わせようとすんな。



「きんぐぅー!」

「あ、食べた。フェニク可愛い」

「喰うのかよ。共食いじゃねぇか」


「……こっちのユニクも食べる?」

「いらん」


「むぅ、じゃアルカディア」

「食べるし!」



 そう言って、リリンが与えたササミ・ジャ―キーを貪り食うペット共。

 つーか、その流れ中に俺を入れないで欲しいんだが?

 ペット→俺→ペットだと、完全に同列扱いだろ。



「さてとぉ、メンバーも集まった事だしぃ作戦会議を始めましょぉ」



 どうやら俺に野次を飛ばす為に集まってきた訳じゃないらしく、大魔王陛下とテトラフィーア大臣が椅子を召喚して席に着いた。

 なお、キングゲロ鳥はテトラフィーア大臣の傍に控えていたツンだけメイドさんが抱き抱えている。

 物凄い不満顔だぜ!



「あんまり難しい事を言ってもしょうがないしぃ、ざっくり説明しちゃいましょぉ。あ、リリンとアルカディアはご飯食べてて良いわよぉ」

「そうなの?分かった」

「う”ぃぎるあ!レジェなんちゃら、すごく良い人だし!!」


「余達が搭乗している天穹空母は、冥王竜の力を借りてフィートフィルシアとの軍事境界線の上空へ転移することになる。ここまでは良いわねぇ?」



 大魔王交渉の結果、冥王竜は転移ゲートを使ってフィートフィルシアに行く事になった。


 物理的に距離があるのもそうだが、大魔王陛下が言った「そのほうがカッコイイわぁ!」が決め手となり決定。

 その転移陣はカイコンが作成済みであり、窓の外には巨大な異次元ゲートが出現している。



「この軍事境界線は、幾度かの衝突を意図的に行い設定した最前線。領主たるロイ・フィートフィルシアが本陣を構えている場所よぉ」

「……は?ロイがなんだって?」



 窓の外を眺めていたら、とんでもない言葉が聞こえた。

 なんか今、ロイが領主だって言わなかったか……?



「なぁ、ロイが領主ってどういう事だよ?アイツは俺と一緒に新人試験を受けたんだぞ?」

「1ヶ月前にロイが正式な領主に任命されたわぁ。フィートフィルシアは領民の多数決で領主を決めるのよぉ」


「……。なんでそんなことに……」

「それは当然、余の仕業ぁ。ブルファム王国を取る為に必要だった暗躍なのぉ」



 大魔王陛下が関与してんなら、領民の多数決で決まってねぇだろッ!!



「そしてぇ、余達が転移する場所で、大規模な軍事演習を行う様に仕向けたわぁ。フィートフィルシアの全戦力が集っている場所に余達が登場するのぉ」

「わざわざ敵が集結している所に出るのかよ!?意味が分からねぇぞ!?」


「ゲロ鳥が空を飛ぶという歴史的瞬間は、多くの人に見て貰いたいじゃなぁい?」

「そんな事だろうと思ってたけど、やっぱり理由がしょうもない!!」



 ゲロ鳥船を自慢する為に、敵を1か所に集めただとッ!?

 そんなしょうもない事に割く労力があるんなら、さっさとフィートフィルシアを落としとけッ!!



「なぁ、他にやることあるだろ?ロイを捕獲しておくとかさぁ」

「ちょっと冗談が過ぎた様ねぇ。フィートフィルシアを降伏させるには、これがあらゆる面での最善手。上手く行けば一滴の血すら溢さずに無血開城できるわぁ」


「……なんだって?」

「伊達に準備に時間を掛けてないってことよぉ。……圧倒的な脅威を見せつけ、戦うという意思を完全にへし折る。後は責任者のロイを捕らえれば済む話」



 まさか……。

 ゲロ鳥船を見せつけて心をへし折り、戦わずしてフィートフィルシアを手に入れるつもりなのか……?


 超巨大メカゲロ鳥だけならともかく、冥王竜と不実な手下達とのコラボレーションを見て絶望しない奴はいない。

 その場で立ち尽くす者、一目散に逃げる者。

 戦場が混沌と化すのは火を見るよりも明らかだ。


 ……そして、冒険者の中には『迎撃』を選ぶ奴がいる。

 少なくとも俺が逆の立場なら、戦わずに逃げる事はしない。



「圧倒的な脅威を見せつけるんなら、冥王竜を戦わせるって事か?それだとフィートフィルシア側に犠牲者が出るだろ?」



 ポンコツ黒トカゲは大雑把であり、あんまり賢くない。

 まず間違いなく戦死者……というか、大半の兵士が冥王竜の拳に纏う『核熱の炎』に包まれ、大量の行方不明者になる気がする。


 無血開城ってのはな、血液すら蒸発して残っていないって意味じゃねぇぞ。



「それは余も望んでないわよぉ。冥王竜との契約を長く維持するには、フィートフィルシアの広大な領地が必要不可欠。管理する人材はいくらでも欲しいものぉ」

「それを聞いて安心したぜ。で、どうするんだ?」


「超魔王・リリン、降臨よぉ!レジェンダリア最高戦力『無尽灰塵』の恐ろしさを、たっぷり味わってもらうのぉ」

「安心しちゃった俺が馬鹿みたいだぜ!」



 突然、話を振られた食事中超魔王さんは、持っていたコーンスープで喉を潤してから口を開いた。

 飯に集中して話を聞いていなかった……かと思いきや、しっかり聞いていたらしい。



「レジェ、どのくらい本気出して良いの?」

「全部よぉ。一切の手加減は必要なく、本気の攻撃でフィートフィルシア兵を全滅させてちょうだぁい」


「それじゃ、魔王シリーズを出してもいいって事?」

「もちろんよぉ!あ、魂に恐怖を刻みこむのが目的だからぁ、人殺しはダメよぉ」


「そんなの当たり前。命を奪ってしまうのはやり過ぎだし。だから、二度と私に敵対しないよう……徹底的に念入りにかつ、執拗に本気でブチ転がす。無尽灰塵の名は伊達ではない!」



 ……。

 前線に立った兵士は、徹底的に念入りにかつ、執拗に本気でブチ転がされるらしいぞ、ロイ。

 お前は責任者なんだから、前に出て来ない方が良いんじゃないか?

 是非、砦の上から事態を眺めて、絶望していてくれ。



「ま、取りあえずの作戦はこんな所かしらねぇ。準備もできたようだしぃ」



 大魔王陛下の言葉と共に、冥王犬御一行が動き出した。

 冥王竜が巨大な転移陣の中に、更に虚無魔法を追加。

 そして、ゲンジツとカイコンがそれに手を掛けて拡張、素早く腕をねじ込んで、潜り込んでゆく。


 ……今こそ、大魔王軍・出陣の刻!

 ゲロ鳥船、前へッッ!進めぇッ!!



「あ、そうそう、ユニクぅ。フィートフィルシアに着いたら鳴いてねぇ」



 なんでッ!?




 **********




「こんな所にいたのか、シフィー」



 延々と続く、国境線を仕切る壁。

 その上に造られた展望台の上で、景色を見ている女性に青年が声を掛けた。


 この青年の名は『ロイ・フィートフィルシア』。

 広大な土地を有するフィートフィルシア領の若き領主であり、レジェンダリアとの国境を守る軍の責任者の一人でもある。


 そんな彼の視線の先には、涼しい風が吹く草原の中で行われている大規模演習を眺めている女性。

 魔導服とは違うゆったりとした服装が、彼女『シフィー・キャンドル』が兵士ではない事を示していた。



「えぇ、ちょっと風に当たりたくて。ロイくんこそ、演習に参加しなくて良かったんですか?」

「どうやら、レジェンダリアの方で動きがあったらしくてな。呼び戻されてしまったよ」



 やれやれといった風に、ロイが肩を竦めた。

 それは場の雰囲気を和ませる為のものであったが、もう一つ、誰がロイを呼び戻したのか分からないからだ。

 結局、ロイは戻ってきた意味を見つけられず……シフィーに顔を見せる事にしたのだ。



「ついに始まるんですね、戦争が」

「あぁ。だが、案ずる事はないさ。私達の軍は何度もレジェンダリアを退けて来た。今回だって問題なく追い払える」


「そう、でしょうか?常時必勝などありえませんよ、ロイくん。何度も退けられたのなら、次はそれを超える力で攻めてきます」

「ならば、私達はそれすらも超える力で応戦するまでだ。ここには多くのベテラン冒険者や鏡銀騎士団だっている。心配はいらない」


「ん……でも、やっぱり不安です。だから、ロイく――」



 さらに言葉を重ねようとしたシフィーの唇を、ロイが遮った。


 重なった唇から零れた吐息が、冷ややかな風に混ざって消える。

 周囲には見張りの兵がいるが、彼女の不安を取り除くのが最優先だと、ロイは全く気にしていない。



「これで良いか?シフィー。少しは不安が和らいだだろうか?」

「はい。こんなに力強いロイくんなら、これから起こる全ての事を乗り切ってくれると思います」


「シフィー。色々と順序が滅茶苦茶になってしまったが……。この戦いが終わったら、私と、けっ――」



「緊急事態ですッ!戦雷の騎士長プラズムマスターナイツ殿ッッ!!」



 盲目に徹していた見張りの兵とは違う、真っ当な鎧を着た騎士が怒鳴り込んできた。


 あまりの気まずさに、見張りの兵は目を手で覆って職務放棄。

 そして、銅像の様に硬直しているロイとシフィーは、たっぷりと時間を掛けて離れ……。

 青筋を立てたロイが、静かに騎士へ視線を向けた。



「……そうだな。一世一代の告白を邪魔されるのは、緊急事態以外の何物でもない」

「そんな事してる場合ではありません!!空気がおかしいんですよ、空気が!!」


「おかしいのは、お前の空気を読む力だ。覚えておけ」

「そういう意味じゃありません!!空気が、空が、おかしいっつってるんです!!」


「「「「……は?」」」」



 その言葉に、ロイと職務放棄していた見張りの兵たちが揃って声を上げた。

 そして、騎士が指差した空に視線を向けたロイと見張り一同は……。


 バキバキに破壊された空間から、燃え盛る巨大な腕が生えていくのを見て、揃って声を上げた。



「「「「……は?」」」」



 なんだ……?あれは……?

 そんな感想は、この光景を見ている全ての人が思っている事だ。

 だが、責任者たるロイは、そこで思考を放棄する事は許されない。


 そして、何かしらの情報を持っているであろう騎士に視線を向け、報告を促した。



「すまないカンジャート、確かに緊急事態だった。で、アレはなんだ?何か知っているのか?」

「はっ!ご報告いたします!!あの燃え盛る巨腕は、特殊個別脅威(ワン・メナス)、無炎焼竜・ゲンジツに相違ありませんッ!!」


「わ……特殊個別脅威(ワン・メナス)……だと……?」



特殊個別脅威(ワン・メナス)

 それは、ある程度の領地をもつ有識者ならば、誰しもが知り、恐れ、忌避する……絶対脅威。

 村を滅ぼす脅威とされる三頭熊などとは、比べる事すらおこがましい……『抗えぬ死の遣い』だ。


 そして、目算で600mはあろうかという巨腕を見て、ロイはその言葉を真の意味で理解した。



「そんな化物が現れたというのか……。レジェンダリアに侵攻されるという、このタイミングで……?」

「はっ!恐れながら奏上いたします!!まだ終わっていません!!」


「そ、そうだな、まだ被害を受けた訳じゃない。上手く誘導してレジェンダリア軍と相殺させれば、あるいは」

「はっ!残念ながら奏上いたします!!終わって無いのは脅威の出現の方です!!」


「……はっ?」



 思わずオウム返しをしてしまう程に、ロイは間の抜けた返事しかできなかった。


 バキバキと空間を割りながら抜け出て来ている、巨大な鎧武者。

 それですら抗えぬ死を想像してしまうというのに、その横に、新緑で出来た魔法陣が浮かび上がっていたからだ。


 魔法陣から出現した巨大な球根が瞬く間に四肢を生やし、翼と尾を生やし、頭を生やした。

 出現してしまった、2体の特殊個別脅威。

 それを視認したロイは、古い文献の中に住まう『大災厄』を垣間見た。



「馬鹿な……。あ、あれは……。」

「はっ!悲しみながら奏上いたします!!あの巨竜の名は『無炎焼竜・ゲンジツ』と『樹海竜・カイコン』!!かの邪悪なる竜王『希望を費やす冥王竜(ディスペア・プルート)』の先触れ達ですッッ!!」



 その名を聞いた瞬間、ロイは膝から崩れ落ちた。

 自らの知識だけならば、間違っていると思い込む事も出来ただろう。

 だが、優秀だと評価している側近から『大災厄』の名を聞いてしまえば、それすらも封じられてしまうのだ。



「ロイくん……?冥王竜って……?」

「……落ち着いて聞いてくれ、シフィー。希望を費やす冥王竜というのは、遥か昔にブルファム王国を壊滅させかけた特殊個別脅威だ。『大国滅亡の危機(カントリィ・カタスフ)』という、規格外の階級を与えられている」


「大国滅亡の危機……?一体、何をしたんですか?」

「500年前に、ブルファム王国の首都移設計画を頓挫させたとされている。文献によれば、ブルファム王国はセフィロ・トアルテの森近郊に首都を移そうとした事があり、それを冥王竜が邪魔したんだそうだ」


「えっと?何か怒らせる事をしちゃったんですか……?」

「一説によると、膨大な魔法技術を持つセフィロ・トアルテはドラゴンと協定を結んでいたようだ。詳細は不明だが、セフィロ・トアルテの森には、強大な力を持つドラゴンの聖地があるという噂もある」



 ロイが読んだ文献では、突如飛来した希望を費やす冥王竜が、森林伐採を行っていたブルファム王国群を壊滅させ、当時持っていた軍事力の3割を削いだとされている。


 冥王竜が放った、たった一撃の『核熱の炎(プルート・インパクト)』により、軍役していた兵士の99%が死亡。

 生き残ったのは、外周部にいた補給部隊の極少数。

 飛散した爆風に直接晒されなかった幸運を持つ者だけだった。


 さらに、この強襲は二次的な被害を発生させた。

 ブルファム王国の極端な軍事力低下に伴い、抑圧されていた周辺諸国が一斉蜂起。

 30年近く続いた戦乱は多くの人の命を奪う結果となり……、1000万人を超える戦死者を出した、歴史書の中でも数少ない大災厄となったのだ。



「……。そんな凄いのが来ちゃったんですか?どうします?ロイくん」

「正直に言えば、キミと逃げだしたい。……だが、私は逃げない。なぜなら私は、数百万の命を預かる戦雷の騎士長プラズムマスターナイツだからだ」


「カッコイイですねロイくん。……でも馬鹿です。死んじゃったら肩書きなんて意味無いんですよ」



 シフィーは段々と言葉が細くなり、最後は聞き取れないほどの小声となっていた。

 だが、全ての言葉はロイの耳に届いている。

 一度は膝を折ったロイが奮い立ち、シフィーを抱きしめているからだ。



「安心してくれ、シフィー。私に策がある」

「策ですか?」


「希望を費やす冥王竜は人語を話すとされている。だからこそ、人類の英知を以て交渉し、今度はレジェンダリア軍と――」



「はっ!緊急電令です!!レジェンダリア国内より、希望を費やす冥王竜が飛び立ったとの事ッ!情報が錯綜しておりますが、どうやら、大魔王レジェリクエが冥王竜を従え、進軍を仕掛けて来たようですッッ!!」



「……ロイくん?」

「…………。そんな…………」


「先を越されちゃいましたね。それにしても、伝説のドラゴンを従えちゃうとか、レジェリクエ女王陛下って凄い人ですねー」

「……シフィー。どうやら私は、策を練り直さなければならないらしい。ここは冷えるし、塔の中で安静にしていた方が良い。そこの見張り兵、すまないがシフィーを安全な場所へ」


「えっ、あ、ロイくん!?」



 これ以上、彼女をここに居させる訳にはいかない。自分の為にも。

 そう判断したロイは、近くにいた兵士にシフィーを連れて下がる様に命じ……その姿が見えなくなった所で、再び膝から崩れ落ちた。



「くそぉぉぉぉぉお!!最悪だッ!!最悪の展開が起こってしまったッ!!冥王竜は反則だろォォォォォォッッ!!」



 その慟哭は空の彼方まで響いた。

 だが、ロイの部下達はそんな慟哭を聞いている余裕などある訳がなく、彼をよく知る友人達は、まだ空間の裂け目から姿を現していない。


 結果的に、空にそびえ立っているゲンジツとカイコンが、僅かに視線を向けただけだった。



「訓練に出ている兵を戻し、鏡銀騎士団を会議室へ招集させろ!高位冒険者達もだ!!」



 苦し紛れの指示ですら、まともに伝わったのか分からない。

 それでも、走り出した兵士を見て伝わっていると思うしかないロイは、混乱した周囲を見渡しながら思考を開始した。



 砦の外に出ている兵士達は、当然、武装をしている。

 だが、肝心の戦う心構えは砦の中に置いて来ているだろう。

 あくまでもこれは訓練だという油断が、鋭く研ぎ澄まされているはずの判断能力を鈍らせてしまっている。

 一度、砦の中に戻し立て直しを……、


 真っ当な思考で幾つかの指示を飛ばしたロイは、天空にそびえ立つ2体の巨竜を仰ぎ見た。



「あんな超ド級の化物でさえ、前座なのか……。では、本体の冥王竜とは……一体どれほどの……」



 ロイが呟くや否や、仰ぎ見た空にて控える2体の巨竜が動き出した。


 それらはまるで主人の為にドアを開くかのごとく、空間に穿たれた亀裂に手を掛けて拡張し――。

 その中から、見るもの全てを圧倒させうる、超弩級の物体が姿を現す。



「ばっ、ばかな……。アレが冥王竜……だと……?そうか、だからレジェンダリアは……あの鳥を崇拝して……」



 引き裂かれた空に浮かぶのは、人類の常識をことごとく破壊する理不尽。

 空を飛んでいる光景を見るはずが無いからこそ、見上げている人類はそれを『大陸滅亡の危機(カントリィ・カタスフ)』として受け入れるしかできない。


 そして、数十万の軍勢が視認した『冥王竜』は……声高らかに鳴いた。



「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううるッッ!!ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううるッッ!!きんぐぅぅぅぅぅぅううううううううううううッッッッッッッッ!!!!」



 万象一切、全てを拒絶するような怒りの叫びに、フィートフィルシア領に住まう全ての民が凍りついた。

 圧倒的存在を示威する『ソレ』を引いている小さい黒土竜に目をくれる者などおらず、全ての視線が『空を飛ぶゲロ鳥』に釘付けになっている。


 ブルファム王国歴・562年。

 フィートフィルシア近郊の空に、全長500mを超える巨大な物体が出現。

 文献と姿が異なるものの、従えている巨竜の形状から『希望を費やす冥王竜』と判断されたそれは、ブルファム王国側の全ての民を恐怖のどん底へ叩き落とした。


 そして、それと最前線で邂逅を果たしてしまったフィートフィルシアの兵は……。



 冥王竜の頭の上に立っている『魔王』によって、生命活動すら脅かしかねない、心の底からの絶望に打ち震える事になる。



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