第63話「大魔王学院・三時間目、歴史と伝説」
「おうおう、豆鉄砲でも食らった様な顔してんなぁ、ひよっこ共!軍団長の俺が来ちまったんだからビックリもするだろうが、軍人ってのはどんな状況でも冷静じゃなくちゃいけねぇんだぜ!」
生徒全員で必死に机を片付け終えた瞬間、セブンジードさんが現れた。
タイミング的にはバッチリと言っていいだろう。
なにせ、うちの腹ペコ大魔王さんが狙っている獲物は保健室に行っていて不在。
写真帳を見て平均的な不機嫌顔になっているし、丁度、次の獲物が欲しかった所だ。
「このクラスには確か……。お!やっぱりサーティーズが居たか。久しぶりだな!」
「えっ!?えぇ、御無沙汰しております」
ずかずかと我が物顔で教室に入ってきたセブンジードさんは教壇へ向かい、持っていた出席簿を開いた。
そして在籍者名を確認しつむ視線を彷徨わせ、目が合ったサーティーズさんと親しげに話しだす。
うん、お互いにニコニコしているし、顔見知りなのは間違いない。
……が、若干、サーティーズさんの笑顔がぎこちない。
なんかこう……、苦手な親戚のお従兄さんと話しているお嬢様……みたいな?
「ほんと御無沙汰で悪いな!俺的には毎日通いたいぐらいなんだが、しょっぱい軍務があるからよ」
「あはは、そうですよね。軍団長ですもんね。忙しいですよね」
軍務をしょっぱいって表現しやがったな。
こわーい総指揮官が、「むぅぅ……」って唸ってるぞ。
「そうそう。こき使われてばっかりさ。あー、今日の夜でも顔を出すかな。サーティーズも受付けに居るだろ?」
「そ、そうですね、今日の夜はシフトが入ってます……。あの、これ以上のお話は、お店に来た時にゆっくり聞けたらな、なんて……」
……店?あ、なるほど。
サーティーズさんはアルバイトをしているって言ってたし、セブンジードさんの行きつけの店の一つなんだろう。
なぜかサーティーズさんの顔がどんどん赤くなって行くのが気になるが……。
セブンジードさんに会えたからって事にしておくか。
「そうだな。一応、授業中だもんな。それにしても、今日はひよっこの数が多いよな?いつもある空席が埋まってるじゃないか」
「えぇ、今日は体験入学生が来ております」
「体験入学ぅ?戦時下だっつう、この忙しい時にか?……ったく、どこの国のボンボン貴族――。えっっっ。」
セブンジードさんは教室を見渡し、俺の後ろに控えているお方を見て凄んごい顔で硬直した。
一方、俺の後ろに居るお方は、平均を超えちゃった不敵な笑みを浮かべていらっしゃる。
「………………ひっ」
「………………ひ?」
「ひよこの中にッッ!魔王がいやがるッッ!?!?」
「あ、バレた」
そりゃバレるだろ。
この平均的にふてぶてしい魔王顔を忘れるはずがねぇ。
セブンジードさんに正体がバレたリリンは嬉々とした暗黒微笑を浮かべて、堂々と胸を張った。
そして……ボソボソと小声で呪文を唱え、机で隠している手の中で崇拝の異魚王を創造していらっしゃる。
「って、ちょっと待ってくれッッ!!なんでこんな所にいるんですか、そ――」
「ん!それ以上はダメ。そい!!」
セブンジードさんがリリンの正体を口走りそうになった瞬間。
待ち構えていた腹ペコ大魔王さんは、隠していた崇拝の異魚王をーー全・力・投・球・ッ!!
そして、未確認魔法物体は音速を越えて空間を駆け抜け、そのままセブンジードさんの顔面に……直撃だぁぁぁッッ!!
「きしゃぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」
「ぶにょんぶにょんきしゃー!!」
「ぶにょんぶにょんぎゃぁぁ!?何これっ、何これっ!?何……。なんか、ハチミツみたいな良い匂いがするな?………………って、マジで何っこれッッッ!?!?」
リリンが投げつけた崇拝の異魚王はセブンジードさんの顔に張り付き、ぶにょんぶにょんきしゃー!っと踊り狂っている。
うーん、なんか妙に動きが良いな?
今まで見たどのぶにょんぶにょんきしゃー!よりも、格段にぶにょんぶにょんきしゃー!!している。
「リリン、なんだあの崇拝の異魚王は?サーティーズさんのよりも動きが活発なんだが?」
「ちょっと改造してみた。お尻を狙わせられるなら、顔も行けるかなって。なお、動きが機敏なのはセブンジード用に調整したから」
「……。ハチミツみたいな匂いがするのは?」
「顔に張り付くんだし、変な匂いがするのはどうかと思った。ハチミツの香りならリラックスできると思う!!」
なんだその妙な優しさ。
つーか、匂いを変えられる事にも驚きだが……、そもそも、魔法に食べ物の匂いを付けるんじゃねぇよッ!?
……で、更に言うと、ランク9の魔法を顔面に食らってるにも関わらずリラックスなんてしていたら、ゆっくりと眠ることになるだろッ!!永遠にッ!!
「ぎゃああああ!!なんか凄くぶにょぶにょし始めた!?な、ナインアリアっ!!サーティーズっ!!取ってくれ!!」
「えっ!?」
「遠慮しておくであります!」
「はやく!!誰か、誰でも良いからぁぁッ!!う"わぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!」
それにしても、登場してからたったの30秒で、ぶにょんぶにょんきしゃー地獄か。
あのバルバロアだって、もうちっと耐えたってのに。
ふっ、ぶっちぎりの最短記録だぜ!
俺が眺めている間にも、セブンジードさんを助けようとする猛者は現れなかった。
なにせ、生徒全員がリリンの魔法の威力の高さを身を以て体感している訳で、迂闊に手を出すなんてできない。
しょうがないので俺が代わりに……そう思って席を立ちかけた瞬間、「ユニク、私が行くから座ってて良い」と腹ペコ大魔王さんが歩き出した。
あ、トドメを刺しに行くんですね。分かります。
「誰かー!誰か取ってくれぇッ!!」
「分かった《魔法解除》。はい、取った」
「……。ははは、ありがとうございます。そして、どうもご無沙汰しております、総指き――むぐぅ!?」
「セブンジード、ちょと廊下に出て」
有無を言わさない大魔王オーラに当てられたセブンジードさんは何かを察し、静かに廊下へ出ていった。
その後をリリンが付いていき、一部始終を見ていた教室が静まり返る。
あっ。なるほど。
これが学校名物「先輩っ!あの……、校舎裏で待ってますっ!!」ってやつか?
……。
…………。
………………うん、どう見ても違うだろ。
これは「おい、なに見とんじゃお前。ちょっと面貸せやッ!」の方だ。
「あ、あの……」
「ん?どうしたんだ、サーティーズさん」
「聞いてはいましたが、ホントにセブンジード様と親しいんですね?」
廊下から迸る閃光を見ないようにしていると、サーティーズさんが話しかけて来た。
俺の正体が英雄の息子だと知り、セブンジードさんと顔見知りだという話にも信憑性が増しているんだろう。
ちょっと期待に満ちた目をしているサーティーズさんは、俺が昔話を語るのを待っている。
「まぁな。朝礼の時も言ったけど、キングフェニクスⅠ世を捕まえた時に仲良くなってさ。そのお陰で陛下とも親しくなれたし良い事づくめだぜ!」
「なるほど。キングフェニクスⅠ世を良く捕まえられたもんだと思っていましたが……この実力なら納得ですね!」
「そうだな。あ、俺からも良いか?サーティーズさんもセブンジードさんと親しげに見えたんだけど、顔見知りって事で良いんだよな?」
「本当は、私のような中級貴族の五女なんかじゃお近付きになれない雲の上のお人なんですよ。ただ、セブンジード様は私のアルバイト先によくいらっしゃるので」
「へぇー、そういえば、セブンジードさんって遊ぶ所に詳しいんだったよな。なんていうお店なんだ?」
「えっと……。戯楼鳴鳥という、歌や演劇を楽しむ所です……よ?」
……。
…………。
……………えっちな事をするお店じゃねぇか。
つーか、仮にも学生がそんなお店でアルバイトしていいのか?
サーティーズさんって、他の生徒の模範になる生徒会長だっただろ?本当にいいのか?
まぁ、校長先生陛下が直々に許可を出してるような気がするし、良いんだろう。たぶん。
「じゃ、そういうことで!」
「おおせのままに。そ……リリンサ殿」
アルバイト先の正体を隠せているつもりのサーティーズさんと雑談していると、リリンとセブンジードさんが教室に戻ってきた。
その態度は見るからに『魔王と下僕』。
セブンジードさんは力ずく――おそらく、聞こえてきた効果音的に魔王の尻尾――で黙らされたらしく、僅かにプルプル震えている。
軍人ってのは、どんな状況でも冷静でいるんじゃなかったのか?セブンジードさん。
「あの……なんか、リリンサさんの方が格上っぽい雰囲気を出してませんか……?」
「ちょっと相性が悪くてな。セブンジードさんはリリンに頭が上がらないんだ」
「そんな事ってあります?って、そういえば、セブンジード様は女子に花を持たせてくれると聞いた気がしますね」
「そうそう、そんな感じだよ」
俺の投げやりな肯定を聞いて、サーティーズさんは納得しちゃったようだ。
自分で言っておいて何だが、花を持たせるというより、手向け花でフルボッコにされてるだろ。どうみても。
サーティーズさん、戯楼鳴鳥で働くのなら、もっと審美眼を磨かないとヤバいぜ!
「あー、お前r……いや、生徒の諸君、こんにちは。軍団長のセブンジード・エイトクロスだ。今日は忙しい教師陣に代わり、3時間目と4時間目を受け持つ事になった。よろしく」
平均的なすっきり顔でリリンが席に着いたのを見計らい、セブンジードさんが自己紹介を始めた。
といっても、このクラスに在籍している人でセブンジードさんを知らない人物などいる訳が無く、全員が尊敬に満ちた視線を向けている。
俺も周囲同様、期待に満ちた視線を飛ばしつつ……あ、目が合った。めっちゃ睨んでくるな。
そんな顔で威嚇しなくても、俺とリリンはヤル気に満ちているから安心してくれ。
「セブンジード様、それじゃ、3時間目のイレヴンスター先生も、4時間目のサモンベニ―先生もいらっしゃらないんですか?」
「そうだ。聞いた話じゃ、学校で教鞭を取っている研究者の大体はゲロ鳥の巣立ち?とやらに立ち会ってるんだと」
……今度はゲロ鳥の巣立ち?
壊された檻の検証でもしてるのか?
「ということで、俺が授業を受け持つ事になった訳だが、お前らは凄く運が無……。運が良いな!」
「えっ?あの、どういう事ですか?」
「実は、今日の授業をするにあたり特別な教材を持ち込んでいる。これは俺の隊の連中にすらまだ見せて無いすげぇ映像で、陛下から特別に預かってきた物だ」
そう言って、セブンジードさんは空間から射影機やディスク、垂れ幕などを取り出し、素早く準備を始めた。
そして、瞬く間に出来上がってゆく簡易的な映像設備に、生徒たちの期待が高まってゆく。
人生初めての体験入学中の俺でも、なんかワクワクしてきた。
大魔王陛下の名前が出ているのが気になるが……俺達を楽しませようとしているのかもしれないしな!!
「今から見せるのは……神秘のベールに包まれていた我らが総指揮官殿。その姿を捕らえた貴重な映像だ」
「えっ!?」
「ちょ、セブンジードさん、マジで言ってるであります!?!?」
「おいおい、総指揮官って本当に存在したのかよ。陛下の嘘だと思ってたぜ」
サーティーズさんと愉快な仲間達の驚愕に続き、クラスメイトのざわめきが響いた。
場の盛り上がりが一気に最高潮に達し、その声を聞く限り、総指揮官は完全に未確認生物の様な扱いをされているようだ。
皆が口々に「本当に居たんだ……」とか、「俺は信じてたぜ!」とか、「ほら、実在したってよ。賭けは俺の勝ちだな」とか言っている。
……って、映像なんか公開されたら、バレるどころの騒ぎじゃねぇだろッッ!!
そうさせないために廊下に呼び出したんじゃないのかよ!?リリンッッ!!




