第82話「大魔王学院・六時間目、知られざる歴史」
「革命を願った蛮族よ、貴方の意思を言ってみなさい」
溶け込んだ闇から抜け出るように現れたレジェリクエ女王陛下が、下半身を追い剥ぎされて息絶えそうなバルバロアへ手を差し伸べた。
それはまさに魔王の所業。
地に伏す敗北者を、見下ろし、見縊り、蔑み……そして掬い上げる。
そんな、真っ黒聖女のごとき慈愛に満ちた手がバルバロアの頬に添えられ、割と強引に視線を上にあげている。
……うん、その角度が限界だぞ。それ以上はもげる。
「くっ、何故、お前がここに居る……!」
「何故ってぇ、ブルファムに通じている貴方を監視していたからよぉ。監視者に支払う特別手当も、89日間となると結構安くないものねぇ」
「なんだとっ!?最初期からバレていたというのかっ!!」
89日間って、約3カ月か。
ずいぶん長い間泳がされてたんだなー。
つーか、そこまで来ると養殖されていたって表現の方が正しい気がする。
「あはぁ、そんな当たり前の事はどうでもいいわ。貴方の意思を余に掲げて見せて欲しいのぉ。女王と個人面談なんて、なかなかできないわよぉ」
「……よく見かける気もするが。まぁいいだろう。元平民には理解できないだろうが、真の貴族の深慮を聞かせてやる」
……いや、ドストレートに王族血統のはずだよな?レジィ陛下って。
だが、周りの反応を見る限り、バルバロアが勘違いをしているって感じもしない。
うーん、イースクリムなら事情を知ってるか?
そう思って振り返……あ、魔王の尻尾に絡まれてる。
「イースクリム、バルバロアは陛下の事を平民だって言ってるんだが……?」
「まずは助けろ。話はそれからだ」
「だよなー。リリン?」
「ん」
「がはっがは!マジ死ぬかと思った……。すーはー。陛下は国王継承に関する一切を秘匿している。だが、実家が娼館だというのは周知の事実だ」
「ふむふむ。それで」
「その結果、貧民街上がりの孤児が成り上がったっていうストーリーが出来あがった。というか、陛下自身が執筆した伝記本がこの国のベストセラーだ」
「あの壮絶な過去で金儲けだと……?」
「もちろん創作で、本にもフィクションだと明記されている。が、その本こそが真実だというのが、この国での常識だな」
なるほど、誰もが知りたいであろう尊敬している女王の過去。
それを女王自らが本にして売り出す事で、信憑性を持たせた。
そして、本にフィクションだと書いてあるのは諸事情で認められないからだと、勝手に思い込む。
なお、その本によると貧民最下層の孤児に生まれたレジェリクエは、小屋でゲロ鳥と一緒に暮らしていたらしい。
割と凶暴なゲロ鳥と一緒に住むって、なにその無理がある設定……って、現在進行形で一緒に暮らしてるじゃねぇか!
「レジェリクエ、お前の国政は間違いだ。だから、私はそれを正すべく行動を起こした」
このままだとゲロ鳥談義が始まりそうなので、バルバロアに視線を戻す。
すると、こっちはかなり真剣に話をしているっぽい。
俺の後ろではバルバロアに興味を失ったリリンが授業を再開しようとしているけど……とりあえず、こっちに集中しよう。
「父は厳格な法務大臣であり、レジェンダリアの秩序の番人とすら呼ばれていた」
「だが、チュインガムと一緒に処刑された。それによってフロマージュ家は没落したのねぇ」
「よくもぬけぬけと言えたものだなッ!お前が……お前が父をッ……!!」
なるほど、あの粛清はローレライさんじゃなくて大魔王陛下が起こした事になってる訳だ。
そしておそらく、レーヴァテインの事も伏せられ、バルバロアの目線では整合性の無い虐殺になっていると。
「お前は、当事の重臣貴族を皆殺しにし、平民の分際で女王へと成り上がった。そして貴族という概念すらも形骸化させ、力を奪い去ったのだ。だが結局、他国から有力者を集めることでしか国を維持できず、結果『レジェンダリア』という、他国が利権を争う場所になってしまっている」
確かに、バルバロアの言う事は一理ある。
この国の外務はテトラフィーア大臣が管理しており、内務もグオ大臣という、正体不明の成り上がり商人だという設定の人物が行っている。
しれっと授業から逃げ出してきたイースクリムに確認すると、他の要職も他国の元重臣が行っているのが多いらしい。
「一つ聞くわぁ。貴方が求めている貴族中心の『封建社会』。それは余が敷く国政よりも優れたものであるのかしら?」
「当然だ。ストロジャム様が国を継いだ後は、より堅牢な封建国家を作り競わせる事で、国力上昇を目指すはずだった。内政をしっかりを行ってさえいれば、侵略を繰り返さずとも国は安定して栄える事ができるのだ。だが、お前には理解できず、優れた国政を台無しにした」
ストロジャムは第一王子であり、順当に行けば国王になっていた人物だ。
なお、心無き大魔王授業を放棄したイースクリムは「俺は嫌いだぞ。チェスで勝てた事が無いんだ」って言っているので、かなりの人格者で優秀な人物っぽい。
「私はレジェンダリア国を愛していたのだ。父が育てていた未来を継ぐ事が、志半ばで死した父への弔いになる……。それが例え、他国の力を借りようとも」
そして、バルバロアが誇らしげに呟いた。
母国を裏切ってスパイをし、それを女王に摘発されていているのに、この態度。
不遜を通り越して清々しくなる様な表情に、俺も段々と肩の力が抜けて来た。
バルバロアにとって、これは正義。
尊敬する父を殺され、失った未来を取り戻す戦い――聖戦だったのだ。
ちょっと見直したぞ、バルバロア。
俺はお前の事を見てくればかりの貴族馬鹿だと思っていた。本当にすまん。
「なるほどねぇ。要約するとぉ、『亡くなった父の志を継ぐべく、レジェンダリアを封建国家へと戻そうとした。そうして安定した国を法務大臣として管理するのが、貴方の夢だった……』って事ね」
「そうだ。今更に語った所で何の意味もないこと――」
「あはぁ。かなり良い線いってるぅ。45てぇん」
「なんだと……?」
突然の点数評価に、バルバロアの目が見開いた。
かなり良い線とか言っておいて半分を超えていないのが非常に辛いが……大魔王陛下の顔は満面の頬笑み。
あ、これ、何か企んでるな?
「法務大臣の息子とはいえ、政務に関わっていなかった貴方が立てた志にしては上出来ねぇ。一見して矛盾しない理屈であり、夢もロマンもあるわぁ」
「それは……褒めているのか?馬鹿にしているのか?」
「褒めているのよぉ。優秀な操り人形だって」
「……なんだと!?」
突然の罵倒に、バルバロアの目が再び見開いた。
だが、バルバロアは悔しそうに唇を噛むだけで、一向に反論しようとしない。
指導聖母・悪性とやらに利用されたと気づいているらしく、小さく「ちくしょう……」と呟いた。
「貴方の夢は、理想であり、空論であり、机上論。都合のいい現実しか見ていない妄想であり、余の自伝本よりもファンタジーよぉ」
「ふざけるな!何を根拠にそこまで言うのだッ!!」
人生を掛けた革命をファンタジーと切り捨てる。
流石は大魔王。俺に出来ない所業を平然とやりやがる。
「貴方の政策にはいろんな矛盾があるけれど、大前提として、チュインガムやブランマンが行っていた国政は延命処置にしかならず、床に伏す病人のように死を待つばかりだった」
「なんだと……?何を言っている……?」
ん、話の雰囲気が変わったな。
レジィはここからが核心だという様に、纏っていた空気を一変させバルバロアを飲み込んだ。
……俺の後ろで、ぶにょんぶにょんドドゲシャー!が教師陣を飲み込んだのと比べると、凄まじい温度差だ。
「レジェンダリア国は安泰だった。それを証明する様に――」
「犯罪が他国と比べてて極端に少なかった。だから、旧時代のレジェンダリアは貧富の格差はあれど、安定した政治を行えていた。そう思っていたんでしょう?」
「……当然だ。犯罪を行うものがいないのならば、優れた国で間違いないだろう」
「確かに、犯罪が無いのは素晴らしい事ね。でもそれは、『犯罪を行ってまで、裕福になろうとする者が居ない』という事でもある」
「なんだと!?」
「それはねぇ、犯罪が頻発している国家よりも危機的な状況よ。犯罪の動機たる『他者よりも優れたい』という志すら持たない……そんな亡者しかいないのだから」
この国は、裏切りを受けた初代国王がレーヴァテインで友人を斬った事で出来た。
それ以来、前代の王を斬り伏せ負かす事で王位継承としてきたという歴史もある。
他者より優れたいという、人間ならば誰もが持っている欲求。
確かにそれで犯罪を起こしてしまうのはダメだが、それをさせない為に俺達には自制心がある。
だがもし、自制心を抱く前の……他人よりも優れていたいという感情まで無くしてしまったら、もう人間らしい生活が出来ないんじゃないか?
「ほんの僅かに存在していた『裕福な家庭』で生まれた貴方には実感が無かったのでしょうが、貧富の格差は最低レベルで安定していたわ。……余に弓を引いたバルバロア。貴方には罰として、水とトウモロコシのみの生活をして貰おうかしら?」
「食事という当たり前の権利を侵害するのか。トウモロコシだけ?まるでゲロ鳥の……家畜の餌ではないか」
「あはぁ。これが人間の食事ではないと?では、旧時代のレジェンダリア貴族は酪農家だったのかしら?」
「なんだと!?」
「水とトウモロコシ。これが余が女王になる前のレジェンダリア国民の平均的な食事。料理の有無はあれど、トウモロコシと調味料だけの食事をレジェンダリア国民は100年以上も続けていたわ」
「なん……だと……?」
……なんだと?
って、あまりの衝撃に俺までなんだと?って言ってしまった。
だが、トウモロコシだけで100年か……。
うちの腹ぺこ大魔王にそんな仕打ちをしたら、3日目で国を滅ぼすと言い出し、4日目の朝、街を壊滅させた終焉の炎で焼きおにぎりを作るな。
「これが、世界各国からレジェンダリアが『死んだ国』と呼ばれ、相手にされていなかった理由。『主食のトウモロコシさえ育てておけば国民は飢える事は無い』それが当時の国政だった」
「いくらなんでもそれは……だが、確かに、私の家でもコーンスープが毎日のように出ていた……?」
腹ペコ大魔王的には、毎日出すのはアウトだな。
リリンはコーンスープが好きだし、一週間に三回までなら許容されるぜ!
「トウモロコシは世界三大穀物であり価値が安定しているわ。場合によっては通貨の代わりにもなる優れた穀物。……だからこそ、他の国の物流の中でトウモロコシが途切れる事はない」
「確かに希少性はない。だがそれは、必要とされているという事ではないのか?」
「通貨の代わりにはなるけれど、貿易のカードにはなりえないわ。何故だか分かるかしら?」
「……分からん。必要とされているのならば、そこで取引が発生するだろう?」
「するわね。事実、レジェンダリアは国債をトウモロコシで支払っていた。だからこそ、賢王チュインガムですら、悪政だったと気が付くのに2年も掛ってしまった」
「どういう事だ?」
「トウモロコシには価値がある。だけど、その価値でさえもブルファム王国が管理していたわ」
「なんだと!?何故、レジェンダリアが付けた価値を他国が操作できる?」
俺が思い出しているのは、テトラフィーア大臣の母国・フランベルジュを中心とした経済戦争だ。
確かそれも……麦やトウモロコシの価値を乱して起こしたとされていた。
「乾燥させ長期保存ができるとはいえ、トウモロコシは食物。時間と共に価値を失うわ。だからこそ、その主導権は買い手側にある」
「買わずに待てば安くなると?そんな事をしていれば、飢えて死んでしまうだろう」
「そうね、トウモロコシをレジェンダリア以外から買っていないのなら、ね」
「なんだと!?」
トウモロコシは世界三大穀物だ。
いくらレジェンダリアがトウモロコシを生産しようと、大陸全体のシェアの半分に達する事は出来ないだろう。
だからこそ、トウモロコシを生産している国すべてに定期的な『買い渋り』をする事で、その価値を連鎖的に下げる事が可能となる。
「ブルファム王国は大国で国民も多い。この大陸最大の顧客たるブルファムへさえ売っていれば、外貨を得られて豊かになる……と、錯覚する」
「外貨があるなら豊かだろう。それで他国の品を買えるのだから……いや、待て。そうじゃない……?」
「そう。手に入れた貨幣の価値を決めているのはブルファム王国。荷馬車いっぱいのトウモロコシを売って得た金貨の山を、麦一本の値段とする事さえできる」
「なんだと……。そんな馬鹿な話が……」
バルバロアは信じられないと言った雰囲気だが、実際にそれは起こりうる事だ。
フランべルジュ国とノウリ国とギョウフ国。
この三国は同じ手段で、なんと数百年もの間、戦争を続けさせられていたらしい。
まったく、どっちが大魔王国か分からなくなる話だ。
「今でも、王宮金庫には蓄えられたブルファム王国の外貨が山のように積まれているわ。数百種類もあると見事なものだけれど、どれも骨董品以上の価値は無い」
「数百だと?馬鹿な、多すぎる」
「これが二つ目のカラクリ。ブルファム王国は流通させている外貨のモデルチェンジを繰り返し、その価値をリセットしている」
「なんだと!?……だが、使えなくなると聞かされれば交換を要求するだろう。何故それをしない?」
「使えなくなる訳ではないから、ねぇ」
「なんだと!?」
「ブルファムは『通貨のモデルチェンジは製造上の都合であり、以前の通貨の価値は保証する』とした。ならば、直ぐに全ての通貨を交換せずとも、自浄的に交換されていく。わざわざ費用を払って交換するのは手間だと思ってしまう」
「当然だろうな。価値が保障されている通貨を交換しろ言うのなら、費用はこっち持ちだ」
なるほど、最大の問題点であるモデルチェンジの費用を他国にも支払わせようとしたと。
だが、そんな損ばかりの事なんて誰もしない――誰も?
……まさか、ブルファムの真の狙いは!
「そう。わざわざ交換せずに使い切ってしまえば良いと、ブルファム以外の国はすべてそう考える。だから、ブルファムの旧通貨を欲しがる国はおらず、結果的にブルファム王国との取引にしか使用できなくなる」
「物流が強制されただと……?」
「そしてブルファムは、更に前の旧通貨の価値を段々と下げていく。『国に戻ってきた旧通貨は、銅としての価値しか無い』とか言ってねぇ」
俺には到底考えつかないであろう知略戦。
物と通貨と物流を使った戦争の絶対勝者こそブルファム王国であり、一度嵌ってしまったら抜け出せない連鎖地獄。
どうやら、ブルファム王国にも大魔王が住んでいるようだな。
「トウモロコシを中心とした国政を100年。この忌まわしき伝統の危険性に気が付くのにチュインガムでさえも2年掛ったと言っていたわ」
「チュインガム国王ですら、気が付かない程に巧妙だったと……」
「そして、気が付いても手出しができなかった。ブルファムはレジェンダリアからトウモロコシ以外を『買わない』。そして、他国に売れば、欲しくない旧通貨が来てしまうから『売れない』。レジェンダリアの経済はブルファムに依存する」
「なんと小癪な……」
「それを打開するにはブルファム以上の大国になるしかない。だがそれを成すには他国を奪うしかなく、恒久的な戦争状態になる事を意味する」
「なんだとッ!?」
「それか、ブルファムの植民地……家畜になるかの二択。そして、レジェンダリアの歴代の国王は家畜を選び続けて来た。だからこそ、余は――この大陸全土へ侵略戦争を仕掛けた」




