第79話「大魔王学院・保健室での破局」
「実は……私を暴行したリリンサの正体、それは、総指揮官たる無尽灰塵でしたっっ!!」
「うん。知ってた」
「…………………………………………………………………えっっ。」
バルバロアは決死の思いで謎の女に事実を伝えた。
この情報によってブルファム王国は情報戦で一気に優位に立ち、戦争に勝利。
敗戦国となったレジェンダリアの復興を名目とし、バルバロアが次期頭首になる『フロマージュ家』は再び大貴族へ返り咲く。
そんなバルバロアの夢物語が、脆く儚く崩れ去った。
たった7文字の言葉が自分の人生を崩壊させてしまうなどバルバロアは思いも寄らず、ただただ茫然とするしかない。
最も、そういった言葉の本質こそが『貴族』。
言葉という剣を取り、相手を刺し貫く鋭さを持つ者こそ、一流の貴族たり得るのだ。
「知っている……?知っていたというのですか……?リリンサの正体が総指揮官であると……?」
「かなり高い確率で総指揮官だろうと思っていた。ただ、確信じゃなかったから、確認する手間が省けたという功績はある。褒めてあげるよ、蛮族」
「褒められただけ……?私は、何もかも失ったというのに……?」
正確には、電話口の女は褒めていない。
褒めても良いという意思表示をしただけだ。
だが、貴族という見てくれだけを追い求め、本質をまるで学んでいないバルバロアは追及の言葉を持っていなかった。
程なくして流れた沈黙の間、バルバロアは冷や汗を流し続けている。
起死回生の切り札を失い、後は失敗を報告し懲罰を待つのみ。
電話の相手は本来ならば敵兵であり、その危険性くらいは承知しているバルバロアは、迫っている破滅の未来から逃げ出す為に上ずった声をあげた。
「か、確認が取れただけでも!それだけでも有益な情報ではありませんか!?永らく正体不明だとされていた総指揮官の正体ですぞ!」
「忘れているようだね。明日になれば、総指揮官は正体を現すと公言しているって事を」
「うぅ!?」
「いいかい、蛮族。総指揮官の正体については、もう、そこまで重要じゃないんだ。重要なのは、総指揮官が何を出来るのか、だ」
何も分からぬ子供を諭すように、謎の女はバルバロアを導いた。
その先に何があるのかなど、操り人形には理解できない。
「リリンサが何を出来るのか……?それならば有益な情報があります」
「聞こう」
「リリンサはぶにょんぶにょんドドゲシャーッ!を召喚し、軍団長セブンジード、ならびに、軍団将バルワンを転がしましたッッ!!」
「ぼくは擬音を使うなって言ったはずだが?脳味噌蛮族」
謎の女は、繰り返されるぶにょんぶにょんな報告に、バルバロアが精神魔法を受けている可能性すら考慮している。
もしやこれはレジェリクエの攻撃なのか?とすら思い始めているのだ。
……ぶにょんぶにょんドドゲシャーってなんだよ?
前の報告の時よりも明らかにパワーアップしているが、そもそも幻覚を見せられてたら話にならないぞ。
だが、バルワンが出て来たってのが気になる。
バルワンは終末の鈴の音の最高戦力であり、そんな奴の戦闘情報を敵に渡すに囮に使うか?
レジェリクエにとって有用な手札のバルワンの情報は伏せていた方が戦略上有利だと知っている謎の女は、疑いながらも一応聞いておくか程度の気持ちで話を促した。
「その口ぶりだとバルワンの戦闘を見たんだね?どんな武器を使っていた?」
「アパッチ・ナックルダスターです」
「アパッチ・ナックルダスター?普通のナックルダスターじゃなくてか?」
「いえ、軍団将バルワンが使用していた物には、第九堕落天使弾という魔法を破壊する弾丸が装填されておりました。『バルワンの拳は防御魔法を貫通する』という噂も、この弾丸をあらかじめ打ち込んでから拳を振るった為でしょう」
アパッチ・ナックルダスターねぇ。
確かに、それならば、いくつかの疑問が瞬時に解決する。
バッファを駆使した肉弾戦が得意なバルワンが大規模殲滅魔法を放ったなんて眉唾な話も、仕込み銃を使用していたのなら実現可能だ。
「へぇ、なるほど。興味深い話だが、キミ程度の実力で見破れるほど稚拙な技だったのかい?」
「……お恥ずかしい事に、私はまったく認知できませんでした。が、軍団将セブンジードが丁寧に解説しておりました!」
「情報部隊長がボスの戦闘を解説したのかよ。情報管理がガバガバじゃねーか」
いくらなんでも、そんなマヌケを敵に伝える訳が無い。
謎の女が知る限り、レジェンダリアから流れてくる情報は『軍団三将は英雄に近しい能力を持つ』などという、鼓舞する内容で統一されている。
その情報を巧みに利用し無血開城を頻発させる事こそ、レジェンダリア軍の基本戦術なのだ。
今更それを否定する意味はない。と思考をまとめた謎の女は、これはイレギュラーだったと当たりを付け、バルバロアの有用性を見直した。
「それで、肝心リリンサの戦闘能力、ぶにょんぶにょんドドゲシャー?ってのは」
「リリンサはバレーボールに『水害の王』を融合。その後『白き極冠』を融合させ『氷芸術の異形』へと進化。さらに『崇拝の異魚王』をも融合させ、『終海の龍異形』という魔法を創り出しました」
「そもそも魔法の核にバレーボールを使ったのが謎すぎる」
「この魔法は本体の大きさ約30m。触手一本の長さは40mはありました。それらが無数に這いずり生徒を捕食するのです」
「無駄にでかいし、生徒を喰うって、なにそのホラー」
やっと有益な情報を報告出来たと喜びを感じたバルバロアは、どうにか冷静を装いつつ話を続けていく。
そして、謎の女は迫りくるぶにょんぶにょんドドゲシャー!を想像してゾっとしつつ、情報の本質を脳内でまとめた。
要するに、総指揮官・リリンサはランク9の魔法を無詠唱で使いこなし、しかも合体までさせたと。
流石は、レジェリクエが公然と『生きる決戦兵器』と呼んでいる女だな。
何でそんな事が出来るのか、マジでまったく意味が分からないが……どうやら、幻覚って感じじゃ無さそうだ。
っち、バルバロアだけじゃ信憑性に掛けるな。
正確な情報は悪才の間者からの情報を聞くとして……先に総指揮官の顔だけでも把握しておくか。
「まぁまぁ有益な情報だったよ。蛮族。これで写真を送ってくれれば、キミの将来は安泰だ」
「……そ、そにょことで……ご報告するべき失態がございます」
コイツ、やらかしやがったな。
バルバロアの声を聞いて瞬時に悟った謎の女は、可能な限り優しい声色で話を促した。
もちろん、情報を聞き出す為の罠だ。
「失態なんて誰にでもある。話してみな」
「お、お預かりしていた魔道具がリリンサに接収されました。中に保存していた写真も一緒に……です……」
「取り返す手段は?」
「こ、試みましたが、失敗し……リリンサはテトラフィーア大臣に魔道具を提出すると……」
うん、コイツは殺そう。よし、決めた。
ほんの0.1秒でバルバロアの運命を決めた謎の女は、これ以上この愚図に付き合うのは時間の無駄だと判断した。
バルバロアが間者だとバレた事自体は問題ない。
そろそろ切るつもりだったし。
だが、あの魔道具の転送先は僕の手元。つまり、何らかの攻撃手段に転用される可能性がある。
ならば、魔道具を開ける為の生体認証の鍵たるバルバロアはさっさと処分した方が良い。
強引な手段となるが、本命の間者に命令し屠殺してしまおうと話を打ち切ろうとして……バルバロアが喚き散らしていた言葉が耳に止まった。
「リリンサの写真は闘技場にありますッ!!これから向かい、必ずや手に入れて見せますッッ!!」
「なに?どういうことだ?」
「リリンサ、それとユニクルフィンは一か月前に闘技場に出場しているらしいのです。驚くべき事に、その試合には軍団将セブンジード、ナインアリアなども出場しており――」
「……いいね。その情報、すごくいい」
謎の女は、仕込んでいた策謀が上手く嵌っていた事を知り、とても気分が良くなった。
様々な要因が重なった末に同盟を結んだ『準指導聖母・悪逆』。
闘技場は彼女の支配地だ。
「蛮族、起死回生の一手を打ったね。その情報が無ければキミの体は千々に引き裂かれ、ゲロ鳥の餌になっていた所だ」
「えっ……。」
「だが、総指揮官の戦闘映像という途轍もない有益なモノがもたらされた。懲罰を通り越して恩賞を与えるに値する」
謎の女は思案する。
正体不明だった総指揮官の戦闘映像を直接確認する事ができ、冒険者としての経歴を追う事も出来ると知ったからだ。
悪逆とは同盟を結んでいる以上、闘技場でのリリンサの映像が欲しいと言えば見せてくれる。
それで大体の性格や傾向が掴めるし、そこから他の心無き魔人達の統括者にも到達できるだろう。
不安定機構の冒険者支部の大半はラルラーヴァーが掌握しているが、すべてではない。
ならば、リリンサやユニクルフィンといったレジェリクエの手札がオープンになるのも時間の問題だ。
「有益な部下たるキミを失うのは惜しい。正体がバレてしまった以上、レジェンダリアから一度離脱した方がいいね」
「私が国を出るのですか……?」
「一時的にさ。だが、キミは主武装たる『語らずの剣』を無くしてしまっているね?いくら有能なキミでも丸腰での離脱は厳しい」
「えぇ、その通りです。ですので――」
「だからキミには、ぼく秘蔵のとっておきな魔道具をプレゼントしよう。《召喚転送》」
謎の女は、バルバロアを処分するという意見を変えて……いない。
ただ、無価値なゴミを処理するだけよりも、ゴミを敵に投げつけて嫌がらせをした方が良いと意見を改めただけだ。
「こここべぁ!?こればっ!?」
「良い魔道具だろう?」
保健室のベットの上で、バルバロアは震えている。
目の前に突然、悪魔を模した様な禍々しい狂気を溢す外骨格が現れたからだ。
それは、生贄の血液を固めて削り出したかのような色の金属が至る所から突き出し、内部に人間を取り込むことで初めて意味を成すような……、見るに堪えない骨人形。
そんな恐ろしい魔道具を目の当たりにして、本能的な恐怖がバルバロアを支配している。
「はひぃ!はっはっはっはっはっ……」
「死にたくないなら手に取りたまえ、バルバロア」
自分の名を呼ばれ、生き残る手段は示された。
ならばこそ、バルバロアに残された選択肢など一つしかない。
掻き立てられる恐怖から逃れるために、バルバロアは外骨格へ手を伸ばした。
触れてはならないであろう禁忌に、自ら手を伸ばす。
その結果、どれだけ恐ろしい結末を迎えるかなど、思考を捕らえられたバルバロアには分からない。
そして。
外骨格は嬉しそうに脈動した。
差し出された腕を金属板で刺し貫き、バルバロアの体を引き寄せて贄とする。
バギンバギンと何枚もの金属板がバルバロアへと連結され、人ならざる姿へと変貌し――。
バルバロアが抱いていた恐怖、その感情の全てが怒りで染まった。
「ここここ、殺すッ!総指揮官をッ!!私の国をおかしくした悪魔共をッ!!殺し正して、もう一度、私がぁああああ!!」
「あーらら。流石は呪いの装備品。容赦なくバルバロアの自我を殺してくれたね」
まるで喜劇でも起こったかのように、謎の女は悲劇を聞いて二コリと笑う。
満足のいく結果が手に入りそうだと、しばらく様子を窺う事にした。
「しししししぃ……尻だッッ!!まずは尻を殺すぅ!!徹底的に尻ォォォォッッ!!」
「……。自我死んでるのかビミョーだな。まぁ、女の尻を狙うとか、社会的には死んだのは間違いない」
「ドコダッ!!どこにいる!?リリンサァァッッ!!」
「そうだねぇ。外で訓練でもしてるんじゃないかい?行ってみなよ」
「校庭かッ!!」
感情の全てが怒りで染まっているバルバロアは、己が欲求を満たすが為に走り出した。
偶発的に手に入れた力を振りかざすなど、貴族ではない。
そう思う心はもう、彼には残されていないのだ。
「この私をここまで馬鹿にした罪は重いぞリリンサッッ!!この力を以てして、お前に鉄槌をくれてやるノダッ!!」
「ヴィギルンッ!?!?」
「お前も見ているが良い、タヌキィィィッッ!!」
すれ違ったタヌキでさえ、なんだコイツ!?と思う程度にパワーアップしたバルバロアが昇降口のドアを蹴り破った。
そうして静かになった保健室、そのベットの上にあった通信機から謎の女の声が漏れ出る。
「攻撃力が高すぎる代償に、自我を失う呪いの装備か。それでリリンサを傷つけられるなら良し、傷つけられなくとも本命の間者が戦闘情報を得てくれるだろう。どっちにしても、ぼくには得しかない。精々頑張ってくれたまえ、バルバロア」




