第57話「大魔王学院・二時間目、魔王の授業」
「ん、口頭で伝えるのは限界があると判断した。図を書いて説明するから前に来て欲しい」
さっそく魔法の説明をしていたリリンが席を立ち、俺やサーティーズさん達を伴って教壇の前までやってきた。
そこに居るのはカルーアさんと被害者2号バルバロア。
いまだに自分が置かれている状況が飲み込めていないようで、嬉しそうにカルーアさんと話をしている。
「黒板を半分使わせて欲しい。良い?」
「あら?本当に魔法を教えるつもりがあったのね。思春特有の出まかせかと思ったわ」
「……ふっ。旧型の魔法理論しか知らなくて可哀そう。なんなら、あなたにも教えてあげても良いけど」
「そうねぇ、あなたの実力を見定めた後でお願いしようかしら?覚える価値があるのなら、だけど」
お互いに視線から火花を走らせ、リリンとカルーアさんが睨みあっている。
この人は悪い人じゃない……とは思うんだが、ちょっとプライドが高すぎて目が濁ってるな。
まんまとリリンのレベル詐称に嵌り、思いつくまま挑発を仕掛けているから凄く滑稽だぜ!
で、リリンが総指揮官だと知ったら、どうなるだろ?
なんか、色んなもんが逆転してブチ転がった末に、従順なシモベになりそうな気がする。
「リリンサさん、本当に私でもランク8の魔法が使えるようになるんですか?」
「もちろん。ただし、使えるようになるのはランク8ではない。教えるのはぶにょんぶにょんきしゃーだから」
「ぶにょん……。それって陛下が使った、あの……?」
「どう使ったのか知らないけど、たぶんそう。レジェもぶにょんぶにょんきしゃーは使えるし」
……それは知らなくて正解だぞ。
大人の階段を踏み外すからな。
ところでさ、なんで水害の王って言わないんだろう?
せっかくのランク9の魔法なのに、名称がぶにょんぶにょんきしゃーだとイマイチ凄さが伝わらない。
そう思って聞いてみたら、「可能な限り情報を伏せるのは戦いの基本。軍人には手加減しなくていいってククラスが言っていたし」という、非常に大魔王な答えが返ってきやがった。
リリンを裏切る訳にはいかないので、心の中だけで言っておこう。
カルーアさーん、ついでにバルバロアー。
この腹ペコ魔王さん、手加減をするつもりが無いらしいぞー。
お前らをランク9の魔法が襲おうとしているぞー、逃げろー。
「サーティーズ、魔法に属性があるのは知っている?」
「魔法十属性の事ですよね?その中で回復魔法、防御魔法、水魔法が私の得意属性です」
「うん、ならランク3の水魔法『水の虚像』と『雹壊』、そのどっちが使えて、どっちが使えない?」
「え?私が使えるのは水の虚像です。同じランク3の水魔法なのに、なぜか雹壊は使えないんですよね……」
それを聞いたリリンは黒板に『水の虚像』と『雹壊』と横に並べて書くと、その間に真っ直ぐに線を引いて隔てた。
そして、水の虚像の上に『創生魔法』、氷塊の上に『創星魔法』と書き加える。
「そう、同じ水属性でも得手不手があるのは、魔法の系統が違うせい」
「系統……?ですか?そんなの教科書に載ってないですよ……?」
「これは英雄が語り継いできた知識であり、一般には公開されていない。ここで覚えられるサーティーズ達はとても運が良い!」
なるほど、バルバロアが不運な分、サーティーズさんが幸運に恵まれていると。
んー、イースクリムとナインアリアさんも嬉しげにリリンの魔法講座を聞いているし、こっちも幸運なんだろう。
他にも、リリンにブチ転がされた生徒達も聞き耳を立てているようだな?
そして、その代償を支払うのは……。
リリンの獲物バルバロア、そして……ブルファム王国の王子・ロイだッッ!!
「魔法には、創生魔法系統と創星魔法系統の二種類があり、そのどちらかの適正しか持っていない事が多い」
「そうなんですか?なら、合致した魔法系統だとどうなるんです?」
「すんなり魔法を覚えられるし、コントロールも容易になる。当然、威力も向上するし使用する魔力も少なくて済む。創生魔法とは――」
この説明は俺もリリンから聞いている。
要約すると、創生魔法とは『生命活動に関連する事象を対象とし、人間が身体一つで起こせる現象を拡大したもの』となる。
人間は涙を流す事が出来るから、水を創り出す魔法は創生魔法に分類されるという具合だ。
一方、創星魔法は『生命活動に関連しない、星が起こしている事象』となる。
人間は何をどうやっても、水を凍らせる事が出来ない。
気温の上下は自然現象であり、水魔法の中でも氷に関与している魔法は創星魔法に分類される事になる。
「同じ水魔法にも系統があるのは分かりましたが……。私の水魔法の系統って、何処で判断したんですか?」
「『水の虚像』は水分で生物の姿を象る魔法。そして、私達の体を構成している70%は水分。だから系統は創生魔法となる」
「なるほど。ぶにょんぶにょんきしゃーも水分たっぷりでしたし、むしろ吸い上げ……はわわわわ」
確かに、あの魔法は凄い吸引力だった。
50mくらい離れた木の陰に隠れてた俺達を見つけ出し、物凄い勢いで襲い掛かって来やがったからな。
ただ、大魔王陛下のぶにょんぶにょんきしゃーは違う吸い方をするっぽい?
顔を真っ赤にしてもじもじしているサーティーズさんはまぁ良いとして、おい、後ろの男共。
お前らもしかして、ランク9の魔法に息子を吸われたのか?
……よくもげなかったな。
「サーティーズは回復魔法を使っていたし、創生魔法の適性が高いのは明らか。すぐにぶにょんぶにょんきしゃーを使えるようなる!」
「は、はい!頑張ります!!」
「で、イースクリムはどう?水魔法は使える?」
「あぁ、俺は『水の虚像』と『雹壊』の両方とも使える。その説明どおりなら両方の適性があるはずだ」
「ん、それはすごい。系統が偏っていないのはそれだけで利点」
リリンがイースクリムを褒めているように、必ずしも適性がどちらかに偏っている訳ではないらしい。
中には水魔法全般が得意な人もいるらしく、この知識が広まりづらい原因になっているとか?
確かに、どんな水魔法でも使いこなせる人がいるのに、自分は水の創生魔法系統をまったく扱えなかったら、すべての水魔法の才能が無いと諦めてしまうかもしれない。
魔導書を手に入れるのだって一般の冒険者では難しいという話だし、手当たり次第に試す事は出来ないしな。
「二人とも、ぶにょんぶにょんきしゃーの適性がある事は分かった。次は基礎的な魔法構築理論を説明する!」
「それって授業で習いましたよ?『魔法は、次元を開く鍵を世界に示し、魔法次元乗から取り出している』って奴ですよね?」
「そう。だけどそれは結果から推察した結論であり、それを成す為の理論は解明されていない……とされている」
「優秀なゲロ鳥学科の生徒と教授が取り組んでいる永遠のテーマだと聞いています」
……荷が重いんじゃないか?
だって、ゲロ鳥を逃がしちゃうマヌケ集団だぞ?
「その理論を今から説明する。よく聞いて欲しい!」
「えっ、リリンサさん、説明出来るんですか!?」
「できる。……この世界と魔法次元を繋ぐための鍵とは、薄い扉が何枚も重なり合った正四方立方体」
「扉で出来た正四方立方体……?」
「その扉一枚一枚が魔法の要素を司っている。全ての扉を完全に開けば、魔法を完全な形で取り出せる。逆に、不完全にしか開いていない扉があると、その要素が欠落した魔法となる」
「えっと、魔法の形や色、破壊力や大きさ、効果時間といった要素ということですか……?」
「そう。そしてランクの高い魔法程、この要素が多くなってくる。ランク9の魔法では、20枚から30枚もの扉を開く必要がある」
……だんだん話が難しくなってきたな。
リリンは黒板に何本もの線を引いて四角を描き、図解しながら説明をしている。
サーティーズさんとイースククリムはなんとか付いて行っているようだが、ナインアリアさんはノートにメモを取るだけで精一杯なようだ。
ふっ、安心して良いぜ、ナインアリアさん。
俺もそっち側だ!
「そして、その要素の扉を開ける為には、何らかの形で扉に刻まれた魔法陣と符合させれば良い。人間の複雑な声帯から発せられた音の羅列を連続でぶつける方法が最も簡易である一方、その声帯から発せられる音には個人差がある。だからまずは、自分の声紋を認識し――」
「それが出来たら、今度はあえて不完全な状態で魔法を発動させる事を目指す。そうする事で発動時間を削減し、さらに尖った性能を発揮させ――」
「ランク9の魔法とは、いわばカスタマイズできる個所が多いということ。ランク9の魔法を派生させて作る魔法は大規模個人魔導と言い――」
……。
…………。
………………腹ペコ大魔王さんが賢すぎる……だとッ……。
黒板に書かれている難解な説明を読んでも、俺ではまったく理解ができなくなった。
リリンの説明が滅茶苦茶という訳ではない。
単純に俺の知識不足というか、理解する為の単語の意味がまず分からないという、凄く悲しい状態に陥っている。
最近忘れがちだったが、リリンは頭の回転が速い。
ただ、普段その脳力は食欲を満たす為だけに使用されている残念仕様だ。
……改めて認識すると、すげぇがっかりするな。
有能なのに食い意地が張ってるって、まさにタヌキじゃねぇか。
「はぁ、もう俺の手には負えん。ここはサーティーズさん達に任せて敵情視察といくか」
リリンの説明に必死に喰らいついている二人を見捨て、俺はカルーアさんが行っている魔法講座に加わった。
どうやらカルーアさんは教え慣れているらしく、バルバロアに実演させる方式で魔法理論を説明している。
「バルバロア、あなたの得意な魔法の属性は?」
「地です。私は地の魔法適性に優れ、ランク6までの魔法ならば、挑戦した全ての魔法を習得しております」
「なかなかやるわね。ランク6の魔法というと……植物を生やせる『息吹き彩る森』や、地面を波打たせる『崩落山岳』も扱えるかしら?」
「できます。それも無詠唱で、です」
「へぇー、気に入った。ナインアリアの隊は私の分隊に所属する様にしておくわ」
「是非よろしくお願いします。これほど身に余る光栄はありません」
お?バルバロアはカルーアさんに気に入られたようだな。
何だかんだ面倒見が良さそうだし、ナインアリアさんとも友好的だった。
これは、将来は安泰だな!
……生き残れたらだけど。
なんか後ろの方でバチバチ音がし始めているけど、見ないようにしよう。
「決めたわ。今日教えるのは『鋼鉄の黒芙蓉』。物質を鋼鉄の花弁で覆い捕らえるランク8の地魔法よ」
「この名に掛けて、必ずやご期待に添えて見せます」
「安心しなさい。終末の鈴の音で実際に使用されている魔法教練を用いるわ。適性があるなら簡単にできるようになるわよ」
……妖精VSぶにょんぶにょんきしゃーか。
うーん、食われる気しかしない。
「高ランクの魔法を習得する為には、魔導書を長い時間を掛けて読み込んで……ってのは古いやり方よ。今の最新はこの金属プレートを使うわ」
「魔法陣が刻まれていますが……これは?」
「分隊長以上に配布されている高位魔法プレートよ。いわばこのプレートは、一つの魔法に特化した魔法杖の様なものね」
「ふむ、それは凄そうですが……。通常の魔法陣との差異はあるのでしょうか?」
「魔法陣は誰でも使えるけれど、このプレートは魔法の適性が無いと使えないわ。そして、このプレートを用いて練習する事で、いずれはプレート無しでも扱えるようになる」
カルーアさんは空間から手のひらサイズのカードを取り出して机の上に置いた。
へぇー、そんな便利グッズがあるのか。
それなら俺も魔法を使えるかもしれないし、ちょっと真面目に話を聞こう。
「そして驚きなさい!この魔法プレートを用いた魔法教練は、私達の総指揮官であらせられる無尽灰塵様が得意とする戦闘のオマージュなのよ!」
「総指揮官の……?詳しく伺いたいです!」
ん?総指揮官がそんなプレートを持ってるとこなんて見たこと無いんだが?
ステーキが乗ってるプレートならよく持ってるけど。
「私も、総指揮官殿とお会いした事はないんだけど……」
「どのような情報でもいいので、是非!」
会ってる遭ってる。
ついでに喧嘩も売ってるぞ!
「総指揮官殿は高ランクの魔導書を百冊以上召喚し、状況に応じて魔法を切り替えて戦うという、凄まじい戦闘をするらしいの」
「なんとそれは凄い。ランク9の魔法を連発するなど、にわかには信じられませんが……」
「セブンジード……私の同期が言ってたわ。『総指揮官はバケモンだった。深海に巣食う魔物を次々と呼びだし、地獄の蓋をこじ開け、天を切り裂く竜を従え、神が世界を穿った雷を放つ。アレは人間じゃねぇ、バケモンだ』って」
えーと、『凝結せし古生怪魚』に『無限壁牢獄』、『白竜でも逃げ出す連撃』に『八の雷』か。
なるほど、確かにリリンが使った魔法だな。
セブンジードさんをブチ転がす為にリリンは魔導書を召喚し、ランク9の魔法を連発して闘技場を木端微塵にしたから間違いない。
その時の情報がカルーアさんにも伝わっている?
なるほど、セブンジードさんの事を呼び捨てにしたり、上官なのに同期だと言い張っているあたり、かなり近しい関係っぽい。
それにしても、セブンジードさんは自分の軍の総指揮官をバケモン扱いしてるのか。
……妥当な所だと思うぜ!
今も召還した魔導書の山を椅子代わりにして、魔法談義に花を咲かせているしな!
「このプレートがあれば総指揮官殿の戦闘が擬似的に再現できるようになるわ。ほら、ここに手を置きなさい」
そう言って、カルーアさんは教壇の上のプレートに手を置くように指示を出した。
それに従ったバルバロアは、躊躇いも無く自分の手をプレートに触れさせる。
「今から、私の感覚を第九識天使であなたと繋ぐわ。そしてあなたを介してプレートに魔力を注ぎ、発動可能状態にする」
「魔力が流れてきています。これは静かで力強い……」
「繋がったわね?なら分かるでしょう?魔法を発動する為の鍵が、どういうものであるのか、が」
「はい。まるで網膜に焼きついているかのように鮮明に」
横から見ているとさっぱりだが、バルバロアは魔法を発動できそうらしい。
そして、カルーアさんに導かれるように促され、その魔法名を口にした。
「……《鋼鉄の黒芙蓉》」
バルバロアが魔法名を呟いた瞬間、ちょっと離れた所に魔法陣が出現した。
そこから何枚もの鉄の花弁が次々に現れ、バキバキと音を立ててながら重なって全長1m程の蕾と化す。
へぇ、これが『鋼鉄の黒芙蓉』か。
見た感じ凄くカッコイイし、俺も覚えておきたいかも?
クソタヌキは無理でも、アホタヌキなら捕獲できる気がする。
「この魔法は対象物を閉じ込める魔法よ。鋼鉄の花弁一枚一枚が第九守護天使に匹敵する強度を誇ると言われていて、内部に閉じ込められた状態で破壊するのは事実上不可能だわ」
「不躾な質問をお許しください。どうして破壊不可能だと?第九守護天使と言えど、いずれは壊れるのでは?」
第九守護天使もいずれは壊れる、か。
バルバロアが言うと、凄く現実感がある。
「内部の空間がとても狭いからよ。第九守護天使を突破できるほどの魔法を至近距離で発動したら、術者の方が耐えられないわ」
「言われみると納得です。魔法とは状況を省みることで、初めて真価を発揮すると父の教えにありました」
「この鋼鉄の黒芙蓉は中に閉じ込めた対象物を押し潰したり、密閉して酸欠にするなど幅広い用途に使用できる。もちろん、その強度を利用して防御魔法として使うのも良いわね」
「ご教授いただき、ありがとうございます。この魔法は私の主力となると確信しております」
なにはともあれ、バルバロアはランク8の魔法を発動させた。
これで、大魔王チームがぶにょんぶにょんきしゃー出来なければ負け。
発動できたとしても、鋼鉄の黒芙蓉を壊せなかった場合も負けとなる。
まぁ、負けの心配とか不要だと思うけどな。
そう思ってリリン達の方に視線を向けると……。
「はわわわわ……」
「逃げやがったであります!?」
って、なんだ今のッ!?!?
小さくて赤黒い何かが、廊下に飛び出して行ったんだが!?
そしてナインアリアさんが、「ヤバいでありますッ!!」って叫びながら、後を追ってったんだけどッ!?
チラリと見えたリリンの表情は、平均的な満足顔。
……何を生み出しやがったッ!?この腹ペコ大魔王ッッ!!




