第74話「大魔王学院・四時間目補習、校庭に散るぶにょんぶにょんドドゲシャー!」
「ま、見てろって。剣皇様流の剣技じゃないが、代わりに英雄直伝の剣技を見せてやるよ。《覚醒せよ、神壊戦刃グラム=終焉にて語りし使命!」
ぶにょんぶにょんドドゲシャー!が3匹も降臨するという混沌が起こってしまった今、俺も悠長に構えていられない。
バルバロアやセブンジードが食われる分には「まぁ、いいかな?」と思うが、まだ軍人になる事が決定していない人達が餌食にされまくるのは可哀そうだ。
俺はグラムを真正面で構え、親父との訓練で何百回と繰り返した覚醒へのプロセスを踏んでいく。
グラムの中心に存在する核。そこに俺の魂を注ぎこみながら同化し、願うのは……この世界の万物、あらゆるモノを破壊する力だ。
目覚めろ、グラム。
絶対なる破壊の力を振りかざし、ぶにょんぶにょんドドゲシャー!を絶滅させた……エンドロールを、校庭に刻め!
「うっそだろ?剣の形が変わっただと……?」
「あぁ、そりゃ神殺しを見るのは初めてだよな。この剣は凄いぞ、ぶっちゃけリリンの桜華よりも遥かに格上だ」
覚醒したグラムの姿は、白き柄と黒き刀身で構成された片刃大剣。
持ち手と刀身を繋いでいるエンブレムには虹色の魔法陣が描かれ、そこから力と破壊の衝動が俺の体へ流れ込んでいる。
剣の先が半月状に広がっているこの剣は、突き刺すよりも薙ぎ斬る事に特化。
覚醒前のグラムが両刃剣だった事を考えると、全くの別物と言って良い。
そんなグラムの変化に気が付いたイースクリムは、到底信じられないといった雰囲気で視線を送り続けている。
そして、俺に左手に装着されたガントレットにも気が付いた。
「うわっ手甲まで付いてるし。それも剣が変化したものだってのか?」
「そうだぞ。色々と常識外な剣だって理解してくれればいいぜ!」
「そんな雑で良いのかよ!?剣の種類が変わるなんて聞いた事がないんだが!?」
「いいんだ。なにせ、グラムの性能を見たら剣の種類とかどうでも良くなるしな。……つーことで、ちょっと行ってくるぜ!」
いよいよ、イースクリムと話している場合じゃ無くなってきた。
大魔王に抗う事を止めたセブンジードが触手鮫に丸飲みされかけているし、前衛で頑張っているバルワンさんは虫の息。
今のところはギリギリで耐えているようだが、絶え間ない360度触手鮫攻撃が容赦なく体力を削ぎ取って行っている。
一方、リリンもだいぶ消耗が激しいようだが……あ、再び触手でイスとテーブルを作って、優雅にティータイムを始めやがった。
物量戦を仕掛けているのに自分だけ補給するとか、流石は大魔王。やる事が汚い!
「おい、ちょっとまー」
「怪我するから離れてろ、イースクリム!……いくぜ《破壊への恩寵ッ!》」
覚醒したグラムの真価は、攻撃対象が破壊に至るまでのプロセスを見通せる事にある。
それを可能としているのが、この『破壊への恩寵』だ。
このグラムの機能は、刀身から発せられている衝撃波が戦闘フィールド内にある物質を透過し反響。
対象物が持つ『破壊値数』を解析し、その物体を壊す為に必要な力の値を俺へ示してくれるようになる。
簡単に言うと、この魔法を発動した事により、防御魔法ですら解析し真正面から攻略できるようになるという、絶対破壊の名にふさわしい鑑定眼を得たわけだ。
そんな俺の今日の獲物は、見るからに斬りにくそうな物体・ぶにょんぶにょんドドゲシャー!
つーか、ホントに斬りにくそうだな。
斬ったら断末魔の叫びとか発しそうだし。
一気に決着を付けるのを目標に、本気で行くとしよう。
「《空間破壊》」
イースクリムを置き去りにして走り出した俺は、バルワンさんを追い詰めている終海の龍異形を見据えつつ、空間をグラムで薙いだ。
俺が願ったのは、神の概念『空気抵抗』の破壊。
人間は水中では速く走れない。
水の中では、800倍から900倍の抵抗を受ける事になるからだ。
なら、空気からの抵抗すらも解放された今の俺は……?
その答えは簡単だ。
たった3歩の跳躍で終海の龍異形に肉薄した俺は、その反応を上回るスピードでグラムを振り回した。
一瞬にして粉微塵にされた触手鮫が80匹を超え、ワンテンポ遅れて交戦中だったバルワンさんが声を荒げる。
「誰だキサマッ!!」
「敵じゃねぇから安心してくれ。俺はそうだな……7人目の心無き魔人達の統括者だ」
ギリギリの戦いをしている最中に、見知らぬ男が乱入する。
バルワンさんの目線で言えば、これ以上混乱する事はないだろう。
だからこそ、誰にも聞こえない程度の声量でド直球な自己紹介をしてみた。
大魔王の友達って言っておけば大丈夫だろ。たぶん。
「なんだそれは聞いた事がないぞ!?誰だキサマッッ!!」
……あ、失敗したっぽい。
まぁいいや。
どうせリリンが正体を暴露すれば誤解が解けるんだし、先に触手を片付けてしまおう。
適当にグラムを振り回していると、やっと反応が追いついてきた残りの触手鮫が俺を包囲した。
一気に丸飲みにするべく、大きく口を開けて突撃をしかけようとしている。
……うん、流石は腹ペコ大魔王が生み出せし化物。歯並びがめっちゃ良い。
こんなのに丸飲みされたとか、生徒達は間違いなくトラウマになっていると思われる。
よーし、仇は俺が取ってやるぜ!
「《重力破壊刃!》」
破壊への恩寵を発動している俺は、どの触手鮫に原初守護聖界が掛っているのかが一目で分かる。
さらに、原初守護聖界が掛っている触手は動きが僅かに鈍い。
これは魔法の外部と内部で認識にタイムラグが発生するからであり、原初守護聖界の唯一の弱点だ。
だからこそ、そんな鈍い触手鮫に今の俺が捕まるはずがない。
軽々と触手鮫の荒波を潜り抜け、終海の龍異形の飾りな口にグラムを差し込めばゲームセット。
絶対破壊のエネルギーが終海の龍異形を蹂躙し、木端微塵に吹き飛ばした。
「馬鹿な……。あの巨体を一撃だと……?」
「これが世界の覇者達の戦い。あんた達の総指揮官も、俺と同じ次元に居るんだぜ」
「な……に……?」
「まだまだ遊ばれてるってことだよ。あっちの二匹も片付けてくるから、ゆっくり観戦してたらどうだ?」
「待て――」
30mもある巨大な本体といえど、グラムの絶対破壊の力には抗えない。
そして、人質が取り込まれていないのなら、手加減なしにぶっ放せるってもんだぜ!
混乱しまくっているバルワンさんを置き去りにして、俺は2匹目の終海の龍異形へ視線を向けた。
コイツはセブンジードに襲いかかってた奴……あ、やばい。足首しか見えねぇ。
触手鮫の口をパンパンに膨らませて、じっくりたっぷり味わっていらっしゃる。
……今更だが、セブンジードはぶにょんぶにょんきしゃー!に好かれてないか?
尻を穿つどころか、いつの間にかボールを自動で捕捉する魔王の尻尾っぽい感じに進化してたし?
「うーん。セブンジードを飲み込んでるのは原初守護聖界が掛ってる奴だな。しょうがねぇ、ちょっと頑張るか《三次元脱却》」
覚醒グラムのフルパワーで斬りかかれば、この程度の原初守護聖界なら両断出来る。
……セブンジードごと。
それはちょっと洒落にならないし、もしもセブンジードが飲み込まれてしまえば、内部を移動している間は攻撃できなくなってしまう。
そうなると非常に面倒なので、手っ取り早い方法を取る事にした。
俺は先程と同様に空気中でグラムを何度か薙ぐ。
だが、今回狙ったのは『空気抵抗』ではなく、『空間そのもの』。
この三次元世界を構成する『縦軸』『横軸』『奥行き』の内、移動を司る『縦軸』と『横軸』の概念を破壊。触手の上下左右移動を封じた。
「後は掴んで引っ張りだすだけだな。惑星重力制御を宿した、この左腕で!」
見えていたセブンジードの足首を掴み、服に沿わせる形でガントレットに蓄えられている重力を注ぎ込む。
セブンジードをN極。触手の内部をS極に設定し、身体全体を覆った所で一気に引き抜いた。
「てい!」
「ぶにょんぶにょん、きぃしぁあああああああああああ!!」
「あ、生きてた」
「精神的には死んだぞ!?死んだばーちゃんと三途の川で混浴してきたぜッ!」
「かなりギリギリだな。色んな意味で」
俺には祖母として思い浮かべる人はいないが、ブン殴りたくなるじじぃなら知っている。
あんなショボくれた夜叉と三途の川で混浴?
……三途の川じゃないな。普通に地獄だ。
「つーか、助ける気があるんならもっと早く助けろよ、ユニクルフィンッ!?」
「あれ?俺が助けに入れた事に疑問は無いんだな?バルワンさんなんか、目をこじ開けて活目してるぞ?」
「……なんだあの顔。バナナを取られたゴリラみてぇな顔しやがって」
バナナを取られたゴリラ?
強盗犯はクソタヌキだな。間違いない。
「ユニクルフィン、お前が強い事なんか知ってるつーの。あのコンクリート並みの恋愛感覚な総指揮官がぞっこんなんだぞ?どっかで起こったって噂のドラゴンフィーバーを狩り殺しても不思議じゃねぇとすら思ってる」
「不思議じゃないな。やったの俺達だし」
「アレもテメェらの犯行かよッ!?だとすると、指導聖母・誠愛ってやつも大魔王か!?」
……正解!
その大魔王はリリンを調教した疑惑がある、大魔王の中でも一二を争う腹黒さんだ。
「とりあえず、事態の収拾を図る為に生徒を集めておいてくれ。セブンジード先生?」
「……授業だったっけな。これ」
俺の言葉で本来の目的を思い出したセブンジードは、慌てふためいている生徒を一か所に集め始めた。
ある程度は集合していたらしく、サーティーズさんが率先して指揮を取っている。
そういえば、敵チームなのにサーティーズさんは喰われずに済んだな。
んー、「……はわわわわ!」って言ってるし、運が良かっただけか。
「さてと。《重力破壊刃》」
身体の一部を拘束された終海の龍異形は逃げる事は出来ず、俺が飛ばした斬撃があっけなく貫通。
イカの頭の中にある核が真っ二つに両断され、見る見るうちに崩れていく。
「これで残り一匹。で、俺の予想が正しければ……」
「むぅぅぅぅ!良い所だったのに!!邪魔しないで欲しい!!」
……ほら来た。
ご機嫌ナナメ・大魔王リリンだ。
一応正体を隠している事を忘れていないらしく、魔王シリーズは出していない。
だが、余裕たっぷりで玉座に座っていた面影はなく、終海の龍異形の上に立ちながら星丈―ルナをキラキラさせていらっしゃる。
正真正銘のボス戦だな。
俺、この戦いが終わったら……みんなと給食を食べるんだっー!!
「いやいや、どう見てもやり過ぎだったぞ。生徒を怯えさせてどうするんだよ?」
「セブンジードもバルワンも軍人。だから問題ない!!」
「一般生徒も喰い荒しただろうが!?」
「むぅぅ。こうなったら、ユニクもぶにょんぶにょんドドゲシャーしてあげる!」
「やってみな!」
今まで遊んでいたリリンは本気を出すようで、複数の触手鮫を手元に引き寄せた。
そして、その口の中に魔導書を投げ込んでいく。
厚さからいって、ランク9っぽい。
「……何をするつもりだよッ!?」
「《魔導書の使用・凝結せし古生怪魚!》」
うぉぉぉぉ!?
触手鮫が小さい魚を吐きだしやがったッ!!
これはリリンお気に入りの、触れた物体の分子運動を阻害して凝結させてしまうランク9の魔法。
その理屈は色々と不明だが、要するに触れた物体が化石になるという、かなーり威力の高い奴だ。
第九守護天使を纏っている現状、ワンミスで敗北はあり得ないが……わざわざ攻撃を喰らう趣味はない。
小魚を吐き散らかしながら突撃してくる触手鮫を目視し、その強度を把握。
リリンが掛けた防御魔法が薄い場所を狙い、グラムを滑りこませる。
「《重力破……》」
「ん!《魔導書の使用・火霊が宿る溶鉱炉!》」
突如、俺の足元の地面を弾けさせ、真っ赤に燃えた触手鮫が出現した。
鋭い牙そのものが灼熱の可燃物と化し、俺を食い千切ろうと襲い掛かる。
このタイミングで馴染みのない魔法か。
この大魔王さん、随分と張り切ってるな。
そして、迫って来ているのはそれだけではない。
「《白竜でも逃げ出す連撃!》さらに《成層圏を駆ける雷!》」
俺の上空二方向から、光のランク8相当の魔法が放たれた。
リリンの持つ攻撃魔法の中でも射出速度が速い奴であり、同時多発的に全ての魔法が俺に着弾するように仕向けられている。
前は小魚。
下は真っ赤なサラマンダー。
上はピカピカ馬車犬ドラゴン。
まったく、賑やか過ぎて楽しくなっちまうぜ!
「《 熱量破壊ッ!》」
一見してバラバラな攻撃方法のように思えるが、これら全ては熱に関わる魔法だ。
凝結せし古生怪魚が阻害する分子の運動も温度として観測出来るし、火霊が宿る溶鉱炉なんか言うまでもない。
白竜でも逃げ出す連撃だって、結局は光エネルギーによる熱で俺の肉体にダメージを与える。
これら全てを無効化するには、神の概念『温度』を破壊してしまえば良い。
熱量を持たない光と炎と魚が吹きすさんだ後、僅かに生まれたチャンスを手に入れる為、俺はリリンへ左手を伸ばした。
「えっ!?」
「カッコつけたい気分でな。そのままじっとしててくれ。《悪化する縮退星》」
俺が突き出した左手の掌には、万物を引き寄せるブラックホールを発生させていた。
対象は勿論リリン。
当然、ブラックホールに触れる前に解除をしているが、突然発生した慣性に拘束されたリリンは俺に左腕に抱かれた様な姿勢になる。
うーん。この状況……。
魔王が生み出した化物から姫を救い出したように見え……ないよなぁ。
こんな酷いマッチポンプはさっさと終わらせるに限るぜ!
「《無物質への回帰!》」
抱き止めたリリンごと俺は跳躍し、ぶにょんぶにょんドドゲシャー!?っと暴れる終海の龍異形の頭に刃を突き立てた。
差し込んだ裂け目から虹色が溢れ出し、星が死ぬ時の光『超新星爆発』と化す。
グラムを覚醒させた事により精密なコントロールが出来るようになった俺は、ワザと次元の壁を突き破り、発生した余剰エネルギーを魔法次元層へと転送。
そうして驚くほど静かに、終海の龍異形は「ぶにょん……ぶにょん……き、しゃーー・・・、、、」と消えていった。




