第76話「大魔王学院・お昼休み、給食のお時間!」
「給食~給食~~。ついに給食の時間が来た!これで勝てる!」
「給食が無くても勝ちまくっただろ」
迫りくる給食との邂逅を、今か今かと腹ペコ大魔王さんが待ち焦がれている。
椅子に座ってそわそわしているリリンのご機嫌は最高潮で、10分前にトップ軍人をひれ伏せさせた人物と同じだとは到底思えない。
……つーか、どんだけ楽しみなんだよ!?
そんなに給食って魅力的なのか?
「サーティーズさん、給食ってそんなに良いのか?ここまで落ち着きのないリリンは珍しくてさ」
「給食はとても良い物ですよ。栄養のバランスが良く、美味しく、そしてなにより250エドロととても安価です。ここが重要です!」
「へぇー、一食250エドロか。安いな」
「これが城下町だとそうはいきません。250エドロだと焼き鳥二本とコップ一杯のおさ……お水くらいしか飲めないです!!」
おい、サラっと学生が言っちゃいけない事を言おうとすんな。
つーか、焼き鳥を選ぶなんてチョイスが渋すぎるだろ。
それにしても、250エドロの食事にここまでリリンが食い付くとは予想外だ。
いつもは一品2500エドロ以上もする料理を注文しまくってるからな。
せっかくだし、この学校で健康的な食事量を学んで欲しい。
……で。
「ない……ないっ……。私の手帳が、どこにもない……っ!!」
楽しく会話している俺達の横には、必死になって自分の机を漁っているバルバロアがいる。
リリンが総指揮官だと暴露した後、俺達は和気あいあいな雰囲気で教室に戻ってきた。
総指揮官に質問をしたい人、サインをして欲しいとお願いする人、何故か俺に絡んでくるイースクリムなどが押し寄せた結果、かなり騒がしくなってしまった。
そんな訳で非常に楽しく戻ってきた訳だが、バルバロアは教室に入るなり自分の机に突撃。
そして、中身をひっくり返す勢いで取り出して行き……お目当ての写真帳が無い事に気が付いてしまった。
「なぜ手帳が無いッ!?あの手帳が無いと、私は……私はっーー!」」
錯乱したバルバロアが、ペンケースのファスナーを開けたり閉めたししながら絶叫している。
落ち着け。そこにはどう考えても入らないだろ。
確かに、あんな手帳は絶対にクラスメイトに見せる訳にはいかない。
テトラフィーア大臣と言えば、心無き魔人達の統括者と一緒に母国を滅ぼした英傑として非常に人気があるらしいし。
で、バルバロアが探しているのは、テトラフィーア大臣の盗撮写真。
受け入れられるどころか、蔑まれるのは時間の問題だ。
「サティ!私の机の近くに、これくらいの大きさの手帳が落ちて無かったか!?」
「手帳?それが?」
イースクリムやナインアリアさん達クラスの半数は給食当番として配膳室に向かっている。
だからこそ、バルバロアが話しかけられるのはサーティーズさんぐらいしかいなかった。
だが、サーティーズさんは冷ややかな大魔王な眼差しでバルバロアを睨み付けた。
テトラフィーア大臣の生着替え写真を見ているサーティーズさんは、ゴミ虫へ語りかけるがごとく口を開く。
「手帳?それは必要なモノですか?」
「……必要だ。これから使う予定があるのでな」
……おい、何に使うつもりだ?バルバロア。
事と次第によっちゃ、お前のぶにょんぶにょんきしゃー!をぶにょんぶにょんドドゲシャー!!するぞ。
「へぇ、何に使うんですか?」
「そ、それは……」
「答えられませんよね?そうですよね。テトラフィーア様の生着替え写真を何に使うかなんて、言える訳がありませんよね?」
「なんだってッ!?何故、中身を知って――」
サーティーズさんがドエスな雰囲気で追い打ちを仕掛け、慌てふためいたバルバロアが視線を周囲に走らせた。
そして、平均をちょっと超えてニコニコしている大魔王さんを見て硬直。
この大魔王リリンはバルバロアの秘密の写真帳を乱雑に持って、フラフラと揺らしていらっしゃる。
大魔王に人質(?)を取られてしまったバルバロア、絶体絶命のピンチッ!!
「おい、リリンサ!!何でそれをお前が持ってる!?!?」
「机を漁ったら出て来ただけ。ちゃんと管理してない方が悪いと思う!!」
「いや待て、おかしいだろ!?何で人の机を漁った方が誇らしげにしてるんだッ!?」
……確かに。
だが、そんな綺麗ごとは通用しないぞ。
そこに居るのは自分の正体を暴露して開き直ってる腹ペコ大魔王。
ちょっと刺激すると尻尾を出してくる超危険人物だ。
「返せ!!返してくれッ!!それは大切なモノなんだ!!」
「返せる訳ない。特に最後の3ページはとても酷い。図太いテトラでも困惑するレベル!」
「なんだとっ!?見たのかッ!!中身を見たのかッッ!?」
「見た。みんなで」
「なんだと……?ば、馬鹿な……。」
リリンの無慈悲は暴露によって、バルバロアは膝から崩れ落ちた。
うん、これは酷い。
俺が見聞きしてきた中でも、トップクラスに酷い。
自分の性癖をクラス中に暴露されてしまったバルバロアは、何かが終わってしまったかのような複雑な表情で天井を仰ぎ見て……。
唐突にリリンに突撃した。
「か、返せぇぇ!!うおおおおおッッッ!!」
「逆上するにしても、もうちょっと頭を使った方が良いと思う。えい!」
リリンは平均的な普通の顔で華麗に回避し、ついでに足を引っ掛けた。
勢いよく頭を激突させたバルバロアは床でうめき、激突された教壇にはヒビが入っている。
……頭を使うって、そういう事じゃないと思うぞ。
「返せ、返してくれ!!それが無いと私は!!」
「どうなるの?もしかして……怒られるとか?」
「お、怒られる……?そんな訳ないだろう?そ、それは私の私物だぞ……?」
「ふーん。ねぇ、総指揮官の私に逆らうの?……明日から私の部下になるのに逆らうの?」
ついに脅迫を始めやがったぞ、この大魔王ッ!!
パワハラで訴えた先に居るのも大魔王という盤石の体制が、物凄くえげつないぜ!
「どうしても返してくれないのか……?」
「この写真帳は総指揮官たる私が一度預かる。当然、問題なければ後で返す」
「問題なければ……だと……?」
「この写真帳をテトラに確認して貰う。テトラが問題ないと言ったら返してもいい」
「そんなの絶対に無理だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大魔王さんの平均的な死刑宣告を受けて、バルバロアが逃げだした。
盗撮被害者に写真を見せて、「どうする?許す?」って聞くとか、絶対に許される気がしない。
これは流石に、ちょっと可哀そうになってきたな。
「リリン?流石にバルバロアが可哀そうだぞ?テトラフィーア大臣に見せるのはやめとけって」
「……見せた方がいいと思う」
「いや、そもそも写真を売ったのってレジィ陛下だろ?バルバロアだけが悪者にされるのはどうかと思うんだが?」
「……バルバロアは怪しい」
「はい?」
「バルバロアはやっぱり怪しい。敵な気がする!」
バルバロアが敵……?
あんなぶにょんぶにょんきしゃーに尻を掘られる様なアホがか?
この流れは机を漁った時と同じ流れだが、まだリリンはバルバロアの事を疑っていたらしい。
平均的な疑惑顔でむぅ……と唸り、持っている写真帳を机の上に置いた。
「アイツが敵って、白い敵の一味ってことだよな?何か確証があるのか?」
「バルバロアがイースクリムにボール当てた時に使った魔法『蠢く火山泥流』はランク7の魔法。感じ的には《超高層雷放電》に近い」
「超高層雷放電だと?かなりの威力の魔法だよな?それ」
「もちろんそう。しかも、蠢く火山泥流は広範囲を攻撃する魔法のはず。そんなものをボールを爆発もさせずに纏わせるとか冒険者のトップクラスでも難しい」
「まじかよ。じゃあ、何らかの理由で実力を隠してるのは確定か……」
バルバロアが隠していたのが『鋼鉄の黒芙蓉』だけなら、一家直伝の魔法だから覚えていると言われれば納得する。
前に聞いた話だが、高位の魔法を隠し持っている冒険者は結構多いらしく、それは生命線であるからこそホイホイと他人に教える事はないそうだ。
だからこそ俺はバルバロアを疑っていなかった訳だが……こうも立て続けに魔法を連発されると確かに怪しい。
ドッチボールなんかに隠していた切り札を使う奴なんていないだろうし、裏を返せば、このランクの魔法を常用しているという事になる。
これはホントにバルバロアは敵……なのか?
「それに、私の読みでは、レジェとテトラがワザと情報を流しているような気がする」
「なに?そうなのか?」
「という事で、給食を食べたら速やかにテトラに連絡して確認しようと思う!」
「あら、私にご用ですの?」
「……は?」
「あれ、テトラが呼ぶ前に出てきた。なんでいるの?」
リリンが平均的な悪だくみ顔で写真帳を手に取った瞬間、教室のドアが静かに開いた。
そこに立っていたのは、薄ピンク色のドレスを翻した麗しのゲロ鳥姫君。
テトラフィーア・Q・フランベルジュ。その人である!!
「いくつか所用がございますの。ところで、リリンサ様は私にご用がおありの様でしたわ。先にお聞きいたしますわよ?」
「そう?じゃあこれを見て欲しい」
ホント、この国の官僚の隠密スキルが凄過ぎる。
テトラフィーア大臣は有名人であり、憧れの対象だ。
そんな人がいきなり学校に来たら騒ぎが起こってしまう気がするのに、生徒の誰ひとりとして騒いで……って、これ、驚き過ぎて声にならないって奴だな。
サーティーズさんが「はわわわわわわ……」って震えながら櫛を取り出し、必死に身だしなみを整えている。
「へぇー、とても高価な魔道具ですわね」
「見ただけで分かるの?」
「分かりますわよ。王族が書物をしたためる時に使うものですから。解錠されているようですが、それはリリンサ様が?」
「そう。創生魔法の知識がないと開かないし、テトラでも難しいと思う!」
「確かに今の私の知識では開けられませんわね。後でやり方を教えて頂きたいですわ」
「分かった。時間がある時にでも教えてあげる」
この大陸最大の悪魔契約が、目の前で結ばれようとしているんだが。
この際、何でバルバロアが王族が使う様な魔道具を持っているのか?はいいとしよう。
……だがな。
本格的大魔王・テトラフィーア様が秘匿文書を開けられるようになるのは大問題だろ。
「リリンサ様、中を拝見してもよろしくて?」
「いい。けど、覚悟が必要」
「覚悟?そんなに重要なじょうほ……」
あ、本格的大魔王さんが固まった。
って、そりゃそうだろ。
どんな文書が出てくるのかと身構えて開けば、自分の顔写真が出てくるとか予想できる訳がない。
無言でページを捲っているテトラフィーアさんだが、今のところは怒って無さそう。
むしろ呆れ返っているというか……友達が仕掛けたいたずらに気が付いたって雰囲気だ。
んー、これならバルバロアは処刑されなくて済みそうだな。
反省房でぐるぐるげっげー!って言ってれば許されるかもしれない。
「まったく陛下は……。ちょっとサービスし過ぎですわよ」
「サービス?どういうこと?」
「この被写体になった人達は他国の姫や高官で、熱狂的なファンがいますわね。この写真も、支配下に置いた国に『元気に暮らしています』という証拠として陛下がこっそり撮ったものですのよ」
日常盗撮写真に、そんな意味が。
テトラフィーアさんは表現をマイルドにしているが、実際は脅しの意味を含んでいる気がする。
『あなたの所の姫は楽しそうな毎日を送ってるわぁ。今のところはねぇ』って感じだろ。大魔王的に考えて。
「それで、これは誰のですの?」
「バルバロアっていう生徒。知ってる?」
「勿論ですわ。軍へ推挙する認可書の判子は私も押しますのよ」
「それでどうする?転がす?」
リリンさん!?
何でそんなに楽しそう!?
つーか、絶対に敵だって確信してるよな!?
「まー、この程度の写真なら許容範囲ですわ。一応、本気で嫌がりそうな子の写真は無いですし」
「そうなんだ。テトラも凄いサービス精神だと思う!」
「これくらい健全ならば問題ありませんわよ。中には、もっと殺意がわ――。」
バルバロアが許されそうになった瞬間、テトラフィーアさんが再び硬直した。
……辿りついてしまった様だ、巻末の数ページに。
「こ、これ……。ユニフィン様は見ましたの?」
「……見た、かな?」
「……そうですの。《陽炎を宿す揺籃は、やがては大樹を糧とするだろう》」
「は?」
「《見渡す限りの焔の中で目覚めた息吹が飛翔する。高く高く舞いあがり、やがては星を見渡すだろう》」
「えっ、ちょっと待って。なんか凄そうな詠唱が始まったんだが……?」
「《陽日すら仄暗く染めた火輪は、大地を闇へと回帰せん》」
テトラフィーアさんはボソボソと呪文を唱えながら、写真帳を手に取って歩き出した。
向かった先にあるのは、窓。
一切の躊躇を見せずに手を枠へ掛け、カラカラと横に引いて窓を開ける。
そして――。
「なんて事してくださいますのッッ!?!?陛下ぁぁぁぁぁぁっっ!!」
勢いよく写真帳を窓の外にブン投げ、心の底が揺らぐような美しい声色で叫んだ。
「こんなもの、存在が有罪ですわッッ!!《永久ノ火葬鳥ッ!》」
窓の外に勢いよく投げ捨てられた写真帳が、巨大な不死鳥に咥えられた。
轟々とスカーレッド色の炎を撒き散らしながら不死鳥は天空へ舞い上がり、やがて、太陽の光を塗り潰さんばかりに輝いて有爆。
こんなに離れた場所に居るってのに、吹き出された熱波によって肌がひり付く。
これはどう考えても、ランク9の魔法だぜ!
「ホントにッ!!陛下はッ!!あぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
そして、大魔王テトラフィーア様は顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいらっしゃる。
……。
…………。
………………今すぐ逃げろ。バルバロア。
今度は不死鳥が、お前の尻を狙いにいくぞ!!




