第16話「決闘」
「おいおいおい!嬢ちゃんよぉ!ランク2のベテランで高ランクの冒険者である俺様に、何の不服があるってんだ?」
「不服も何も、全てがダメで落第点。知識も装備も戦略もまるで話にならないレベルで、それなのに踏ん反り返るなんて、むしろ清々しいのではと感心しているぐらい」
「あ”あ”!?黙って聞いてればいい気になりやがって!!このくそガキが!!」
まさに売り文句に買い文句で、口論がヒートアップしている。
というかリリンに煽られたおっさんの額には青筋が浮き出ており、完全にマジギレ。
見た目は可憐な少女であるリリンが吐き出す暴言はとてつもない破壊力を秘めていて、実情を知らなければ到底許せるものではないので、仕方がないのかもしれない。
だが、なぜリリンは、ここまでおっさんを煽っているんだ?
「さっきから、小さいだの、ガキだのと外見のことばかり。冒険者を名乗りたいのならば、物事の本質を見た方が良い」
「本質だぁ?ガキのくせに生意気な!」
なるほど、本質、つまりはレベルを見てから言えってことか。
確かにリリンの言う通りだな。
このおっさんはレベルを見もしないでリリンを見下した訳で、それは戦場では命取りだ。
だからこそ、こんな煽るようなことを言って、レベル確認の大切さを教えていると。
やり方は強引だが、このおっさんも恥をかけば勉強するだろうし、非常に合理的だ。
さて、後の二人、ロイとシフィーは気付いただろうか?
「おい、ユニクルフィン、君の連れなんだろう?怪我する前に止めに入るぞ!」
「そ、そうですよ!妹さん怪我しちゃいますよ!」
あ、ダメだコイツら。気づく素振りがまったく無い。
というか、リリンは俺の妹じゃねぇぞ。
そんなこと言おうものなら、雷光槍が飛んでくるから気を付けろ。
「いや、落ち着け。リリンが怪我するなんて絶対にねぇよ。というか、シフィー。リリンは妹じゃないからな。間違っても言うなよ?」
「信じられるか!相手はランク2だと名乗っている間違うことなき強者だぞ!!」
「そうですよ、事件です!明日の朝刊に載っちゃいますよ!!」
そうだな。載るかもな、朝刊。
街中でランク9の魔法なんかをぶっ放したら、表紙一面まっしぐらだろう。
しっかし、おっさんも中々リリンの思惑に気付かない。
もしかして?と思い一応レベルの確認をしてみたが、レベル21107とおかしな点は何もなかった。
「だから大丈夫だって。いいか、10回深呼吸してからリリンのレベルを見てみろ」
「なに?スーハー。スーハー。……なっ!!!!!!」
「ひっひっふー。ひっひっふー。ひえっ………。」
一名深呼吸じゃない奴がいるが、まぁいいや。気付いたみたいだし。
ロイは、眼をこれでもかっというくらい見開いて、口に手を突っ込み、パクパクと開閉。
シフィーは、リリンを凝視し頬をつねりながら、うわ言を並べている。
「……分かったか?むしろ危険なのは、おっさんの方だぞ」
「いや、そもそもおかしいだろう?なんであんな大魔導師様がここにいる!?」
「そそそ、そうですよ!師匠よりもレベルが高いじゃないですか!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
リリンのレベルについてのクレームなんて、俺に言われても困る。
つーか、俺はシフィーの師匠なんて知らない。
悲しい事に村の住民以外の知り合いは、リリンとドラゴンだけだ。
俺達が真実に辿り着いている間にも、リリン達の口論は激しさを増していた。
うん、そろそろ止めないとヤバそうな雰囲気だな。
「なぁおっさん。ちょっと冷静になろうぜ?な?」
「うっせぇ、黙ってろッ!!だいたい、こんな胸も育ってねえガキンチョの癖に生意気すぎんだよ!痛ぇめに合わないと分からねえのかッ!?」
「あ。」
「……ユニク。ちょっと離れてて」
ヤバい、これはヤバいぞ!!
その言葉は地獄への片道切符だ!!
明らかにリリンの雰囲気が、どこか楽しむような気配から殺伐としたものへと変化。
それを感じ取ったのか、シフィーがまたも「ひぇっ」と短く嗚咽を漏らす。
「……痛い目を見ないと分からない?それは私のセリフ。二度と剣を持てない程のトラウマを刻み込んであげよう。《サモンウエポン=懺刀一閃・お、もぐぅ!》」
「いやリリン待て待て。こんなところで刀を呼ぶな!」
必死にリリンを抑えながら、口を押さえて呪文を妨害。リリンも諦めたのか、呪文を読むのをやめた。
って、なんだ?なんか右手に持ってるな。
……こ、これは!ウナギの右側を抉り取った精巧な斧ッ!!
とりあえず危険物な斧を恐る恐る回収し、リリンを落ち着かせる。
このままじゃ大惨事は免れない。
「リリンも落ち着こう、な?な?」
「止めないで、ユニク。身の程を教えてやらないと気が済まない」
「待って下さいリリン様!ここでの戦闘行為はご遠慮ください!」
受付の中で事の成り行きを眺めていたアーベルさんも止めに入り、乱闘は直前で阻止された。
だからな、ロイにシフィー。
そんなに離れて他人のふりをしないでくれ。
「だけど、私の胸を侮辱した罪は消えはしない。……此処にいる全ての人が知るがいい。人生には踏み外す瞬間というものが存在し、この人にとっては、今この時がそうなのである、と」
すっげぇカッコイイこと言ってるけど、内容がしょうもない!
俺に取り押さえられながら言葉だけでおっさんを圧倒するリリン。
だがおっさんも未だにプライドが折れていないようで、リリンに凄み返している。
俺としては、そろそろレベル差に気付いて欲しい。
「おいおい、嬢ちゃんよ。言うだけあって大した凄みじゃねえか!だがよ、俺も冒険者。引き下がるわけにはいかねえんだ」
「誰も引き下がれなんて言ってない。自分の愚かさを身に感じながら、地面に転がってろと言っている」
うわー、リリンも相当ヒートアップしているな。
こんな怒りを黒土竜が見た日にゃ、速攻で尻尾を巻いて逃げだすぞ。
俺が困り果てていると、アーベルさんがカウンター越しに仲裁に入った。
あ、良かった。おっさんは生き残れそうだ。
「お二人とも、いい加減にしてください。不安定機構としても無秩序な戦闘行為は認められません」
「ん、でも……」
「ですから、戦うのでしたらこれでどうぞ」
「なるほど。理解した」
そう言って、アーベルさんはリリンとおっさんに油性ペンを渡した。
何でここで油性ペン?
アーベルさんから出された助け船も、変な方向にねじ曲がってるんだけど。
なぜか油性ペンを渡したアーベルさんは「ルールは分かりますね?」とリリン達に釘を刺している。
そして、リリンもおっさんも二人して頷き、少しの距離を置いて対峙した。
……というか、一瞬の内にリリンに逃げられた。俺もまだまだな。
そして、二人揃ってペンからキャップを外し、構える。
うん、まったく意味が分からない。
「なぁ、あれなんだ?」
「ユニクルフィン、君は知らないのか?」
「いや、ごめん。知らん」
「そうなんですか!あれはですねえ、由緒正しき決闘ですよ」
ロイとシフィーが言うには、冒険者同士でトラブルが起こった時の解決手段として広く用いられている方法らしい。
剣の代わりにペンを使う、命のやり取りの発しない決闘。
しかし、使用するのがペンである以上、負けた方の惨めさは散々たるものらしい。
なにせ体がインクだらけになり、周囲からも負けたのが丸わかりになるからだそうだ。
……おっさんの運命は決まったな。
間違いなく、炭だるまだ。
「へへへ、嬢ちゃんよ、ハンデだ。好きなだけバッファを掛けていいぜ?」
「そう?では、遠慮なく」
リリンは自分に有利な状況を勧められたら嬉々として受け入れる。そんなタイプだ。
安らかに眠れよ、おっさん。
「お、おい、ユニフ。彼女はバッファ型の魔道師なのか?」
「いや、たぶん違うんじゃないか?攻撃魔法もガンガン使うし。つーか、ユニフって略すんな」
「だって長いじゃないか。ユニフ。ゆにふ。ほら、言いやすいだろ?」
ロイに変な略し方で呼ばれ抗議をするも、相手にして貰えない。
ちらりと目をやると、ロイもシフィーもリリンに興味津津といったご様子だ。
そして、リリンのバッファが始まる。
「《多層魔法連・物理隔離 ―幻想郷―瞬界加速》」
「なっ!?」
「《我は欲する。知識、物理、原理の全てを感じこの身に留めて、昇華するのだ。次元認識領域》」
「な、なんだってんだ……!?」
ちょっと待てリリン!!
いくらなんでも、こんなおっさんに本気を出しすぎだろ!?
壊滅竜と戦う時とほとんど同じじゃねえかッ!!
だが、俺が止める間もなくバッファは正常に発動し、リリンの体が薄く輝いてしまった。
終わったな、おっさん。
ちなみに、このバッファを見たロイとシフィーの反応は正反対だ。
ロイは顎に手を当てふむ、と頷いている。間違いなく理解していないだろう。
反対にシフィーは、「ありえない……。ランク4の魔法を詠唱破棄で連発なんて、ありえない、ありえないよ……」と実に理解している感じだ。
間違いなく俺よりも魔法に詳しいだろう。
「私も鬼ではない、貴方に慈悲をあげよう。好きなだけバッファを使い、さらに好きなタイミングで攻撃を仕掛けてくるといい」
「なんだと、なんだ、何がどうなっていやがる……?物理隔離も瞬界加速もこんなガキが使えるような、魔法、じゃ……ねぇはず……。な、なんだ、てめぇ!!そのレベルはッ!?!?」
あ。
ついにおっさんがリリンのレベルに気が付いた。
しかし、もう遅い。リリンはそれはもう、ガチの臨戦態勢。
今なら竜もウナギも一網打尽だ。
「やっと気が付いた?そう、私は、貴方なんかでは声を掛けることすら躊躇われるほどの高位の冒険者。ましてや、侮辱するなど許されるはずもない。さぁ、ペンを抜くと良い。ペンを抜いて、その迂闊な人生を終わらせるといい」
「く、クソが!《地翔脚!》《伝道する力!!》《空盾!!》う、うおおおおおおお、俺は強いん、だぁぁぁ!!!」
「遅い」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!……ぎゃふん!」
おっさんは流れるようにバッファの呪文を唱え、瞬く間にリリンとの距離を詰めた。
流石はランク2の冒険者、無駄がない。
しかし、そのシルエットがリリンと重なった瞬間、おっさんの上下が逆さまになった。
まったくの抵抗もなく遂行されたリリンの攻撃。
おっさんが振りかぶった瞬間を狙い、リリンは浮いた顎をペン先で殴打。そのまま勢いをつけてヒザ裏をローキック。
そのまま掬い上げれば、あっという間に決着の時。
鼻先から地面に着地したおっさんは、そのまま2mくらい滑走して停止。
綺麗に分かれた人だかりの中で仰向けに倒れた。
「むぅ。貴方にもう少しだけ実力が有れば、もっと酷い目に合わせられたのに。残念」
冷たく言い放ったリリンの言葉は、俺を含めた観客の心を震わせた。
感じ方は人それぞれだろうが、この場にいる全員がレベル確認の重要性を理解したことは間違いない。