第83話「大魔王学院・六時間目、語られた正史」
「ブルファムの支配から逃れるために、世界戦争を仕掛けたというのか……?」
今まで不明だった、レジェリクエ女王が世界各国へ侵略戦争を仕掛けている理由。
それは、ブルファム王国の実質的支配の脱出が目的だった。
この戦争は、ラルラーヴァーやセフィナとは無関係に始めたものだ。
ぶっちゃけ……、俺を探す旅をしていた心無き魔人達の統括者が、ノリと一時的なテンションでした犯行だと思っていたが、どうやら違うらしい。
さぁ、頑張れバルバロア!
俺の代わりに大魔王陛下から情報を引き出してくれ!
「貴方の理想である封建社会。確かにそれは優れた統治力を持つわ。でも、現状はブルファム王国が他国を飼いならすという統治でしかない」
「彼の国こそが悪だったと……。私はそれに加担して……」
「余が封建国家を壊して作った『隷属階級』。余を含めたすべての人間が同じカテゴリーに在籍しているこれは、ある意味で究極の民主主義よ」
「奴隷だと謳っておいて何を今さら……。それに家畜も入っているではないか」
「9等級奴隷に家畜を設定しているのは、冗談でも嫌がらせでもないの。それは、旧時代を知る人たちへのメッセージ。奴隷ですらない家畜だった国民への戒め。もうそこには戻りたくないでしょう?っていうね」
……冗談じゃなかったのか。
大魔王さん謹製のブラックジョークだと思っていたぜ!
だが、確かに説明を聞くと納得できるものがある。
ブルファムに飼われている植民地からの脱却。
それを実現しようとしたからこそ、人間である『奴隷』になれたのだ。
「確かに、お前の言うとおりだったのかもしれない。だが、ストロジャム様は国の未来を憂いていた。もっと国を豊かにするべく父と――!」
「そうね、当然次期国王なら考えるわよね。そして、失敗する」
「なんだと!?」
「稀代の賢王と謳われたチュインガムですら諦めていた事を、経験の乏しいストロジャムができるはずが無い」
「何を根拠に言っているんだッ!!」
「ブルファム王国がこのシステムを作って400年。たったの一回も、この政策が破られた事が無いからよぉ」
400年も続けて来て一回も……?
人の寿命は100年もない以上、どうしても世代交代をする必要がある。
だからこそ、一回も政策が揺るがなかったという事は、徹底してた管理を行っていたという事になる。
ブルファム国王は当たり前に優秀だとして……丸々太ったアライグマ大臣もめっちゃくちゃ優秀っぽい。
だが……。
大臣の息子は全裸で世界を駆けまわり、そのまた息子はタヌキに勝てない。
……やべぇ、祖父に合わせる顔がねぇ。
「それなら何故、父達は殺された!コレだけの政策を打ち出せるのなら、どうして……どうして父も一緒に連れて行ってくれなかった……」
「殺す必要があったのよぉ」
「なん……だと……?」
「チュインガムは悪政だったと気がついていた。そして当然、打開策も講じていたわ。……だが、失敗した」
悪政だと気が付き打開策を講じるも、ブルファムには及ばず……か。
400年もの間、優位に立ち続けたんだから当然と言えば当然だが……。
それを大魔王さん達はぶっ壊そうとしているらしい。
「まず聞きなさい。余達の最終目標はブルファム王国よりも高い国力を持つ事。なら、他国を併合するのが最も手っ取り早いわよね」
「侵略か。だが、チュインガム国王は戦争には消極的だったはずだ」
「そう、レジェンダリアの兵士が弱すぎて、戦争に勝てないのよ。だから、チュインガムは保守派を演じ、他国に攻めさせ……勝たせようとした」
「なんだと!?それでは出兵した国民がッ!!」
「死ぬわ。でもそれをしてでもブルファムの管理から抜け出したかった。長期的に見れば、管理から脱却した方が良いと知っていたから」
勝てないなら負ければ良い。
上手に負けて国を併合させれば国力が上昇し、更に大きな国と戦争をする事が出来る、か?
これがボードゲームなら合理的な手だと拍手もしただろうが、実際に戦う兵士には多くの犠牲が出る。
俺的には受け入れられそうもない。
「だけれど弱小だったレジェンダリア軍は、思いも寄らぬ戦果をあげ始めた。負けるはずの戦いで勝ってしまうようになったの」
「それは……命が失われなかったと思えば素晴らしい事だが……。だがなぜだ?チュインガム国王が戦力を見誤っていたのか?」
「それもブルファムの仕業」
「なんだとッ!?」
「ブルファム王国は冒険者を巧みに利用し、魔法の流布を行った。リリン程ぶっ飛んでなくとも、その効果は絶大よ」
「そうか……尻を……」
バルバロアは天を仰ぐように空を見上げ、小さく「尻……」と呟いた。
このシリアスな流れで尻とか言うなよッ!?
笑いを堪えるのに苦労するだろッ!!
「知らぬ内に広まった魔法知識のせいで、長い間、膠着状態が続く。敵も味方も同じ攻撃手段で戦うのならば、戦争を終わらせるほどの優劣が付く訳がないからね」
あ、なるほど。ただの町娘だったローレライさんが急成長した理由ってもしかしてこれか?
魔法には適性があり、それぞれ覚えられる限界がある。
だからこそ、ブルファムは様々な種類の魔法をレジェンダリアに流して戦力の向上を図るしかない訳だが、ローレライさんはそれを全て覚えてしまったわけだ。
流石は英雄。規格外だぜ!
「魔法知識すら管理され、兵士の戦闘力まで掌握されてしまった。当然、ブルファムから流れてくる知識は旧世代のもので、真っ向から戦っても勝てるわけがない。それがチュインガム時代の現状」
「くぅ、なんて小癪な……ブルファムめ……」
「結局、ブルファムの管理から抜け出すために必要なのは、ブルファムを越える国力となる。だけれどそれは、ブルファムが管理している以上、絶対にあり得ないこと」
「くそ……詰んでるじゃないか」
「これは400年で一度も打開されていない超難問よぉ。真っ当な手段で攻略するなら……ざっと15年は掛かる大仕事」
「なに!?15年あれば打開できたというのか!?」
「理論上はね。ただ、当然ブルファムが妨害してくるし、成功する確率も低かった。歴史上それを行おうとした国も全て失敗に終わっているわ」
「くっ、15年もあると隙が生まれてしまうという事か。その期間は短くならないのか?」
「三大穀物の米は年一回しかとれず、新しい経済理念を構築するためには最短で15回の……って貴方に説明しても分からないわねぇ。ともかく、15年も掛かるわけぇ」
そうだな。俺も説明を聞きたいとは思わないぜ。
どうせ解らないしな!
俺の横のイースクリムは知りたそうにしているが、後で直接聞いてくれ。
「15年もの長い時間を使った分の悪い賭け。それには多くの血が流れる事になり、完遂する前に国が滅びる可能性すらあった。だから余は、ブルファムの管理に関与していた全ての重臣を殺したの」
「ブルファムに関与していただと……!?父が内通者だったとでもいう気かッ!!」
「違うわぁ。ブランマンは法務大臣として真っ当な業務を行っていた。彼の代わりは居ないとまで称された素晴らしい手腕でね」
「ならばッ!!」
「そう、替えが居ないのに殺された。しかも、王族貴族を中心とした重臣が500名も、ね」
「話が見えん……。そんな事をすれば、取引に支障が出るどころか、最悪――まさかッ!」
「そうやって、ブルファムに『レジェンダリアは管理不能に陥った』と、諦めさせたの」
レーヴァテインの継承をするだけならば、チュインガム王一人を殺せばいい話だ。
だが、ローレライさんは自分に仇成す者も処分した。
ローレライさんは群衆に洗脳魔法を掛けてそれを成した訳だが、良く考えてみれば、殺す必要性を感じない。
それこそ洗脳して傀儡人形として使った方がよっぽど有意義だしな。
話を聞いた時点では気が付かなかった違和感。
そこにもちゃんと理由があり、思慮の深さに震えるばかり。
……大魔王さん達は絶対に敵に回さないようにしよう。
「ここまでが第一幕。レジェンダリアの終焉ね。分からない事があるかしら?」
「くっ!」
「そして第二幕。レジェンダリアの胎動。トウモロコシを輸出せず経済破綻を装いながら、徹底的な内政統治を行って国を自律。もともと最低限の国民しかいないレジェンダリアはあっという間に食料が飽和し、大国を短期間なら養える程になったわ」
レジィ陛下の口からは語られていないが、ローレライさんが壊滅させ掌握した敵味方15万の兵士で生産特化の国『菜食統治領』を作っている。
それは国王として取り組んだ政策であり、ブルファムに依存した経済からの脱却の足がかりになった訳だ。
「そして、チャンスが巡ってきたわ。フランベルジュを中心とした3国の戦争が激化し亡国の危機へ。この話を聞いた時の余の気持ちが分かるかしら?」
「くそっ、すげぇ良い笑顔をしてやがる……」
「もともとのフランベルジュ国はレジェンダリアの上位互換だったのよぉ。同じトウモロコシを主食とし、その生産量だけでもレジェンダリアの3倍を越えていた」
「そんなにか!?」
「だから、余が世界侵略をするにあたり、まず一手目として欲したのがフランベルジュ国よ。フランベルジュ国と生産能力が向上したレジェンダリアを合わせれば、トウモロコシに限ってブルファムの管理から脱却できると試算した」
ブルファムに経済戦争をしかけられた三国の内、フランベルジュ国だけは損害が軽微だった。
カンゼさんの話ではトウモロコシは不作ではなく、他の国よりも安定していたと言っていたが……。
どうやら、そこにも大魔王さん達の陰謀が隠されていたようだ。
って、あ。
すっげぇ今更気が付いたけど、カンゼさんが俺に『良縁に恵まれたからこその繋がりであり、それはユニクルフィン様のお力あればこそ』って言っていたのって……。
あの時点で教えてくれたら、心の準備が出来たのに。
「バルバロア。これで、ブランマンを殺さなければならなかった理由が分かったかしら?」
「……分かる。父の死によって国が打開したという事も……、お前がいかに優れた女王であったのかも……」
「そう、なら良かったわぁ」
「だがそれでも……っ、それでも納得はできんのだッ!!人の命は国よりも大切なのかッ!?人が集まって国になるのであろう!?なら、人を、父を、犠牲にして良いはずがないッ!!」
「それは、如何にも頭が固いブランマンが言いそうな事ねぇ。流石は親子ぉ」
「知った風な口を……!お前に父の何が分かるッ!!父を殺した当時、お前はまだ10歳前後だっただろうが!!」
バルバロアの慟哭を聞いて、大魔王陛下は屈託のない笑みを浮かべた。
うーん、オチを知っているだけに、なんて声を掛けたら良いのか分からない。
だが、俺が声を掛けずとも事態は終焉を迎えるはずだ。
リリンの召喚したぶにょんぶにょんドドゲシャー!と戦っていた教師陣の中に、いつの間にか認識阻害の仮面を被った集団が参戦している。
その指揮官っぽい男の身のこなしは軽やかであり、たったの一度も触手を尻に触らせていない。
動きとか見る限り、バルバロアの上位互換なんだよなぁ。
あ、こっちに歩いてきた。
「イースクリム、あの集団は……?」
「俺と同じだな。なお、陛下はあの集団を『ポーンの騎士』と呼んでいる」
「ポーン?歩兵なのか騎士なのかよく分からんな」
「チェスのポーンじゃないぞ。首がポーン!だ」
なんつー酷いネーミングセンスだよッ!?
女王だからって、パワハラも大概にしろよッ!!
「余がブランマンを知らないとぉ?当時6歳だった貴方よりも詳しいわよぉ」
「何をふざけた事を……!それ以上、父を侮辱するならッ!」
「なにも出来ないでしょぉ?あぁ、悔し泣きでもするのぉ?」
「くぅ……!」
「まぁ、いいわぁ。余に対する反逆を企てたバルバロア。貴方に裁きを言い渡しましょう。余の側近の法務官がねぇ」
そう言い終えた大魔王陛下の横に、認識阻害の仮面をかぶった男が立った。
そしてゆっくりと腰をおろし、大魔王陛下へ家臣の礼を取る。
「お呼びでしょうか。陛下」
「バルバロアがねぇ、余が前代の法務大臣について詳しく知らないって文句を言ってくるのぉ。そうじゃないって証明しなくちゃならないのぉ。どうすればいいと思う?」
「この仮面を外す事を許可いただければ、すぐにでも」
「許可するわぁ」
「ありがとうございます。そして、どのような理由があれど、国主たる陛下に暴言を吐くなど、志し以前の教育が行き届いていない。本当に愚かな息子で申し訳ありません」
そう言って、屈強な身体の男は認識阻害の仮面を取った。
落ち着いた色の金髪を短く刈りそろえ、水色の瞳が厳格さを物語っている。
そしてそのどちらも、バルバロアそっくりだ。
「バルバロア。父だ。お前の愚行が目に余り、ついには冥府から蘇ってしまったぞ」
「………………………。なんだとッッッッッッッッ!?!?!?」
……そりゃ、なんだとッ!?って言いたくなるよなッ!!
訪れた者は転生し、新しい人生を得られる国『レジェンダリア』。
だが、流石に死者が甦るのは問題だろッ!!




