第67話「大魔王学院・四時間目、訓練と褒美」
「ほう、平民の菓子にしては上品な味だな」
保健室から蘇ってきたバルバロアが、大魔王饅頭・白餡策謀味を美味そうに頬張った。
どうやら追いつめられた精神が甘味を欲していたようで、息つく間もなく饅頭を口の中へ放り込んでゆく。
なぁ、もうちょっと味わって食った方が良いんじゃないか?
それ、たぶん、最後の晩餐だぞ。
「御馳走様だ、リリンサ。随分と美味だったんだが、名の知れた職人が作ったものなのか?」
「このお饅頭はレジェが開発したやつ。温泉郷でも売上トップ10に入るベストセラー」
なんだとッ!?マジで大魔王饅頭じゃねぇかッ!!
だとすると、俺が食った饅頭の中身は黒餡じゃなくて、暗黒物質だった可能性が出てくるな。
うっすら塩味な純白の皮と、濃厚な甘さの暗黒物質が織りなす絶妙なハーモニーが見事な逸品だったぜ!
「な、なんで陛下が饅頭を作るんだ!?」
「……趣味だから?」
「へ、へぇ。レジェリクエ陛下にそんな趣味が。記憶に留めておくとしよう」
「ちなみにレジェの作る料理は超おいしい。食べた人はみんな胃袋を掴まれて、レジェに絶対服従する事になる!」
……なんかヤバいもんでも盛ってるんじゃないか?それ。
つーか、『胃袋掌握・レジェリクエ』って、一気に家庭のお母さん感が出てくるな。
ぶっちぎりのロリ枠なのに。
「ちょっと良いでありますか、バルバロア。さっきの饅頭は何餡だったであります?」
「中身?白餡だったが?」
「ぐああああ!生き残れる気がしないでありますっ。死亡フラグがビンビンでありますよぉ!!」
「なんだそれは?死亡フラグとはなんなんだ?」
悲惨な運命を知ってしまったナインアリアさんの叫びを聞いて、バルバロアが困惑している。
どうやら、『死亡フラグ』という言葉そのものの意味を知らないらしい。
死亡フラグってのはな、冒険者の間で流行っているスラング用語だ。
その意味は『敗北に至る兆候』であり、『後で死ぬほど怖い目に遭う』といった意味でも使われる事があるんだぜ!
「はいはーい!自分、もう一個食べたいであります!」
「そうなの?どうぞ」
あ、ナインアリアさんが無駄な抵抗を始めた。
だけどさ、食べ物が絡んだ大魔王フラグから逃げられるとは思えない。
「あっ……。また白餡であります……」
……やっぱりか。
ナインアリアさんが一発逆転を狙うも、運命の女神は微笑んでくれなかった。
そのかわりに平均的な大魔王が微笑んでいらっしゃる。
あぁ、なるほど。
もう箱の中には白餡しか残っていないんだな。
どうあがいても、ナインアリアさんは死亡フラグから逃げられそうにない。
いざとなったら保健室に連れてってやるから、諦めてくれ。
「それで、なぜセブンジード様がいらっしゃるのですか?授業変更を指示したのも、もしや?」
「色々あってな。理由は昼休みにサーティーズにでも聞いておけ。今は授業を進めることにする」
「はい。分かりました」
「つーことで、分けられた班ごとに整列しろ」
セブンジードの号令に従い、白餡チームと黒餡チームに分かれて並ぶ。
クラスの中心人物で俺やリリンと同じチームなのは、カルーアさんとイースクリム。
一方、セブンジード、ナインアリアさん、サーティーズさん、バルバロアは敵チームとなった。
その他の生徒は6人ずつ均等に分かれ、黒餡チーム10人 対 白餡チーム10人の戦いとなる。
人数こそ一緒だが、あっちには死亡フラグが2本も立っている。負ける気がしないぜ!
「これより戦闘実践訓練を行う。進行はリリンサに譲渡するので指示に従うこと。リリンサ、前へ」
一応授業という体裁を取っていたものの、ここら辺が限界だったようだ。
セブンジードが「後はもう好きにしてください!」と言わんばかりに全てをリリンにブン投げ、静観を決め込んでいる。
一方、腹ペコ大魔王さんはすごく楽しそう。
平均的な頬笑みを絶やさず、軽やかな足取りで前へ歩いていく。
「これから訓練としてドッチボールを行う。まずはコートの作成から。見てて」
セブンジードが居た場所に立ったリリンは星丈―ルナを取り出し、芝居がかったポーズを取って魔法を唱えた。
使ったのは、リリンのお気に入りの魔法『失楽園を覆う』。
目の前の校庭に巨大な8の字が描かれ、その円の中へリリンが歩いていく。
「この魔法は私の意思によって出入りが制限されるというもの。今回は人間のみが出入り禁止に設定されており、ルールに則る事で往来が可能になる」
「これはセブンジードさんが激突した壁でありますね。無理に通ろうとすると悶絶するであります!」
「分かりやすい補足説明をありがとな、ナインアリア。……後で覚えてろ」
リリンは自分がいる円の中に『くろあん』と文字を書き、相手の陣地には雷光槍を飛ばして『しろあん』と掘った。
円の直系は約30mとかなり広く、10人がバラバラに動き回るスペースが十分にある。
陣地が決まった事でどこに行けばいいのか理解した俺達も円の中に入りつつ近寄って、リリンの説明の続きを聞く。
「今回使用するボールはこれ。普通のバレーボール!」
「……俺の気のせいかもしれないが、そのボール、顔らしきものが描いてないか?」
「描いてある。このボールはレジェがデザインしたもので、ホロビノのやる気向上の効果がある!」
……結論から言おう。
リリンが取り出したボールが、すごくゲロ鳥っぽい。
どこからどう見ても普通じゃないそのバレーボールは全体が茶色であり、ゲロ鳥を模したっぽい模様が描かれている。
見ている分にはデフォルメされたマスコットキャラクターみたいで可愛いもんだが、今からそのボールに魔法を撃ち込みまくる訳だろ?
ゲロ鳥愛護法違反により罰せられそうなんだが、大丈夫なのか?
「リリン、その模様は色々と不味い気がするんだが?」
「そうなの?どうして?」
「だってゲロ鳥だぞ?女王陛下が愛する国鳥だぞ?」
「んー。サーティーズはどう思う?」
「えっ?いやどうと言われても……。そのボールは公式バレーボールですよね?」
「という事で問題ない」
……この国はゲロ鳥なら何でもいいのかよ。
ゲロ鳥を打ち合うって、もはや別の競技になってるだろうが。
「このボールは普通のボールであり、強度も普通。攻撃魔法を付与する際には威力を弱めるか、防御魔法をあらかじめ掛けるなどの工夫が必要」
「ひとついいか、リリンサ」
「今度はセブンジード?どうしたの?」
「そんなボールだと、魔導銃を使用したら撃ち抜きそうなんだが?」
「そこも含めて腕の見せ所。セブンジードには是非、正規軍人の技術の高さを見せて欲しいと思う!」
「くっ!無駄にハードルをあげやがって」
確かに銃なんかでボールを撃ったら、ひとたまりもないな。
だがセブンジードは苦笑しつつも魔導銃を取り出し、細工を施し始めた。
いくつかの専用パーツを装着し、だんだんと銃のシルエットが大きくなってゆく。
「あ、それと、私はこの競技に慣れているからハンデを設定しておく」
「やったであります!いっぱいお願いするでありますよ!!」
「私はどちらかのチームが半数を切るまで攻撃魔法を使用しない。そして、その間にボールを破裂させてしまってもアウトにはしない」
「なるほど。慣れる為の時間をくれるでありますね?」
「そういうこと。ただし、破裂したボールの交換をするのは私。つまり、私がボールを所持した状態から訓練が再開することになる」
「それ、結局、生き残れる気がしないであります」
俺もナインアリアさんに同意だな。
攻撃魔法を使わないと言っても、リリンには高位バッファがある。
普通のスローインがランク9の魔法に匹敵しても不思議じゃないぜ!
「まぁ、そこら辺はノリで考える。いきなり全滅させる事はしないから安心して」
「そ、そうでありますか?ちょっと安心したであります」
いや、安心したらダメなやつだぞ。
リリンがノリで考えるって、どう考えても悪ノリ、いや大悪魔ノリだからな。
「それと、勝った方のチームには賞品を用意している」
「賞品であります?」
「最近有名になってきたから知ってる人がいるかも?『心安らぐ遊民達の温泉郷・極鈴の湯』。このペアチケットを勝った方のチーム全員にプレゼントする」
「あ、知ってるでありま――」
「なにィィィィィィィィィッッ!!」
リリンが空間から取り出したチケットを見るなり、セブンジードが雄叫びを上げた。
なにやら温泉郷に思う所があるらしく、興奮しながらリリンに駆け寄ろうとして――失楽園を覆うに激突。
魔法の効果を実演してくれるとは、まさに教官の鏡だな。馬鹿だけど。
「ぐおおお……。って、それどころじゃない!リリンサ、そのチケットを見せてくれッ!」
「はい」
「お、おぉ、おおおお……本物だ。あの予約する事ですら不可能と言われている温泉郷のチケットが俺の手の中に……。リリンサ、このチケット売ってくれ」
「それは賞品だからダメ。ドッチボールに勝てば手に入る!」
「……本気を出して良いんだよな?」
「もちろんいい。むしろ本気を出してくれないとやりがいが無いと思っている」
まったくやる気が感じられなかったセブンジードから、業火の様な覇気が出始めた。
そして、一度組み終えた魔導銃を再び解体し、明らかに格が違う本気な装備へと換装して行く。
なぁ、いきなり本気になってどうしたんだ?
確かに温泉郷の街並みは綺麗で、色んな種類の風呂が有って贅沢だった。
その上、料理も美味けりゃ従業員の接客も完璧で、控え目に言っても最高。
俺も出来ればずっと滞在していたいし、なんだったら働きたいぐらいに素晴らしかったけど、命を賭けて大魔王に挑む価値は……うん、命の保証があるなら挑戦したいかな。
「あの、セブンジード様、温泉郷って……?」
「サーティーズは聞いた事が無いのか?山奥の秘境に出来たという魅惑の温泉郷の噂を」
「あー、なんか、超豪華な温泉の予約を取れなくて悔しいと妓女の姉さん達が言ってた様な……?アレって本当に実在する温泉なんですか?」
「実在するんだ。情報収集部隊の軍団長な俺が約束する」
情報収拾部隊の軍団長が温泉の情報を集めてどうするつもりだよ。
しかも、その温泉郷には度し難いビッチが隠れているんだが知っているのか?
最近になってタヌキがマスコットキャラになったのも、アピールポイントの一つだぜ!
「その温泉郷は予約が殺到し過ぎて1年待ちが当たり前でな。しかも、予約をするのですら抽選があり、俺が使える権力を総動員しても入手が難しい」
「はわわ、すごそうですね……。それで、そんなチケットをリリンサさんは何で大量に持ってるんですか?」
「つっ!?確かにそうだ!!まさか温泉郷にも一枚噛んでるってんじゃないだろうな!」
一枚噛んでるどころじゃねぇぞ。
自宅だ。自宅。
「レジェやテトラから聞いていないの?」
「……。何をだ?」
「極鈴の湯は私の自宅。そして、温泉郷の全ては私の名義であり所有資産!」
「……。……。……。マジでェエエエエエエエエエええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!?!?」
腹ペコ魔王さんが平均的なドヤ顔で事実を付きつけやがった。
その威力はセブンジードの心を容易く破壊したようで、地面に手を付いて打ちひしがれている。
あ、心なしか尻のぶにょんぶにょんきしゃー!も元気が無い。
「マジかよ。この大陸最後の楽園だなんて言われてるんだぞ。チケットを入手できさえすれば、絶対に女の子を誘えるんだぞ……?」
「そこは、メイを誘うんじゃないの?」
「いや、アイツは誘っても来ないだろ。どうせ『公務よりもあなたを優先しろと?』って断られるに決まってるし」
「ふーん、そうなんだ」
なんか選択肢を間違ったぽいぞ。セブンジード。
ここでメイさんを誘うって言っておけば、リリンは勝敗に関係なくチケットをくれた気がする。
死亡フラグと恋愛フラグの両立は難しい。
「まぁ、簡単にチケットを渡すつもりはない。欲しいなら私を倒して奪い取るといい!」
「くっ!」
そして、リリンが追加で煽りを入れた。
この腹ペコ大魔王、正体を隠している事を完全に忘れているな。
平均的なうっきうき顔で、カルーアさんに温泉郷の成り立ちを自慢しまくっている。
「……やってやるよ。ナインアリア、チームメイトを円陣隊形に集めろ!作戦会議を行う!!」
「了解であります!みんな、奥に集合でありますよ!!」
「いいか、この戦いは負けらねぇ。勝利に貢献した奴には俺からも恩賞を出してやる!本気でヤレッ!!」
「りょ、了解であります!!」
白餡チームが一致団結し円陣を組む中、俺達もぼちぼちといった雰囲気で集まり始めた。
その中でカルーアさんが指揮を取り、黒餡チームもひと纏まりになって作戦を練っていく。
「セブンジードが指揮を取るなら、こっちのチームは私が司令塔をするべきね。どうかしら?リリンサ様」
「任せる。私は自由に動いていい遊撃が好きだから」
「決まりね。アイツの行動パターンなんてお見通しよ。この試合、勝ちに行くわ」
カルーアさんはセブンジードに対抗意識を燃やし、本気を出すようだ。
ぼそっと小声で「あんなに行きたがってるなら、連れてってやろうじゃない」って聞こえた気がするのは、きっと気のせいだな。
そして10分の作戦会議の後、両陣営が配置についた。
せっかくだし、俺も楽しむとするか。
ヤバいのはリリンだけじゃないって事を、存分に思い知らせてやるぜ!!




